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  • 最終話「契約の儀式」

    前の話 目次

    
    
    
     しかし、討魔剣士として生きるということは、パートナーとなる男と性を交える運命を意味していた。決められた男に純潔を捧げ、戦うたびにその人から回復の儀式を受けなくてはならない。
     そのパートナーは大人達によって決められる。
     女側に選ぶ権利があるとは限らない。
     討魔剣士は十五歳の誕生日を迎える際、その日に男を紹介され、処女を捧げる契約の儀を執り行う掟がある。
     凛菜はそれを両親から聞いて知っていて、それ自体には覚悟があった。
     気に入らないのは確かだし、何が悲しくてそんな回復方法しかないのかはわからない。他に方法があればいいのだが、それしか確立されていないのなら、そういうものとして受け入れる以外に道はない。
     それが嫌なら、家を出て行く宣言でもするしかない。
     しかし、あれ以来から使命感を抱くようになり、復讐心さえ燃やしている凛菜にとって、家を出る選択肢はありえない。あの時の無念を晴らし、同じような被害者を出さないためにも、誰かが戦うべきなのだ。その義務感を背負った凛菜は、例え誰に抱かれようとも戦う決意を固めていた。
     自分は普通の女ではない。平凡な日常には属すことなく、戦いの世界に身を置く以上、ごくありふれた恋愛なんかに憧れることは出来ない。そういう家に生まれ、そう教えられて育った影響もあり、運命は運命として受け入れていた。
     だが、その上で絶句した。
     それは男の紹介の際。
     初めて顔合わせを行うため、畳部屋の中で相手が現われるのを待っていた時である。時間が訪れ、やがて襖を開くと同時に少年が顔を出し、自己紹介をしながら歩んでくる姿を見て、凛菜は言葉を出せなくなった。
    
    「やあ? 初めまして。僕は新谷織田彦だよ」
    
     あまりにも恐ろしいルックスの悪さに全身が総毛立ち、こんな男に抱かれるのかと正直寒気が走ったのだ。
     もちろん、顔なんかを期待したわけではない。
     ごく人並みの人格があって、ごく人並みの身なりさえしていれば、誰が来ようと構わないと考えていた凛菜だが、その凛菜が青ざめるほどの醜悪な容姿を織田彦がしていたのだ。
     まず、目つきがいやらしい。
     まるで視線で嘗め回してくるような、胸だの尻だの、そういう場所ばかりを見ていそうな卑猥な瞳には、色欲ばかりが宿っていそうで、その目つきだけでも十分にゾッとする。
     その上、顔のパーツが悪い。
     まず鼻が潰れていて、ブタに似て穴が前を向いているのだ。頬にはふっくらと肉がつき、両側に垂れているのはブルドッグを彷彿させるし、腹も出ていて体格が悪い。おまけに全身が脂っこくて、夏でもないのに皮膚に汗っぽい何か粘液のようなものが出ていて、触れとネバネバしているように思えて、心底最悪だと思った。
     醜悪すぎる顔、体格。
     いや、見た目で判断してはいけない。
     どんな外見をしていようと、人並み程度の人格であれば、別にそれでいい。
    「は、初めまして。私は如月凛菜」
    「凛菜ちゃんか。可愛いねぇ?」
     鼓膜にネバついてくるような、ねっとりとした声で、初対面からいきなり下の名前でちゃん付けをされ、全身に寒気が走った。
     しかも織田彦は、テーブルを挟んだ向こうに座布団が置いてあるにも関わらず、わざわざ凛菜の隣へ回って座り込む。早速女に触れ、味わってみたいかのような、既に待ちきれないかのような興奮の息遣いで、ギラギラとした視線でねっとりと凛菜を見る。視線は明らかに胸や太ももへ集中していた。
     決まりだ。織田彦は気持ち悪い。
     男としてはハズレの相手だ。
     だが、女を回復させてやれる男というのも、基本的に限られている。嫌だから拒否するとはいかない世界なので、生半可な言い訳ではパートナーを拒めない。如月家や他の家系でも、そのように決まっている。
    「私の回復役になるって、聞いているわ。アンタなんだね」
    「うん。そうだよ?」
    「まずはそうね。心意気でも聞こうかしら。私のパートナーになるからには、アンタも決して戦いと無関係ってわけじゃない。覚悟はあるわけ?」
    「もちろん」
    「どんな覚悟があるのか。聞かせてくれる?」
    「それはセックスだよ」
    「――っ!」
     凛菜は一瞬にして顔を引き攣らせた。
    「ずーっと稽古を頑張ったんだ。可愛い女の子を抱けるんだから、やる気が出るのも当然のことだよね? いつか、いっぱいセックスするのを夢見て、それはもう死に物狂いで頑張ってきたってわけ」
    「ふざけないで!」
    「へ? どうして?」
     織田彦はきょとんとする。
    「あのねぇ? こっちは命懸けなのよ? もし戦いに負けて、妖力がゼロになるまで吸われてしまえば私は死ぬ。アンタだって、妖力の高い男は見つかり次第命を狙われる。それをふざけた理由で――。信じられない!」
     凛菜は激高していた。
     こちらは親友を殺され、その無念を胸に抱いて今日までやってきた。あの時何も出来なかった自分が許せなかったし、同じ被害者を増やしたくない。れっきとした思いを抱いた凛菜の前に現われるのが、よりにもよってセックスがしたいだけの理由の男だ。しかも、恥を知らずにいけしゃあしゃあとそれを自慢げに口にしたのだ。
     本人はそれを怒られたことできょとんとしている。自分が何を悪い事を言ったのか。自覚できていない顔だった。
     頭がおかしい。顔で判断してはと思ったが、織田彦の顔には人間性がそのまま現れているに違いない。
    「僕ってこんな顔でしょ? 他にモテる方法なんてないし、いつ命を狙われるかはわからなくても、確実に誰かとセックスできる世界にいた方がいいと思ったんだ」
    「馬っ鹿みたい! アンタ馬鹿でしょ!」
    「うーん。情熱的って言って欲しいな。男はセックスのために命懸けになれるんだよ?」
    「ああもう、完全にふざけているわね。アンタ。自覚が足りないっていうか……」
     覚悟と使命感を抱く凛菜に対して、完全にどうかしている織田彦。
    「けど、掟はわかっているよねぇ?」
     じゅるり、と。
     欲望にまみれたケダモノの舌なめずりで、汚らしいヨダレの音を立てながら、既に興奮している荒い息遣いで迫ってくる。熱くて臭い息がかかるほど、顔を近づけられ、正座の太ももへ手の平を置いてくる。
    「お、掟ね。わかっているけど……」
    「だったら、受け入れないと駄目だよ?」
     ふぅーっと、粘り気を帯びたような息が、耳の穴に吹きかけられ、凛菜はゾッと身震いした。
     掟において、男の欲望を拒んではならない。
     回復の儀を執り行うには、男女が同じ場に揃った状態で精力を発散するわけだが、男側が満足しなければ、儀式が不発に終わる可能性がある。たとえ男にとって満足のいく性交でも、両思いの愛情に満ちたセックスであっても、確率のランダム性という理由で、数百年の歴史においても回復失敗の記録は多かった。
     そこで、成功率を高めるための措置が研究され、決められたパートナーと契約を結ぶ術法が生み出された。
     契約という見えない繋がりを男女のあいだに作り出すことで、不発に終わる可能性は限りなくゼロに近づく。
     ただし、男の欲望発散が儀式行為の手順なので、基本的に相手の趣向を満たさなければ回復の儀は成立しない。フェラチオといわれれば咥えなくてはならないし、体位に関する欲があるなら、それも満たしてやらなくてはいけなくなる。
     回復の術者は男であり、満足したり、欲望が発散できて楽しい『感情』を術法の手順のうちに含んでいるため、それを阻害すると簡単に不発になる。決して阻害せず、契約まで結ぶことにより、初めて絶対的確率で回復に成功するのだ。
     女は相手を受け入れるべしというのは、そのため掟の一部とされている。
     拒むことが許されるのは、刃物で生体を傷つけるような加虐的な趣味であったり、排泄物を飲食させる人体に有毒な行為など、目に見えて過激な趣味趣向の場合に限られる。
     そして、女の怪我や病気に関わる性癖の持ち主など普通はいない。あるとしても、コスプレだとか体位だとか。風呂場でしたい、外でしたいなど。肉体的な怪我や健康被害の危険がない限り、大半のプレイ方法が許されている。
     男を拒める掟など、事実上無いのと同じだ。
    「稽古は厳しかったよ。妖力を高めるために滝に打たれて、穴に落とされて、色々と過酷な目に遭ってきたけど、それでも僕は頑張れたんだ」
    「……へ、へえ?」
     織田彦は肩へ手を回し、スカート越しの太ももを撫でている。明らかなセクハラに凛菜は顔を引き攣らせ、冷や汗ばかりを流した表情を浮かべていた。
    「ずっと前から、君の写真を見せてもらっていたからね」
    「――っ!」
    「こんなに可愛い子とセックスできるって運命が決まっていたから、僕はそのためだけに修行をしたんだ」
     織田彦の手が、セーラー服の腹へと移動する。服の内側へ潜り込み、ヘソ回りの肌を直に手で確かめ始め、脂っこい、気持ち悪い手の平の感触に全身が総毛立つ。
    「アンタ最低ね。私としては掟は守るけど、もっとマシな自覚は持てないわけ?」
    「まあまあ。セックスへの欲望だって、命を賭ける理由になるよ? 人間の三大欲求。とても気持ちいいことだから、たとえ淫魔妖怪に狙われるかもしれなくても、リスクがあっても構わない覚悟はあるよ?」
     腹の肉を撫でていた手が、セーラー服の内側で上へとスライド。ブラジャー越しの乳房を揉み始め、初めてそんな目に遭った凛菜は、さすがのさすがに耐えかねてしまった。
    「やめろ!」
     突き飛ばした。
    「ぐへぇ!」
     片手一本で押しのけられた織田彦は、情けなく畳に倒れる。
    「今は回復の儀の最中でも何でもない! アンタみたいのがパートナーなのはこの際仕方ないにしても、私に触れることになるからには、その最低な根性を叩き直して貰わないと困るわ」
    「だ、だって……」
     まるで小さい事もが言い訳を始めるような、幼稚で情けのない口調の声を出す。
    「だって何?」
    「だって、討魔剣士は性処理道具だって習ったよ?」
    「――なっ!」
    「満足いく『感情』が回復の儀の手順の一部だから、性奴隷とかペットとか、そんな風に考えるのがコツだって教えられたよ?」
     なるほど、術の行使にあたっては、それはコツなのだろう。
     しかし、そんな風に思われて、それを堂々と公言までされ、実際にセクハラまでしてくる相手をだ。はい、そうですかと、快く認めて受け入れるほど、凛菜の心は広くない。
     掟だから、仕方は無いが……。
     もしも掟が存在せず、そんな回復方法が必要なければ、こんな男には絶対に触れもしないし、視界にだって入れたくない。最低の人種に間違いなかった。
    「契約を結ぼうよ。凛菜ちゃーん」
     織田彦は笑いながら、よだれを垂らした欲望まみれの卑猥な顔で立ち上がる。
     十五歳の誕生日、討魔剣士は契約を結ばなくてはならない掟である。
     受け入れるしかなかった。
    
         ***
    
     真夜中。
     畳を敷き詰めた障子の部屋の中央には、契約の儀を執り行うための、魔法陣によく似た円形状の図形が描き込まれていた。もちろん、日本製の術式なので、西洋のものと違って、図形の内側に並んだ文字は全て漢字か東洋の記号である。
     円周のラインに沿ってロウソクが並べられ、小さな火の数々だけが灯りとなって、暗闇をぼんやり明るく照らしていた。
    「さあ、始めようか」
    「……ええ」
     魔法陣のさらに中央に置かれた布団の上で、お互いに膝を向き合わせ、これから行う情事に対して、織田彦とと凛菜はそれぞれの感情を抱いていた。
     二人の衣装は白く薄い着物である。
     契約の儀に合わせ、事前に身体を清めてあるため、この内側には何一つ着ていない。儀式の手順として、下着類は着用しないため、お互いに布一枚だけを纏っている。
     まず、織田彦が言葉を放つ。
    「これより、我に結ばれる者として、その素肌を晒されよ」
     儀式上の言葉。
     それに従い、凛菜は着物の紐を解き、布団の上に脱ぎ落とす。男の性感情を満たすための存在になるために、これからの関係を明らかにするために、女は自らの手で裸体を見せてやらなくてはならないのだ。
     凛菜の肉体は鍛え込まれている。
     そのため、腰は引き締まり、脚のラインもすらっとしている。丸く育った乳房は垂れることを知らずに前へ突っ張り、その下にあるヘソ周りには、薄っすらと腹筋の肉が見える。下腹部の恥毛は手入れがされ、逆三角形の形に綺麗に短く切り揃えてあった。
     凛菜はそれら全てを見せるため、直立不動のまま手は横に下ろしていた。
    
