• タグ別アーカイブ: マッサージ
  • 時槻雪乃とエロマッサージ 後編

    前編 中編

       

    
    
    
     それでいて、事後避妊薬を求めるためにも、忌まわしくてたまらないものを口の中へと含むため、雪乃は大きく唇を開いていた。
     殺したい、殺したい、殺したい!
     吹き荒れる殺意を抑え、精液のぬるりとした汚れさえ残った汚いそれに、だんだんと口を近づけるに、自分がフェラチオをするのだという事実が悲しくて、何もかもが納得できずに泣けてきた。
     肉棒から放出される熱気が、その熱によって変わる空気の温度が、近づくだけ近づいた舌と口内へ流れ込み、まだ咥えもしないうちから雪乃は不快感に顔を歪める。
     だが、これも……。
     こんなことから生まれる精神の苦痛でさえも、雪乃は復讐の糧に変えようとしているのだ。
    
     ぺろり、
    
     舌の先で、亀頭の先端をそっと舐め上げ、オシッコを出すための器官なんかに、本当に口をつけてしまったことにゾっとする。舌先から根元にかけ、顎にまでぶわっと、みるみるうちに鳥肌が広がった。
    「……やってあげるわ」
     雪乃は舌でペロペロと奉仕を始めた。
    
     ぺろ、ぺろ、ぺろっ、れろっ、ねろっ、ぺりょっ、ぺろ、れりょ――。
    
     屈辱、絶望、羞恥、辱め。そんなものに心が折れ、部屋にでも引き篭もって塞ぎ込むのは、“普通”の世界に暮らす“普通”の女の子だけで十分だ。憎い男のものだから舐められないなど、それさえも“普通”が生み出す弱い人間の感情だ。
     雪乃は捨てた。そんなものは今から捨てた。
    「あむっ、ちゅぷっ、じゅるぅ、じゅむぅ……」
     屈辱こそを味わうため、雪乃は自ら手に握り、根元を持って唇を押し当てた。亀頭の先を少し頬張り、慣れない初めは亀頭ばかりに奉仕する。赤黒い部分の約半分だけが雪乃の唇に出入りして、それが繰り返されるにつれ、そこは雪乃の唾液がまぶされていた。
     初めてなりに雪乃は励んだ。
    「んむっ、んっ、ちゅっ、じゅれろぉ……べろぉ……」
     カリ首までを飲み込んで、亀頭を丸ごと口内に迎えると、舌で撫で付けるようにぐるぐると舐め込み始める。
    「んじゅっ、ふじゅっ、じゅずっ、じゅれっ、れじゅぅ……」
     こんなものを口の中に入れていると、従わされている実感が大きくなる。上目遣いで睨んでいれば、仁王立ちで偉そうに雪乃を見下ろすニタついた視線と目が合って、対する自分は膝などついて奉仕している。
     それも事後避妊薬がなければ赤ちゃんが出来てしまう、だから薬を下さいという、かなり弱い立場から、こうすることで避妊薬を貰えるようにお願いしている。
    「美味しそうに舐めるじゃない」
     からかうような中年の笑み。
     雪乃の胸の中に沸騰したような怒りが湧き上がって、キッ、と睨むと、これほど不味いものはないと心で返す。
    「はむぅぅぅぅう…………」
     喉が塞がりかける一歩手前の部分だけ、入りきるまで肉棒を咥えると、大きく顎を開いていなければならない負担を感じる。従属感ともいうべきような感情が沸き起こり、自分にこんな思いをさせるフェラチオなどという行為に、一層のこと腸が煮えくり返る。
    「んん、んじゅるっ、じゅぱ……つじゅぅ……ずりゅ……ちゅつぅ……」
     肉棒の表面に残った牡香が、鼻腔にも口内にも広がって、そのツンとした青臭さの不快さに表情が歪んでいく。
     頭を前後に動かせば、太いあまりにべったりと貼り付けているしかない舌が、肉竿の長さをなぞって頭と共に往復を繰り返す。雪乃が頭を引くにつれ、唾液のまぶされた肉棒が吐き出されて、前に進めるにつれて飲み込まれる。
    「じゅりゅ……ぷっ、はじゅぅ……じゅっ、ぢゅっ、ちゅっ、じゅぅ……」
     口にでもどこにでも、さっさと射精すればいい。気を保たなければ、いっそうっかり噛み切るかもしれないものに刺激を与え、どれだけの気持ちよさかは知らないが、とにかく快楽をくれてやり、雪乃は射精を待ち望んだ。
    「飲んでね」
     と、その時だ。
     がっしりと、急に頭を掴まれた雪乃は、屈辱を飲み干すために精液を待ち侘びて、舌の上でビクっと弾み上がるのを感じ取る。
    
     ――ドクゥゥ! ビュッ、ビュクン! ドクドク! ドピュン!
    
     複数回にわたってビクン、ビクンと、脈打ちのように弾んだ肉棒から、一度ずつにわたって精液が打ち込まれ、それが雪乃の口内にべったりとかかっていく。上顎の内側に、頬の内側にあたって喉の奥にも。
     かくして肉棒を吐き出すことは許されても、精液は口に含んで咀嚼して、斉藤の注文によってよく噛んでから、唾液とじっくり混ぜ合わせたあとに飲み干した。
     汚いものが腹に収まる。その忌まわしさを内側に感じつつ。
    「じゃあ、約束通り事後避妊薬をあげようじゃないか」
     と、斉藤は言う。
    「お風呂で遊んで、あと何回かヤったらね」
     そんな言葉を付け足して、あと何時間も雪乃は中年男性の相手をした。
    
         ***
    
     もみ、もみ、もみ、もみ――。
    
     施術用ベッドに腰をかけ、まるでベンチに座るかのように両足を垂らした時槻雪乃は、凝りを解消するために肩を揉んでもらっていた。痛いほどに指が食い込み、うなじにあるツボも押してのマッサージは、専門的に見ても真っ当な施術と言えた。
     ただし、パンツ一枚の格好でなければ。
     施術用に用意されるはずの紙ショーツは与えられず、脱ぐだけ脱いだ雪乃が履くのは、黒いゴシックロリータ調のパンツである。
    「どうせやることをやるんでしょう? こんなことは時間の無駄よ」
    「焦らない焦らない。こうして、だんだんと気持ちよくしていくんだから」
     二人の関係は脅迫者と被害者だ。
     あれから撮られた動画の鑑賞までさせられて、自分の痴態を映像によって拝んだ雪乃は、復讐者としての糧を培うためにこのマッサージ店に通っていた。二回目も三回目も、最初は純粋なマッサージに始まって、それがしだいに性感目的のマッサージに切り替わると、最後にはただの愛撫やセックスの時間と化す。
     今回にしても、肩凝りを取り除き、身体の流れを治す施術で、腕を持ち上げるだの何だのというストレッチまでさせられた。マッサージの知識などない雪乃でも、服さえ着ていればごく普通の整体現場なのだとわかった。
     雪乃をうつ伏せにさせ、背中に手の平を置く斉藤が、全身の体重を駆使したマッサージで腰や肩甲骨に圧をかけ、ぐるぐると回してやるような手順を施す。太ももからお尻にかけて揉むのでさえ、欠片のいやらしさも感じなかった。
     しかし、アロマオイルが出てくると、もうそれは性感目的のマッサージとなっていき、手足の指の一本ずつにかけても丁寧に、軽やかなタッチで慰める。四回目になる雪乃には、それが女の肉体を興奮させるためにある『技術』なのだとわかっていた。
     全身がオイルの光沢によってヌラヌラ輝き、指の股までくまなく塗り込まれた雪乃には、少しずつ息が乱れてスイッチが入る。太ももの付け根にある、アソコに触れかねない際どいラインにオイルが塗られ始めると。
    
