時槻雪乃の精密身体検査(後編)

前編 中編




 さわ、さわ、

 正面の中年医師は、ようやく乳首を離れる。手を下へ、脇下から脇腹までを上下往復で何度も撫で、腹の皮膚と筋肉を探った末に下半身へ移っていく。
 背後の若手医師も、足元にしゃがんでふくらはぎを掴み、膝から下を満遍なく調べて、その手を上にのぼらせた。

 さわ、さわ、さわ、

 雪乃は今、前後の医師から太ももの表と裏を揉まれている状態にあった。
「んくぅ…………」
 雪乃は緊張に包み込まれた。
 今の雪乃にはショーツもなく、靴下もない。全裸で全てを晒している。
 二人がしゃがんで太ももに触るという事は、つまり二人の顔面が大事な部分に接近していることを意味している。お尻とアソコが両方とも、前後からの至近距離の視線に晒され、拝まれているのだ。

 ジロ……
 じぃぃ……

 薄っすらと茂みを生やした初々しい秘所。
 ぷっくりと肉を丸めた柔らかそうな白い尻。
 それらが同時に、顔面至近距離の視線という、サンドイッチ状の挟み撃ちを受ける。恥ずかしい部位に対する、ゼロ距離からの視線は、皮膚に鋭く食い込んで、痛いような気さえしてくる。

 ふぅ――
 ふぅぅ――

「――っ」
 前後からの温い吐息が、尻の丸みと秘所の割れ目にそれぞれかかった。

 ふぅ、ふぅ――。

 息が吹きかかる。
 男の吐き出す、感じたくもない温もりにゾッとする。正面の中年医師を見ればわかる事だが、かかってくる息のせいで、二人の顔が迫ってきている事実を、より強烈に認識させられる。
 じわじわと、雪乃は顔を熱くした。
 赤い顔は沸騰しそうなほどに熱を増し、雪乃の脳をことこと茹でる。ただ恥ずかしいだけの理由で頭がクラクラして、風邪気味の体調不良のように、全身が辛くなった。

 さわ、さわ、

 追い討ちのように、前後から内股へ差し込まれた手がきわどい位置へやって来る。今にも股下に触れそうな、脚の付け根のギリギリの部分を揉んだ。

 もみ、もみ、もみ、もみ、
 
 あまりの熱さに、雪乃は自分の顔の温度を自覚していた。自分の熱気が空気を蒸し、周囲を暑くしている錯覚さえ覚え、暑さにやられたように頭が揺れる。
 一旦、手が離れた。
 中年医師と若手医師の触診行為が、一瞬だけ止まり、雪乃の太ももは解放される。
 次の瞬間。

 前後の両手がお尻と秘所に同時に触れ、尻たぶと肉貝が前と後ろでそれぞれ開かれ、恥ずかしい穴が共に覗き込まれた。

 雪乃の表情は波打つようにぐにゃりと歪み、怒りとも悶絶ともつかない、頬も唇も変形した顔になる。
「――――――――――――――っっっ!」
 声にならない叫びが、その顔つきから上がっていた。
 中年医師は親指を使って肉貝を開き、血色の良い陰部の中身を観察している。小陰唇の肉ビラと、突起しかけの陰核亀頭。まだ男を受け入れたことのない、挿入するには狭いであろう膣口の小さな穴。
「うーん。綺麗だねぇ」
 性器に対するコメントが、雪乃の心を深く抉った。
「処女のようだし」
 ――うるさい!
「あー……。クリトリス反応しちゃってる?」
 ――殺すわよ!
 中年医師の発する言葉の一つ一つが、雪乃の心を破裂させんばかりに反応させ、神経を焼くような苛立ちと顔が燃えるほどの羞恥にかられる。
「こっちも、随分綺麗だなぁ」
「――――――――――くっ!」
 若手医師の肛門へのコメントが、全てを呪いたくなるほどの膨大な屈辱を注いできた。
 若手医師は両手で尻たぶを鷲掴みにする形で、割れ目を開いて肛門を観察している。綺麗とはいえないこんなところに、情け容赦ない量の視線が注がれる。掴んでくる手の中で、雪乃の柔らかい尻肉は、可能な限り硬く強張っていた。
「あまり黒ずんでなくて、綺麗なピンク色か」
 ――うるさい!
「皺の本数は○○本だったかな」
 ――殺す! 殺す!
 雪乃の抱く黒い憎悪は、その目つきと表情に滲み出て、赤面の涙目ながらに、視界にいる限りの男の全てに殺意を剥き出しにしていた。
 どんなに、一般人を殺さない理性はあっても、出来るならこの部屋を丸々と竈に変えたい本心が、雪乃の中でどうしようもなく膨れ上がっている。
 本当は殺せる。それを見逃してやっている。
 そして、恥ずかしいから殺すという、安っぽい怪物になどなるまいとする意地。
 その二つだけが、雪乃の精神を唯一支え、暴走させてはならない感情の荒波をギリギリで抑えている。今にも外れそうな容器の蓋の内側で、外へ出ようと暴れる内容物と、それを抑える蓋の対立のようなものだった。
 その我慢は同時に、こんな連中なんかのための、報われるはずのない苦行ともいえる。彼らへの殺意を抑える意味は、ただ恥ずかしい思いをすることだけなのだ。

