中学剣道少女 最終話「黒崎麗華」

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 体を拭かれている。白濁にまみれた麗華の体を、濡らしたフキンで医師が拭き取っている。当然にように胸やアソコも拭かれたが、もはや麗華にとってそんなことはどうでもよかった。ただぼーっとしながら、麗華は体を拭かれるのを受け入れていた。
 全ての検査は終わったから、あとは解散するだけだ。部員達は始も含めて部屋を去り、三人を残すのみとなっている。精液が一通り取り除かれると、ようやく検査着を着せられて、意思と担任に連れられながら大学を後にする。車に乗せられて学校へ帰され、残されていた授業をほとんどうつろな眼差しで受け、その日は部活にも出ずに帰宅した。
「お姉ちゃん。どうしたの?」
 帰るなり、玄関で出迎えてくれた小学三年生の妹のアケミに心配される。
「別に……。何でもない」
 まさか話せるわけもなく、そもそも何もかもがどうでもよくなって、麗華はそそくさと部屋へ戻っていった。
 そういえば、報奨金がもらえるはずだ。
 医師の話では確か、治験となってちょっとした診察を受けるものだと、両親に話が行っているとのことだ。あんな屈辱的な思いをしたなどとは、麗華から打ち明けない限りバレる心配はないだろう。
 家で今まで通りでいられるのなら、別にいい。
 あとはもう、どうでもいい。
 麗華はベッドにうずくまり、何をするでもなく時間が過ぎるのだけを待ち、晩御飯に呼ばれて居間へ戻る。
「姉ちゃん。元気なさそうだな」
 六年生の弟、アキラに心配される。
「風邪引いた?」
 一年生のユウヤにも気遣われる。
「何でもないよ」
「ホントに?」
 幼稚園のショウコにまで心配そうな顔をされた。
「大丈夫だってば」
 ここまで心配されると疎ましい。
 もう踏みにじられた尊厳はどうにもならないし、とても誰かに話せる内容ですらないというのに……。
 だから何も話すことはなく、麗華はただ黙々と食事を済ませる。
「ごちそうさま」
 食事を済ませて、麗華はすぐに部屋に戻った。
 自分は堕ちたのだ。
 どんなに違うと叫んだとしても、始も、みんなも、もはや麗華を尊敬できる先輩とは思ってもらえないだろう。見られながらオナニーして、体をドロドロにされた淫乱な牝のようにしか見てはくれない。
 どうして自分は負けたのだろう。
 ドーピング検査で排尿を撮影されてしまった時か、それともその動画をダシに結局は検査に持ち込まれ、尻の穴までじっくり観察されてしまった時か。それとも、その検査中に撮影された記録が全てネットで公開されてからか。
 ともかく、麗華は欲望に勝てなかった。
 心のどこかでイきたいイきたいと思っていて、麗華の心は負ける言い訳のチャンスを虎視眈々と狙っていた。少しでも負けたって仕方のない場面がくれば、待ってましたとばかりに折れようとする気持ちがあった。
 あぁ、だからどうでも良いなんて思い始めたのか。
 麗華は自分の気持ちを自覚するが、自覚したからといってどうなるわけでもない。ただ何をする気力もなく、落ち込むことすらせずに、ただただベッドでぼーっとしていた。無気力な怠け者のように、ぼーっと天井を眺めていた。
「私は……」
 もう元には戻れない。
 虚しい思いで胸にぽっかりと穴をあける。
 そんな時だった。
「お姉ちゃん? 入るよ?」
 ドアを軽くノックしながら、アケミが恐る恐る遠慮がちにドアを開け、ヨタヨタ足で麗華の元へ歩んできた。
「どうしたの? アケミ」
「うん。あのね、お姉ちゃんに剣道教えて欲しいなって」
 アケミは照れたような顔でそう言った。
「剣道、やりたいの?」
「うん。だってお姉ちゃんすっごく強いから、私もお姉ちゃんみたいになりたいの!」
 小さな妹に力強く言われた瞬間、胸を強く打たれたような衝撃を感じた。今まで部員から憧れの眼差しを受けたことなら、それはいくらでもあった。しかし、家族はあまりにも身近な存在過ぎて、逆に盲点だったのだ。
「私、みたいに?」
 麗華は俯く。
 アケミが見ているのは強かった麗華であって、堕落した麗華などではない。果たして、今の自分にアケミを指導する資格があるのだろうか。
「私だって強いばかりじゃない。私だって負ける。どんなに踏ん張っても、結局は駄目な時だってある」
「でも、お姉ちゃんはそれでも勝ったよ?」
「……え?」
 麗華は首を傾げるが、アケミは力強く言ってくる。
「だってそうでしょ! お姉ちゃんだって、最初から強かったわけじゃないの知ってるよ。昔はいっぱい負けてたし、あの時は初心者だったから、頑張っても勝てない相手はいたと思う。それでも頑張って頑張って、初心者じゃなくなって、前までなら絶対に勝てなかったような相手に勝ってきた。私、そんなお姉ちゃんの姿を知ってるもん!」
「アケミ……」
「だから私もね、強くなりたいなって。負けないように、負けたってくじけずにいられるようになりたくて、だからお姉ちゃんと同じ剣道がやりたいの!」
 ああそうか、何て大事なことを忘れていたのだろう。
 負けてもいいんだった。
 大切なのは勝ち負けではなく、例え負けても強い心の芯を保っていられる精神だ。芯さえ強くあり続ければ、自然と心も体も強くあろうとする。そうやって、進化の道を歩き続けていくことが大事なのだ。
 だとしたら、今からでも逆転できるだろうか。
 わからない。
 わからないが、やってみなくては始まらない。
「わかったよ。アケミに剣道を教えてあげる」
「やった。じゃあ約束ね?」
「うん。約束」
 二人は指きりげんまの小指を結び、幼くも可愛いアケミに向かって、麗華は優しい笑みを投げかけていた。