     じわぁぁぁぁ……。
    
     アソコが濡れた。
     オイルとは別の理由でワレメが輝くのを待つように、焦らしの聞いたマッサージにやたらに時間を尽くされると、愛液の香りがだんだんと漂っていた。
     ここまで濡れた雪乃は、されるがままにパンツを脱がされ、その脱げていく際には、ぬるりとした水分のためにクロッチがアソコに張り付き、粘着力の弱いテープを剥がす瞬間にあるような、若干の抵抗と共に布地が性器を離れていく。
     布とアソコのあいだには、銀色の糸がいやらしく束になり、その大半はプチプチと弾けて一本しか残らないが、その生き残った一本が一センチ、二センチと伸びていき、五センチ以上も伸びてようやく糸は千切れた。
     かくして全裸のオイル濡れとなる雪乃は、アソコと胸の愛撫で手始めとばかりに何度かイカされ、たっぷりとセックスの快感を味わわされる。
     この四回目になる『施術』では、実に二時間にわたる性交に及ぶのだった。
    
         †
    
     ――その数日後、五回目。
    
     左腕に撒いた包帯を噛み締めて、声が出るのを必死に抑える雪乃の体位は、自ら上下に動き続ける騎乗位だった。
    「――んっ、んぐっ、ぐっ、んっ、うっ、んっ」
     決定的な喘ぎ声は抑えても、歯が閉じていても出る呻き声が、喘ぐ代わりに絶え間なく出され続ける。
    
     ちゅぷっ、じゅぷっ、ずぷっ、ずぷ――。
    
     軽やかなバウンドの繰り返しのようにして、上下運動を続ける雪乃は、髪も揺らして快感に悩まされ、その動きに合わせてオイルまみれの乳房もプルプルと揺らしている。ハンドカメラを握る斉藤の前で、撮られることの辱めに浸る雪乃は、自分のセックスの記録が残ることへの恐怖や憎らしさに不安を手に入れ持ち帰った。
    
         †
    
     ――六回目。
    
     時槻雪乃はパイズリをやらされた。
    「よくもこんなことを思いつくわね」
     斉藤の方がベッドに座り、雪乃が床に膝をつくという、客と店員の立場が逆転した構図で、乳房のあいだに硬い肉棒を抱き込んで、上下にむにむにとしごいていく。
    
     むに、むに、むに――。
    
     身体ごと乳房を動かし、押し潰すつもりのように乳圧を与え、顎にぶつかりそうな亀頭を舐めろと言われて時折舐める。
    
     ――七回目。
     バックで犯し尽くされた。
    
     ――八回目。
     行う体位の数が多かった。
    
     ――九回目。
     今日は奉仕の命令が多かった。
    
     十回目、二十回目、三十回目……。
     それだけ通って、激しい快楽や絶頂が日常の一部に成り下がり、それでも雪乃は<雪の女王>であり<騎士>だった。
     自分の目指す理想の化け物へと、それが性交の強要などという形であろうと、雪乃は最後まで憎しみを溜め続けた。
    
    
    


  • 時槻雪乃とエロマッサージ 中編

    前編 後編

       

    
    
    
      苦痛。恐怖。憎悪。悲嘆。かつて遭遇した<泡渦>の中で焼印のように心に焼き付いた感情を汲み出すことが、自分の中の悪夢の<断章>を紐解く最初のプロセス。日常というぬるま湯に漬かることなく、孤独の中で過去を反芻し、ただひたすらに自分を切り刻み続けることが、化け物と戦う化け物であるために、雪乃に必要なことだったのだ。
    
     ――しかし、こんな苦痛。
    
     雪乃はおっぱいを攻められていた。
     上半身を起こされて、胡坐をかいた雪乃の背中は、斉藤の胸に密着して預けられている。背後からの乳揉みに囚われて、数分以上も揉みしだかれた上、さらに乳首まで刺激され、雪乃はその快楽をどうにもできない。
    「気持ちいいでしょう?」
    「うるさい……!」
    「これはねぇ? 一応、ちゃんと効果があってね。こうして乳首の血流を活性化させることにより、バストアップの効果が出るんだ」
    「……興味ないわね」
     美容など考えもしない雪乃には、本当にどうでもいい知識だが、斉藤はお構いなしに雪乃の乳首を苛めている。
     クリクリと、コリコリと。
     アイマスクの分だけ皮膚感覚に意識のいく雪乃には、ただでさえ強い刺激がより如実で、ともすれば指の動きが正確にイメージできる。指の腹でプレスして、その強弱によって乳首を摘み続けてから、左右に弾くような刺激を行い、軽く引っ張る真似もする。乳輪を延々となぞり続けもする。
    「ん……くふぅ……ぅ…………」
     せめて声だけは抑えていた。
    「我慢しないで、もっと大きな声で鳴いてもいいのに」
    「ふざけないで…………」
     何も知らなかった雪乃の身体は、大人の指に快感を教え込まれて、いいように敏感にさせられている。もっと早くに疑っていれば、こんなことにはならなかったかもしれないが、後悔してももう遅い。
     気持ちいいことによって息は乱れて、歯を食い縛っていなければ、どれほどみっともない声が漏れていくことか。
    「そう言わないで鳴いてごらん?」
     アソコへと手が伸びるに、紙ショーツに潜った指がクリトリスを見つけると、静電気が弾けるような快感に雪乃は激しく身をよじった。
    「…………あっ!」
     背中が斉藤に密着しきり、中年の胸板が壁となって、仰け反りようがないにも関わらず、それでも仰け反ろうとした雪乃の身体は、背中を強く押し付けた。
    「ほら、可愛い声だ」
    「この……ぉっ、あ……あぁ……!」
     腕が二本ともアソコへ群がり、クリトリスにも膣口にも指が取り付くと、肉芽への攻めと指のピストンが雪乃を襲い、雪乃はさらに身をよじる。
    「もっともっと鳴いていいんだ」
    「あぁ……ぅ……ぁ……んっ、んぁ……!」
     首でも仰け反り、雪乃の後頭部が斉藤の肩へと押し付けられる。背中ももっと、それ以上は増しようのない密着度合いをそれでも増そうと動いている。
    「雪乃ちゃんは完全にオジサンのコントロール下にあるんだからね」
    「コントロールって……!」
    「ほら」
    「……あん!」
     雪乃は悟った。
     まるで楽器でも奏でるように、この男は自在に雪乃を喘がせている。太い指の出入りが緩く、まだ手加減されているうちだけは、声を我慢することが許される。
     屈辱。羞恥。快感。
     雪乃の感情に新しい焼印が与えられ、「――あ! あっ、あん!」と、さも弦を奏でるつもりのような指先が、雪乃から鳴る音色を自在に引き出す。
     ……悔しすぎる。
     自分はいつ死んでも構わないし、自分の<断章>は不測の戦いにも向いている。<騎士>として戦い続けた自分が、こんな形で辱めを受けているなど最悪だ。どんな憎悪や恐怖も糧としてきた雪乃には、これまで積み上げてきたプライド全てが汚されているも同然だった。
    「……うっ、あっ、あくぅぅっ」
     そして、雪乃はここに来て、これまでにないほど必死に耐えた。
     何かが――来る気がした。
     全身に張り巡らせてある神経が、ある一点に信号を集めていき、それがいつしかアソコの中で爆発する予感に見舞われ、初めての体験に何がなんだかわからない雪乃は、とにかく必死に我慢をした。
     太ももから足首まで、筋肉が完全に強張るまでに力を入れ、腹にもぐっと力を込める。必死の必死に歯を食い縛り、我慢に我慢を重ねる雪乃のアソコから、たった一度だけ手が離れる。もちろん愛撫をやめてくれるわけではない。雪乃の足を持ち上げて、M字開脚のポーズに変えるためだった。
     足を左右に投げ出して、誰がいるわけでもない壁に秘所を見せ付ける。
     情けないとも卑猥とも言えるポーズのアソコは、女を知り尽くした指に蹂躪され、穴もクリトリスも嬲りつくされ、ついに雪乃の我慢の限界を突破した。
     ――来る!
     来る、来る、何か――。
    
    「――――――――っ!」
    
     声にもならない、絶叫に近い喘ぎ声。
     この時、時槻雪乃は生まれて初めての絶頂を味わった。
    
         ***
    
     イクことを覚えても、敏感になった肉体はまるで静まろうともしていない。触れればそこで快楽の電気が弾け、肩に触れても足に触れても、ビクっとした反応を雪乃は示す。そんな自分の反応を、今しばらくのあいだ雪乃は自覚していない。
     頭が真っ白になった余韻から、だんだんと脳を離れた意識が戻り、自分の置かれた状況を明確に思い出す。
     そうだ。
     こいつは性犯罪者で……。
    「どうだい? お尻も気持ちいいだろう?」
     いつの間に自分が四つん這いになっていることを自覚して、おまけにショーツまで脱がされていることに気づいた雪乃は、ハっとした反応で惨めな姿勢を変えようと試みた。
    
     ぺちん!
    
