4:絶頂測定

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 今度は多田仁志の番だった、
「では芹沢さん。僕が言う場所を撫でたり揉むようにしてあげてね?」
「わかりました」
 きっと、抵抗があるだろう。
(付き合ってるわけじゃないもんな……)
 躊躇う様子がいくらあっても仕方がない。
 ボディタッチは開始され、まさしく全身を触られた。耳の穴、裏側、肩、二の腕、上から順々に身体のパーツをさすり、多田はその都度「気持ちいい」「特に感じません」など答えていく。ここで聞かれているのは性的快感かどうかなので、単にマッサージが良いいいから「気持ちいい」と答えるのは正しくない。
(だいぶ変な感じだな、これ。くすぐったいし……)
 とはいえ、芹沢が触ってくれているのだ。
 本人には悪いが、つま先にかけてまでのパーツを細かく触ってもらうのは心地が良くて面白いものだった。下着越しの尻を撫でられた時は、前回の審査にあった検便を――お尻の穴にガラス棒を入れる時、調子に乗っていたら逆襲された思い出が脳裏を掠めないこともなかったが。
(最後に残っているのは……ここも、やるのか……?)
 それには期待感が膨らんだ。
 芹沢の手で触って貰える予感には、まるで希望の光に照らし出されてくるような、幸福に満ちた顔が浮かんでいだ。

 ――すけべ。

 多田のことを見上げた芹沢の視線は、いかにも呆れきったものだった。
(まあ、いつもの調子だな)
 先ほどは散々というか、ローターを怖がっていた時も心配だったが、少しは調子が戻って来たのだろうか。
「ではペニスの方もやるように」
「……はい」
 ひしひしと緊張が伝わってきた。
(俺まで緊張するな)
 多田も今まで以上に固くなり、下着に芹沢の手がかかってくると、ぐっと肩が強張った。
 そして、下着が下がり――

「ひゃぁっ」

 勃起しきったペニスが跳ね上がると、芹沢は小さな悲鳴と共に肩を縮ませ、恐る恐るのような好奇心でもあるよな眼差しで、それに目を奪われていた。
「さ、触るからね? 多田くん」
「……おう、頼むぞ」
 手が近づく。
 遠慮や躊躇いが大いに宿った白い右手は、たどたどしく時間をかけて距離を縮めて、とうとう指先だけを触れさせる。一ミリでも当たった途端に手を引っ込め、見るからにドキドキとした表情で改めて触ろうとしてくる芹沢の姿に、多田も興奮しきっていた。
 芹沢の手がペニスを握った。
「き、気持ちいい……!」
「もう?」
「しょうがないだろ? だって、女の子の手で……」
「そう、なのね。そういうものか――」
 すぐにボールペンの音が聞こえてきて、そういえば逐一記録を取られるのだと思い出す。見れば蛙屋も、すぐそこでニヤニヤとしながら見つめてくる。考えてもみれば、甘い空気を広げている場合じゃない。
「では指示通りにお願いするよ」
「はい」
 蛙屋の指示が始まり、まずは手で前後にしごかれる。当然のように気持ちがよく、すぐに射精感が込み上げたが、残念ながら最後までは続かない。
 亀頭を触って下さい、先っぽを触って下さい、カリ首、付け根、裏側、横の部分。ペニスをありとあらゆる部位毎に分け、細かい指定の元に指や手の平が触れてくる。その全てに快楽はあったが、程度には差があった。
 玉袋の部分もしてもらい、ひとしきり快楽に浸った多田には、一体どれが良かったか、何が一番好きだったかという質問が行われる。
(芹沢もこういうこと答えたもんな)
 自分の体が細かく暴かれていくのは、居心地のよいものではなかった。男だからまだしもだが、女子にはだいぶきつかったのではないだろうか。
 もちろん、芹沢にも質問は行われた。
 実物のペニスを見た感想、触ってみた感想、相手を気持ち良くしてみた感想、芹沢もあらゆることを喋らされていた。

