それでいて、事後避妊薬を求めるためにも、忌まわしくてたまらないものを口の中へと含むため、雪乃は大きく唇を開いていた。
殺したい、殺したい、殺したい!
吹き荒れる殺意を抑え、精液のぬるりとした汚れさえ残った汚いそれに、だんだんと口を近づけるに、自分がフェラチオをするのだという事実が悲しくて、何もかもが納得できずに泣けてきた。
肉棒から放出される熱気が、その熱によって変わる空気の温度が、近づくだけ近づいた舌と口内へ流れ込み、まだ咥えもしないうちから雪乃は不快感に顔を歪める。
だが、これも……。
こんなことから生まれる精神の苦痛でさえも、雪乃は復讐の糧に変えようとしているのだ。
ぺろり、
舌の先で、亀頭の先端をそっと舐め上げ、オシッコを出すための器官なんかに、本当に口をつけてしまったことにゾっとする。舌先から根元にかけ、顎にまでぶわっと、みるみるうちに鳥肌が広がった。
「……やってあげるわ」
雪乃は舌でペロペロと奉仕を始めた。
ぺろ、ぺろ、ぺろっ、れろっ、ねろっ、ぺりょっ、ぺろ、れりょ――。
屈辱、絶望、羞恥、辱め。そんなものに心が折れ、部屋にでも引き篭もって塞ぎ込むのは、“普通”の世界に暮らす“普通”の女の子だけで十分だ。憎い男のものだから舐められないなど、それさえも“普通”が生み出す弱い人間の感情だ。
雪乃は捨てた。そんなものは今から捨てた。
「あむっ、ちゅぷっ、じゅるぅ、じゅむぅ……」
屈辱こそを味わうため、雪乃は自ら手に握り、根元を持って唇を押し当てた。亀頭の先を少し頬張り、慣れない初めは亀頭ばかりに奉仕する。赤黒い部分の約半分だけが雪乃の唇に出入りして、それが繰り返されるにつれ、そこは雪乃の唾液がまぶされていた。
初めてなりに雪乃は励んだ。
「んむっ、んっ、ちゅっ、じゅれろぉ……べろぉ……」
カリ首までを飲み込んで、亀頭を丸ごと口内に迎えると、舌で撫で付けるようにぐるぐると舐め込み始める。
「んじゅっ、ふじゅっ、じゅずっ、じゅれっ、れじゅぅ……」
こんなものを口の中に入れていると、従わされている実感が大きくなる。上目遣いで睨んでいれば、仁王立ちで偉そうに雪乃を見下ろすニタついた視線と目が合って、対する自分は膝などついて奉仕している。
それも事後避妊薬がなければ赤ちゃんが出来てしまう、だから薬を下さいという、かなり弱い立場から、こうすることで避妊薬を貰えるようにお願いしている。
「美味しそうに舐めるじゃない」
からかうような中年の笑み。
雪乃の胸の中に沸騰したような怒りが湧き上がって、キッ、と睨むと、これほど不味いものはないと心で返す。
「はむぅぅぅぅう…………」
喉が塞がりかける一歩手前の部分だけ、入りきるまで肉棒を咥えると、大きく顎を開いていなければならない負担を感じる。従属感ともいうべきような感情が沸き起こり、自分にこんな思いをさせるフェラチオなどという行為に、一層のこと腸が煮えくり返る。
「んん、んじゅるっ、じゅぱ……つじゅぅ……ずりゅ……ちゅつぅ……」
肉棒の表面に残った牡香が、鼻腔にも口内にも広がって、そのツンとした青臭さの不快さに表情が歪んでいく。
頭を前後に動かせば、太いあまりにべったりと貼り付けているしかない舌が、肉竿の長さをなぞって頭と共に往復を繰り返す。雪乃が頭を引くにつれ、唾液のまぶされた肉棒が吐き出されて、前に進めるにつれて飲み込まれる。
「じゅりゅ……ぷっ、はじゅぅ……じゅっ、ぢゅっ、ちゅっ、じゅぅ……」
口にでもどこにでも、さっさと射精すればいい。気を保たなければ、いっそうっかり噛み切るかもしれないものに刺激を与え、どれだけの気持ちよさかは知らないが、とにかく快楽をくれてやり、雪乃は射精を待ち望んだ。
「飲んでね」
と、その時だ。
がっしりと、急に頭を掴まれた雪乃は、屈辱を飲み干すために精液を待ち侘びて、舌の上でビクっと弾み上がるのを感じ取る。
――ドクゥゥ! ビュッ、ビュクン! ドクドク! ドピュン!
