最終話「手淫」

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 精過剰症は心因性の病気である。
 身体機能の不具合やウィルスによるものではなく、性欲という精神的なところから精液の分泌量を増やしてしまうものだ。平均的な男性を上回る精子と液体の量を出すが、そのために全身の筋肉へまわるべきたんぱく質が普通より多く精巣に配分され、身体の栄養バランスを崩してしまう恐れがある。
 そのため、慶介は栄養に関する指導を受けた。
 どんな食事がたんぱく質をより吸収しやすいのか。食材についての抗議を受け、測らずも栄養学の知識を多少身につけることとなった。
 精過剰症の難しいところは、主な原因が性欲であることだ。
 それは人間の三大欲求に数えられるもので、まず持っていて当たり前である。生物は遺伝子レベルで子孫を残そうとする本能を持っているのだから、性に対して無欲というのもそれはそれで普通の状態とはいえない。
 性欲そのものを消すことはできない。
 できるとしても、せいぜい減退がいいところだ。
 だが、神奈先輩から受けた指示はこうだった。
「原因はどうあれ、まず栄養が精液の製造に回されすぎる危険性がある。それによる身体の不調を防ぐためには、筋肉にたんぱく質がいきやすくなるよう調整すること。たんぱく質を接種し、筋トレをして筋肉に疲労を与えておくように」
 そうすることで、筋肉への配分率が増えるそうだ。
 筋力増強には超回復という仕組みがある。トレーニングで痛んだ筋肉が回復するとき、その回復の勢い余って筋肉を増量する。
 つまり、筋肉を疲れさせれば回復の必要が出る。すると、筋肉への配分が増えて症状が軽減される。
 といった寸法だ。
「それと、睾丸の膨張が進めば破裂する。定期的に中身を出せば心配はないけど、精子量を見て経過を観察する必要があるね」
 神奈先輩にはこれからもヌいてもらえる。
 精過剰症などヌき忘れさえしなければいいのだし、症状があるとわきまえた上で生活していれば何の問題も起きはしない。
 そして、治療の建前の元に触ってもらえる。幸先はいい。
 その日も経過観察として精液採取は行われ、ペニスが神奈の手に握られる。
「私が触っているんだから、さっさと出す」
 そんな風にせかされたが、簡単に達してしまうのは勿体無い。
「もっとこう、気持ち良ければすぐに出ますよ?」
「何か要求する気? 絶対に手しか使わないから」
 あくまで治療行為でしかない。症状のためだ。神奈はこれを性行為にはカウントしないつもりでいるようであった。