 負けない……。

 雪乃はそれでも、意地を曲げない。
 初めに指示された、頭の後ろで両手を組み、足を肩幅程度に開いたポーズを崩していない。〝普通〟の少女なら、泣いてしゃがみ込みそうだからこそ〝普通〟を捨てた象徴として、耐え抜きたい。

 ……負けないわ。

 最後まで耐え抜き、殺さずに見逃してやったと言うためだけを目標にして、雪乃は殺意を表に出しつつも、言われた指示は守っていた。
 性器と肛門を同時に観察され、二人が口にする視触診の結果のコメントがペンでメモされ、雪乃がそうされている様子を周囲から眺められても、雪乃はこの意地だけは曲げなかった。

     †

 そうして、二人の医師に体の前後を全て触られた。体中の全ての箇所に、面積を余すことなく、まんべんなく手垢がついたと思えるほど、実に丁寧な視触診だったといえる。
 それも、二人分の手垢が二重にだ。
 若手と中年がそれぞれ触診してきたので、その分手垢は重ね塗りされ、最終的には顔の筋肉や唇までもを調べられた。
 そして二人は、筋肉が多めだとか少なめだとか、そうした情報を二人でその都度声に出し、記録役の医師がペンを走らせ記録した。雪乃の体つきは書面上のデータ化され、女性の情報サンプルとして、医学用の資料として永久に保存されるとのことだった。
 その時代その時代の、できるだけ多くの人の健康データを詳しく集め、医学的な考察に役立てる。
 目的だけなら、正当性があるように聞こえる。同意の上なら恥ずかしい検査もあるのだろうが、雪乃は学校規則という形で強制されてここに来ている。
 不当だと感じないわけにはいかない。
 若手医師と中年医師は、最終的には、雪乃の性器と肛門を両方とも観察したのだ。肩や膝など、面白くなさそうな場所にも丁寧だったが、お尻や肉貝に関しても、じっくりと揉み込んでいる。
 たった一日で、かなりの人数に恥部を見られている。
 耐えてやろうとは決めているが、絶対に不当だとも、雪乃は強く思っていた。

     †

「ベッドで四つん這いになり、頭を下につけ、尻だけを高くした姿勢になりなさい」

 肛門検査のための指示で、雪乃はまるでお尻を差し出すかのような情けないポーズを取らされた。
 土下座で額をべったり床につけ、膝を立てて尻を上げたら、ちょうどこんな姿勢になる。
 土下座が頭をよぎったせいで、全裸で過ごす悔しさに加え、さらに別の感情が加わった。
 謝る理由もないのに、土下座で頭を下げている。
 被害者はこちらなのに謝罪を要求され、しかもその相手が加害者である時のような、最悪の屈辱感。単に恥部を晒すのとは確実に違う種類の、この屈辱。
 これをもう一段階例えるなら、尻や胸を触ってくるセクハラの犯人が、それがバレて騒ぎになったという理由で、こともあろうか女性側に謝罪をさせる。別にそんなことはしていないのに、女性が色香で誘ったのが悪いということにする。そんな理不尽な被害者に、自分がなったような気分がした。
 このポーズでは割れ目が広がり、肛門が丸見えになるのだ。
 単にポーズを取ったという理由だけで、それだけ理不尽な目に遭った気分になるには十分だった。

「とりあえず、ギョウチュウ検査からやっちゃおう」

 ――それって、まさか!