     雪乃の取ろうとした行動を、その一撃は完全に先読みしていた。
    「な……!」
     そして、雪乃は驚愕した。
    
     ぺち、ぺちっ、ぺちん!
    
     お尻を叩かれている。
     痛いわけでも何でもない、ただ尻肉をタップして、平手で振動を与えたいだけのスパンキングに過ぎないが、幼い子供が親にお仕置きを受ける時を覗いて、人がこんな体罰を受ける機会はどれほどあるか。いや、だいたい、親によるお仕置きだろうと、こんな形で子供を教育するのがどれほどいるか。
    
     ぺち! ぺち!
    
     生まれて初めて、雪乃はお尻を叩かれていた。
    「ふ、ふざけないで!」
    「雪乃ちゃんが勝手にポーズを変えようとした罰なんだけどね」
     斉藤は両手で尻を鷲掴みに、好きなように揉みしだき、撫で回す。敏感になった雪乃の皮膚神経は、いやらしい手つきを存分に感じようと、雪乃の過去や今の気持ちに関係なく、尻揉みのマッサージを味わっている。
    「何が罰? 性犯罪者がよくも――」
    
     ぺちん!
    
     また、手の平が良い音を打ち鳴らし、言葉による反抗も、勝手にポーズを変えようとした気持ちも、何もかもが一撃だけで封印される。
    「お尻を叩かれて悦んでいるのは誰かな?」
    「馬鹿馬鹿しいわ! 喜ぶわけ――」
    
     ぺちん! ぺちん! ぺちん!
     ぺちん! ぺちん! ぺちん!
    
     二つの尻たぶが交互に打たれ、プルプルと振動するに、雪乃はどこか身動きが封じられた思いでスパンキングを続けてもらう。
    
     ぺちっ、ぺちん! ぺちぺち!
     ぺちぃっ、ぺちん! ぺち!
    
     こんなことをされながら、雪乃は自分が本当に喜んでいることを自覚する。本当に軽い力に過ぎないが、こんな扱いを受ける苦痛に、精神的な痛みに心が喜び、もっと叩いてもらおうと体が後ろへ動いていた。尻を少しだけ突き出して、自らお仕置きをねだっているのに、雪乃は自分で歯噛みしていた。
     これも<痛み>だ。
    「……いいわ」
     こうした屈辱から生まれる憎悪でさえも、雪乃は復讐の糧にしようとしていたのだった。そのことに気がついて、明確に自覚した瞬間から、どこかで何かが吹っ切れて、そのうち辱めに泣いたかもしれない自分のことを鼻で笑う。
    
    「好きなようにして頂戴」
    
    「おや?」
    「どんな形だって構わないわ。屈辱ぐらい望むところよ」
     死んでも構わない覚悟をしておきながら、お尻を叩かれるのは嫌など通らない。
    「何か気が変わったみたいだね。じゃあ――」
     斉藤は考えている。
     次はどうやって雪乃を辱めるのか。
     断じて期待しているわけではない。本当の意味で喜びなどしない。ただ心を刻み取る何かがある限り、<断章>の痛みを忘れない。自分のことを憎しみに浸すための、ただただ糧を取り込むためのプロセスだ。
    
    「お尻の穴を見てあげるよ」
    
     ぐにぃっ、と。
     二本の親指によって、閉じ合わさっていた尻の割れ目が開帳され、その奥に隠されていた皺の窄まりが中年男性の視界に現れる。
    「うぅ……ぅ……」
     これまでにないほど、雪乃の顔は赤く染まった。色白だから赤面がわかりやすい、雪乃の首から上だけを見る分には、いっそ肌の色が別の人種に変わったまで例えられる。
    
     じぃぃぃぃ――。
    
     皮膚を焦がさんばかりの視線照射が、肛門目掛けて浴びせられていた。
    「君の肛門の皺の本数を数えているよ?」
    「……変態ね」
     そう返すのがやっとのように、雪乃はそれだけの不機嫌な声を返した。
    「知りたいかい?」
    「どうでもいいわ」
    「○○本!」
    「だからどうでもいい!」
     怒鳴ってから、雪乃はぐっと歯を噛み締めた。肛門などをジロジロと視姦され、皺の本数まで知られるなど、いかに<泡渦>と戦う人生であれ想像もしなかった。
    
         ***
    
     肛門視姦をたっぷりとされた後も、雪乃の全身はこれでもかというほど愛撫され、乾いてきたオイルを改めて塗り直す。身体を火照らす効果がさらに染み込み、全身熱く疼いた雪乃の肉体は、指を触られても気持ちいいほどにデキ上がっていた。
    「あぁ……あ……あう……んぁ……あぁぁ……ぁ……ふぁ…………」
     太い一本の指が、雪乃のアソコに出入りしている。自然と足は開いていき、言われたわけでもないのにM字開脚となった雪乃は、快楽に溺れないことだけを意識していた。
     自分は憎むべき犯罪者の辱めを受けているのだ。この憎悪を糧としなければならない。気持ち良さに夢中になり、ただただ喘いで終わるのは違う。みっともなく、惨めな扱いを受けていようとも、せめて心だけは<騎士>でいるのだ。
    『そうよ。それが正しい食べられ方。可愛い雪乃には、優しい王子様に抱かれる甘い初めては似合わないわ』
     ……でしょうね。
     と、心の中だけで受け止めて、雪乃は気持ちよさを我慢する。
     浸ってはならない。くつろいでも、癒されてもいけない。そんなものは自分には必要ない。
    「あふぅ……んぅ……んっ、あっ、あぅ……あぁぁ…………」
     たったの指一本だけに、雪乃の全身が支配されていた。
     暴れようとも思っていないが、仮に暴れて抵抗しようにも、全身を甘く解かされた今の肉体では何もできない。こうして指のピストンだけで、脳まで快感に貫かれ、意識していなければとっくの昔に溺れ喘ぐだけの乱れた女と化していた。
     何度もイカされた。
     絶頂の予感がするたびに、天国が近づくにつれて斉藤の指は活発化して、ピストンの激しさが愛液を撒き散らす。
    
    「あ……う……うぁ……あぁ! あ! ああ! あぁぁ! あああん!」
    
     喘ぐ声のトーンが上がり、絶頂に朽ち果てると、一度は指が抜かれるが、やはり火照った全身の熱が冷めるわけではない。まだまだ体力を残した身体が、次の快感を求めてしつこいほどに疼いており、すぐに愛撫は再開される。
     自分はさしずめ、横たえられた玩具に過ぎない。斉藤は有り余る技巧で好きなように雪乃で遊び、雪乃の喉から聞きたい声を絞り出す。
     斉藤はご丁寧なことに、イクたびに数分くらいはインターバルを挟んでから、一度だけ水分補給のドリンクまで持ってきた。「エッチなお汁がたくさん出たから」と、わざわざ嫌な言い方をしながらも、唇に当たったストローから雪乃は水分を取り込んだ。
     そんな愛撫が止んでいる最中さえ、雪乃の恥ずかしいポーズは持続していた。いつ再開しても構わないため、アソコを嬲ってもらうため、秘密の部分を解放したままでいる自分をいつしか自覚して、雪乃はもうそのままであり続けた。
     十回もイった頃には、膣に指が入っていなくとも、まだピストンが続いているような余韻が残り続ける。思考が弾けて頭が真っ白になる際の、アソコの中で一気に跳ね上がる瞬間も、膣壁の神経が覚えている。
    