     恥ずかしい……。
    
     当然、恋を知らずに生きてきたため、男に肌を見せるのは初めてだ。覚悟はあるにせよ、羞恥心の強い年頃なので、裸になれば顔も赤く染まっていく。恋愛にまつわる願望はほぼ捨てている凛菜だが、恥じらいという意味では、やはり立派な乙女であった。
     癪だった。嫌だった。
     最低としか思えない人種の男が、醜い顔で満足そうな表情を浮かべている。胸やアソコを舐めるように見て回し、ニヤけているのが、本当に気に喰わない。
    「我に従う者として、その秘密を明かされよ」
     赤面しきっていた凛菜の表情が、さらに歪んだ。
     次の手順では乙女の秘密を口にして、その情報を相手に与えなくてはならないのだ。
     相手の顔を見ないため、筋力の許す限り、強くまぶたを閉ざしながら、凛菜は震えた声で言葉を放つ。
    「……あ、明かします。この胸の膨らむのは十の頃、冬の時。この毛が生えしは十一の頃、春の時。女の血を流したのもまた、十一の頃、春の時」
     乳房の時期、陰毛の時期。初潮の時期さえ口にした。
     こんな情報を口にするのは、例えるなら、秘密にしていた日記を読まれるのが可愛いほどに恐ろしく気まずい。とても顔など合わせられず、視線をどこかへ逸らしたり、唇を丸め込んだり、恥ずかしくて気まずい気持ちが、表情にありありと浮かんでいた。
    「従う心を、その身によって示されよ」
     次は肛門を見せなくてはならない。
     身を捧げゆく象徴として、ただ裸になるだけでなく、さらに恥ずかしい部位を相手の視線に晒さなくてはならないのだ。
     背中を向けると、織田彦の視線が尻に集中するのがよくわかった。
     戦いの修行を重ねた凛菜にとって、相手の視線を察することは容易い。例え視界を隠していても、気配によって背後のものを感じ取れる領域に達しているため、織田彦がいかに凛菜のお尻をよく見ているのか、必要以上によくわかった。
     凛菜の尻はプリっと膨らんでいる。ハート型のように丸々と肉を盛り上げ、艶やかな肌質の表面にロウソクの火を反射した光沢を敷いている。淡いオレンジの光が影を作る分、割れ目の溝がより深く見えていた。
    
     これから、お尻の穴を……。
    
     凛菜は悲しく俯く。
     下手をすればアソコよりも恥ずかしい、汚い排泄のための穴なんかを、織田彦の視線へ晒さなくてはいけないのだ。
     だが、自分で決めた道でもある。
     淫魔妖怪は許さない。容赦無く斬り捨てる。
     凛菜はそのために、自らの尻たぶを両手に掴み、影に隠されていた割れ目の中身を広げて織田彦へと見せつけた。
     汚れ一つ無い、綺麗な桃色の雛菊皺。
     織田彦の視線はそこに集中的に突き刺さり、凛菜は顔から湯気が出るほどの熱い赤面に見舞われ、傍から見れば何ともいえない構図が完成していた。直立した少女が指を尻たぶに沈めて割れ目を開き、正座で姿勢を正した少年が、じーっと穴を眺めている。
    
     くっ、こんな奴に……!
     これって、何秒やるのよ!
     屈辱すぎる……。
    
     人の視線をほぼ皮膚触覚で感知できる凛菜にとって、一点に視線が集中するということは、存在しない透明な指をピタリと置かれているようなものだ。両側へと皺の伸びた肛門を、まさにツンツンつつかれて、もみこまれているような気持ちが、凛菜の心を締め上げていた。
     熱にうなされてもおかしくないほど、凛菜の赤面した顔の温度は上昇していた。
     目元は潤み、今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。
     どんなに戦う覚悟があっても、この儀式に対して腹を括った気持ちがあっても、体を見られて恥ずかしいことだけに関しては、立派な十五歳の少女に過ぎない。
     むしろ、そのせいで男子の目線を意識したオシャレを試したり、スカート丈を短くしてみる挑戦をしてみた経験が皆無なのだ。日常を捨てる決意をした分、修行の成果で戦う力を身につけたという自信もつき、自分は戦士なのだという自覚を持っている。人知れず平和を守る存在としてのプライド意識さえ芽生えていた。
     それだけに、恋に恋する平凡な少女の方が、よっぽど男の視線を浴び慣れているといってもいい。
     プライド意識がある分、こんな格好悪い真似をしている情けなさにも泣けてくる。
    
     ま、まだなの? いつまで見てる気よ!
     こっちは死にそうなのに……。
    
     織田彦は正座の姿勢のまま足を歩ませ、もっと肛門をよく見ようと接近する。前のめりになってまで覗き込むのが、凛菜にはよくわかった。
     まるで一点に直線レーザーが照射されていて、顔が近づいてきたせいで、その出力が強まったように感じた。
    
     絶対に一分以上経ってる!
     もういいでしょ?
     早く、早く! 早く終わりにしなさいよ!
    
    「ふぅー……」
    「――!」
     息を吹きかけられ、あまりにもギョッとした凛菜は、仰け反るかのように顔を天井の真上へ向け、そのまま強くまぶたを閉ざした。顔の筋力のある限り、限界まで頬肉が強張り、唇は強く結ばれ、クシャクシャと形容してもいいほど、凛菜の表情は歪み切った。
     目が皺の本数を数えることさえ、皮膚の感覚で察知できる。上から時計回りに一本ずつ、放射状のラインをなぞって、織田彦は肛門の皺を数えている。
    
     人を恥ずかしさで殺す気なの? コイツは!
     いい加減にしてよ! いい加減に……。
    
     あまりのことに涙が出て、まぶたの閉じた左右の目から、それぞれ一滴ずつだけ、頬を伝って流れていった。
    
         ***
    
     実際、何分間肛門を視姦されたのかはわからない。数分以上だったのは間違いないし、いっそ一時間近くにさえ感じられたが、そんな長い長い時間を経ることで、凛菜はやっとのことで視姦から解放された。
     恥ずかしかった余韻が抜けない。染まりきった顔の赤みはすぐには引かず、耳もせいぜい色が薄まっているに過ぎない。織田彦を睨み付けなければ気が済まない、本当は殴りつけさえしたいような、惨めな屈辱を味わった表情を凛菜はしている。
     儀式は次の手順へ移る。
     それは同時に本番が近づくということでもあった。
     もう、かなり近い。
     凛菜の処女は織田彦のものとなる。
    「よいしょ」
     織田彦が立ち上がる。
     次に凛菜が行う作業は、織田彦の着物を脱がせてあげるという作業である。契約の儀式は女が男の性癖に従う義務を明らかにする意味合いを兼ねているので、相手を脱がせることさえ、凛菜の方からしてあげるのだ。
     腰のあたりの紐を解き、裾を下へとひっぱると、白い着物は脱げ落ちる。
     これでお互いに全裸になった。
     そして、さらに次へ移っていく。
    「この唇を捧げます」
     凛菜は自ら、織田彦の胸へ縋りつくようにして、瞳を閉じた顔を向けることで、言葉通りに唇を捧げるポーズを取る。
     織田彦の汗っぽい肌は、密着するとその粘り気が自分の肌に粘着してくるかのようで、ぞっとするほど気持ち悪い。そんな嫌な男の腕が、背中へと回され、抱き締められ、自分の体がこんな男のものになっていくのが悲しく思えた。
     唇が重ねられ、全身が総毛立つ。本来なら反射的に身が引っ込み、思わず相手を突き飛ばしかねないほどの悪寒に満ちていたが、こうなることが初めから決まっていたおかげで、凛菜は強い気持ちで耐え忍んでいる。
     ぼってりとした厚い唇の感触が、ぐいぐいと凛菜の唇に押し付けられ、ネバっこいかのような鼻息がフウフウと吹きかかる。
    「――んっ!」
     織田彦の唇の狭間から、舌がぬぅっと伸びてきて、それが凛菜の唇に触れたことで、凛菜は反射的に身を震わせた。やはり、思わず自動的に頭を引っ込めかねないほど、それは気持ち悪い感触に思えたが、凛菜は辛抱強く耐えていた。
    「ちゅぶぅっ、れるぅ――」
     舌が絡み合い、貪るように口内を蹂躙される。蠢くように凛菜の口内を冒険し、歯の裏側や頬の内肉をまさぐっていく。唾液が流し込まれ、舌にその味が広がり、自分の口腔が腐食に犯されていくような、おぞましい心地を覚えていた。
     やがて口を離すと、唾液の糸が引いていた。
    「この胸を捧げます」
     凛菜は儀式の言葉を呟く。
     織田彦は乳房を掴み、両手で丹念に揉み始めた。撫でるように触感を確かめつつ、指に強弱をつけて揉み、指で乳輪に触れて乳首を摘む。
    「この尻を捧げます」
     織田彦は再び抱きつき、背中に巻きつけた腕を下へやる。尻たぶを包み、撫で回し、存分に触り心地を確認してから揉み始める。
     次でいよいよだ。
    
    「私の処女を捧げます」
    
     そんな声を絞り出した。
     そして、凛菜は布団に体を寝かせ、両足の膝を立てる。開脚することで股の手前に織田彦を招き入れ、本番直前の緊張した気持ちに心臓が大きく弾む。
     この男が、凛菜の処女を破るのだ。
     超え太ったせいで皮膚はたるんで、顔の造形も醜悪に崩れている。ブルドッグのように頬肉が垂れ、ブタのように鼻が上向きになった容姿は、本当に気持ち悪いとしか形容できない。顔だけではなく、人間としての中身も同じようにゾッとする。欲望に満ちた下半身だけでものを考える奴なのだ。
    「えへっ、えひひひひっ、イヒヒヒヒ」
     息を荒げた織田彦は、犬がエサにありつくかのように、勢いよく秘所に顔を接近させ、閉じ合わさった性器の観察する。まじまじと眺め、指でクパっと中身を開き、薄ピンクにところどころ血管の赤みをまぶした肉壁が晒される。
    
     み、見てる! そんなところ……!
    
     処女を散らすまでへの最後の手順として、凛菜が本当に処女であるかを、こうして織田彦は確認しているのだ。
     人としての尊厳が壊されていく。プライドに罅を入れられ、何かを失ったような喪失感にさえ見舞われた。
    
     死にたくなる……。
     こんな、こんな!
     覚悟はしてたけど、こんなに……!
    
     トン、と。織田彦の指先が、凛菜の下腹部の陰毛あたりを軽く叩いた。
     妖術だ。
     男の少ない妖力でも習得かのうな、女の感度を引き上げて、瞬く間に愛液を分泌させる淫らな術――。
     挿入の準備のため、織田彦は術を使って、凛菜のアソコを汁の滲んだ状態へ変えたのだ。
     そして、いよいよだ。
    
     さ、されちゃう……。
     このまま、よりによってこんなのに私の初めてが……。
    
     亀頭の先端が割れ目に触れて、ぴたりと潰れる。生まれて初めて股間同士が触れ合う緊張に全身が強張って、凛菜は自分の気持ちをほぐそうと、全身の力を抜いていく。
     納得のいかない気持ちはある。
     戦いに一定の意識を持つ凛菜に対し、性欲を動機にしている織田彦だ。顔に目を瞑っても、運命に覚悟を決めても、それだけが納得いかない。
     納得ができないまま、割れ目に亀頭が触れるところまで来てしまった。
     もう、このまま入ってくるのだ。
    
     は、はじまる……。
    
     亀頭が膣口を圧迫しながら入り口を拡張する。ただ受け入れるしかない肉棒が、腰の進行によって押し出され、亀頭をだんだん埋め込んでいく。未経験だった小さな穴は、それに合わせて広がって、裂傷のように一部を裂く。
     これが、初めての痛みだった。
     痛みには個人差があるし、戦闘訓練を積んだ凛菜にとって、怪我そのものは怖くない。初めてセックスをすることに関して、痛みという理由で恐れはない。ただ乙女にとって大切なものが、本来ならおいそれと渡すことのない、目には見えない財産が、織田彦なんかの手に渡ろうとしているのだ。
     そういう緊張と、そういう恐れ。
     このまま自分は織田彦のものになるのだという、その事実が決定付けられてしまうことに対する恐れが、緊張感で凛菜の体を硬くして、顔もどこか強張っていた。
    
     ――あ! ああ……。
     は、入って……!
    