 元より、反意を顔に出す以外の抵抗をする気はないが、その上でも、抗議をしたり「自分でやる」という申し出をする隙もないうちに――

 ぺたり。

 肛門に貼る専用のセロファンが乗せられて、雪乃ははっと全身を強張らせた。トドメを待つばかりの獲物のように、身も心も固くして、ほぼ反射的に、ギョウチュウ検査を人の手でされることを待っていた。
 雪乃はシーツに顔を埋めたまま、尻の背後に立つ男の気配を感じ取る。片手が無遠慮に尻たぶに置かれ、肉を掴まれ、揉まれて、顔を顰めながら雪乃は堪えた。

 ぐりっ、

 真っ直ぐに伸ばされた指が、肛門に腹を押し当てる。

 ぐりっ、ぐりっ、ぐりっ、ぐりっ――

 セロファン越しの菊皺を揉まれ、男の指の感触を、雪乃は肛門で如実に感じる。正確には、固いビニールに包まれたような指先の肉と骨の触感が、雪乃の精神を恥辱に染めていた。

 ぐりっ、ぐりっ、ぐりっ、ぐりっ――

 木の棒を使った火起こしの方法のように、真っ直ぐな指を左右にぐりぐり回転させ、雪乃の肛門を摩擦した。
 果たして自分は、男達の目にどう映るのか。
 尻を持ち上げたこんなポーズで、肛門をいい様に弄られている惨めな光景が、彼らの前にはあるはずだ。人をこんな風に扱って、さぞかし良い気分であろうと思うと、悔しくて悔しくてたまらない。

 ぐにぐにぐにぐにぐに――

 まるでその指先から、屈辱的感情を注入されているかのようだった。

     †

 ぬるりとしたゼリー状の塗り薬を指で塗られて、指先の感触と共に、ゼリーで肛門がひんやりした。
 次に行われるのは採便で、お尻の背後にいる医師は、雪乃にガラス棒を挿入しようと構えている。穴に先端を付き立て、直腸に向かって押し進めた。
 ガラス棒に成分を付着させ、保存して持ち帰るための検査方法らしいが、今さっきとどちらが屈辱的かはわからない。先に与えられた屈辱の余韻の上から、もう一度屈辱を与えて加算しているのか。それとも、元からこのくらいの屈辱なのか。

 嫌な違和感ね……。

 雪乃は瞼を強く閉ざしていた。
 本来なら、肛門は出すものを出す器官である。すなわち、出口といえるはずの穴を入り口にして、体内に異物が差し込まれてくる。
 痛いとか、キツイわけではない。
 ただ、違和感としか言いようのない違和感が、お尻の穴に雪乃の意識を集中させた。否が応でも、ガラス棒の形をはっきりと感じ取っていた。

 ヒク、ヒク、

 直腸を目指す侵入者に対して、肛門括約筋が条件反射的に反応して、蠢くようにガラス棒を締め付ける。雪乃自身にそんなつもりはなかったが、体内の領域に侵攻される違和感を前に無反応ではいられなかった。
「ヒクヒクしないようにねー」
 注意され、どこまでも情けない、惨めな気分になる。
 こんなことを指摘してくる最悪のデリカシーの無さも、腹立たしいことこの上ない。
 ガラス棒が引き抜かれる。
 異物が外へ出てくれる、その点に限っては安心する。
 引き抜くと、つぷっ、と水膜の閉じるような音が立ち、検便が終了した。
 これで、少なくとも肛門は終わりのはず。
 と、雪乃は楽観する。
 その時だ。
 ヌプッ、と。