     アイマスクが外された。
    
     中年の顔と目が合うと、斉藤は既に施術用ベッドに乗り上がり、見ればズボンを脱いで出すべきものを露出している。
    「はぁ……はぁ……ぁ……ふぁ……あぁぁ…………」
     雪乃はすっかり息が上がっていた。
     もはや手が触れていなくとも、余韻が残っているだけで気持ちいいアソコは、そのワレメの奥から欲望の汁を滲ませている。
    「さぁて、雪乃ちゃん」
     ぺったりと、ワレメの線に沿うように、アソコに肉棒が乗せられた。その未知の存在感が猛烈な勢いで意識を引き摺り、全ての集中力がアソコへ行って、肉棒から発せられる熱気を感じ取ろうと神経が必死になった。
     こんな男に挿入されるだなんて――自分の中に、レイプを拒む気持ちが残っているのを確認すると、雪乃はそんな自分の気持ちを大事に抱えて肉棒を意識した。他の男を知らない雪乃は、今自分に当たっているのが大きいのか小さいのかわからない。わからないにせよ、きっと太くて長い方に思えるサイズだ。
     ムラムラと滲み出る淫気というべきか。ありていに言えばオーラが出ていると、稚拙に例えてしまえば済むかもしれない、肉棒から絶えず放出され続ける何かが、アソコの触れている部分からだんだん奥へと染み込んでいく。
     股間の筋肉が意識せずとも反応して、膣肉がヒクヒクと蠢いていた。
    
    「オジサンとセックスしようか」
    
     雪乃は静かに中年を睨んだ。
    「……すればいいじゃない」
     誰からも不機嫌とわかる眼差しが、憎しみと敵意を含んで細められ、眉間にも眉の寄せられた雪乃の顔は、明らかにセックスに合意していない。心だけは堕ちていない証拠が、気持ちという目には見えないはずの証拠品が、表情さえ見ればありありと浮かんでいた。
     それでいて乳首は突起していれば、クリトリスも勃っているのだ。
     合意がなくても気持ちよくなる状態が、気持ちの上では憎悪さえ吹き荒れていながらも、それでも快楽が溢れてしまう肉体が、とっくの昔から完成していた。
    「雪乃ちゃんは初めてだよね? 初めての体験を忘れないように、じっくりゆっくりと、オジサンのオチンチンを感じてごらん?」
    「ふん。気持ち悪い」
     にべもない雪乃。
     だが、斉藤の腰が動いて、肉槍の切っ先がワレメをなぞると、生まれて挿入される瞬間がこうして一秒ずつ近づいていることを、雪乃は存分に感じ取る。
    
     ヌルゥゥゥゥゥ……。
    
     オイルにも愛液にも塗れ、十分すぎるぬかるみを帯びた雪乃のワレメで、亀頭が上下に動いて感触を擦り付ける。腰を前後に動かすことで、またアソコに竿が乗るように、そして形や長さを教えるようになすり付け、雪乃は無言でそれを感じる。
     圧迫感があるほど腰を押し付け、竿の側面が密着すると、自分のアソコに対してどの程度の太さなのかが嫌というほど雪乃に伝わる。勃起というものが、肉棒をどれほどの硬度にするのかも、果てはどれくらいの長さなのかも膨らんで、雪乃の頭の中には少しずつ、斉藤の持つ肉棒の正確な形状が作られていた。
     ただでさえ、純粋な施術による血行の効果も出て、今の雪乃には活発に血が通っている。必要以上に敏感になり果てた神経が、見えない手で包んで測定しているように、ちょっとした反りや血管の浮き出た具合まで、何もかもを知ろうとしてやまなかった。
    「これから雪乃ちゃんの中に入るのは、どんなオチンチンかわかったかな?」
     そう、わかっていた。
     直接は目で見ていない、にも関わらず想像力だけで限界まで正確に、雪乃はこの男のペニスを知っていた――否、挿入前の予習のように教え込まれた。
    「時間の無駄よ。さっさと挿れたらどうなの」
     変態じみた問いかけを、雪乃はそうして突き放す。
    「そうだねぇ? そろそろ、味わってもらおうかなぁ?」
     もうそこには、第一印象にはまだあった穏やかさが欠片もない。おぞましいほどに唇の変形した微笑みが、元の顔立ちの良さを台無しにして、ルックスではそうでもなかった中年が、気持ち悪いだけのオジサンにしか見えなくなった。
     また亀頭がワレメをなぞり、膣口に狙いを定める。
    
     私にはお似合いの初体験ね。
    
     自嘲的になる雪乃の脳裏には、一瞬だけ白野蒼衣の顔が掠めて、どうしてあんなヘラヘラとした男がと、「ちっ」と雪乃は舌打ちする。
    
     ずにゅぅぅぅぅぅぅぅ…………。
    
     想像以上にゆっくりと、根元まで押し込むのに何分かける気でいるかもわからないスローペースで、中年による挿入行為は開始された。
    「――ぐっ、うっ」
     穴の幅よりいくらか太い、それでも散々にほぐされたおかげで痛みが最小限の膣口は、その太さによって拡張されていく。ワレメの皮膚ばかりが覚え込んでいた肉棒の形状が、今度は膣壁の神経を通しても脳に伝わり、その一ミリの進行ごとに雪乃の中で、肉棒の存在感は拡大していた。
     亀頭の先が、半分が、そしてカリ首まで収まると、先っぽの形が細やかに感じられる。膣の筋肉にヒクヒクと力が入り、締め出さんばかりに力んでしまっても、肉棒はたった一ミリとて後退したりなどしない。余りある滑りの良さが、膣肉による圧迫などまるで無視して、どれだけ膣圧があろうと数ミリずつ、ゆっくりゆっくりと、雪乃の穴へと収納される。
     そうやって力が入る分だけ、膣壁と肉棒の密着度は最大限になっていた。
    「くっ……あ……あぁ……あぁぁ……あぅ……んぅ……んぅぅ…………」
     四分の一――さらに数ミリ。数秒間もかけてやっと何センチか入っていき、三分の一、そこからさらに数秒かけ、やっと半分までが入っていく。
     十秒でも二十秒でも、何十秒でもかけるつもりの腰の動きで、本当にやっとのことで、ようやく根元までが入っいた。
    「ほら、全部入った。感想を教えて欲しいな」
    「……別に……んぅ……あなたを殺したいだけよ」
     敵意。憎悪。殺意。およそ黒いといえる感情ばかりが表情から噴き出て来て、睨み殺さんばかりの眼差しで睨んでいる。普通の感覚をしていれば、誰であれ恐れるほどの目付きであれ、もう挿入を済ませてしまった斉藤には、毛ほどの恐怖にもなりはしなかった。
     レイプの犯人を呪いたくもなるなんて、女としても、まして時槻雪乃という少女の感覚からしても、当たり前すぎるものだった。
    
     ――殺す。
    
     そんな言葉が、嵐の勢いで表情から吹き荒れる。
    「はい」
     それほどの表情でさえ、斉藤が乳首をタッチしただけで、若干の色気を含んで歪み、そのまま快楽に染まりかねない顔が、ほどなくして憎悪のものへと立ち戻る。
     右手でも左手でも、雪乃の乳房を包み込み、丁寧に撫でては指先で乳首を苛める。その技巧が雪乃の口から淫らな吐息を引き摺り出し、どう控え目に見積もっても、感じている女のそれでしかない乱れた呼吸の音が響き渡った。
    「はぁ……ぅっ、ぁ……あぁ……はぁ……ふはぁ…………」
     息遣いだけが興奮しても、もう簡単に表情は変わらない。
     ただ、耳まで朱色に染まっているだけだった。
    「ほーら、動いちゃうぞ?」
     ニタァァ……と、おぞましく変形する表情は、誰しもを戦慄させかねない恐怖を孕む。
     その恐怖にこそ、雪乃は身を浸していた。
    「さっさと動けばいいじゃない」
     殺意を増してさえいる雪乃の声。
    
     だが、身体は肉棒のピストンを待ち侘びていた。
    
     中年の腰振りが開始され、ゆさゆさとした動きで膣壁を抉り抜くと、想像以上の快楽電流がせり上がり、雪乃はその激しすぎる気持ちよさに目を見開いた。
    「あぁぁ――!!」
     大きな喘ぎ声が天井を貫いた。
    
     ――じゅぷっ、ずぷっ、にゅぷ! つぷ! じゅぷ! じゅぷん! じゅぷん!
    