     腰の進行がさらに進んで、亀頭は全て膣へと埋まる。
     さらに竿までゆっくりと、スローモーションのように入り始めて、自分の処女がこうして散らされていることを、凛菜はありありと実感していた。こんなにもゆっくり、丁寧に挿入しているのは、織田彦が初めての挿入を味わおうとしているからだ。
     ゆっくりと入れることで、一度しか出来ない処女への挿入を、できるだけ長く味わおうとしているのだ。
    
     なんで、こんな人だったんだろう。
     男ってこいうもの?
     他にマシな人、いたはずだよね……。
    
     織田彦はじゅるりと舌なめずりをして、凛菜の処女を奪った事実に満足そうな表情を浮かべている。戦利品でも勝ち取ったような誇らしげな顔で、荒い鼻息をあげている。肉竿の半分以上が埋まり、根元まであと少しだ。
     凛菜ちゃんの処女を奪ったのはこの僕だ。
     僕が凛菜ちゃんの初めての相手だ。
     と、そう言いたげな表情がよくわかって、自分の膣に入っているのが、そういう男の肉棒だという事実をますます実感させられる。
    
     全部、入った……。
    
     先端から根元にかけて、全てが埋まり、凛菜の膣壁の狭間で蠢いている。
     ゆさゆさとしたピストン運動が開始され、凛菜は物言わぬまま揺らされる。勝ち誇った顔で自分を犯す織田彦の顔を、凛菜はただ見ていた。
     ボディランゲージというように、相手の動きや顔つきを見ていれば、どんな気持ちで腰を振っているのかよくわかる。セックスありきを名言していた織田彦は、こうして女を自由にできる立場を使って、相手を欲しいままにしているのだ。
     欲望のまま、相手を玩具にしたがっている。
     全裸を鑑賞され、肛門を視姦され、アソコを見られ、そして挿入されている。
     その一つ一つが、これから性処理道具としてデビューするための入門手続きに思えて、この儀式も織田彦も、何もかもが恨めしく思えてきた。
     これが、凛菜の初めてのセックスだった。
    
    
    


     
     
     


  • 第2話「凛菜の義務」

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     淫魔妖怪。
     女を犯すために存在する怪物は、そのように総称されている。
     人型であれば淫魔怪人。猛獣タイプは淫魔獣。
     といった具合に、相手の姿形によって呼び分けがされる場合もある。淫魔ロボットまで存在すると言われているが、それら淫魔妖怪達の目的とするところは、人間の女との性行為だ。
     厳密には挿入を通じてエネルギーを採取することだ。
     人間は誰でも、必ず少しは妖力を持っている。
     淫魔妖怪は人間から妖力を採取することで生きている特殊生物であり、女性に棒状の突起を挿入することで、まるでストローで吸い上げるかのようにする。だから彼らにとって女を犯すのは『食事』であり、性欲というより食欲で行動するのだ。
     もちろん、男性にも妖力はある。
     妖力自体は。
     しかし、古来から女性の方が妖力は強い。決定的な男女の差で、肉体的な強さが男なら、妖力に関しては女が上であることが常なのだ。
     だから、淫魔妖怪は女性だけを狙う。
     男性器によく似た突起が発達しているのも、女性を感じさせる能力を備えているのも、全ては食事を効率良く行うための生物上の進化といえた。
    
     それを倒す存在こそ、討魔剣士である。
    
     討魔剣士も、やはり女が多い。
     男の討魔剣士も決して皆無ではないのだが、男女の違いという理由で女の妖力が上回っているため、淫魔妖怪においては女の力が有効とされている。男の討魔剣士の人数は、いつの時代も数少ない。
     あの場にいた『少年』も、妖力こそあれ、修行経験こそあれ、戦う能力は持っていない。
     にも関わらず、狙われた。
     女しか襲わないはずの淫魔妖怪に襲われたのだ。
     理由はわかっている。
    
     それは少年が――新谷織田彦が、淫魔妖怪にとって危険な能力を持っているからだ。
    
     それが淫魔妖怪にとっては厄介なことだから、淫魔空間に捕らわれた健太は、あのまま助けがなければ殺されていたことだろう。
    
    「ありがとうね? 凛菜ちゃーん」
    「ちゅぱっ、くちゅぱっ、ちゅぐるるるぅ……」
    
     織田彦は自分の股に向かって前後している頭を撫でる。
    「君は命の恩人だよ。だから、たっぷり、ご褒美をあげないとねぇ?」
    「ふちゅぅ……」
     亀頭の先を食み、唇で吸い付いた如月凛菜は、何かを言いたげな目で織田彦を見上げた。それは一瞬のことで、凛菜はすぐにフェラチオに集中し直し、唾液をたっぷりまぶしつけながら頭を動かす。
    「――ちゅぐっ、ぢゅぢゅぅぅぅ、じゅるっ」
     織田彦の肉棒には、凛菜の舌と内頬がべったりと張り付いていた。頭の前後により、唾液の粘着を通じたスライド摩擦が刺激となり、根元を握ってくる手の温もりも心地良く、肉棒が根元から解け落ちそうなほどの快感を覚えている。
     あのままでいれば、先程の織田彦は最後に殺されていたはずなので、凛菜は命の恩人ということになる。
     その恩人に対して、ご褒美と称して咥えさせる。
     それが最高に気持ちよかった。
    「僕って優しいよね。あんな目に遭った後なのに、こうしてきちんとご褒美をあげちゃうんだからさ」
    「ぺちゅる――はぷぅ……。んじゅるっ、じゅじゅぅ……」
    「ねっ、凛菜ちゃん。君は消耗したはずなんだから、きちんと回復しないとね?」
     自分の肉棒に沿って動く凛菜の頭を、織田彦は今一度撫でてやる。
     織田彦にとって、一応これは役目なのだ。
     妖力を消費した人間は、自然回復を待っていてはあまりにも時間がかかる。数日から一週間はザラにかかるし、酷ければ半年以上もかけて、やっと全快になることもありえる。討魔剣士の人手はそうそう多いわけでもないのに、戦うたびに一人あたりがそんな日数を休むのでは、とても人々を守りきれない。
     そこで素早く回復するためには、性的な行為から発生する精力を妖力へと変換する男女の儀式が最も効率的なのだ。
     方法は何でもいい。
     男女が同じ場所に揃い、精力を発散すれば構わないわけだから、実際には男が一人で自慰行為をしても回復自体は行える。ただ、やはり女性に何かしてもらったり、理想的にはセックスをした方が、より確実で大量の回復が行えるのだ。
     淫魔妖怪はその事実に本能的に気づいていて、自分の天敵を助ける人間を駆除対象のように見做したのだろう。
     だから織田彦は狙われた。
     そして、凛菜に助けてもらった。
    「んじゅっ、ちゅうぅぅ……」
    「凛菜ちゃんは大技を二度も使ったからねぇ? 必殺技ボーナスだ」
    「――ちゅぅぅっ、じゅっ、じゅじゅっ」
    「いっぱい出してあげるからね? ぜーんぶ飲んでね」
     織田彦は射精した。びくびくと凛菜の口内で、何度も肉棒を弾ませて、先端から弾けるように白濁を打ち出す。
    「――ゴクンッ」
     凛菜は喉を鳴らして飲み込んだ。
    「飲んだねぇ?」
    「……飲んだわ」
    「美味しかった?」
    「別に美味しいものじゃ……」
    「駄目だよ。ちゃーんと、美味しく味わえなくちゃ。悪い子だからもう一回ね」
     織田彦は萎えかけになった肉棒を突き出し、再びしゃぶるように強要する。
     何かを言いたげな目で、凛菜は織田彦を見た。
     そして、言った。
    「今日の回復は十分よ。これで」
    「だーめ。僕が十分じゃないでしょ? 凛菜ちゃんがエロいから、もう何回かは出さないと収まりがつかないよ」
    「そんな……」
    「さあ、咥えて咥えて」
     凛菜は不満のありそうな眼差しで、さぞかし嫌そうに、仕方無さそうに口を広げる。
    「はぁむぅぅ……」
     肉棒を迎え入れ、フェラチオを再開した。
    
     何度咥えても屈辱だが、凛菜は仕方のない運命として受け入れていた。
     初めて織田彦がパートナーになったのは、十五歳の誕生日。
     高校生になったばかりの四月の春の時だった。
    
         ***
    
     凛菜にとって、淫魔妖怪は復讐の仇である。
     如月家に生まれた女は、代々から討魔剣士になるのがお決まりらしく、凛菜も小さい頃から剣と妖力の稽古を受けてきた。
    
     ――お前には戦う使命がある。
     ――人々を守るんだ。
    
     と、そんな風に繰り返され、初めはそういうものかと思って親の言うことには従ったが、やがて小学生になり、高学年へと上がり、学校で見る友達同士の楽しそうな様子を見ているうちに思ったのだ。
    
     どうして、私はあんな修行ばかりの毎日なんだろう?
    
     いつかは人々の平和と自由を守る戦いに赴くため、来る日も来る日も稽古ばかりだ。
     毎朝四時にはスタミナをつけるジョギングをやらされる。妖力の扱いに慣れるために滝に打たれて集中力を鍛え、剣に妖気を込める練習をこなしていく。疲れた状態で学校へ行き、帰ればまた修行メニューが待っていて、稽古で剣を打ち合ったりを行うのだ。
     それらは決して生温いものではない。
     小さな身で、ジョギングは長時間にわたるので、走り終わる頃には立てなくなるほど疲れ込んでいる。そんな疲弊状態のまま次の修行へ移り、学校へ行き、また稽古が待っているというハードな日々だ。
     友達と遊ぶ暇がなかった。
     修行をやって、宿題をこなしたら、誰とも遊ぶ時間がない。
     唯一の休みである日曜日には、体が疲れきっているので、一日中休んでいなくてはならない。
     凛菜にとっての唯一の憩いの場は、学校の休み時間に友達とお喋りをすることだけで、一緒に映画を見たり、出かけたりといった楽しみは何一つできないのだ。そうしたいと親に言えば怒られるから、誘われたって断らなくてはいけない。すると、友達の方も毎回凛菜には断られているので、やがては誘われることなんてなくなっていく。
     とても嫌だった。
     ただ如月家に生まれただけで、初めから自分の人生や生き方が決まっているのが嫌だった。
     そんな時だ。
    
    「そんなに大変ならさ。こっそり、どこか行っちゃわない?」
    
     当時の親友が、そう誘ってくれた。
     嬉しかった。
     小学生当時の凛菜にとって、勝手にどこか遠くへ行き、修行をサボって遊んでしまうということが、とてもドキドキする素敵なイベントに感じた。
     あとで怒られようと、どうなろうと、その時だけは楽しみたかった。
     だが、よりにもよってだ。
     たまたま親友と遊びに行き、修行をサボったその日に限って、二人の前にまるで待ち構えていたかのように淫魔怪人は出現して、親友が目の前で犯されたのだ。
    
     ――いやぁぁぁ! やめて! やめて! だ、誰か! たす、助け……。
    
     恐ろしい光景だった。
     カッパが強引にその子を押し倒し、抵抗するのを押さえつけながら、少しずつ衣服を引き剥がしていく。悲惨な暴力を前に絶叫して、鳴きながら暴れもがく親友の姿は、もはやトラウマともいえる光景である。
    「くっひひひひひ」
     カッパは笑った。
     強引に親友を犯して、処女を奪ったカッパは、それが誇らしいかのようにニヤニヤとした表情を浮かべていた。
    「あー……。けど、満腹には足りねーなぁ。こいつの妖力じゃ、ショボすぎて。ブサイクすぎて美味しくねーよ。なんか腹壊しそうだわー」
     犯した相手のことを、強引にやっておきながら勝手気ままに貶していた。
     鬼だ。悪魔だ。
     そんな風に人の言葉を理解できる知能がありながら、相手の感情を無視して平気で犯す。犯した挙句に投げ捨てて、その相手に暴言まで吐く。
     途端に復讐の炎が燃え上がった。
    
    「おのれ淫魔妖怪! お前だけは許さない!」
    
     そうして、凛菜はカッパに殴りかかった。
     だが、小学生の修行途中の攻撃では、とてもダメージを与えられない。カッパは避けようとすらせず胸板で受け止めて、凛菜のパンチを嘲笑ったのだ。
    「許さない? ハハハ! 許さないパンチがこれかよ! チョー笑えるんですけど!」
    「この! このォ!」
     いくら殴っても、強く拳を固めて踏み込みまで効かせても、カッパのボディには通用しない。
     それが悔しくて、より強い力で殴ってやろうと繰り返すが、当時の筋力でありえる限りの限界の力を尽くしても、ろくなダメージすら与えられなかったのだ。
    「へいへい? もういいかな? んじゃ、メインディッシュのお前食うわー」
     凛菜はいとも簡単に押し倒され、カッパの気分一つで、すぐにでも貞操の危機に陥る。
    「ぷぷぅっ! 最っ高! 討魔剣士ってのは、なかなか食えないからさ。けど修行が済んでないお子様は食べやすくていいぜ! くぷぷぅ!」
    「こ、このォォォオ!」
    
         ***
    
     もし助けが来なければ、如月凛菜はあの当時に処女を奪われていただろう。
     あの直後に母親が駆けつけて、熟練の腕でカッパを一撃のもとに下したおかげで、凛菜だけは犯されずに済んだのだが、親友はそうはいかない。
     その子は死んでしまった。
     人間は妖力がゼロになると死ぬ。
     空っぽになるまで吸い取られ、魂の干からびた親友は、あんなカッパごときに犯されたために、あの世にまで送られたのだ。
     あの子の人生は何だったのだろう?
     まだ小さかったのに、あんな犯した相手をさらに蔑むような下衆な奴に、命まで奪われて終わるだなんて、あんまりすぎる。
     それ以来。
     淫魔妖怪がいかに危険な連中であるかは、凛菜は身に染みてよく思い知っていた。
     思い知ると同時に復讐の火を宿し、それからは修行をサボろうなどとは欠片たりとも考えなくなっていた。
    
     奴らを倒す。
     この手で、全て倒す!
    