 すぐにビニール手袋をした中指が突き立てられ、根元まで挿入され、直腸検診が始められる。

 安心した隙を突くような挿入に、少しでも油断してしまった自分を含めて雪乃は恥じる。シーツに深く顔を埋め、布を強く握りながら、直腸を探る指の動きを雪乃は耐えた。
 挿入された中指は、雪乃の中で患部の有無を探している。健康度合いを指先で品評し、人の直腸に点数をつけようと、医師は指に神経を集中しているのだ。
 直腸壁を調査するために、指を回転して横や上を指の腹でなぞっていく。何度も指を捻り直し、診察漏れがないようにしている指の動きが、雪乃には如実に伝わる。
 初めは奥を調査していた指は、しだいに手前、出入り口に近い部分の直腸壁を探り始めた。前後スライドのようになぞりもするため、左右に捻るのに加え、若干のピストン運動も加わっていた。

 ずぷっ、ずぷっ、

 指の出し入れ。
 高く持ち上げられた尻に向かってのこの光景は、医師が白衣と手袋で真剣な面持ちなのを除けば、そういう肛門プレイの瞬間に見えなくもない。
 そのために尻を捧げて、雪乃が相手のプレイを受け入れている姿として見ようと思えば、視覚的には確実にそう映る。観賞している男達の中には、完全にそういうつもりで、腹の底では役得に歓喜している者も少なからず混じっている。
 もちろん、検査に過ぎないことは事実だ。
 だが、どちらにせよ雪乃は、こうしてお尻の穴を指で犯され、肛門が異物に慣らされている点に違いはなかった。

     †

 身体のあらゆる部位の検査は完了し、そして肛門にまつわる内容も概ね消化されていく。ギョウチュウ検査と直腸検診を終えた雪乃は、次に仰向けの指示を受け、開脚を強いられているのだった。

 四つん這いの方がまだマシじゃない。

 仰向けで、脚をM字状に開いて膝を両手で抱える姿勢は、尻が上へ持ち上がる。乳房、性器、肛門。全ての恥部が観賞可能となるポーズは、ただ維持するだけでも雪乃の精神をすり減らしている。
 顔が隠せないのが問題だった。
 確かに今まで表情を隠す機会はなく、赤面っぷりは常に見られ続けていたが、四つん這いのおかげでシーツに顔を埋めていられて、米粒程度には安心できていたのだ。
 不幸の度合いがあまりにも大きすぎて、結局は悲劇だとしかいいようのない、計算の釣り合わない不幸中の幸い。
 しかし、ここまで恥ずかしくて屈辱的な思いをしている最中では、例えミジンコほどの小さな安心の措置だとしても、その方がマシという理由で縋りたくなる。
 だがそれは、雪乃にしてみれば弱さともいえた。
 精神的に屈強さに欠けるから、よく考えればあっても無くても変わらない程度の、目に見えないほどの小さなマシさなんかが黄金に見える。
 そんなものに少しでも縋っていた自身の弱さは、雪乃のとって自戒したいものでしかなかった。
「もうすぐだからねー」
 まるで子供を慰めるように、中年医師が言う。
 中年といっても、全身視触診の時とは別の人物が、開かれた雪乃の股へ顔を近づけ、性器を眺める。
 いや、医師だけではない。
 雪乃のベッドに集まる全ての男が、同時に見える三つの恥部を上から眺め、品定めでもするような顔をしている。
 忌まわしい連中だ。
 自分の裸を拝む全ての連中に対して沸く殺意を、雪乃は再び表に出し、このポーズのまま睨み返す。
「この毛はカットして整えてるね?」
 中年医師は茂みを掻き分けるようにして、一本一本を指で摘んで確かめる。
「…………」
「鋏かな」
「……そうですが」
「整えるのには理由はあるのかな」
「ない」
 雪乃は必要以上にぶっきらぼうに答えていく。
「意識調査も兼ねてるから、明確に答えてね。本当に何の理由もなく鋏を入れて、整えてる?」
「……………………その方が綺麗、って気がしただけ。深い意味も、理由も、ありません」
 殺意の篭った表情で、素直に答えた。
「まあいいでしょう。可愛い理由だねぇ?」
「――っ!」
 煽るような口調に苛立った。
「じゃあ、触るからねー」
 中年医師は指を雪乃の性器へ置き、ぷにっとした恥丘、肉貝を指の腹でなぞり出す。表面を滑っていくような触り方に、秘所がとてもくすぐったい。
 どうしても意識がいった。
 恥ずかしいあまりに下半身に神経が集中し、指の感触に敏感になる。彼の指の腹がどんな形で、どのくらいの面積をしているのか。そんな事がアソコの触覚でわかるほど、秘所への意識の集中は激しかった。
 いっそ考え事でもして、他に意識を移せる器用な精神作業が出来れば楽なのだが、性器を触られるという重大な事態が相手では到底できない。
 意識がそこに縛り付けられ、本当は無視したい感覚をはっきりと知覚せざるを得ない。
 くすぐったさに似たムズムズするような感覚が、下腹部をキツく引き締め熱くする。肉貝をぐるぐると何周もしていた指先は、やがて縦筋をなぞるスライド往復を開始して、ムズムズとした秘所の熱さを増していった。
 感じてなど、いない。
 こんな形で感じるほど、この体は安くない。
 だが、人間の肉体が持つ生理機能は確実に刺激を受ける。雪乃自身はくすぐったいだけだと思っていても、巧妙な指遣いは秘所をみるみる熱くさせ、そこで汗をかきそうなくらいに、火照っていく。