     ピストン運動の腰がぶつかり、肉棒の根元にある陰毛と、雪乃の股にあるオイルに愛液が衝突するたび、ねっとりとした水気の捏ね合わさった水音が鳴り響く。
    「あ! ぐっ、うっ、うっ、ぐっ、あぁ! あっ!  あっ!」
     快楽が凄まじすぎた。
     ピストン運動がそのまま快楽発電であるように、無尽蔵に生まれる電気は決して体外に逃げてくれることはなく、溜まるだけたまって快楽の密度を上げる。脳まで染まりそうなほどの激しさに喘ぎ、鳴き散らしながらも自分を保ち、最後まで斉藤を睨み続けている決意で、雪乃はシーツ代わりに敷かれているタオルを鷲掴みにした。
    『そうよ。あなたは堕ちてはならない。獲物を求める狩人は可愛い雪乃の方なんだから』
     風乃の声が聞こえてくる。
     頭が痺れるなどというものではない。雷を絶えず落とされ続けて思える刺激の強さに、いつ意識が飛んでもおかしくなかった。
    「あぁぁ……! がっ、がぁっ、んんんん! んん! んあああ!」
     歯を食い縛っていることも許されない。
    
     男は射精するんでしょう!?
     それさえ済めば話は終わるわ! それだけ! それだけよ!
    
     暴風雨の激しさに晒され続け、懸命に自分を保つ雪乃の目は、このまま絶頂を迎えても相手を睨み続けていた。
    「イったねぇぇぇぇ!?」
    「っさい! うる――さっ、あぁ! あぁ……! あぁぁ……!」
    「ほーら、また次の絶頂が待ってるよぉぉ?」
    「うるさい! うるさ――いぁああ! ああああ! んん! んが、あぁぁああああ!」
     ピストンに合わせて背中が弾み、リズム通りに反り返った背筋が施術ベッドに打ち付けられ、それが一切のリズムを変えることなぬ何分間も、五分以上も続いていく。その五分間だけでも五回はイキ、別の体位を求める斉藤は仰向けに寝そべった。
     騎乗位となった雪乃の肉体は、自分で弾む義務などないのに、自ら上下に跳ね回り、快楽を貪っていた。
    「殺す! ころ――こっ、ん! んん! ああん! あん!」
     コントロールされているのだ。
     下から突き上げる腰使いに雪乃の肉体は反応して、意のままに操られ、十分に誘導したところで肉棒は動きを止める。結果として雪乃は自分で弾んでいるのだった。
     イったと共に雪乃は倒れ、その乳房を中年の胸に押し当てる形となって、抱擁に迎え入れられ密着し合う。そうして上半身が捕らわれてなお、尻だけは上下に弾み続けて止まらずに、雪乃は自分自身を狂おしく呪っていた。
    
     私が求めてるなんて!
     私が――私が――!
     自分から動いているなんて!
    
     自分をそのようにした元凶に、そのような憎しみが新たに沸き、それが睨む視線を辛うじて保たせていた。
     バック挿入に変わると、自分からは男の顔が見えない状態で貫かれ、腰と尻のぶつかり合う打音がパンパンと鳴り続ける。
    
     パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン!
    
     初めは斉藤だけが動いていた。
     腰のくびれを両手で掴み、雪乃のことを逃がさないようにしたピストンで、さらに三回の絶頂を体験させる。
     しかし、途中からは棒立ちで、むしろ雪乃の身体が前後していた。
    
     パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン!
    
     同じ音でも、微動だにしない男の腰に対して、雪乃の尻が積極的にぶつかっていき、自分で自分の動きを抑えられない雪乃にとって、自らの肉体が忌まわしい。初めてセックスしている中で加減がわからず、肉棒の長さに対して前に出すぎて、抜けてしまうまで何分間も、雪乃の前後運動は続いていた。
     そして、肉棒が抜けてしまったことで、また入れ直してもらえることを体が望み、自分がいかに乱れているのかと自覚しながら仰向けとなり、挿入を求めるサインとして、入れてもらうためにM字開脚のアソコで誘った。
     挿入したら殺す顔をしていても、肉棒はあっさりと雪乃の穴に入り込む。
    「あん! あぁん! あっ、あぅ――うぁぁ……! あぐっ、んんぁぁあああ!」
     何度絶頂を味わったか。とても数える余裕はない。単に物凄い回数をイったことしか理解できずに、実に二時間近くも性交を続けてから、やっとのことでピストン運動の停止する休憩時間が挟まれる。
     抜かれるようなわけではなく、根元まで肉の栓がハマったまま、激しさがやんだ分だけ肉棒の存在を意識しやすい。未だにピクっと、血管が脈打っているのが膣壁に伝わって来る。雪乃のアソコは肉棒を握り締めようと、ヒクヒクと力を加え、その強弱によってマッサージまでしているのだった。
    「初めてなのにいっぱい気持ちよくなれて嬉しいねぇ?」
     もはや当然でしかないように、また胸に斉藤の手が置かれた。
    「はぁ……あぁ…………はぁ…………」
     激しかった余韻はアソコどころか、気持ちよすぎて痙攣した脚の筋肉にも、つま先にも、真っ白になりかけた脳にまで残っている。それでいて、この肉棒がもう一度ピストン運動を始めるだけで、また同じ激しさに呑まれるのだ。
    『……うふふふふふ。最低で、愚かで上手な狼さんね』
     耳元で囁く、恐ろしく純粋な、硝子のような悪意の笑い。
     その耳に流れ込む声の、あまりにも透明な悪意と凶器に心が引っ掻かれて、雪乃の感じる空気の温度が一気に低下した。
    「…………!」
    『この何も知らない愚かな狼さんに教えてあげましょう? 自分が、燃え盛る篝火をつついているのだと』
    「……」
     その亡霊の声を、雪乃はただ黙殺する。
    「気持ちよすぎて声もでないかなぁ?」
    「……るさい」
     どちらに対して言ったのか。
     確かに、この男を焼き尽くしてしまえば、犯された復讐心は晴らせるだろう。
     そんな自分の心の声と、風乃の言葉を、雪乃は共に黙殺する。自分に言い聞かせる。『話つぃの目指す化け物は、そんな安いものじゃない』、と。
    「………………別に」
    「初体験でいっぱい気持ちよくなれたねぇ? 嬉しいねぇ?」
    「嬉しくないわ」
     これだけ精神が堕ちてもおかしくない陵辱の中でさえ、そんな風に返せる自分がこうして残されている。<神の悪夢>の次に憎い、破滅ばかりを囁く亡霊への感情も、雪乃を支え抜いた一つに違いはなかった。
    「これからプレゼントをしてあげるよ」
     斉藤の腰がまた動く。
    「んっ……んぅ……んふぅ……ふあっ、あぅ……ふぁ……あぁ……」
     まったりとしたピストンで、先程までの激しさがあるわけじゃない。緩やかな刺激であれ、快楽漬けとなった肉体では、息を荒く乱したような喘ぎぐらいは出してしまう。
     プレゼント?
     想像がつかなかった。
    「ん……ぐっ、は……ぅ…………んぅ………………」
     これなら唇を噛み締めて、声を抑えていることは出来そうだった。
    
     こんな奴に気持ちよくさせられている。
    
     憎むべき、忌まわしい事実に身を浸し、雪乃はこうして自分を刻む。
    ここまでゆったりしていても、手足が溶けているような、それとも熱に溶かされやすい甘い何かに肉が変質しているような心地良さに支配され、気をつけなければすぐにでもうっとりと目が細くなりそうだ。
     中年の老獪な手つきが、ピストンと共に乳房を揉み続け、時折乳首も苛めているのが、心地の良さに拍車をかけた。
    「ねえ、このままオジサンのペットになろうよ」
    「……っ! ふざけているの?」
     口を開けば乱れた息を吐き出しそうで、そのことに顔を顰めた雪乃は、喋ってすぐに唇を引き締めた。
    「気持ちいい思いを何度も何度もさせてあげるよ」
    「……ひっ、必要ないわ……あっ、さっさと済ませて……ぅ……さっさと……ぁっ、か、帰らせて……もらえないかしら」
    「でも、雪乃ちゃんは結局はペットになる」
     完全にふざけている。ここまで憎しみを保った雪乃のどこに、心を捧げてペットとやらに成り下がる要素があると思っているのか。雪乃には本気でわからなかった。
    「そろそろだ。プレゼントを出してあげる」
    「……出す?」
     ここまで、雪乃の理解は遅れていた。
     快楽に漬け込まれた脳のおかげで、判断の速度が鈍っていたことも、それに性交経験が一度もなく、そういうことに慣れてもいないから、なかなか発想が出なかったのだ。
     出すとはもしかして――。
    「ま、待ちなさい!」
     雪乃は心の底から焦り始めた。
    
     出すとは、精液のことではないか?
    