     戦わなければ、あの時の凛菜の親友だけではない。同じように無念な形で人生を終える少女が、これから何人も出てくることになるだろう。下衆ごときに犯されて、その挙句に命を落とす人生など、決してあっていいものか。
     そもそも、あの時の凛菜にきちんと闘う能力が育っていれば、親友を守ることだって出来たはずだ。力が及ばないが故にそれが出来ず、あまつさえ凛菜自身が本来なら犯されていたというのは、あまりにも無念で悔しい。
     悔しくて悔しくて、このまま黙ってはいられない気持ちになった。
     その上、淫魔妖怪という奴は、男で妖力の高い人間を見つけると殺害するのだ。討魔剣士を回復させる役目が男にあるのを知っているので、その可能性があったり、そう確定している人間を見かければ、とにかくその命を狙う。
     可能性の上では女が被害に遭う確率が高いが、男の命も狙われるというわけだ。
    
     だから、凛菜は戦う。
     人間の自由と平和のために――。
    
    
    


     
     
     


  • 第1話「如月凛菜」

    目次 次の話

    
    
    
     ナメクジが少女を犯していた。
     黒と紫をかき混ぜ、暗い霧っぽい背景が広がる『空間』の中で、ナメクジを悪趣味に擬人化した男が女に腰を振っていた。二本の触覚――いや、目を頭部に生やし、ぬるりとした肌で腰を掴んで、四つん這いの女子高生を犯している。
     状況が違えば、例えばこれがテレビの中の出来事なら、ヒーロー番組に登場する怪人の一種にでも見えただろう。
     しかし、これは『少年』の目の前で起きていることなのだ。
     ざらつきのある肌質に粘液を滲ませ、頭の上からつま先まで、全身を水分で輝かせているナメクジ男の体つきは、小さい頃に触った事のある本物のナメクジと変わらない。年頃の乙女には生理的に受けつけない存在に違いなかったが、犯す側には容赦がなかった。
    
    「――――――っ! ――――――んぁ! ――――――あぁっ!」
    
     大胆に腰を引き、大胆に貫く。大振りに見えるピストン運動が、その一突きごとに少女を喘がせ、着実に限界へ近づけている。
     やがて腰振りは小刻みなものへと変化していき、尻を打ち鳴らす音がリズムよく響いた。
     そして――。
    
    「――――――――――!」
    
     声にならない叫びで喉を引き絞り、少女は弓なりに大きく仰け反り、やがて果てたように倒れていった。虚ろな瞳から涙をこぼし、息の上がった様子で横向きになったまま、呼吸で肩が上下する以外はピクリとも動かなくなった。
     これはナメクジ男にとっての『食事』なのだ。
     肉を喰うでもなく、草や木の実をエサにするわけでもない。人間の女を犯す行為自体が、このナメクジ男にとっては、必要なエネルギーを採取する『食事』にあたる。女はそのエサに過ぎないのだ。
     ナメクジ男は他に十人近くもの『エサ』を確保していた。
    
    「んぐ! んむぅぅぅ!」
    「――んっ、んぁっ」
    
     それは確保された女達の声だった。
     十人近くいる女の、口を塞がれてまともに悲鳴も出せない事がわかる声。
     そんな声が『空間』に合唱のように満ちている。
     この『空間』に捕らわれた女達は、肉で出来た床と天井の上下から伸びる触手によって、まるで商品の陳列か何かのように、あるいは鑑賞物品の展示のように、手足を校則した状態で並ばされていた。
     肉としか形容できないピンク色の、粘液に満ちたヌルりとした床と天井から、イソギンチャクのように伸びた触手が女達を絡め取っている。足腰に巻きつくことで逃げることを封じ、両手をバンザイの状態にさせることで抵抗を許さず、全員の口内にそれぞれ一本ずつが捻じ込まれていることで、誰も悲鳴すら上げられない。
     他校の制服を着た女子。パンツスーツの社会人女性。
     ジャージを来た女子大生。オシャレな私服の美人。
     小学生。中学生。
     あらゆる種類の女が、身動きが出来ないだけでなく、全て例外なく愛撫を受けていた。
     太ももに巻きついた触手の先端が、スカートの内側で秘所を嬲る。スーツに潜り込んだ触手が豊満な乳房に巻きつく。脇を突き、頬を擦り、尻の割れ目にさえ入り込んでいる。
     全員の秘所が、胸が、先端で愛撫されていた。
     そして、口に一本が出入りしていた。
     しかもこの触手は、先端がまるで男性器の亀頭のようになっていて、先端からは時おり精液に似た白濁が放出される。それを絶えずかけられ続けているせいで、女達のいたるところが白濁濡れになっていた。
     数人以上の女と効率良く交わるため、あらかじめ濡らしておくことで、いつでも挿入できる準備を整えているのだ。
     そんな中にただ一人の男として、少年は同じく触手で身動きを封じられていた。
     どうやら、男を貪る意志はない。
     なので、ただ拘束される以外、口へ入ろうとしてきたり、股間へ忍び寄るような触手は一本たりともありはしない。手足さえ封じていれば構わないようだった。
     だから、少年はただ見ていた。
     ナメクジ男が女を順番に犯していく光景を、成す術がないために、少年はただ無力に眺めていた。
     まるでショッピング感覚のように女達のあいだを練り歩き、次は誰を犯そうかと見定めている様子のナメクジ男は、どうやらパンツスーツの女性に決めたらしい。ナメクジ男が彼女の腰へ手を回すと、それがスイッチとなるように、彼女を捕らえていた触手はシュルっと上下の床と天井へ引っ込んだ。
     パンツスーツの女性は怯えながら、震えながら寝かされていく。
     ナメクジ男は留め金を外してチャックを下げ、膝の部分までショーツごとずり下げる。愛液で蒸れ、白濁で汚れきっているであろう秘所に挿入するため、ナメクジ男は彼女の脚を持ち上げ前へ押し出す。
     自身の肉棒を掴み、ナメクジ男は彼女へ腰を押し込んだ。
    
    「――――――――――あん!」
    
     悲鳴にも似た喘ぎ声が響いた。
     その時だ。
    
    「――ハァ!」
    
     刃の一閃。
     これから腰を振ろうとしていたナメクジ男は、ふと背後に接近する何者かの気配に気づき、慌てて肉棒を引き抜いていた。向かって来る攻撃に対して腕をクロスし、かなりの反射神経で即死を防いでいた。
     切り裂かれた両腕の肉から、血というよりは汁が飛び、深く切り込みの入ってしまったナメクジ男の肘から先は、糸が重さに耐え切れなくなったようにぷつりと切れ、肉床の上に落ちて転がった。
    
    「何人もの女性を捕らえ、順々に犯し、やがては全員の純潔を奪おうとした淫魔怪人! 乙女の大切な体を嬲り、その心を傷つけることなど、この如月凛菜が決して許さん!」
    
     そこにはセーラー服の少女が立っていた。
     如月凛菜。
     頭の高い位置でポニーテールを結んだ凛菜は、長い髪の尻尾を背中へと垂らしている。胸の膨らみで、白いセーラー服を前へ突き上げ、豊満な尻がスカートを持ち上げている。丈の長さは膝の近くまであるものの、尻の丸みに沿って垂れているのがよくわかった。
     凛菜は日本刀を構えていた。
     刀身の黒い、ただならぬ妖気をまとって見える刀が、その右手には握られていた。
    「お前のような悪に生きる道はないと知れ!」
     気の強そうに見えるツリ目で敵を見据え、凛菜はナメクジ男へ向かっていく。
    「討魔剣士如月凛菜! 参る!」
     距離を詰めるための移動を助走にして、右足の強い踏み込みで肉床を踏み抜くような勢いに乗せながら、突きを繰り出した。切っ先を真っ直ぐ向けた一撃は、避けようとしたナメクジ男の肩口を貫く。
     刺さるというより、部位が弾けた。突きが決まるや否や、まるで肩口が内側から破裂するかのように、肩肉が丸ごと炸裂し、残された二の腕がボトリと落ちる。ナメクジ男は既に両方の肘から先を斬り落とされていた状態で、さらに右腕を完全な形で損失したのだ。実質的に両手とも失っているのと同じである。
     そこで、ナメクジ男は蹴り技を出した。
     上段への回し蹴りのスイングを、凛菜は背中を反らすことでやりすごす。だが、ナメクジ男は一撃目の勢いを利用して、身体の回転から、もう片方の足で下段キックを放った。足首を狙うような一撃は、背中の反れた上体からでは回避困難だ。
     しかし、凛菜は腹筋の力で反らした上半身を持ち上げる。ただ直立に戻るだけでなく、その際に膝をバネのように縮めていき、姿勢が直立に戻るころにはジャンプが出来る状態が整えられていた。
     そうして、凛菜は後ろへ身体を飛ばし、バック転を行った。身体が逆さに反転していきような飛び方で、刀を持たない左腕をバネに使って、一転、二転と、バック転による後方移動で距離を取る。
     触手が伸びた。
     上から、下から、肉床と肉天井に収まっていた何本も何本もの触手が、おびただしく凛菜を包囲し、亀頭にしか見えない先端をそれぞれ向ける。凛菜を綺麗に丸く取り囲む形で、上下それぞれに触手による包囲網が感性していた。
     全ての触手はナメクジ男のコントロール下にある。
     凛菜を捉え、戦いに勝つ目的で利用したのだ。
     そして、まるで首を曲げたヘビが獲物へ飛び掛る瞬間のように、何十本あるかわからない触手の数々が一斉に飛び掛った。
     次の瞬間――。
    
    「昇・竜・斬!」
    
     竜巻が発生した。
     厳密には凛菜の起こした竜巻が、内側から触手を飲み込むように広がり、触手の千切れるブチンという音が、風と共に何重にも重なり響く。おびただしい数の残骸は竜巻の力で巻き上げられ、風力の許す限り、全ての触手が天井へ押し付けられた状態がしばし維持される。
     プツリ、と。
     スイッチでも切れたかのように、瞬間的に竜巻が収まると同時に、それまで天井へ張り付いていた触手という触手が、雨となって床へボトボト落ちていく。
     しかし、その中心に立つ凛菜には、触手は一切ぶつからなかった。
     凛菜の立っている位置には触手は落ちず、その周囲にだけ、円形状に残骸は転がっていた。
    
    「円・月・斬!」
    
     凛菜は両手で刀を握り、大きく叫びながら、左から右へと、横振りに一閃する。
     すると、刀の振られた刃先から、まるで発射されるかのように黒い弧が飛ぶ。三日月の形をした漆黒の刃が、ナメクジ男へと滑空し、胴体を斬り抜ける。
     飛ぶ斬撃をするりと通されたナメクジ男は、上半身をだらりと倒し転がし、残された下半身も続けて倒れる。
    
     淫魔怪人ナメクジ男は倒された。
     次の瞬間、景色は反転。
     今まで広がっていた『空間』の景色が嘘であったかのように、ドームの内側をまわして切り替えるかのように、いつの間にか現実世界の風景がそこには広がっていた。
     どこかもわからない、公園。
     そこに少年は立っていて、被害者となった女達は集団で倒れていて――。
    
     淫魔怪人を倒した如月凛菜は、滑り台の頂上に立ち、夕焼けの空を見つめていた。
    
    
    
    


     
     
     


  • 第1話「南光莉 スーパーアクション!」Part3

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     パンツがない!?
    
