――これは悪意ッ!?
剣崎天利には人の悪意を感知する超能力がある。一定の範囲内であれだ直ちに察知し、その場に駆けつけることができるのだが……。
「……いない?」
学校、教室。
不審者の侵入か。あるいは不良生徒の暴力か。そういった危機を想像して駆けつけた天利なのだが、そこには悪意の人間どころか、放課後の居残り生徒の姿もない。窓際から夕暮れの差した無人の教室は、ただただ静寂が漂うだけである。
「他の場所にも悪意を察知したけれど、そちらは何ともないだろうか」
保健室へ向かってみるが、そこには何の悪意も無い養護教諭がいただけで、他に出入りした人間はいないという。図書室や視聴覚室、理科室にも足を運ぶが、やはり善良な生徒が読書でもしているか、あるいは誰もいないかのどちらかだった。
「……おかしい。確かに悪意を感じたと思ったのに、気のせいだった?」
飛翔能力を持つ天利は、念のために校舎を出た学校周囲まで探ってみるが、やはり悪意を持つ人間の気配はない。
「やっぱり、気のせいだった?」
それとも、天利が駆けつけるよりも早く、良心の呵責か何かで、本人が勝手に悪意を沈めたりでもしたのだろうか。
まあ、いいか。
何もないのなら、それにこしたことはないのだし――。
***
その日は身体測定だった。
(あ、朝から服を脱がなくてはいけないなんて…………)
剛寒市独自の保健法では、測定及び健康診断を受ける学校生徒は、必ずパンツ一枚になることが定められているのだ。
犯罪都市とさえ呼ばれる治安の悪さのため、生徒を裸にすることで身体の刺青や傷跡を確かめる。どこかで虐待を受けてはいないか、逆にタトゥーなどを刻んで将来犯罪者になる恐れはないかを見極める意図があるという。
この方法で実際に不審な注射の跡が見つかり、学生に麻薬を売りつける売人発見のきっかけとなったなど、実績が証明されているため、羞恥心の配慮を唱えたところで、これが容易に撤回されることはないだろう。
もし、通常通り体操着などでの測定に戻るとしたら、剛寒市の治安が改善され、平和が訪れてからの話となるはずだ。
もちろん男女別。男子に見られる恐れはない。
けれど、男の担任が平然と女子の着替えを見守り、全員が脱ぎ終わるのを待っているのだ。
(これはれっきとした検査なのだし、乗り切るしかない)
既にクラスメイトの面々は脱ぎ始めている。
(よし、こうすれば脱ぐところは先生から見えない!)
天利は机の下にしゃがみこみ、背中を向ける形となる。
まずはブレザーのボタンから外し始めた。前を全開にしてから、両腕の袖を片方ずつ引き抜いていき、脱いだブレザーは膝の上で畳んで机に置く。
次に脱ぐのはワイシャツかスカートか。
教卓に座る先生の視線角度を考えて、天利はスカートを選んだ。腰部にあるホックをぱちりと外し、チャックを下げることで緩めると、なるべく他の女子からさえも見えにくいよう、体育座りの姿勢で、だんだんずらしていくような脱ぎ方で、尻から膝へ持ち上げる。そして、膝から足首に向けて下げていき、下半身はパンツ一枚だけとなった。
ワイシャツのボタンを上から下へ、一つずつ外していく。ブラジャーに包まれた胸がだんだんと姿を現し、白いお腹のヘソまで見えてくる。袖を引き抜くことで下着姿になった天利は、とうとうブラジャーを外すこととなる。
(みんなも脱いでいるのだし、いくら恥ずかしくたって、私のわがままでクラスに迷惑をかけるわけにもいかない)
天利は背中に腕を回し、ホックを外す。乳房をぴったりと覆っていたカップに隙間が出来てパカリと浮き、自分が恥ずかしい姿になるのを実感した。肩紐を指でつまみ、羞恥に震えながら左右一本ずつをそれぞれ下げる。
(だ、誰にも見せたくない……!)
みんなで同じ格好をしているからか、中にはケロっとしている子もいるが、天利だったら同性にも見せたくない。
(だ、だ、大丈夫! まだ隠していても良いのだし!)