     そう気づいた雪乃を逃がさないかのように、ピストンのペースが途端に速まり、自分が何をされるかわかっていながら、雪乃には逃げることもどうすることもできなくなる。感じて喘いで睨む以外、あらゆる抵抗の手段が快楽によって潰されていた。
    「……あっ、あぅ! ん、んくぅっ、んん、んぁっ、あ!」
     みるみる早まるピストンが、その予感を雪乃の中に膨らませる。
     そして、とうとうペニスは脈打った。
    
     ――ドクン! ドク、ドクン! ドクドク! ビュックン! ビュルルゥゥ!
    
     白濁の熱い汁が、熱気が膣に広がって、おそらくは子宮にも染み込んでいる。肉壷には入りきらない精液は、肉棒と穴の狭間から吹き零れ、その熱さは膣壁全体にも浸透した。
    「そんな………………」
     膣内射精。妊娠の恐怖。
     雪乃の表情には絶望の色が見え隠れして、そんな雪乃を満足そうに眺める斉藤は、実に楽しかったように肉棒を引き抜いた。その開いた穴の中から、肉栓が抜けたことにより、さらにいくらかの量が流れ出し、それがタオルに染みを広げる。
    「事後避妊薬があれば赤ちゃんはできないけど、欲しい?」
    「…………」
     そういうことだったのだ。そうしてこいつは、人をペットにするつもりだ。
    「あとね。ここ、隠しカメラがあるから動画もあるよ?」
    「…………最低ね」
     中年の性犯罪者を本気で軽蔑している雪乃の目など、気にも留めずに雪乃の裸に腕を回して抱き起こす。
     そして、斉藤はベッドに乗り上がり、雪乃の目の前で仁王立ちになった。
    「で、避妊薬だけど、欲しい?」
     眼前にまだ勃起している肉棒を突きつけ、今までまともに目で見ていたわけではなかった雪乃は、初めて見せ付けられて反射的に顔を背ける。
    「…………」
     黙して、雪乃は斉藤を睨み上げた。
    「いらないとは言えないよねぇ?」
    「で、欲しかったら何をしろって言い出すわけ?」
    「フェラチオだよ」
     冗談じゃなかった。
     男の手で被害に遭わされ、合意無しに犯されていたのと違い、こちらから奉仕の行動を取るなど考えたくもない。
     しかし、雪乃は考える。
     受精はしてしまったのだろうか。赤ちゃんが出来るのだろうか。犯罪者の子供を絶対に生みたいとは思わない。だいたい、腹が大きくなったら学校は、それから伯父夫婦にも何をどう話せばいいのか。
     何よりも<泡渦>との戦いは……。
     ありとあらゆる不安が駆け巡り、こんな男一人のために、雪乃のこれまでのあり方が、音を立てて崩れ落ちていくかのようで、それでなくとも憎い男が、余計に殺してやりたくなった。
     本気で震えた。やりきれない怒りが全身の筋肉に伝わって、痙攣のようにピクピクと、プルプルと震えを起こして、握り締めた拳には爪が喰い込む。
     歯茎が壊れるほどに歯を食い縛り、かつてないほどの凶眼で斉藤を睨んだ。
    
    「……いつか殺すわ」
    
     本物の殺意。
     いずれ本当にこいつの焼死体を作ってやりたい、本気でそう思えてならない、呪いたいし殺したい憎悪の膨らみが、睨んでも睨みきれないほどに視線を鋭く研ぎ澄まし、そんな雪乃の形相さえも、中年はニタニタと見下ろしていた。
    「で?」
     改めてペニスを突きつけ、雪乃の凶眼はその切っ先に向く。
     この男の象徴が、これが雪乃の中に精液を……。
     そう思うと、こんな目に遭ったからには自然な感情と言えた。世の全ての男がこんなわけではない。犯罪に走る方が少数だ。理屈的なことがわかっていても、急速に膨らむ心の中では明確に、一つの思いが芽生えていた。
    
     男性そのものへの憎しみと、男を象徴する男性器への殺意。
     こんなもの、本気で焼いてしまいたい。
    
    
    
    


  • 時槻雪乃とエロマッサージ 前編

    中編 後編

       

    
    
    
     するっ、
    
     と、衣擦れの音を立て、時槻雪乃は服を脱ぐ。
     今は他に客のいない、だから誰の喋り声が聞こえてくることもない、耳鳴りがするほどの静寂の中で、唯一存在している音が、雪乃の立てる衣擦れの音。それから、店内に流れている楽曲は、曲名はわからないが、ゆったりとした落ち着きのあるクラシックだった。
     セーラー服からスカーフが外れていき、まずは最初の一枚が、脱衣カゴの中へとはらりと落ちる。
     ジッパー式の構造で、脇腹を広げるようにセーラー服も脱ぎ去って、スカートのホックも外した下着姿は黒いゴシック調のものだった。
     こうして、下着についてもゴシックロリータを意識している。
     しかし、今はこの下着も脱ぎ、店から用意された紙ブラジャーと、紙ショーツに着替えるのだが、Tバックを見るに雪乃は顔を顰めた。
    「…………」
     冷たく整った美貌の頬が強張り、見るからに不機嫌な表情で、仕方なしに履き替える。普通のショーツでなら感じることのない、紐でしかない布が尻の割れ目にぴったりと沿い込んで、肉厚な合わせ目の奥に沈んで、丸出しでいることと変わりがない。完全に露出しきった肌をわずかな大気の流動が撫でる感触が、自分はTバックを履いたのだという意識を強める。
     何ならアソコを覆う布面積さえ、ワレメにあたる肉貝が露出しない、ギリギリの際どさまでしか守ってくれない。
     露出度の高さが気になった。
     紙ブラジャーも、肩紐が存在しない。上下にずらすことで着脱するため、たくし上げれば簡単に脱げる。締め付け具合に不安はなく、さすがに歩くだけでずり落ちる心配はしないものの、指先の軽い力だけで脱げてしまいそうな緩さは心もとない。
     こうして、雪乃は着替えを終える。
     マッサージ師の施術を受けるため、更衣室から施術室へと突き進んだ。
    
         ***
    
     時槻雪乃にとって、それは煩わしい“義務”に過ぎなかった。
     伯父夫婦に対する義務だ。
     伯父も叔母も、やや気弱なところがあるものの穏やかな人格者で、子供のいない二人は昔から雪乃たちに良くしてくれていた。そしてあの三年前の忌まわしい災禍によって孤児となった雪乃を、それが当然であるかのように引き取ってくれたことは、<泡渦>を狩り出すという不毛な活動をする雪乃にとって、ほぼ唯一と言っていい負い目だった。
     そんな伯父夫婦が何かの懸賞でマッサージの無料券を当てただとかで、是非とも雪乃にくつろいで来て欲しいと、それが雪乃の幸せを願う、善良な、しかし平凡な伯父夫婦の願いだった。
     雪乃が全身エステなどという施術を受け、本当は欠片の興味もないリラックス効果を求めに来たのは、本当にただ、それだけのことが理由だった。
    
         ***
     
     施術用のベッドには、白い清潔なタオルが敷かれている。
     雪乃はそこに置かれた枕に頭を乗せ、仰向けに横たわり、静かに待つこと一分もしないうちに、今日の施術を担当するという『男』が現れた。
     斉藤と名乗る男は中年で、穏やかそうな表情をして見えるが、言っては悪いが、思春期の女子が肌を触れさせる相手としては若干の不快がある。真っ白な施術着を身に纏い、見た目から清潔感を意識していることだけが、唯一と言ってもいい好感部分だ。
     ストレスケアの施術であり、腰痛や肩こりの解消などではないと、予め聞いている。
     さらにはアイマスクの指示が出た。
     マッサージの快感に集中して頂くため、視界は一切遮断すると、厚めのマスクを顔にかけると、雪乃の目から全ての光が消え去った。
     町から全ての電気が消え、星明りさえも雲に隠れてしまったような――暗闇。
     目を開いているにも関わらず、部屋を照らしているであろう明かりは欠片さえも感じられずに、雪乃はこれで視界を失った。
    