「では少し休憩にしようか」

 ここまでの過程が済んで、休憩時間を迎えることとなる。
 およそ十分ほど、二人は審査から解放された。

     *

「まあ、落ち着かないけどな」
 衣類は返してもらっていない。
 どさくさに紛れ、多田の下着も持ち去られた。多田の手で脱がせた芹沢のパンツも、職員に没収され、全過程を終了するまで、もう一着たりとも着ることはできない。
 とりあえず椅子に座って、隣同士にはいるものの、ジロジロ見ると怒られそうで、だからチラチラとしか見ていない。視線をやってみたところで、芹沢はきっちりと腕で覆い隠し、太ももの隙間にも手を入れていた。
「でも、前回のおかげで少しは慣れてるかも。慣れたくなんてないけど、いきなりこれよりはね」
「……だな」
 前回も前回で、尿検査や写真撮影など様々だったが、最初のうちは上半身裸で走ったり、身体測定をした程度だ。
 今回はいきなり裸で面談形式、オナニーについて喋らされ、性感帯の調査である。アソコに指まで入れられる体験を、大した段階も踏まずに行われるのは、確かに修羅場をくぐってこそ耐えきれたものだろう。
「多田くん」
 芹沢は小さな声で尋ねてくる。
「……さっき、気持ちよかったの?」
 その瞬間、股間がピクっと反応した。
「そりゃもう! なんたって、初めて女の子に触って貰ったからな! それも芹沢に! 気持ちいいのなんのって、自分の手でするのとこんなに違うのかって、感動したくらいだ!」
 多田はいかに気持ち良かったかを力説する。
「あ、あら、そう……」
 芹沢は若干引き攣っていた。
「一生の思い出にさせてもらおう。忘れろと言われても、忘れてなどやらないからな」
 と、断言しつつ……あれ?
 そういえば、記憶がぼんやりとしてくることに多田は気づいた。
 いや、体中を触り、気持ちいい、そうでもない、といったことを答えていた。
 そこまではわかるのだが、芹沢がどんな反応をしていたか、蛙屋がどんな触り方をしていたか、肝心なところがぼやけてくる。もっともっと時間が経てば、全ての記憶が消えていそうな予感がしてた。
(なんでこんなに早く……)
 その時だ。
「また、してあげようか?」
「え!?」
 多田はぎょっとして芹沢を見つめていた。
「……その、どうせなら、多田くんには色々と責任とって欲しいし」
「責任って、審査なんだから俺のせいじゃないだろ」
「そうだけど、それでも裸を見たり、色々したでしょう? せっかくなんだから、責任とって誠意でも見せてくれない?」
「あのなあ? 土下座でもしろって言うんじゃないだろうな」
「馬鹿、ちがうから! そうじゃなくて、そういうんじゃなくて――」
 身を乗り出してくる芹沢は、その目に熱っぽいものを宿していた。自分の気持ちを訴えたくてたまらない、そんな何かが宿っていた。
「芹沢……お前…………」
「多田くん…………」
 いつの間にか、二人は見つめ合っていた。
 そんな中でも多田は動揺しながら自問する。
(責任って、ひょっとしてそういうあれなのか? お、俺が、芹沢と? いやいやいやいやいや! けど、芹沢ってスタイルいいし、割と可愛いような――いや、でも急に、くそっ、俺も男らしく決めた方がいいのか?)
 そうだ、その方がいい。
 目の前にやって来たチャンスをみすみす逃すなど、そんなものは男ではない。