     更衣室で着替える際、南光莉はすぐに気づいた。着替え袋にきちんと詰めていた下着が、そうそうなくなるわけがない。自分で失くすというより、むしろ盗まれた可能性の方が高いことには、この時点で気づいていた。
    「信じられない。誰が人の下着を……」
     生徒だろうか。教師だろうか。
     それとも、外部からの侵入者?
     いくらかの可能性が頭をよぎるも、犯人に心当たりはない。盗みをやりかねない生徒や教師など、光莉は知らない。そんなことより、今日は体操着などを持って来ていないので、ノーパンのままスカートを履き、ノーパンのまま移動しなくてはならないのだ。
     セーラー服に着替えた光莉は、スカート丈をあと一センチだけ長くして、そうと悟られないように出来るだけ堂々と更衣室を出る。
     すごく、気になった。
     尻の肌にスカートの生地が擦れて、歩くたびにスリスリと撫でられる。
     普通にしていれば大丈夫とはわかっているが、慣れない感じにどうしても中が気になり、ついついスカートを手で触ってしまう。階段を上るのにもお尻を押さえ、廊下を進むにも手を前に当てていなければ、落ち着いて歩けもしなかった。
     そして、そういう状況の矢先だ。
    「よう。南光莉」
     決闘の申し込みを断ったはずの相手、郷田秀樹が光莉の前を立ち塞いだ。
    「あなたは……」
    「なんだか今朝とは様子が違うな。スースーするんじゃないのか?」
    「!」
     光莉は反射的に表情を強張らせ、頬を大きく引き攣らせた。
    「おん? どうした?」
    「まさか郷田くん。あなたが?」
    「さあ、何の話かな? 何がまさか俺なのか。言いたいことが意味不明だが、ちょっとした雑談として俺の好きなパンツの柄を教えてやる」
    「――っ!」
    「ずばり、ピンクだ!」
    「やっぱり、アンタ……!」
     光莉は確信した。ピンクとは間違いなく、光莉の今日履いていた下着の色なのだ。
    「ピンクをベースにして、黒い装飾が縫い込んであるのがいい。サイドの部分が紐のようになっているのが最高だと思うぞ? 俺はな」
     全ての柄が言い当てられている。 
     もはや間違いない。
    「返せ!」
     光莉は声を荒げた。
    「返す? 俺が人に返すものなどないが、もしも決闘を受けるなら、俺の好むパンティをプレゼントしてやろう」
     秀樹は大いにニヤけた顔を浮かべていた。
    「断ると言ったら?」
    「売り飛ばすかもな。誰かさんの顔写真付きで」
     なんて卑劣なやつだろう。
     光莉は憤りを覚えた。
     人のショーツを盗み、あまつさえそれをネタにして脅迫する。そんな男を放っておけば、また別の女子生徒さえも被害に遭うかもしれない。
    
    「いいだろう。その勝負、受けて立つ!」
    
     光莉は高らかに宣言した。
    
         ***
    
     場所はプロレス部のリング場。
     トライブイの衣装に着替えた光莉は、ロープに四方を囲まれたリング内へと飛び込み、目の前にいる郷田秀樹を指して宣言する。
    「お前のような男は許さない!」
     今はアンダースコートを履いてきている。
     辛うじて、ノーパンではない。
     観客としてリングを取り囲む男達にパンチラを見せびらかす羽目にはなるが、見せパンと普通の下着は別物だ。確かに見られないにこしたことはないが、蚊に刺される程度のレベルだと思えば、なんてことはないのだ。
    「ルールはこうしよう。先に三回ダウンした方の負けとする」
    「随分とアバウトだけど、異論はないよ」
     お互いに構えを取り――
    
     ファイト!
    
     真っ先に仕掛けるのは秀樹だ。秀樹は丸太のように太い腕を振り回し、ブンブンと空気を切る音を鳴らしながら、右腕のチョップを連発する。普段は折り込み済みの殺陣で、相手がどう動くかは概ね決まっていることが多いのだが、ここでは違う。決定されたパターンではないので、出だしは慣れずに、相手のチョップの指先が、光莉の鼻先を掠めてしまった。
     しかし、要は切り替えである。
     予め決まったアクションに慣れているとはいえ、そのキレをよくするための武術経験が、この場で大いに活かされている。例えば剣道をやっていたおかげで間合いが読めるため、相手の腕の長さに対して、どこまで下がればチョップが当たらずに済むかがわかる。動体視力で腕の起動も読めるため、避けることに苦労はなかった。
     慣れなかったのは出だしだけだ。
     光莉は相手のチョップのタイミングに合わせ、身体を横向きにしながら、秀樹の右肩方面へと回り込む。裏拳を叩き込み、足ではかかとを蹴ることで、秀樹はちょうど、身体が反転して仰向けに寝かされるような形で攻撃を受けることになる。
    「ぐおっ!」
     倒れた。秀樹はマットに背中を打った。
    「これで一回。ゲームに例えるなら残機二つだね」
    「やるねぇ」
     秀樹はすくっと立ち上がると、後ろ走りで背後へ下がり、ロープに背中をつけた反動を利用しながらタックルで向かってくる。光莉は競技体操の華麗な側転を披露して、横への移動でやりすごした。
    
    「おおおおっ!」
    「パンツ! パンツ!」
    
     リングを取り囲むプロレス部の観客達は、今の側転でチラついた赤いアンスコに反応して、下着が見えたと思って喜んでいる。光莉からすれば、フェイクを見せただけなので、平気といえば平気なものの、ここまで騒がれると気になってくる。
    「パンツじゃないから! アンスコだから!」
     後ろの観客へ怒鳴っているうちに、秀樹はラリアットをかまそうと迫ってきた。光莉はスライディングで相手の腕をくぐり抜け、そのままの勢いでロープへ駆ける。
    「トゥア!」
     飛び乗った。高いジャンプ力を駆使して、ロープの真上へ乗り上げて、まるでトランポリンでも利用するかのように、さらに高く飛び上がった。
    
    「トライブーイ! キィーック!」
    
     上空からの落下を利用して、相手の胸板へ一直線に突っ込む形でキックを決める。直撃した秀樹は勢いよくマットに倒れ込み、ブーツに胸を踏まれたまま動かなくなった。
     これで二度ダウンさせた。
     あと一回で勝利だ。
    「って、撮影じゃないのに台詞言っちゃったよ。あー……。恥ずかしい」
     まるでこの歳になってごっこ遊びをして、それを人に見られてしまった気分だ。
     それだけではない。
    
    「おおっ、トライブイ! つえぇぇ!」
    「赤いパンツのトライブイ!」
    
     喝采を浴びる自体は悪くはないが、ジャンプ技を披露したため、スカートが完全な形で捲れてモロに中身が見えたのだろう。
    「だからパンツじゃない!」
     再び怒鳴るが、男達の中では、見せパンも普通のパンツも同じらしかった。
    「パンツじゃない? だったら、もっと自由に覗かせてもらうぜ」
     その時だ。
    「!」
     足首を掴まれた。
     秀樹は豪腕で光莉の足を持ち上げて、そうしながら倒れた姿勢から起き上がる。引きずり倒されることとなった光莉は、ここに来て一回目のダウンをしてしまい、しかも相手の握力はかなり強い。当然、足を引っ張り、引き抜こうとする抵抗をするのだが、技とスピードで勝負をしていた光莉にとって、プロレスで鍛え抜かれた巨大な体格からなる筋力には、力比べでは一切の勝ち目がない。
    「このぉ!」
     残されたもう一方の足で蹴る。
     だが、それさえ掴まれて、両方の足首を秀樹の手に確保されてしまった。
    「ようし! 俺のまんぐり固めを喰らうがいい!」
     そうして秀樹が行ったのは、光莉に対して強制的にポーズを取らせる固め技だ。言葉通りのまんぐり返しの姿勢で、腰を高く持ち上げられ、開脚を強いられる。抵抗が出来ないように両腕とも引っ張られ、手首から先は秀樹の尻に踏まれてしまう。
    「そ、そんな! このぉ!」
     絶対に脱出不可能な形で、まんぐり返しのまま固定されてしまった。両足を暴れさせたところで、太ももに乗せられた手が、足での抵抗をもコントロールして、蹴りを出させないようにと押し返している。
    「ぐっへへへ! これがお前のパンツ! いや、アンスコなのか?」
     秀樹は丸出しのソコへ顔を近づけ、わざとらしく眺め回す。
    「そんなジロジロと! 変態!」
    「見せパンなんだろう?」
    「だからって、これは――」
     顔にかけた仮面の下で、光莉はみるみる赤面した。
     撮影のために少しは腹を括るのとは違い、心の準備の無い形で、光莉の意志を無視した形で不特定多数にポーズが公開されている。布に守られているとはいえ、それでもアソコに顔が接近して、存分に視線が注ぎ込まれる。
    「ほう? 手前は全く無地なのに、お尻の方にはフリルっていうのか? なんかヒラヒラした装飾がついているじゃないか」
     秀樹は喜んだ声で解説する。
    
    「へぇ? そうだったのか!」
    「俺さっき手前しか見えなかったからなー」
    「残念! 俺は初めから両方確認できてたぜ?」
    
     男達は口々に声を上げ、一人一人が喜んでいる。
    「くぅぅぅ! 離せ! 勝負はダウン回数で決めるんだろう!」
    「ああ、そうだ。お前はプロレスラーではないからな。だから、面倒なルールは無視して実力を発揮してもらったが、こうしてパワー比べに持ち込めば、トライブイも大したことない」
     太ももを押さえる手が、揉むように動き始める。
    「やめろぉ!」
    「ふふっ、だったら脱出してみせろ。さもないと、ダウン回数を決める勝負なのに、寝たまま起きない相手じゃあ、カウントでも数えるしかなくなるだろう?」
    「……くっ!」
     上半身を弾ませたり、脚を閉じようと試してみる。体重を乗せられた手を引っ張り出せないかと苦心もして、どうすれば脱出できるかを光莉は必死に試している。ほんの少しずつであれば、捕らわれた両手が出せそうなので、時間さえかければ逃れることは可能だろう。
     しかし、秀樹がそれを許すはずがない。
     せっかく封じた両手がこのままでは解放されると気づくなり、秀樹は改めて体重をかけなおして、尻を置き直して脱出分を打ち消しにしてしまう。
    「残念だなぁ?」
     光莉の視点からは、自身のV字になった太ももから、勝ち誇った顔で表情を覗き込んでくる秀樹の微笑みがよく見えた。
    「こんのぉぉ!」
     悔しくなった。体さえ自由なら、簡単には負けないのに。
     負けないのに! 負けないのに!
    「俺は今からパンツを脱がす!」
     秀樹は高らかに宣言した。
     その瞬間、観衆達は明らかに期待に満ちた顔をして、血走った目でリングに押し寄せる。まるでゾンビ映画のワンシーンでゾンビが群がる光景のように、光莉のアンダースコートが脱げる一瞬を見よう見ようと身を乗り出す。
     このままじゃ! このままじゃ!
     光莉は焦った。
    「さあ、行くぜ?」
     アンスコに指がかけられ、少しだけ持ち上がり、光莉は一層もがきあぐねた。
    「やめろ! やめろォ!」
     一層、両足を暴れさせた。
    「おっと!」
     だが、脱がせている隙に暴れた脚を秀樹は改めて押さえつけ、再び脱がそうとしては、また暴れる脚を押さえ直す。押さえてはずらし、押さえてはずらしを繰り返し、時間をかけて順調にアンダースコートをずらしていく。
    「卑怯者! 正々堂々と戦え!」
    「喚いても無駄だ。もうすぐお前のケツの穴が見える頃合なんだ。そして、肛門が見えれば次はマンコだ。じっくり拝んでやるから覚悟しておけ?」
    「冗談じゃない! お前なんかに見せてたまるかァ!」
     その時、皮肉にも秀樹の放った下衆な言葉からの連想で、この場を切り抜けるかもしれない一手を閃いた。
     尻に潰され、体重で封印された光莉の両手は、幸いなことに表が上を向いている。指は相手の割れ目の近くにあり、光莉は秀樹の肛門を探り当て、それ以外の尻たぶの部分にも爪を食い込ませてやるため――。
    