複数回にわたってビクン、ビクンと、脈打ちのように弾んだ肉棒から、一度ずつにわたって精液が打ち込まれ、それが雪乃の口内にべったりとかかっていく。上顎の内側に、頬の内側にあたって喉の奥にも。
かくして肉棒を吐き出すことは許されても、精液は口に含んで咀嚼して、斉藤の注文によってよく噛んでから、唾液とじっくり混ぜ合わせたあとに飲み干した。
汚いものが腹に収まる。その忌まわしさを内側に感じつつ。
「じゃあ、約束通り事後避妊薬をあげようじゃないか」
と、斉藤は言う。
「お風呂で遊んで、あと何回かヤったらね」
そんな言葉を付け足して、あと何時間も雪乃は中年男性の相手をした。
***
もみ、もみ、もみ、もみ――。
施術用ベッドに腰をかけ、まるでベンチに座るかのように両足を垂らした時槻雪乃は、凝りを解消するために肩を揉んでもらっていた。痛いほどに指が食い込み、うなじにあるツボも押してのマッサージは、専門的に見ても真っ当な施術と言えた。
ただし、パンツ一枚の格好でなければ。
施術用に用意されるはずの紙ショーツは与えられず、脱ぐだけ脱いだ雪乃が履くのは、黒いゴシックロリータ調のパンツである。
「どうせやることをやるんでしょう? こんなことは時間の無駄よ」
「焦らない焦らない。こうして、だんだんと気持ちよくしていくんだから」
二人の関係は脅迫者と被害者だ。
あれから撮られた動画の鑑賞までさせられて、自分の痴態を映像によって拝んだ雪乃は、復讐者としての糧を培うためにこのマッサージ店に通っていた。二回目も三回目も、最初は純粋なマッサージに始まって、それがしだいに性感目的のマッサージに切り替わると、最後にはただの愛撫やセックスの時間と化す。
今回にしても、肩凝りを取り除き、身体の流れを治す施術で、腕を持ち上げるだの何だのというストレッチまでさせられた。マッサージの知識などない雪乃でも、服さえ着ていればごく普通の整体現場なのだとわかった。
雪乃をうつ伏せにさせ、背中に手の平を置く斉藤が、全身の体重を駆使したマッサージで腰や肩甲骨に圧をかけ、ぐるぐると回してやるような手順を施す。太ももからお尻にかけて揉むのでさえ、欠片のいやらしさも感じなかった。
しかし、アロマオイルが出てくると、もうそれは性感目的のマッサージとなっていき、手足の指の一本ずつにかけても丁寧に、軽やかなタッチで慰める。四回目になる雪乃には、それが女の肉体を興奮させるためにある『技術』なのだとわかっていた。
全身がオイルの光沢によってヌラヌラ輝き、指の股までくまなく塗り込まれた雪乃には、少しずつ息が乱れてスイッチが入る。太ももの付け根にある、アソコに触れかねない際どいラインにオイルが塗られ始めると。
じわぁぁぁぁ……。
アソコが濡れた。
オイルとは別の理由でワレメが輝くのを待つように、焦らしの聞いたマッサージにやたらに時間を尽くされると、愛液の香りがだんだんと漂っていた。
ここまで濡れた雪乃は、されるがままにパンツを脱がされ、その脱げていく際には、ぬるりとした水分のためにクロッチがアソコに張り付き、粘着力の弱いテープを剥がす瞬間にあるような、若干の抵抗と共に布地が性器を離れていく。
布とアソコのあいだには、銀色の糸がいやらしく束になり、その大半はプチプチと弾けて一本しか残らないが、その生き残った一本が一センチ、二センチと伸びていき、五センチ以上も伸びてようやく糸は千切れた。
かくして全裸のオイル濡れとなる雪乃は、アソコと胸の愛撫で手始めとばかりに何度かイカされ、たっぷりとセックスの快感を味わわされる。
この四回目になる『施術』では、実に二時間にわたる性交に及ぶのだった。
†
――その数日後、五回目。
左腕に撒いた包帯を噛み締めて、声が出るのを必死に抑える雪乃の体位は、自ら上下に動き続ける騎乗位だった。
「――んっ、んぐっ、ぐっ、んっ、うっ、んっ」
決定的な喘ぎ声は抑えても、歯が閉じていても出る呻き声が、喘ぐ代わりに絶え間なく出され続ける。
ちゅぷっ、じゅぷっ、ずぷっ、ずぷ――。
軽やかなバウンドの繰り返しのようにして、上下運動を続ける雪乃は、髪も揺らして快感に悩まされ、その動きに合わせてオイルまみれの乳房もプルプルと揺らしている。ハンドカメラを握る斉藤の前で、撮られることの辱めに浸る雪乃は、自分のセックスの記録が残ることへの恐怖や憎らしさに不安を手に入れ持ち帰った。
†
――六回目。
時槻雪乃はパイズリをやらされた。
「よくもこんなことを思いつくわね」
斉藤の方がベッドに座り、雪乃が床に膝をつくという、客と店員の立場が逆転した構図で、乳房のあいだに硬い肉棒を抱き込んで、上下にむにむにとしごいていく。
むに、むに、むに――。
身体ごと乳房を動かし、押し潰すつもりのように乳圧を与え、顎にぶつかりそうな亀頭を舐めろと言われて時折舐める。
――七回目。
バックで犯し尽くされた。
――八回目。
行う体位の数が多かった。
――九回目。
今日は奉仕の命令が多かった。
十回目、二十回目、三十回目……。
それだけ通って、激しい快楽や絶頂が日常の一部に成り下がり、それでも雪乃は<雪の女王>であり<騎士>だった。
自分の目指す理想の化け物へと、それが性交の強要などという形であろうと、雪乃は最後まで憎しみを溜め続けた。