 よし、俺は芹沢と――。
 そんな決意を固めた時。

「はーい、休憩時間終了。ってあれ? お二人とも、大事な話でもしてた?」

 空気を読まず、ノックも無しに入り込んでくる蛙屋に、二人はバネで弾かれたように離れ離れに、勢いよく椅子に座り直していた。

     *

 蛙屋平吉は二人の空気を察していた。
(なるほど? 青春だねぇ?)
 元々、顔立ちは醜い。
 頭頂部からは髪の毛が抜けており、唇は妙に長い。脂肪による膨らみで、ふっくらとした頬とたるんだ首により、顔の形は三角形に近い。さらには腹にも二重三重の脂肪による浮き輪があり、外見には良いところが一つもない。
 それが下品な気持ちを抱え、いやらしくジロジロ見つめてくれば、思春期の女の子が余計に引くのは当然だった。
 芹沢に目を向けると、心なしか警戒して見えた。
「では次の審査を行うので、芹沢さんはベッドで仰向けに、多田くんはそこの椅子にでも座っていてもらおうかな」
 蛙屋はベッド横の椅子を指す。
「は、はあ……」
 面白くなさそうな顔で、多田は椅子に腰を下ろしていた。
 まあ、そうだろう。
 気になる女の子が目の前で別の男に触られたら、誰だっていい気分はしないものだ。逆に蛙屋には優越感が込み上げて、楽しくてたまらなくなってくる。
「これから行う調査も、性的機能にまつわるものなのでね。さっきまでのようにきちんと受けてね」
「……はい」
 いかにも緊張している芹沢の元に、蛙屋もまたベッドに上がった。
(さて、そろそろ食べ頃かなぁ?)
 調査というより、まるで本当の性行為でも始めるように覆い被さり、舌なめずりでじゅるりとヨダレの音を鳴らす。
「あの……」
 警戒と不安が膨らんでか、芹沢の声は震えていた。
「なんだい?」
 そんな芹沢に顔を近づけ、眼差しには欲望をありありと浮かべていく。
「審査……ですよね……?」
「そうだよ? だから何も問題ない、大丈夫だよ?」
 慰めんばかりに、べったりと頬に手の平を貼り付け撫でてやる。かえって緊張している様子だったが、蛙屋はそんなことは意に介さない。
「これから君を感じさせ、絶頂させたりする。まわりのみんなはストップウォッチで計ったりして、イクまでの時間を調べたり、イク回数をカウントしたりする」
 蛙屋は頬に這わせた手で顎を撫で、首から鎖骨へ伝っていき、やがて乳房を揉み始める。張りがあって柔らかいものを手に味わい、楽しんでいると、固い突起がぶつかるようになってくる。
 芹沢は汗ばんでいた。
 蒸し込んだ空気の中にでもいるように、肌の表面はしっとりと、粘着して皮膚がかすかに貼り付いてしまう。
(おやおや、そんなに嫌がらなくてもいいんだよ?)
 緩みきった表情で全身を撫で回し、腹のまわりや腰のくびれに、太ももまでよく味わう。身じろぎのような反応が見え隠れしてくると、下の方に指をやり、ワレメをなぞって糸を引かせた。
 そのままアソコに手指をまとわりつかせ、ワレメをなぶり、クリトリスの突起を指の感触で確かめる。
「あっ…………」
 声が聞こえたところで、本格的に攻め始めた。
 指を挿入した。
「あ……! あぁ…………!」
 刺激に驚いてか、目が見開く。
「あぁぁぁ…………! やっ、あっ、あぁ……!」
 ピストンを開始すると、はっきりとした喘ぎが轟く。先ほどまでの調査では、実のところ手加減していたが、もう弱点は見つけてある。
 軽やかに出し入れして、芹沢の反応を操った。
「あぁぁ…………やっ、やぁ…………め、あぁ…………!」
 指を軽く弓なりに、弱点を圧したり引っ掻くように攻めながら、感じている顔を鑑賞する。左手では胸を揉み、ヨダレを垂らしていたぶった。
 
「――――――あっ!」
 
 イっていた。
 背中が浮き、肩が見るからに強張るなり、ぐったりと脱力していた。
「三分十六秒」
「背中が浮く反応、足首にもピンと伸びていた感じあり」
(あらあら、真面目に記録なんてしちゃって。まあ君達はそれが仕事だもんねえ?)
 蛙屋は指を止めずに攻め続けた。
 クチュクチュと水音は目立ち始め、シーツも濡れてきている中で、やがて再び芹沢は絶頂した。
「あぁぁぁ――――!」
「一分十二秒で二回目に到達」
「腰が左右に震えた反応」
 まだまだ、これからとばかりに蛙屋は芹沢を攻めた。休みなど与えず指を動かし、数分もすればまた絶頂、さらに数分でまた絶頂、連続で何回イクかを試していた。
(ま、僕も仕事の範囲はこなすけどね)
「あぁぁぁ! あぁぁぁん!」
 芹沢の背中はまたしても浮き上がり、太ももはビクついていた。
「7回目」
「十分以内で随分イキましたねぇ?」
 周りの職員達は関心していた。
 生真面目に書き込みを行い、ストップウォッチを数人がかりで操っている。一度イってからまたイクまでの間隔を計測し、何分間で何回イったかも記録している。
「八回目」
 そのうち、芹沢は懇願してきた。
「おっ、あぁぁぁ…! あっ、おっ、お願い――しま――もうっ、むりっ、ゆるひ――ああっ!」
 許しを乞い始めたところでまたイった。
(ごめんねぇ? 悪いけど、連続何回までいけるかの測定だからさぁ!)
 蛙屋は大いに遊んだ。
 バスケットボールで実績を持つ優等生の体力で、どこまで絶頂を繰り返せるか。様子を見ながら愛撫を継続して、平気だと判断すれば、本人が無理だと言い出しても続けていく。
「ええっと、許しを乞うような言葉――っと」
 職員は無情なもので、芹沢の様子がいかに変化していくかも、淡々と観察していた。多田がそわそわしているだけで、他に蛙屋を止めようと思う者はどこにもいない。
 