     *

 そして、翌日。
「全員そこに直れ!」
 竹刀を掲げ、麗華は男子部員を座らせる。
「えーっと、なんスか?」
「肌でも見せてくれるんですか?」
 すっかり生意気な口しか聞かなくなった後輩に向け、麗華は竹刀の切っ先を向ける。
「お前達の根性はすっかり歪んでしまっている。いや、私もだ。私自身もこの前のようであってはならない。お前達には私の鍛錬に付き合ってもらうぞ」
「えー……」
「面倒ッスと」
 想像通り、嫌そうな反応が広まっていく。
 だが、麗華は負けなかった。
「私は弱みを握られた。だからあんな目に遭った。お前達はどうして来た? お前達も弱みを握られたとでもいうのか」
「それは違うッスけど――」
 反論する一人の部員がそのまま何かを言いかけるが、麗華はそれは遮った。
「ならば! 欲望のままに昨日は皆私の元へやって来たというわけだ。そして、こう言っている私自身もどうなったか、その姿はみんなも見たかもしれない。だからこそ! そんな堕落した自分を鍛え直す必要があると思う。悪いがみんなにも付き合ってもらうぞ!」
「けど先輩――」
「文句がある奴はかかって来い! もし私を倒せるようなら、お前達、私に何をしても構わないぞ?」
 麗華がそう言った瞬間、部員達は沸きたった。
「え? マジっすか?」
「じゃあ俺、ちょっと挑戦しよっかなー」
 それぞれの竹刀を握り、男子部員は全員が立ち上がった。
「いくぞ!」
 そして麗華は部員達と立ちあって――。
 挑んでくる全ての部員に面打ちを当て、降参させ、鍛錬に付き合うと約束させ……。
「麗華先輩、勝ってもいいんですよね?」
 最後の一人、竹内始が竹刀を構えた。
「勝てるものならな」
 麗華も気を集中する。
 負けはしない。
 いや、負けてもいい――良くないのだが、負けても折れないことが大切だ。誰にどう思われようと、自分は自分であり続ける。そうすれば、どこかに自分をわかってくれる存在は必ずる。
「いざ尋常に、参る!」
 そして、麗華と始の立ち合いが行われた。
 この一本がどんな結果になろうとも、麗華は二度と折れはしない。それが相手を楽しませることもあるだろう。男は屈辱に歪む麗華を楽しむ。だが、それでも折れずにい続けてやる。最後の最後で勝つために――

 いつかあんな検査なんて無くしてやるために、今はとくかく剣を振るった。

 最後まで立ち続けているために、心を鍛えるために。