 くぱぁ――。

 再び中身を暴かれて、雪乃は赤面の色を濃くした。
 神経の敏感な肉ヒダは、良かれ悪しかれデリケートだ。顔を近づけてくる中年医師の視線を感じ取り、それだけで中身を糸でくすぐられるような感覚を味わう。
 ツン、と。
 クリトリスへの軽いタッチが雪乃を襲う。
「――――――――――っ!」
 予想外の強い刺激に、雪乃は今までにないほど目を丸めた。
 決して、快感だとは思わない。
 こんなことで、愛情も無しに感じはしない。
 だが、神経の集中する敏感な部分への接触で、例え快感ではないにせよ、性器はまるで無反応ではいられない。恥ずかしさと屈辱から、そこばかりに意識がいき、触れてくる指の形が如実に伝わり、視線さえも触覚で察知する。
 視線と触診を受け、神経は鋭敏化した。
 鋭くなり、熱くなった。
 そんな状態のアソコだ。
 どんなに本人が違うとは思っていても、本当の意味で何も感じないことなどありはしない。
 無視したくても、無視しきれず。
 無反応、不感症ではありきれず。
 下腹部がキュンと引き締まり、熱くなる。
 最悪の展開が押し寄せて、雪乃は焦燥した。
 まさか、そんなことにはなりたくない。
 絶対に、嫌だ。
 雪乃の気持ちなどまるで無視して、中年医師の指がクリトリスとトントン叩く。突起したそこを撫でる触診行為で、触れた具合を確かめる。
「状態良好。えーと、それから――」
 確かめながら、触れた結果の専門的なことを呟く。それらを書類に書き取る職員の姿が、中年医師の背後にあった。
「膣口は男性未経験ですが、指が一本か二本程度入りそうな程度の入り口ですね」
「!」
 そんな事を平然と口にされ、雪乃は顔を歪めた。
 先に散々惨めな思いをしてはいるが、自分の性器をリアルタイムで解説され、何度となく感じてきたのと同じレベルの羞恥と屈辱が押し寄せる。
「最初の面談では、自慰行為では外側を触ることが多かったという事ですが、おそらく膣口の近くは触れているでしょう。確かに自慰経験を積んでいる性器です」
 雪乃のプライバシー意識など無視して、中年医師は性器に対する見解を述べていく。許可を出したわけでもないのに、勝手に解説材料にされるなどたまらなかった。
「この色合い、血色は良いですし。クリトリスの反応も良好で生理反応も概ね良し。ちょっと膣内も検診しましょう」
 あらゆる観点から語った中年医師は、ビニール手袋を嵌めたその手で、指を膣に挿入する。
 指が入った。
 この大切な場所に他人の指が入っている事実に緊張し、全身を硬直させて表情を強張らせる。
 指先がゆっくり、膣壁の合わさる壁の狭間を侵攻し、膣の最奥を目指していく。医師の指が根元まで埋まり、指の長さが届く限りの一番奥をつつかれた。
 膣壁全体が蠢いて、包み込んだ指の形を確かめる。
 雪乃の意志でしたくてしているわけでは断じてない。快感などとは認めないが、敏感な条件反射で、膣は蠢きキュウキュゥと収縮する。