「十八回」
 
 絶頂で水分が不足して、本格的に疲労が溜まってきたところて、限界のラインを迎えたものと見なして蛙屋は手を止める。手足を投げ出し、だらしなくヨダレまで垂らして寝そべる芹沢には、もう学校代表としてきちんとしている余裕も残っていない。
(とりあえず、水を飲ませて休憩させるか。どうせすぐに体力は戻ってくる)
 この先のお楽しみは後に残してベッドを降りる。
 次に行うべきは多田への審査だが、男の身体を調べるなど面白くもなんともない。しかし、仕事は仕事なので仕方なく、蛙屋は多田に命じた。
「君には何回連続で射精できるかの調査を受けてもらうよ? 健康な少年の射精回数データを作るそうだからねぇ?」
「あの……芹沢は……」
 どうやら、女の子が気がかりでならないらしい。
「大丈夫だよ? 一旦休憩してもらって、そのあいだに君の審査だ」
「……はい。お願い、します」
 多田への案内は職員が行った。
 専用のコップを手渡し、量も調べる旨を告げ、芦沢の裸を見ながらしても構わないと許可まで出す。まるで芦沢の貞操に関してこちらに権利があるような言い方に、むっとした様子を見せていたが、それしきでの減点は勘弁しておくことにした。
 多田はオナニーを行う。
 疲弊した裸の前で、椅子に座って、黙々としごいて射精を繰り返す。
「出ました」
 と、出すたびに報告させながら、職員達は回数を記録していき、最後には多田の精液を溜めたコップを持ち去った。
 これで多田も消耗したことだろう。
 立ち上がって気をつけの姿勢を命じると、肉棒はだらしなく垂れ下がり、表情にも覇気がない。
「うんうん、よく頑張った」
 さて、芹沢の様子はどうだろう。
 体力が戻った様子で、ぼんやりとしていた瞳に光が戻っているのだった。
 
     *
 
 多田は疑念を抱いていた。
(いくらなんでも、おかしくなかったか?)
 欲望にまみれた顔で覆い被さり、芹沢をイカせ続けていた時の蛙屋は、とても審査のためにしているようには見えなかった。
 しかし、周りの職員は淡々と記録を取り、絶頂時の様子まで書き込んでいた。審査する側と、される側の関係もあり、おかげ疑問については言い出せなかった。
 とにかく、面白くなかった。
 芹沢があんなカエル男に弄ばれ、いいようにされているなど、本人はどんな思いでいただろう。
「では審査も終盤だ。次に入ろうか」
(ま、またかよ!)
 多田の前で、蛙屋は再びベッドに上がった。
 しかも、ズボンは雄々しくテント張りに、鼻息の荒い興奮した顔に見下ろされるなど、芹沢はどんな心境でいるだろう。
「脚をM字に、アソコをしっかりと出しなさい」
 蛙屋は鼻の下を伸ばして命じた。
「………………はい」
 今にも消え入りそうな声で、芹沢は震えながら答えていた。
(芹沢…………)
 多田の前で脚が広がる。
 蛙屋の目線で見れば、自分の腰のすぐ近くに開帳された性器はある。胸を隠すことなく、腕はしっかりと気をつけの姿勢となり、背筋も真っ直ぐに横たわる芹沢は、こんな時でさえきちんとしていた。
「これから行う審査は、今までよりも覚悟がいるね」
(覚悟? いったい芹沢をどうする気だ?)
 自分はどんな光景に耐えなくてはいけないのか、芹沢はどうされてしまうのか。多田の位置から、芹沢の横顔しか見えないが、本人は多田以上に不安や緊張を膨らませ、瞳を震わせているはずだ。
 
「本番行為。つまりセックスをしてもらいます」
 
 一瞬、頭が真っ白になった。
「そんな……」
 絶望に震えた声が聞こえた時、驚愕で固まってばかりいた多田は、さすがに勢いよく立ち上がる。
「ま、待って下さい!」
 気づけば大声を出していた。
「いくら審査でも、それはさすがに……!」
 冗談じゃない。
 責任を取れなんて、とても遠回しだったけれども、芹沢は自分の思いを伝えてきた。多田もそれに応え、芹沢と付き合ってみせようと考えていた。
 