自分に言い聞かせた天利は、腕で胸元を覆い隠す。乳房と腕の隙間から、するりと引き抜くようにブラジャーを抜き取って、真っ赤になりながら机に置いた。脱ぎ終わるや否や、胸を両腕でクロスしたまま時間ギリギリまでしゃがみ込む。
「全員脱いだか? じゃあ、廊下並べー」
担任の一声が聞こえて、天利は初めてパンツ一枚だけの姿で立ち上がる。
(この格好で廊下歩いて……測定して……………)
これから受ける様々な検査内容を思うと、今のうちから耳まで赤く染まってしまう。
クラスの女子達はぞろぞろと教室を出て行って、天利も続いて戸の向こうの廊下へと歩んでいく。
脱いだ衣服は机に置いていかなくてはならない。
この教室に戻るまで、もう服を着ることはできない。
(ふ、服ぅ……)
心細さのあまり、天利は一度だけ自分の机を振り向いた。丁寧に畳んでおいた自分自身の制服を切なく見つめ、涙ながらに別れゆくような顔をしながら、天利は廊下へ出て行った。
***
廊下移動で測定用の教室へ向かう天利は、両腕のクロスをギュっと固めて乳房を隠す。肩を縮めるようにして、俯ききって廊下の床を見つめながら、天利は重い足取りで歩んでいた。
(……裸で一列に並ばされて、私達って何なのだろう)
どんな悪いことをしたわけでもない。
むしろ、天利は世の中の平和を守っているくらいだが、今この時は誰も彼も関係ない。まるで奴隷市場に向かわされ、これから売りに出されていくような、どこか暗い気分を味わうしかないのだった。
移動先へ到着すると、体重に身長、スリーサイズの測定が実施される。
体重計に乗るまでは良かった。
まだしも、腕で胸を隠していることが許された。
しかし、身長計では両腕を下に伸ばさなくてはならない。
担当する男性教師は、背筋を伸ばした女子に対して、いちいち腹を触っていた。背中を固定させるかのように、押し付けるようにして触り、人の腹に手を置いたままバーを下げ、その都度数値を読み取っている。
(あんなのセクハラだ)
列で順番を待つ天利は、目の前で乳房を晒し、お腹を触られるのを気にしている様子の女子達を見て憤っていた。みんなが嫌がっているのに関係なく、全員のお腹を一人ずつ順番に触っているのは、教職員としてどうなのか。
(あれで悪意がないなんて……)
刻一刻と、自分の順番が迫ってくる。
順番がまわれば、天利も同じセクハラを受けるのだ。
もし死刑執行の列が存在して、そこに並ぶのだとしたら、ちょうどこういう暗い気持ちになるのだろうか。
(……私の番だ)
俯いたまま身長計へ向かっていき、赤面しながら両手を下ろす。初めて乳房が視線にさらけ出され、自然と乳首に向けられる視線を痛いほどに感じていた。
(――は、恥ずかしいィィィィ!)
天利は羞恥に顔を歪めた。
頭にみるみる血が上り、脳が沸騰しかねないほどに熱を増す。とてもでないが冷静ではなくなっている天利は、今にも力の制御を失いそうになっていた。
(暴れれては駄目! 大人しく、大人しく!)
こんなところで怪力を発揮してしまっては大迷惑になるだろう。天利は必死になって自分に言い聞かせ、暴発しかねない自分自身を抑えていた。
さわっ、
担当者の手が、天利の腹にべったりと張り付いた。
(――ヒィィィィィィ!)
ヘソの下あたりに置かれた手は、指がパンツに触れかねないギリギリの位置だ。そこから、さーっと上までスライドして、乳房に触れるか触れないかのきわどい高さまでやってくる。
(こんなセクハラァ――――!)
腹全体に鳥肌が立った。
ゾワァァァァと、腹部全体の毛穴が開いていき、産毛の一本一本が逆立って、肌の表面にはしっとりとした冷や汗さえ滲んでいた。
(――これでも悪意がないなんてェ!)
この男性教師にしてみれば、あくまでも本当に、正確な測定を心がけているだけなのか。
しかし、乳房の下弦のすぐ真下にある手の平から、男の手の温度は確実に伝わって、熱がじわじわと肌を犯してくる。水がゆっくり染み込むように、ジンとした痺れが皮膚の中まで広がって、乳房の下弦をだんだんと痺れさせていく。
手が当たりかねないきわどさが、どこまでも自分の乳房を意識させた。
胸元を意識すればするほど、天利の乳房には神経が集中して、既に乳房の下半分には痺れにも似た感覚が充満していた。
(は、早く――)
一秒でも早く終わって欲しいと、天利は切実に願っていた。
「167センチ」
数値が読まれ、身長から解放された天利は、すぐさま両腕で隠し直し、ギュっと力を込めることで乳房のガードを固めていた。
だが、どんなに隠していたところで、次の測定の順番が回れば、固いガードを自ら解いてみせなくてはならないのだ。