 じわっ、

 何かが、滲んだ。
 気持ち良くなどない、断じて違う。
 異物が体内にある違和感とでも言いようの無い感覚だが、それが他人の指である事実が羞恥と屈辱を呼び覚まし、ついでのように汁が出る。
「あー。これ、膣分泌液出てますねー」
 中年医師は即座に言った。

 違う! 感じてない!

 雪乃の目はそう叫ぶ。
 だが――。

「濡れてるのか」
「検査だというのに」
「けしからん」
「いえ、生理反応ですから」
「そういうものか?」

 ざわざわと、大人達は小さな声で、雪乃が濡れ始めている事実について話題にする。
 それは雪乃にとって、鞭打ちにも匹敵する拷問だった。

「膣液に違いないんだな」
「いやぁ、出ちゃったかー」
「ま、そんなもんでしょう」

 一つ一つの言葉が雪乃の心を強く鞭打つ。
 精神的苦痛もさることながら、自分の性情報について目の前で話題にされるという種類の恥ずかしさで、またもや頭が揺れて目眩がしてくる。
 恥ずかしいという理由だけで、こんなにも頭がクラクラするものなのかと。この状況でズレた関心を抱くほど、雪乃は熱っぽくなった自分自身の状態を思う。
 指はしばらく、抜かれなかった。
 最初の数分は栓を奥まで閉じたまま、指を左右に捻る事で膣壁の触感を確かめる。やけに念入りに、真剣な面持ちで行っていたため、これだけで二分か三分は消費していた。
 奥を調べつくして、ようやく指は外側へ動き、中年医師の視点から見たもう少し手前の膣壁が調べられる。中間地点の触感をチェックするため、若干ながら指は前後に揺れ動き、雪乃の膣に刺激を与えた。

 こ、この人! こんな――。

 単に性的刺激を与える目的なら、もっと普通に出し入れしていることだろう。気にかけたポイントに限って、膣壁の一部分をなぞるための前後の動きは、確かに診察行為に過ぎない。
 だが、膣内で確実に指が動き続けているのだ。
 それがどんなに小さな動きで、医師側に性感を与える目的がないとしても、微量の刺激は時間をかけて蓄積する。
 初めは、汗が滲む程度の量の膣液だった。
 それがもう少し増え、もっと目でわかりやすいほど、雪乃の股は濡れていた。
 まるで汗ばむかのように、膣口から滲み出た汁が股全体をしっとりさせ、蛍光灯の光をキラキラと粒状に反射していた。
 やがて指は引き抜かれ、医師はガーゼで汁を拭き取る。
「…………」
 黙して受け入れる雪乃。
 だが、全身が震えていた。
 濡れたところを見られた恥ずかしさと、人に股を拭かれる屈辱という理由だけで、体中が痙攣したように震えていた。

「さて、時槻雪乃さん。現在、尿意はありますか?」

 そして、その質問内容が次の屈辱内容を暗示していた。

     †

 ジョオォォォォォォォォ――。

 尿検査。
 次の検査に移ると、雪乃の前に尿瓶が用意され、雪乃はその中に向かって放尿を強いられる事となった。
 ベッドでの仰向けで、脚をM字にした姿勢のまま。

 ジョオォォォォォォォォ――。

 ぴったりと当てられた尿瓶の容器で、透き通った黄金水が順調に溜まっていた。
「~~~~~~~~っ!」
 こんな形で、衆人環視の前に立つ雪乃は、ほぼパニックといっても差し支えない状態にいた。
 人前で用を足すなど、想像すらしたことがなかったのだ。
 学校の性教育やインターネットの情報で、性行為に関する知識だけなら持っていたが、マニアックなプレイまでの知識はさすがにない。そういう情報に、積極的な興味を持とうとしなかった雪乃は、まさか女性の放尿を見たがる男がいるなど知りもしないのだ。
 かといって、別にこの場にいる男性に特殊性癖者がいるわけではないのだが。