    『……楽しみね』
    
     その心の底から楽しげな声を何かに例えるなら、処刑のショーが始まるのを待つ、高貴で狂った女公爵の声。
    『楽しみなのでしょう?』
     ……うるさい。
     一般人である男の前で、<断章>として取り憑く風乃の亡霊と話すわけにもいかず、心の中だけで雪乃は返した。
    『狂った狩人の疲れを癒し、その狩人はまた獲物を求めて出て行くのね。癒してもまた傷つくとわかっていながら、今だけはくつろぎに身を任せるの』
     ……ふん。
     本当に下らない。
     両親を惨殺されて何もかもを失った雪乃は、以来<泡渦>ろ自分の傷とを抉り続けることで生きてきた。一度壊れてしまった日常が信じられず、そこに戻ることが怖くて、代わりに<泡渦>と戦うという非日常に身を浸すことで、雪乃は辛うじて自分が生きていることに許しが与えられているように感じていた。
     憎悪。恐怖。苦痛。
     それらに自分の心身を抉られなければ、雪乃は安心できなかった。
     安穏な日常に居場所など感じられない、そんな雪乃にとってストレスケアだのリラックス効果のマッサージなど、本当なら下らないの一言で一蹴して終わりであった。
     本来なら、来るはずのない場所に自分はいる。
    
    「では、お体の方に触れさてて頂きます」
    
     丁寧に断りを入れる斉藤が、まずはどこに触れるのかと思いきや、手首から指先にかけてをほぐし始めた。
     手の平をまんべんなく指圧して、指の根元から先端にかけて、若干の圧力をかけて下から上へと撫で続ける。手の甲にも指圧をかけ、手首も包んで揉み込んで、手のマッサージだけで何分かかけだだろうか。
     もう片方の手の平も、同じようにしてほぐされる。
     確かに気持ちよかった。
     皮膚の上に押し当てられ、ぐりぐりと動く指の腹が、技巧的に細かな筋肉を解きほぐす。なるほどプロだと関心もありながら、やはり下らない時間だと思う気持ちは強い。
     しかし、ここにいる以上はもっと色んな部位にマッサージは及んでいく。
     手首から肘にかけてのマッサージは、リストカットを隠した包帯の腕に関して、いくらかの躊躇いが感じられた。
    「傷があるのでしょうか」
    「……ええ」
    「そーっと、致しますので、少しでも痛みがあれば仰って下さい」
     結局は包帯越しにも施術は行われ、もう片方の腕に対してはもっとぐいぐいと指圧をしていたのに比べ、遥かに優しいタッチで撫でていた。
     マッサージが肘まで来て、二の腕にきて、肩と来れば、次は首回りと鎖骨の部分に指が来る。
    「…………」
     さっさと時間が過ぎればいい。
     気持ちよければ気持ちいいほど、自分にこんな時間は必要ないと、癒しもくつろぎも拒む思いが胸に燻る。
     アイマスクがあるせいか、触覚が発達していた。
     神経がマッサージ師の手の存在を読み取ろうと、全身で気配を探り、指が触れると全神経がそこに集中する。斉藤の手つきを把握しようと、手の大きさや指の太さまで知ろうとして、雪乃の気持ちなど関係なく、肉体的な神経は男の手を如実なほどに感じていた。
     鎖骨のラインに沿う指が、皮膚と骨との狭間にあるリンパを押し流す。
     首からうなじにかけて指が来て、ひとしきりくすぐると、耳まで包まれ揉み込まれる。
     脇の下にある肉をほぐし、脇腹と腹筋を揉み回し、足の指から足首にかけ、ふくらはぎから太ももにかけても、ありとあらゆる部位が丁寧に時間をかけて揉まれていった。
     全身という全身に、男の手が通り抜けた感触が、名残りとして皮膚の下に疼いている。
    「うつ伏せになって下さい」
    『あら、お尻が丸出しなのにねぇ?』
     ……姉さん、黙ってくれる?
     改めて意識すると、丸出し同然の肌を晒すことに抵抗感が沸いて来る。
    「ふん」
     しかし、雪乃は自分自身の羞恥心を鼻で笑った。
     お尻が恥ずかしいなど、それでうつ伏せくらいなれないなど、<泡渦>を狩る化け物たる自分には相応しくない。
    
     じぃ……。
    
     視線の感触。
     本当に見られているかどうかなど、雪乃には確かめようがない。意識してしまうだけ、思い過ごしなのかもしれない。いや、本当にジロジロと見られているのか。わからないうちに背中のマッサージが始まって、背中の肌をまんべんなく撫で回す。
     気持ちが良かった。
     まるで手がそのままバイブに変わったような、振動機の役目となって、肩甲骨や腰の筋肉を震わせる。指圧的な親指の入れ方も心地よく、こんなに腕が良いものなら、確かに世の中にはマッサージにお金を払い、癒しやくつろぎを求める女性客くらいいるのだろうと、どこか納得させられる。
    「……っ!」
     しかし、お尻の近くにまで指が来れば、さすがの雪乃もぎょっとした。
     尾てい骨には触れていないが、触れかねないほど近い位置に置かれた指は、果たしてお尻に触れていると言えるのか。腰とお尻の境界線が微妙と言える、曖昧なラインの肉を撫で、こうなると尻には本物の視線を感じた。
    
     じぃぃぃぃ……。
    
     プロだから、いやらしい気持ちはないと思いたいが、どちらにしても尻の回りをマッサージしているのだ。当然のように斉藤の視界に時槻雪乃のお尻はあり、どんな気持ちで見ているか否かは置いたとしても、もう見られていることは間違いない。
    『あら、恥ずかしいのね』
     途端に風乃が煽ってきた。
    
     ……別に平気よ。
     下らない。
    
     すり、すり、すり……。
    
     斉藤の二つの手が、両方ともお尻よりも上の位置に、尻の筋肉繊維が届いていると言えなくもない骨盤のところに置かれている。まるでピアノを弾くかのような指の置き方で、左右の四指が、合計八本が、左右にすりすりと撫でている。
     それは尻の丸みをぐるりとなぞっていく動きで、骨盤の両サイドへと移動していき、やはりお尻に触れていると言えるのか言えないのか、曖昧な際どいラインをすりすりと撫でている。
     しばらく、何秒もかけ、同じところをずっと……。
     またやがて、指はぐるりと移動する。
    『もうお尻ね』
     今度こそ、尻肉へのタッチであると、明確に言える領域まで男の指は踏み込んでいた。
    
     すり、すり、すり……。
    
     太ももと尻肉の境目にある、尻の垂れ目というべき部位。それを四指ですりすりと可愛がり、雪乃の腰はもぞりと動いた。
     くすぐったさに近い、皮膚が甘く溶かされる気持ちよさに、どうしても身体が反応して、わずかながらにモゾモゾと尻が蠢く。
     それでなくとも、雪乃の尻は肉厚で美しかった。
     驚くような美白肌が丸く膨らみ、美尻とも巨尻とも言える丸いドームの形状は、白桃に少しだけピンクをまぶしたような血色の良さをしている。見るからに健康的なお尻の、くすぐったいのが我慢できずにモゾモゾと左右に動く光景は、お尻が好きなマニアの視線をいくらでも惹きつけるものがある。
    
     マッサージが気持ちいいから何だというの?
     私はこんな感覚におめおめと浸るような女じゃない。
     時間終わればさっさと帰る。それだけよ。
    
     どこか決意でも誓いでもあるように、雪乃は心の中にそんな言葉を抱え込む。
    「お客さん。ずーっと、ここにいたくなるくらい、気持ちよくして差し上げますよ」
    「……ずっと?」
     何をふざけているのかと、人を馬鹿にしているのかと、人様に向けるには失礼なほどの敵意が、雪乃の低い声には込められていた。
    「今にわかりますよ」
     ニヤっと微笑んだ中年の顔が、視界などなくとも想像できた。
    
     そして、雪乃はようやく知る。
    
     ――すつ、
    
     うなじから背骨のラインにかけ、辛うじて産毛に触れているようなタッチで、上から下まで嫌というほど優しく撫でる。
    
    「んっ……ぁ……んぅ………………」
    
     喘ぎ声と呼ぶには程遠い。
     だがそれは、確かに気持ちいいから出る声だった。
    
         ***
    
     雪乃は敏感になっていた。
     全身に静電気を流し込まれて、どこもかしこもピリピリと、指先にかけても甘い痺れが充満してしまったように、触れられた部分が恐ろしいほど気持ちがいい。手の甲を軽くなぞられただけでさえ、軽く皮膚が弾けた気がした。
    
     いつから? いつの間に?
     私はこんな……!
    