     ――ズブリ。
    
     深々といった。
    「アーッッッ!」
     秀樹の甲高い声が上がった。
     同時に相手の軸が緩み、一瞬だか太ももを押さえるための手から力が抜け、隙といえる隙が出来るや否や、光莉は秀樹の顔をキックで打ち上げた。
    「ハァ!」
    「ブヘェッ!」
     ただ蹴ったのではない。蹴ると同時に体を押し出し、秀樹の尻から光莉は両手を脱出させたのだ。
    「これで脱出――――」
     出来た。脱出は出来た。
     しかし、である。
    「!」
     光莉は驚愕した。
     顔面にキックを受けたせいで仰け反った秀樹は、筋力を駆使して体を支え、どうにか背中をつかずに済ませる――だけでなく、身体を足で押し出す光莉のアンダースコートを手で掴み、直前で脱がせたのだ。
     見られこそしていない、はず。
     だとは思うが、どちらにせよスカートの中で下半身は剥き出しになり、アンダースコートは膝に絡まる形となる。
     このままでは中身を見られかねないのはおろか、しかも自由に動けない。
     動けなければ、今度はノーパンでまんぐり固めを決められる恐れだってある。
     腹筋の力で跳ね起きるようにして膝立ちになり、ポールに尻をぶつけることでスカートを固定しながら、すぐにでも履き直そうと光莉は急ぐ。
    「させるかァ!」
     そうはさせまいとする秀樹がタックルで向かって来るので、履き直す動作は中断せざるを得なくなる。光莉はロープに沿って体を転がし、スカートが遠心力で持ち上がってしまわないように、手で押さえながら逃げ切った。
     が、追撃が来る。
     ドロップキックだ。
    「喰らえい!」
     両足を束ねたジャンプキックに襲われ、光莉は両腕をクロスしたガードで受けるが、パワーに押されてマットに倒れる。咄嗟にスカートを押さえることは出来たので、やはり見られずには済んだはずだが、二回目のダウンを取られてしまった。
     このままでは勝てない! どうすればいい!
     アンダースコートが膝に絡むせいで動きは制限され、アソコもお尻も見せたくないので、ミニスカートのまま余計に動きが取りにくい。かといって、気にしていては勝ち目がない。
     どうすれば……。
     晒すしかないのだろうか。
     パンツを取り戻す戦いなのに、それではまるで割に合わない。
    
    「光莉!」
    
     リングに飛び込む一人の影。
    「和明?」
     現れた滝和明の姿に目を丸め、醜態を晒しかねない危険な状況に身内まで現れたことに光莉は慌てる。
    「貴様! これは一対一の勝負だぞ?」
    「そんなことはわかってる」
    「なら何故来た!」
    「撮影から戻ってきたら、プールの方へ向かっていく怪しい人影が見えたんでな。気になって後をつければ、お前が女子更衣室に忍び込むのがわかったんだ。そして、この騒ぎというわけだからピンと来たぜ」
     和明は光莉に手を差し伸べ、受け取った光莉は尻を押さえながら起こしてもらう。ただ立つだけでも、見せないように気を使う必要があったが、ここでも中身は守りきれた。
    「和明。あいつ人の下着を……」
    「わかってる。ちょっと動くなよ?」
     和明は光莉の背後へ回り、しゃがみ込み、膝に絡まるアンダースコートを手に掴んだ。
    「――ちょっ!」
    「この大衆の前で下手に動いたら、中が見られちまうんだろ?」
     それはそうだ。
     しかし、だからといって――。
    
     大勢の人前で、人にものを履かせてもらう。
    
     膝で掴まれたアンダースコートが、人の手によって肌を上り、やがてスカートの中まで入ってくる感覚は、気恥ずかしいというか何というか。小さな子供が親に世話を焼かれるような年頃の扱いを受けているようで、そんな姿を人々に見られてしまって情けない。
     情けなかったが……。
     これで動ける!
    
    「さあ、次はこっちの番だ!」
    
     勝負はお互い二回ダウン。
     つまり、次を先に取った方の勝利となる。
    「和明は下がってて!」
     光莉は秀樹へ向かっていき、秀樹はチョップで迎え打つ。横振りの一閃を、しゃがんでくぐり抜けるようにして、光莉は秀樹の背後を取った。
    「トゥア!」
     光莉の蹴りは、秀樹の膝裏を打つ。膝かっくん――というわけではないが、その要領で間接を折り、秀樹は一時的にバランスを崩すことになる。
    「オリャア!」
     そこに続けて回し蹴り。後ろへのめった秀樹に対し、上半身を狙った一撃は、ちょうど相手のダウンを狙うに相応しい一撃だ。威力に押される形で、秀樹は後ろに倒れそうによろめき、全身の筋肉を硬直させることで姿勢を意地する。
     そこに隙があった。
     姿勢を維持することに力を注いでいる間にも、光莉はリングロープへ飛び乗って、まるでトランポリンで飛び上がるような要領で空中の高所へと舞い上がる。
    
    「トラーイ!」
    
     体操選手のような横回転で身体を何重にもスピンしながら、空中で弧を成しながら、背筋からつま先までを真っ直ぐに伸ばしたままの宙返りで、縦向きにくるりと回る。
    「きりもみ――」
     横回転のまま、ドリルかスクリューで突っ込むように、秀樹の胸板にキックの足をぶつけ込む。秀樹は後ろへのめっていき、よろめきで胸板が足場に変わったのを利用して、光莉はキックの足をバネに再度空中へ舞い上がる。
    「――反転!」
     真っ直ぐ、身体を直線のように伸ばした宙返りで一回転しながら、落下速度を利用して、二連続目のキックを決める。
    「キィーック!」
     必殺技を受けた秀樹は、リングロープへと吹き飛ばされ、ダウンで崩れていった。
    「どうだ!」
     勝利後の決めポーズ。
     手を裏返し、甲を相手に向けた形のVサインでポーズを決めた。
    
    「ふははは! 仮面美少女トライブイ! 見事に俺を破ったな?
     だが、これは始まりに過ぎない。悪のオルゴム帝国との戦いはこれから始まるのだ!」
    
    「オルゴム帝国!?」
    
    「じきにわかるさ。じきにな……」
    
     かくん、と。
     それまで保っていた意識が、ぷっつりと切り落とされるかのように、郷田秀樹は気絶したまま起きなくなる。
     倒したのだ。
     郷田秀樹を――。
     そして、彼の口にした言葉が光莉の心に引っかかり、それを気にせずにはいられなかった。
    
    
    


     
     
     


  • 第1話「南光莉 スーパーアクション!」Part2

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     演技の最中にはスイッチが入り、自分の露出度の高さなど忘れている。そんなことより、演技やアクションに夢中になって、役のこと以外は頭に無い。
     しかし、ひとたび演技が終われば……。
    「うひゃー。早く着替えたいなー」
     南光莉はスカート丈の短さを気にかけて、今更になって、捲れないように手で押さえながら移動している。大きな胸が丸々と強調される胸元の形状も、広く空いた背中の露出も気になるようで、光莉は肩を小さく縮めていた。
    「トライブイ風見志乃。なかなか、可愛い姿を見せるじゃないか」
     スーツで怪人役を演じていた滝和明は、チェーンソーリザードの姿のまま、冗談めかして作り物の右腕のチェーンソーを突きつける。
    「変な目で見るなよ。エッチ」
     わざとらしく、胸を両腕で隠しながら、プンスカ怒ってみせる顔が可愛い。
    「馬鹿め。このスーツの視界の悪さを忘れたとは言わせない。たった数センチの穴しか空いていないから、エッチな部分など見ようと思っても見えはせんのだ」
    「たったミリ単位の狭い穴だけで、必要な視界情報を手に入れるのがアクターでしょ? 和明はそんなスーツアクターでしょ? つまり、私のことも狭い視界から覗くわけでしょう?」
    「んなことねーって。光莉」
     悪ふざけのために演技を続行していた和明は、そこでぱったり演技めかした喋りをやめ、いきなり素に立ち戻る。
    「『滝』って苗字で、『和』って名前も滝和也とお揃いのアンタが、何が悲しくて怪人役をしているのかって話だよね」
    「ああ、あの人ね。あの役者の名前なんだっけ? あのアクションって、剣友会ばりにキレが凄くてなんかヤバいよ」
     和明はスーツの中から体を出して、タオルで汗を拭きつつ私服に戻る。
     二人は幼馴染だ。
     お互いを下の名前で呼び合い、お互いの家を出入りするくらいには気の置けない仲なので、男の和明としては、別に光莉の視線など気にせずトランクス一丁くらいは晒せる。向こうも和明の裸など気にしないので、光莉の目の前であろうと、かなり気軽に着替えられた。
    「そういや、最近になって、やっと初代見てるんだって?」
    「おう。動画サイトで公式配信されてるからな」
    「ライスピから入ったアンタより、きちんと本編から入った私の方が、色々と勝ち組だとは思わない?」
     と、光莉は勝気に微笑む。
    「おうおう。親が特撮マニアだと、小さい頃に見せてもらえるから有利だよな」
    「ま、親の差だね。私は英才教育を受けた天才なわけだ」
    「アリなのか? そういう特オタ的な教育って……」
    「アリに決まってんでしょ。小さい頃から南光太郎の格好良さを叩き込まれてこそ、今の私がここにいる」
     光莉はえへんと胸を反らして、自信満々に胸元を叩く。
    「光莉って本当に光太郎好きだよな」
    「だって、一番格好良くない? 惚れちゃうって! 私、初恋あの人だから!」
    「はいはい。それでBLACK第一話の例のシーンでだ。光太郎と信彦が一緒に風呂入ってるイケナイ場面で腐った妄想を――」
    「誰がするか!」
     瞬間、回し蹴りの華麗なスイングが繰り出され、和明は咄嗟に腕を盾にして受け止める。ただ受け止めるのではない。間接でクッションを効かせるようにして、いなすような受け方で威力を和らげているのだ。
     和明とて、小さい頃から光莉の夢に感化され、アクションスターを目指してきている。そのおかげで武術の心得を持っているので、咄嗟の攻撃に対する反応は簡単だった。
    「お見事」
    「赤か」
     和明はアンダースコートの色を指摘してみる。
    「――ちょっ! 確かに見せパンだけどさぁ!」
     光莉はみるみるうちに顔を赤らめ、慌てて脚を戻してスカートを手で押さえた。
    「きゃーんわいい」
    「殺すよ?」
    「すまん! 謝る! この通りだ!」
    「ここで演技力を駆使しても、誠意がないのはバレバレだから!」
    「オーノー! マジで殺されるゥゥゥ!」
    
         ***
    
     それは照明の一切落とされた部屋である。
     何も見えないほど、暗い。視界は全て黒一色に塗り潰され、見える景色の何もない深い暗闇だけの部屋。
     そんな部屋の中心で、ボウッ、と火が空気を燃やして弾ける音が鳴り、次の瞬間にはロウソクの灯りがつく。ゆらゆらとした小さな小さな火が、三本あるロウソクのそれぞれで、完全な暗闇だった部屋をほんの少しだけ照らし出す。
     薄く淡い光で浮き上がるのは、仮面をかけた三人の男達の姿であった。彼らは自分達の机を部屋の中央へ寄せ集め、机をくっつけた三角形で席を取り、各自の机に一本ずつのロウソクで自分の元を照らしている。
    「我が名はロード」
     一人の赤い仮面の男が言う。
    「我が名はバロン」
     その男の仮面は黄色い。
    「我が名はデューク」
     そして、青の仮面である。
     色違いの仮面で顔を隠した三人は、お互いの名をコードネームで呼び合っているのだ。ここまで雰囲気作りを行って、各自お気に入りの仮面まで購入する徹底ぶりでありながら、名前は本名を呼び合うのでは、どこか滑稽になってしまう。
     暗幕までかけて部屋を完全な暗闇に変え、あえてロウソクを灯しているのは、全てそういう雰囲気を醸し出すためなのだ。
     そう、悪の雰囲気を。
    「バロン。デュークよ。我らの目的は理解しているな?」
     ロードはそんな問いを口にする。
    「当然です。忘れるわけがありますまい」
     と、バロンが答える。
    「我らオルゴム帝国の目的は、女の子のエッチな姿を集めることにある」
     デュークも続けて答えた。
    「そうだ。既に我々は学校中の女子生徒の情報を把握し、美人で可愛い少女らのリストを揃えている。この神聖なる情報リストから、狙うべき女子達を決定するのだ」
     ロードが手にしている黒い皮製の冊子には、全校生徒の中から選びぬかれた、何十人という女子のクラスや名前、顔写真までもが載せられている。必ずしも細かいデータが揃っているわけではなく、顔と名前だけの女子も多いが、特に情報量の多い女子の場合は身長やスリーサイズまで入手してある。
    「ロード様。我らが標的とすべきは、やはり南光莉ではないかと」
     バロンの言葉を聞くと、名前順になった冊子のページを開き、ロードはその顔写真と名前を載せた一面を見る。
     身長、一七五センチ。
     中学の頃から演劇部と映画研究部を掛け持ちして、凛々しい顔つきのため、男役を演じてきた経歴がある。宮本武蔵を初めとして、美麗な少年として沖田総司、あるいは佐々木小次郎を主人公にした作品にも出ているようだ。
    「バロンよ。して、その作戦は」
    「南光莉は映画研究部で変身ヒロインの撮影を行っております。それ以前にも、時代劇で剣術の殺陣に力を入れ、アクションシーンとあらば積極的に名乗りを上げていたとか」
    「なるほど、アクションへのこだわりを利用しとうというわけだ」
    「左様。奴めを格闘技の果たし状で公衆の面前に引きずり出し、戦いの中で恥ずかしい目に遭わせてやるのです」
     そんなバロンの計画を聞くに、すぐにデュークが口を開いた。
    「ならば、プロレス部のあの男が適任であろう」
     彼ら三人は財力を持っている。
     金の力があれば、目にかけた男子生徒を雇うのも簡単だ。
    