 ジョオォォォォォォォォ――。

 そういうわけで雪乃は、世の中に人前で放尿を行う機会が存在すること自体、発想すらなかったのだ。
 困惑を通り越して、衝撃。
 尿瓶を当てられた雪乃は、直後は尿が引っ込み、すぐには出せずに時間がかかった。衝撃で真っ白にされた頭が少しずつ思考を取り戻し、一体どんなありえない指示を出されているのかを明確に理解して、さらにしばらくの時間を費やし、ようやく放尿に至っている。

 ジョオォォォォォォォォ――。

 雪乃自身、もう自分のしていることが信じられない。
 顔の筋肉が許す限界まで、雪乃は強く瞼を閉じ、唇も結んで歯も食いしばる。人間の顔の極限まで赤くなった有様と、可能な限り表情の歪んだ、いっそ面白いほどの顔つきが、そこにはあった。
 雪乃の強いられている、自身の膝を抱えた開脚ポーズ。そのせいで両手とも膝裏を握っているため、そんな羞恥と屈辱が極限まで表に出ている表情を一切隠せず、この状況で唯一可能な、顔を横にして顔面半分をシーツに隠すことだけに全力の限りを尽くしていた。

    †

 パシャッ、

 最後に行われる撮影。
 全身視触診の際に取ったのと同じ、頭の後ろに両手を組んで足を肩幅ほどに開くポーズで雪乃は、カメラの焚くフラッシュとそのシャッター音を一身に受けていた。

 パシャッ、
 パシャッ、
 パシャッ、

 撮影担当者は乳房を映す。
 最初の数枚は正面から、さらに追加で横から取る。片方ずつをアップで取る。乳首を中心に撮影するため、ズーム機能で乳首だけを拡大して写真に収める。
 女子の発育情報をデータ化する資料として、乳房やお尻といった部位に絞って、雪乃は恥部を撮り尽くされるのだ。

 パシャッ、
 パシャッ、
 パシャッ、

 乳房だけでも、これで十回以上はシャッター音が切り落とされた。
 瞼を閉じ切り、限界まで顔を歪めた恥辱の象徴そのもののような表情まで含めて、ここでは撮影対象だ。裸を撮られる恥ずかしさの中、女の子がする『表情』さえも、彼らは採取しようというのだ。

 パシャッ、

 顔面のアップ。

 パシャッ、

 乳房と顔面をセットで映した一枚。

 パシャッ、

 頭からつま先までかけて、一糸纏わぬ姿が丸々と収まる一枚。

 そんな写真の数々を撮られる雪乃は、さすがに目に涙を溜め込んだ表情になっていて、本当に泣き出していないことがもう奇跡といえるほどの状態に雪乃はある。

 パシャッ、

 普通の撮影なら、まずもって感じなかったであろう、シャッターとフラッシュに対する激しい心の苦痛。それは本当の胸の痛みを錯覚するほどに、雪乃の胸を抉っていた。

 パシャッ、

 丸いお尻が撮影される。
 同じ写真を何枚も、お尻に向けてフラッシュを焚く。
 パシャッ、
 パシャッ、

 正面から、茂みの生えた性器が撮られる。ある程度カメラを離した一枚から、レンズを接近させた接写をそれぞれ数枚ずつ撮った。

「四つん這いになってねー」

 パシャッ、
 パシャッ、
 パシャッ、

 桜色の菊皺が、レンズに収まる。

「アソコも開いてねー」

 パシャッ、
 パシャッ、
 パシャッ、

 開かれた肉ヒダが撮影され、恥部といえる箇所の全てがカメラに収まった。

「はい、終わりだよ」
「一時間ほど休憩したら、服を返してあげるからねー」

 一時間……。
 長いあいだ過ごした時間に加え、さらに追加で一時間、雪乃は男達のいる環境下で全裸で過ごす。
 解放されるまで、ほんの数時間が一週間にも思えていた。

 かくして、雪乃の得た『痛み』は、果たして化け物たるための糧となったのか。

 それは誰にも、わからない。