     困惑の間など与えないようにして、斉藤はねっとりとした声で言い出した。
    「オイルを塗りますので、もう一度表になって下さい」
     大丈夫。プロの技だ。
     マッサージが気持ちいいだけであり、マッサージさえ終わればそれまでだ。そのはずなのだと言い聞かせ、雪乃は仰向けに向き直り、すると素肌にオイルが塗られる。
    
     じわぁぁぁ……。
    
     と、熱く染み込むようなオイルであった。
     ヌルっとしたものが皮膚に広がり、肌の奥まで浸透するに、それがオイルに含まれた効能なのか。身体がだんだんと火照ってくる。初めのように手の指から肩にかけ、順々に塗り込まれていくオイルが、腹や太ももや足首まで、足の指まで隙間なく塗り込まれる。
     一度はオイルを塗り込んで、少しでも乾いた上から、またもう一度塗り直すことまで繰り返し、オイルが染みた皮膚の表面がさらにヌルヌルとした見栄えにコーティングされ、雪乃の全身がぬかるみに覆われていた。
    「両手を上に動かしますよ」
     断りが入ると同時に手が掴まれ、雪乃の両腕はバンザイの形に持ち上がる。
     その次にオイルを塗られる場所は、脇とその下の肉だったので、てっきりこの部位に触りやすいためなのかと思っていた。
     だが、次の瞬間だった。
    
    「……え?」
    
     一瞬、遅れたように困惑した。
     何が起きたか、たったの一瞬だけ理解が遅れ、胸に空気が触れる感触に気がつくや否や、それまで平静を装い続けた雪乃の顔はとうとう朱色に染まり始めた。
    
     おっぱいが丸出しにされていた。
    
     紙ブラジャーが驚くほど一瞬で脱がされて、もうその次には肋骨にべったりと、手の平がオイル付きで貼られている。
     それがだんだんと、乳房に迫った。
     おっぱいの生え際にあたる、乳房に触れているのかどうか、やはり言い切るには微妙なラインをオイルでくすぐる。
    「大丈夫ですよ。バストエステの効果があって、誰にでもしている施術です」
     雪乃を安心させたがる言葉を唱えつつ、その指は微妙な部分をくすぐり続け、下弦を指で揺らすかのように乳房を震わせた。
     脇下の肉から上へと動き、乳房に触れたかどうかの位置でまた戻り、下から上を繰り返す。鎖骨からだんだん近づいてから、また鎖骨に戻ってを繰り返す。
     明確には乳房に触れて来なかった。
     代わりに上からオイルを垂らし、手を触れることなく雪乃の乳首を刺激して、胸をオイル濡れした見た目に変えていく。
    
     お、おかしいわ……。
     こんなの……。
    
    「はぁっ、はぁ……あ、ん………………」
    
     雪乃の息は既に荒い。
     今度は内股に両手がいくと、女にとって最も大事な部分へと、ギリギリのギリギリまで指が近づき、さすがの雪乃も緊張で全身を強張らせた。
    
     ぬり、ぬり、
    
     内股にある太ももの生え際から、V字ラインに沿った指の動きで、実にねっとりとした手つきでオイルを塗り込む。
    「あ……ぅ…………」
     明確には性器に触れない。
     触れないが、いつ触れてもおかしくない。たった何ミリかでも指がずれ、ほんの少しでも違う位置に指が当たっただけで、中年男性の指が女性器に触れるのだ。
     それでも、紙ショーツの生地にはオイルがあたり、それが染みて広がるように、オイルだけは性器に及ぶ。さらにヘソの下の辺りから、ちょうど性器へと流れ落ちる位置にオイルは垂らされ、完全に紙ショーツに染み込むと、その下にあるワレメの皮膚にも、ワレメの狭間にある膣の中にも、オイルが身体を火照らす効果が達していった。
     下腹部は熱く疼き、直接は触ってもらえないもどかしさが、だんだんと雪乃を苦悶させていく。
    「あまりモゾモゾされますと、指がアソコに当たりますよ?」
    「うぅ……!」
     雪乃が悪いように注意され、雪乃は忌々しげに顔を顰める。
     執拗なほど、アソコ付近への責めは続いた。
     ショーツの上から、陰毛の生える三角地帯の部位をくすぐり、ワレメに触れかねないギリギリに迫っては指が引っ込む。そのまま三角地帯をくすぐり直し、また迫っては指を引っ込め、じわじわと下腹部を嬲っていく。
    
     これって……。
     さすがにおかしいわ……。
    
     こうなれば、いっそ気の強い雪乃である。
     必要があれば、どんな人間であっても誰でも殺せると、そんなことを自負している雪乃が、されるがままで黙ったままでは終わらない。
    
     ――そこは触らないでくれますか?
    
     と、冷たい声で突き放す。
     雪乃は完全にその気でいた。
     そのために口を開き、喉は完全に声を出す準備を終え、後は肺に吸い込まれた空気が外へ吐き出されると同時に、言うつもりでいた言葉となって出て行くはずだった。
    
    「――ひゃ!」
    
     だが、雪乃は喘いだ。
     唐突に乳首を摘まれて、自分自身の喘ぎ声に、放とうとしていた言葉がかき消された。
    「大丈夫ですよ? なすがままされるがまま、お客さんは気持ちよく過ごして下さい」
     初めて、女の部分が明確に揉まれていた。
     乳房が両方とも、斉藤の手の平に包み込まれて、ぐにぐにと指に強弱をつけたマッサージによってほぐされている。
     かつて異性に胸を揉まれた経験など一度もない。
    「な、なにを……! おかしい……!」
     さしもの雪乃も動揺して、湧き出る快感に翻弄される。神経を甘く溶かしていくような、細胞が細かくトロリと溶け落ちて思えるほどの快楽が、乳房の内に生まれて膨張して、それが胸板の部位を通じて肩や腹へと、手足にかけても拡散していく。
    
    「溶けちゃいそうだねぇ? <雪の女王>さん」
    
     雪乃は戦慄した。
     被害者を支えたり、<騎士>を派遣して<泡渦>の解決を図る互助集団。<ロッジ>に関係している者でなければ、雪乃の顔と名前を知っていることはありえない。
    「あなた……!」
    「僕も驚いたよ。随分と前に色々と関わったことがあってね。まあ、今ではこうしてマッサージを仕事にしているけど、君のことは偶然ながら知っていたよ。この店に君が来たのも全くの偶然かな?」
    「……<保持者>なの?」
    「たまたま巻き込まれ、たまたま知っているだけの一般人かな」
     中年は微笑む。
     
     ニタァァァァァァ――。
     
     人間の表情がそこまで歪むのが不思議なほど、唇が醜く捻れたニヤニヤとした微笑みに、アイマスクで人の顔など見えない雪乃にも関わらず、全身に鳥肌が広がった。
     これまで幾度も<泡渦>における敵や恐怖と対峙してきたが、<保持者>でも何でもない、ただの一般人らしい、単なる中年のオジサンにここまで青ざめたのは初めてだ。
     雪乃はすぐに抵抗に動いていた。
     しかし、そんな雪乃の抵抗を抑え込むのは、力ずくで腕を押さえ込むのでも、怒鳴って脅かすような方法でもなく、指でアソコをなぞり上げるという愛撫であった。
    「――あん!」
     抵抗しようと、身を起こそうとした雪乃の動きが、そんな方法によって封殺された。
    「ねえ、雪乃ちゃん。施術中に事件を起こして捕まったマッサージ師のニュースを、一度くらいは見たことがないかなぁ?」
    「…………」
    「一般人は一般人でも、オジサンは犯罪者っていうことになるのかな?」
     もうそこに、施術としての手つきはない。今までの斉藤が施したマッサージは、見る人が見れば効果的かつ、疑いようのないタッチであったが、もうマッサージ師としての皮は被っていない。
     ただただ、雪乃を喘がせるためだけの手つきがそこにはあった。