         ***
    
     南光莉の前にその男が現れたのは、四月の学校が開始されて間もない時である。
    「お前が仮面美少女トライブイだな?」
     高身長で並みの男子よりも足の長い光莉だが、その光莉よりもさらに大きく、ガタイの良い強面の男が、朝の廊下で光莉の前へズカズカと肩を揺らしてやって来たのだ。
    「アンタ何のようだ? オッサン」
     光莉に対する妙な意識を感じて、滝和明は光莉を庇うかのように前に立ち、額に傷のある顔を見上げる。とても同い年には見えない、三十代か四十代といった方がまだわかるような歳のいってみえる男の顔は、ヤクザだとか不良とか、明らかにそういう筋の人間にしか見えない。
     要するに怖い顔なわけだが、加えて筋肉のがっしりついた広い肩幅と、巨大な体躯をもって相手を威嚇しにかかる態度を見れば、警戒せずにはいられない。
     冷静に考えれば、他クラスの生徒が、何かの用事で光莉に話しかけているだけなのだが、とても常識的な判断では捉えられないほど、光莉に対する何か嫌な視線を彼は放っていた。
    「滝和明。お前には用は無い」
    「何ィ?」
    「俺の名は郷田秀樹。プロレス部所属で、いやゆる悪役レスラーを目指している」
    「悪役だと?」
    「そう、悪役。そして、南光莉は正義のヒーローというわけだ。ヒーロー役者と悪役がここにいるなら、答えは一つしかないんじゃないか?」
     そうか。決闘の申し込みだ。
     これが同じプロレス同士だとか、スポーツ選手同士の話なら、まだしもわかる。向上心を持つ人間なら、誰かにライバル意識を持つことはあるだろうし、勝負を挑んで勝ちたい気持ちくらいは普通だろう。
     しかし、ガタイの良い筋骨隆々の男がだ。光莉がいくら稽古を積んできているとはいえ、女を相手に決闘を挑み、女を相手に勝ちたがるものなのだろうか。確かに光莉には例外といえる身体能力こそありはするが、常識的には女より男が強い。そして、強い者が弱い者に挑み、わざわざ勝ちたがるなど、単純に言えば理解不能だ。
     だから、和明は言った。
    「お前、まるで意味がわかんないぞ?」
     まともな人間なら、女を殴ることには心理的な抵抗がある。
     いや、もっと言えば、何の理由もなく他人を殴ること自体を躊躇う。
     お互いに了承済みの格闘選手同士でなら、わからないこともないのだが、光莉は格闘家でもなければ武術家でもなく、単にそれがアクションの役に立つから学んだだけの、アマチュアのアクション俳優のようなものだ。
     プロレス部の人間にとって、決闘を挑みたいほどライバル視する存在には思えない。
    「わからないか? 俺はこの世の正義ってやつを叩き潰したいのだ」
    「正義って?」
    「悪を憎み、悪を討つ。テレビの中の悪役とヒーローは、わかりやすく両者極端に分かれているものだろう? 俺は悪として正義を討ちたい」
    「単なる役者相手に?」
    「そうだ」
    「頭は大丈夫か?」
    「大丈夫だ」
    「うーむ……」
     そもそも、どこでトライブイの話を聞きつけたのだろう。
     短編映画数話分を春休みや授業のない最初の数日中に撮り溜めして、一本につき三十分前後あるものを三部作で発表する予定が組まれている。制作こそ進んでいるが、まだ企画の発表は大々的にはしていないので、何も知らない方が多いはずだ。
     別に隠しているというわけでもなく、ペラペラ喋る部員もいるので、情報が伝わることには不思議はないが、こんな厄介な人間の耳に入っていたとは驚きである。
    
    「断るよ」
    
     光莉が言った。
    「何ィ? 俺の挑戦から逃げるのか」
    「私にとって、アクションは誰かを楽しませるためにある。特撮ヒーローって娯楽作品に人を惹き込んで、楽しませる。作品を生み出すのが目的であって、本当に戦いをやるのは、私の主義でも何でもない」
    「逃げるのかと聞いているんだ!」
    「私はプロレス選手でも何でもない」
     挑発が挑発として通じていない。光莉はこうして正論で突き放し、まるで眼中にないかのように秀樹の横を素通りした。
    
         ***
    
     南光莉にとって、元々の興味はアクションである。
     だが、アクションにも演技はいる。戦闘に関する動きだけでなく、シチュエーションによってはスーツの中から感情を表現しなくてはならない。例えば自分の能力を把握していない設定のヒーローなら、戸惑いながら戦うことになるし、弱気な主人公が変身したなら、戦闘時にも腰の引けた雰囲気を出す必要がある。
     演技力を磨くのにこしたことはないので演劇をやり、映画研究部にも入り、周りから薦められる形で主役を演じることになっていた。
     やるからには本気でしっかり。
     そう思っている光莉は演技自体は真剣だ。
     それが例え、スクール水着の尻をアップで撮られる撮影だとしても、男性ウケを狙ったエロ有りの作品だとは名言されていたので、きちんと演じぬかなくてはならない。
     プールサイドで体を濡らした光莉は、尻の後ろにカメラの気配を感じながら、ゴムに指を入れてパチンと引っ張る。ズレを気にして直すシーンだけでも、複数回にわたって撮り直し、これは既に十回目以上の撮影だ。
    「うーん。もう一回頼むよ」
     部長の武田陽太は頭を捻り、納得がいかないかのように言う。
    「またですか? もう……」
     仕方なく、プールサイドで立ちポーズを取り直し、尻をアップに映したデジタルカメラの存在を感じ取る。
     尻のゴムにさりげなく指を入れ、引っ張り、パチンと鳴らす。
     ただ、それだけ。
    「うーむ」
     しかし、映像を確認した陽太は、やはり難しい顔をして、未だ納得いかない様子を見せる。
     武田陽太はオープンスケベだ。
     自分が変態であることを隠さないため、セクシーなシーンが撮りたい時は、恥じらいなく積極的に口を出す。特撮ヒロインをやろうとなった際、ミニスカートにアンスコを入れ、擬似パンチラを多様しようと言い出したのも、元を辿れば陽太である。
     エロに煩く、こだわりが強い。
     だから、サービスシーンへの熱意は強く、いかに男心をくすぐるかについてばかりを考えている。
     そう、熱意なのだ。
     光莉がアクションをこだわるように、陽太はエロスという方向に熱を上げ、そういうシーンの作り方に対して熱心に頭を捻る。映画やドラマにあったセクシーシーンを参考にする。太ももの映し方、胸やお尻を撮るアングルについて、実践や研究を繰り返す。
     そういう熱意もあるのだろう。認めないとまでは思わない。
     ただ、それを撮られるのは当然女で、今回は光莉自身が被写体だ。
     お尻を集中的に撮られるのは、気になって気になって、もう仕方が無い。カメラレンズの気配を肌で感じるだけでも、たちまち落ち着かない気分になって、演技に入り込むのにも時間がかかってしまう。
    
     じぃぃぃ……。
    
     お尻にカメラがあるということは、それを持つ部員の視線も同時にある。今はクラスメイトの男子が、合法的に光莉の尻を眺め回しているわけだ。視姦といっては失礼かもしれないが、相手にそういう気持ちが有る無しに関係なく、視線が集中的に突き刺さっている時点で、尻肌がじりじりと焼けるようで本当に気になるのだ。
     光莉は決して、アイドルや俳優になりたいわけではない。
     スタント、スーツアクター。
     そういう方面で活躍したいと願う光莉は、例えば戦隊スーツで顔が隠れることなど何も気にも留めない。分自身に注目を集めたい意欲がない。「私を見て!」とでもいうような、目立ちたい願望がどこにもない。
     むしろ、ヒーローというキャラクター像を影で支え、それを格好良く見せるための柱になりたいとすら思っているので、光莉自身が表に出て目立ったり、みんなの人気を集めるということには欠片の興味もないのだ。
     もちろん、普通の演技にだってやりがいはある。
     主役を張って作品を作るのだって、十分に面白い。
     しかし、作品を生み出す一人になりたいことが第一の欲求なのだ。アクションとは異なる通常演技であっても、主役であっても、作品を作るということに貢献して、確かに特撮を生み出せるのだから、張り切って頑張れる。
     つまるところ光莉の信念は、自分も作品制作に関わる一人という点にある。
     自分自身に注目を集め、ファンを集め、人々にアピールしたい気持ちは一切ない。無いにも関わらず、お色気チックなアングルで自分の体を撮らせたり、パンチラしたり、まるで光莉自身の存在を男性にアピールするかのようで、光莉にとっては何か違うのだ。
     初めから、私を見て! という欲求でもあるのなら、水着の上からお尻を強調したアングルの映像を撮るくらい、まだしも平気だっただろう。
     光莉にとっては気になることで、そこにカメラがあると落ち着かない。
     例えるなら、これからトイレで用を足したいのに、すぐ近くに人がいるから、出すに出せないかのようなそんな気分。
     それに、恥ずかしい。
     ずれた水着を直す動作ということは、お尻がある程度出ているのだ。撮影のために尻肉をハミ出させ、それをカメラの前で直してみせる。
    「南くん。やっぱり、お尻の出し方にポイントがあるんだよ」
    「出し方ですか?」
    「ちょっと来てくれる? お尻をこっちに向けてさ」
     そんなことを真剣な眼差しで、作品のためであるかのように言う。日頃はもう少しいやらしくニヤけているのだが、実際に撮影を行い、女子が太ももを出す時には、何かに熱心に取り組む努力の表情になっているので、一応真面目なのだなと思ってしまう。
     セクシーシーンばかりに真面目になられても、困るばかりではあるのだが。
    「あ、はい」
     光莉は腰をくの字に折り、前かがみで両手を膝に置くことで、陽太部長にお尻を向けた。
    「晶くん。どう思う?」
    「大きくて、ボリュームは十分でしょ? 今までの映像だって、十分迫力あるじゃない」
     視線は部長だけではない。
     脚本担当の湊晶。
     ビデオカメラを握る安藤幹也。
     合計三人の男の先輩が、陽太を中心にしながら、群がるかのように顔を近づけ、それぞれの視点から光莉の尻を眺めているのだ。まるでお尻を差し出しているかのようで、存分に眺め回されるこの状態は、より余計に落ち着かなかった。
    「ヒップはいくつだっけ?」
     幹也に問われた。
    「え? えっと、九六センチです」
    「撮るにあたってはさ。やっぱり、九六センチっていうサイズ感を強調したいよね。だから下から見上げるアングルになるわけだけどさ。もっと内股の隙間まで撮るっていうのは?」
    「アソコを撮るのはどうかなぁ? やってはみたいけど」
     陽太の頭が股下を覗こうと動き、光莉は自身の太ももの隙間にさりげなく目を落としていたため、自分のアソコを眺める部長と目が合ってしまう形になる。
    「あのっ、股間アップはNGでお願いします。お尻だけでも、色々とキツイものがあるので」
    「いいよ。お尻だけでも十分エロいし。現物を見ている俺達は嫌でも勃起するけど、画面を介するのと生を見るのとでは、やっぱり気持ちも変わるからねぇ」
    「あのさ。左右両方ともハミ出して、両手の指で直すのはどう? 今まで撮ったのは全部片手でしょう?」
     と、幹也の提案。
    「いいね。ちょっとTバックになるまで食い込ませてくれる?」
     賛同した陽太はそんな指示を出した。
    「え? それはちょっと、さすがに……」
     今までは着衣の上からなので、なんとかやってはいたものの、光莉は自分の肉体を売りにしたいとは思っていない。ちょいエロならばと、企画段階では「やりすぎないで下さいね?」としか光莉は言わず、衣装の露出度が上がった以外は、実際に服の上から軽く覗かせる程度のものしか撮っていない。
     例えば、胸の谷間にカメラが接近した時は緊張したが、セクシーな私服を着たい女性が、日常で谷間を軽く出すのは十分ありえる。それと同じ範囲と思ったので、恥ずかしさを覚えながらも撮影を受け入れた。
     このお尻の撮影に関しても、スクール水着は授業で着る。海で着るビキニでも、お尻の肉は十分に出るものだ。ちょっとばかり、ほんの少し、見られてしまうくらいなら、これも日常の範囲と同じだとうかと思って、そして部長の熱意に押される形で、まあ仕方が無いかとお尻を撮らせることに決めたのだ。
     だが、Tバックはさすがに聞いていない。
     露骨なアングルというだけでも気になるのに、そこまでお尻を出してしまうのは、光莉としては覚悟の範囲を超えていた。
    「駄目? Tバック自体を撮るんじゃなくて、どこまでハミ出ているのがいいかを、少しずつ調整して確かめたいんだけど」
    「うぅ……」
    「お願い! 普段はクールで格好良く。だけどセクシーなシーンを入れるから、きっと色んな人が風見志乃というキャラクターに惹かれるはずなんだ。どうしても駄目かな?」
     そこに熱意が欠けていれば、作品のためだという気持ちを感じなければ、きっと光莉は迷いもせずに拒否しただろう。別に押しを強くされれば断れないような、自己主張の出来ない性格などではなく、むしろ光莉は意見をはっきり声に出す。目上の部長が相手であろうと、こんなハレンチなお願いであれば、常識的に突っぱねたはずだ。
     しかし、やはり一種の真剣さを感じてしまったのだ。
     いやらしいかもしれないが、少しはそういう気持ちもありそうだが、お色気描写を真剣にやろうとしている。
     馬鹿みたいで、笑いたくなる話だが熱意が相手だと光莉としては断りにくい。
     熱意や真剣さには弱かった。
    「Tバックは撮らないで下さいよ? 本当にちゃんとお尻が隠れている時に撮って下さい」
    「わかった。約束する」
     かくして、光莉は尻たぶをほとんど見せる流れとなるのだった。
    