 それこそ、どんな告白をしようかさえ――。
 
 しかし、ふと我にかえってみれば、多田はまわりの職員に取り押さえられていた。自分は一体、どんな行動に出ようとしていたのか。
 全身の力が緩んでいき、すると職員も離れていく。
「多田くん? 君も優良健康児としてね、仮にも全国まで来た身だもの。本来なら、ペアの男子に任せるところなんだけど、無理でしょ?」
 いかにも困ってみせる顔をして、蛙屋は見下した視線を送る。瞳の向けられた先を悟った多田は、自分の肉棒がふにゃりと柔らかいことに気づいて戦慄した。
(まさか、まだ元気さえあれば、俺の役目だったのか!?)
 勃発できなくなっているのは、睾丸の中身がなくなるほどの射精回数をこなしたからだ。それさえなければ、自分に活力がないわけがない。言い訳が頭に並び、声を上げかけるも、それがいかに格好のつかないことか。
「芹沢さん。君も、いいね?」
「で、でも! 私まだ初めてで!」
 芹沢は必死の思いを訴えていた。
 誰だって、こんな形で初体験を済ませたいわけがない。
「いいかい? 君達は学校代表としてここに来ている。普通ではできない審査のために、全国から選りすぐりの生徒を選抜してここに集めた。僕達だって、忙しい中で時間を割き、わざわざ集まってきているんだ」
 まるで芹沢こそが聞き分けのない我が儘を言っているかのように、蛙屋は厳しい顔で説教を始めていた。
「君達のことはただの個人としては見ていない。『芹沢綾』ではなく、『幸町第四代表の芹沢綾』として見ている。多田くん、もちろん君も同じだ」
 そして、この本番行為がいかに必要なことかを説き始めた。
 初体験は誰もが恐れるものであり、痛みはどれくらいか、血はどれほど出るか、初めてペニスを受け入れる気持ちはどんなものか。そういったデータを取るためであり、それらは今後の性教育に必ず役に立つものだと、身振り手振りまで交えて演説する。
「君達は日本全国の多くの子供達の先輩となり、遠回しながらも力になれる立場なんだ。わかるかね?」
「…………はい」
 芹沢の萎縮しきった声からは、心の底から納得しているわけではない、やっぱり許して欲しい気持ちがひしひしと伝わってくる。
「では、いいかね?」
 その問いに、芹沢は顔を背ける。
 困ったものを見る顔で、次はどんな言葉で説教すべきか、蛙屋は考えているに違いなかった。
「お願い……します…………」
「うん?」
「多田くんがいいです…………お願いします……どうか……多田くんに……チャンスを……」
(芹沢……!)
 ご慈悲を求める切実なものがそこにはあった。
 一瞬、蛙屋の顔は冷たくなったかと思いきや、みるみるうちに悪巧みを思いついた邪悪なものへと変わっていく。
「チャンスをあげて、それで多田くんが駄目だったら、その時はわかっているね?」
「……はい。その時は受け入れます」
「いいよ? なら減点は無しにして、多田くんの行動も不問にしてあげよう。ただし、多田くんは僕を力ずくで止めようとしたかもしれない。それを不問にするのに、優しくて簡単なチャンスはあげられない。ただ、ルールは物凄くシンプルだ」
 蛙屋が多田を見た。
(な、なんだよ……)
 向けられる表情は、いかにも人を嘲るものだった。できもしないことを必死でやろうと、無駄な努力をしている姿をはたから指差し馬鹿にするような、笑いものにしてくる顔だった。
「多田くん」
「……はい、なんでしょう」
「いまから十秒で勃発すること」
「十秒って……!」
 無理に決まっている。
 そう思った時には、蛙屋は楽しくて楽しくてたまらない様子でカウントを始めていた。
「九! 八! 七!」
「くそっ、こうか!」
 多田はすかさず一物を握り、全力でオナニーを始めていた。目を血走らせ、必死の形相でしごく姿が、どれだけ滑稽だろうと構わない。
 それで芹沢を守れるなら――。
「四! 三! 二!」
 声がだんだん大きくなっていた。
 多田の肉棒は柔らかいまま、どうしても固くならない。
「一!」
 やっと、半勃ちのそのまた半勃ち、半々勃ちほどの固さになるが、とても間に合わない。
 
「ぜろぉぉぉぉ! 残念だったねぇ!」
 
 人が一生懸命していたことを、真正面から煽り倒して馬鹿にする。相手が目上の大人でさえなければ、学校代表の立場でさえなければ、確実に殴りかかるほどの、怒りを刺激してくる声と顔から、多田の頬には唾まで飛んできていた。
「そんな……」
 だが、怒りや屈辱よりも、チャンスを掴めなかったショックに放心した。まるで惜しくもない、達成できた可能性などありもしなかった事実に打ちのめされ、がくっと崩れるように多田は椅子に腰を落とした。
「も、もう一回……」
 本当に力のない、魂の抜けきった声だった。
「だめぇぇ! 残念でした! 君の好きな芹沢綾ちゃんは、僕がじっくり具合を確かめるので、せいぜい楽しく見守ってね?」
 勝ち誇った勝者が負け犬を見下していた。
 多田は打ちのめされた。
 呆然としていた。
 止めることのできないセックスが目の前で開始され、多田はそれを見守ることしかできないのだ。


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