         ***
    
     水着を引っ張り、尻の割れ目に引き込むのは、隠れた場所でやらせてもらった。三人の目から離れて、尻を見せないところで指を入れ、持ち上げるように引っ張り、食い込ませる。どうせ見せるわけだが、作業はなんとなく隠したかった。
    「どうですか?」
     腰をくの字にすることで尻を差し出す。
    「うん。いいねえ!」
     褒める晶。
    「肌の面積が出ると、改めて大きさがよくわかる」
     幹也のコメント。
     光莉は歯を食いしばった。
    「南くん。ちょっと、背筋をピンと伸ばしてくれるかな」
    「は、はい」
     陽太に言われ、光莉は姿勢を変える。
    「うーん。ボリューム感があって、普通に履いているだけでも、水着を内側から膨らませているのがよくわかったからね。Tバックのように食い込んでいると、プリプリなおかげで割れ目の下の方では隙間に布が沈んでしまっている」
    「そんな詳しく言わないで下さいよぉ」
     光莉はまだ経験すらない処女なのだ。
     自分のお尻について詳しくコメントされるのは恥ずかしかった。
    「駄目駄目。撮るには撮るんだから、南くんも自分の体を把握しないと。Tバック状態で面白いのはね。尻の割れ目に布のラインが入っているわけだから、丸ーい尻たぶが二つに分割されるでしょう?」
    「それは、そうだろうけど」
    「丸と丸! ふっくらした丸いお肉が二つ並んでいるのが見応えなわけなの」
    「え、うん。そういうものですか」
    「そうそう。ちょっとかかとで弾んでみて」
    「こうですか?」
     つま先は地面から離さない、ごくごく軽い力だけで体を弾ませる。
    「うん。プリンとかゼリーつついたみたいに、プルプルって振動するよね」
    「うっ、だからそんな詳しいコメントは……」
    「布をちょっとだけ出してみようか」
    「……はい」
     陽太はチェック作業をしているのだ。光莉のお尻にどう魅力があり、どう映像にするのが一番なのか。具合を見て確かめることで、カメラワークを試行錯誤している。
     割れ目に沈めた布を引きずり出し、ある程度のところまで、お尻を半分も隠さない程度のわずかな箇所まで引っ張り出す。お尻にキツいゴムが食い込み、肉がプニっと浮き出ているのが自分自身でよくわかった。
    「着衣の良さっていうのは、内側から膨らんでいるのがわかることだよね。ボリュームのあまりにシワがピーンと伸ばされてて、ゴムからは肉がはみ出る」
    「ああ、はい。よくそこまで語れますね。ほんと」
     エロのためにここまで言葉を尽くし、熱い持論を展開できるのは、馬鹿らしいというか、逆に関心するというか。ただオープンスケベなだけなら、時と場所を守ったトークが出来るような相手なら、相手がいやらしいことを考えていても、光莉はさほど引かないタイプだ。
     まあ、男はそんなもんだろうと、光莉としては悟りきっている。
     もちろん、常識外れのセクハラでもあれば普通に怒るが、撮影という目的と、撮り方に関する考察という事情がある今は、むしろ諦めに近い気持ちが沸いていた。物凄く恥ずかしいわけだが、逆に言えばここまでが限度のラインと約束されているようなものなので、限度ギリギリの場所で恥ずかしいのは仕方が無い。
    「わかった! 真下だ! カメラは真下に潜り込んで、上から下りてくるお尻を撮る。それからカメラを移動し、ゴムをパツンとやるのを撮って、プールの水面を見つめる凛々しい表情に移るんだよ」
     これはという案を浮かべた陽太は、嬉しそうにそれを語った。
    「おお! だったら、胸元を直す仕草も入れよう!」
     幹也のカメラを握る手には気合いが篭る。
    「じゃあ、さっそくアングルを確かめるから、幹也君は仰向けに!」
    「うっす」
    「南くんは幹也君の顔に座って――いや、本当に座るわけじゃないよ? 座るみたいにしてお尻をどんどん近づけて、アングルを確かめさせてあげて?」
    「えー……。そんなことするんですか?」
    「するの! 時間勿体無いから、早くやるよ!」
     ああもう! やるっきゃない!
     腹を括った光莉は、仰向けになった幹也の頭を挟む形で直立し、まるでスクワットでもするかのように腰を下ろした。人の顔に尻を押し付けるという、失礼極まりない気もする行為への純粋な抵抗感と、自分のお尻が男の顔の目と鼻の先へ行くことになる恥ずかしさで、なんともやりにくい気持ちがしたが、光莉はやった。
     幹也の顔にお尻をギリギリまで接近させ、あと一センチでぶつかりそうな距離感から、相手の顔の気配を如実に感じた。
     立派な顔面騎乗位ではないだろうか。
     ある程度の性知識のある光莉は、セックスのプレイ方法にある一つを連想して、それを人前で披露している恥ずかしさに顔をみるみる染めていく。
     これって、おかしくないだろうか。
     いや、今更だ。
     だいたい、顔面騎乗位なんて連想をしたと口にすれば、光莉の方こそいやらしいことになってしまう。
    
    「ふー……」
    「………………っ!」
    
     息がかかってきて、ゾワゾワした。
     もちろん、故意ではない。単純に普通の息がかかるほど、少し近づけすぎたのだ。
     適当に数秒数えてすぐに直立に戻った。
    「いやぁ! オッケーオッケー! これで撮り方が決まったよ!」
     幹也は嬉しそうに言う。
    「よし! このシーンは今日中に終わらせよう」
     と、晶。
    「さあ、やるぞ! 位置について? よーいアクション!」
     陽太の指揮で撮影再開。
    
     撮影された映像は、まるで濡れ場を撮影するアイドルのイメージビデオだ。胸やお尻を強調するような、そういう種類の映像で、まずはパツンとゴムを直す。カメラに向かって、ゆっくりと腰を下ろしていくことで、画面に光莉のお尻が迫る。
     アングルは正面に移り、さりげなく胸元を気にして直すのだ。
     その際、胸を引っ張ったせいで見える谷間がよく目立った。
    
     演技には集中できなかった。
     恥ずかしさに意識が取られて、気持ちの切り替えが調子良くいかなかった。
     しかし、その表情こそがそそる――エロい!
     ……とのことだった。
    
         ***
    
     郷田秀樹は呼び出しを受けていた。
     暗幕で薄暗くされた教室で、ロウソクだけが淡い灯りとなっている。そんなオルゴム帝国を名乗るグループの本拠地で、決闘を申し込んだ結果の報告を行ったのだ。
    「何? 断られただと?」
    「申し訳ありません! ロード様!」
     秀樹は深々と頭を下げる。
    「馬鹿者! あれほど上手くやれと言ったろうが!」
     ロードの叱責。
    「愚か者め」
     と、デューク。
    「この失態をどうしてくれましょうか」
     バロンは仮面の裏側で声を荒げた。
     彼らが何者かはわからない。きっと生徒には違いないが、どこのクラスで何年生か。正体に関するヒントはない。
     ただ、報酬を出すとの甘い誘いに乗せられて、秀樹は南光莉に決闘を申し込んだのだ。
     彼女をリングに上げ、公衆の面前でエッチな目に遭わせろという要求。
    「私に考えがある」
     その時、デュークは言った。
    「今日の映画研究部の撮影では、南光莉はスクール水着を着ている。つまり、女子更衣室には奴めの脱いだパンツがある」
    「いい考えだデューク。更衣室からパンツを盗み出し、それを利用してトライブイ南光莉をリングへと引きずり出すのだ!」
    
         ***
    
    
     滝和明は学校を離れた山の上で、林を切り開いた平地の中でトラの怪人スーツを着た演技をしていた。両腕のクローが武器となるトラタイガーは、顔をリアルなトラの着ぐるみにして、マントを着せたぐらいの昭和チックな簡素なデザインである。
     タイツに毛皮を縫い込んでいるだけなので、首から下の身体の可動はやりやすい。
     もちろん、視界の制限はある。そこまで重いわけではないが、頭に異物を被せた重量分、首が左右に傾きやすい。
    「チェーンソーリザードは敗れたようだが、このトラタイガーは違う! 奴ごときとは比較にならない強さで、トライブイを圧倒するのだ!」
     カメラの前に向かった、視聴者に対する自己紹介。
     今頃の光莉はプールサイドで水着撮影をしている頃だろうが、別々のシーンを撮るため、今日の和明は光莉とは別行動にまわっていた。
     もっとも、シーンは短い。
     ここで撮るのは顔出しシーンのようなもので、奴は敗れたようだが、次はこのトラタイガーだと、名乗りを上げる。ここで撮影した、このまた次のシーンから、今度は本当にトライブイ風見志乃の前へと姿を出すのだ。
    「いいよ。オッケー!」
     撮影終了の合図が出て、和明は着ぐるみの頭を脱ぐ。
    「いやぁ、今日は楽なもんだな。アクションはいつやるんです?」
    「明日だって」
     答えるのは平崎香澄。
     ロングヘアーの香澄はヒロイン役で、今日は出番がなかったが、作中では風見志乃を支えるための重要な役を受け持っている。改造人間である志乃の理解者となり、心の支えとなるべく寄り添う存在なのだ。
     そんな可憐で優しい役に似合って、風貌だけを見るなら、風に髪でもなびかせれば絵になるような、長い黒髪に白い肌が映えわたった美人である。
    「明日か。クローを武器にしたアクションを研究しないとな」
    「そうねー。あの子に負けてられないものね」
    「ああ、あいつ熱心ですから。差をつけられたくなかったら、あんまりサボる暇を与えてくれないんですよね」
     和明もまた、スーツアクターだとかスタントとか、殺陣をやる仕事がしたい。光莉と幼馴染であるせいか、小さい頃から動き方の練習をしている姿を見て、それに感化される形で和明もまたそういう仕事の存在を知ったのだ。
     なので武術関係の習い事をして、体操競技を学び、毎日のように筋トレやジョギングは欠かさないなど、必要なことはサボらない。スーツの場合は顔が出ないとはいえ、手足を使った動作の取り方も演技のうちなので、光莉と同じ理由で映画と演劇を掛け持ちしている。今は映画撮影に集中している期間だが、それが済めば演劇の稽古が待っているのだ。
    
    
    


     
     
     


  • 第1話「南光莉 スーパーアクション!」Part1

    目次 次の話

    
    
    
     崖の上に立つ女子高生、風見志乃はポーズを取る。
    
    「トラーイ――――」
    
     両腕を水平に一方の横へと伸ばし、まずは一直線になるよう腕を揃える。
     そうした両腕を回転させ、正反対の真横で再び一直線に揃えた右腕を斜め上に、胸の手前を通す形で突き上げるのだ。
    
    「――変ッ身ッ!」
    
     次の瞬間から、制服のブレザーを着ていたはずの風見志乃は、仮面のコスチューム姿へと変身していた。
     全ての衣服がまるで光の粉末であるかのように、内側から弾け飛ぶかのように四散して、まずはスカートも制服も消え去ったのだ。かといって裸体を晒すわけではなく、首から下がオーロラのような発光に包まれ、虹色の光を不思議にまとっている。
     そんな身体がスライド式に塗り変わっていくかのように、足の先から頭の上まで、みるみるうちにコスチュームへと変化したのだ。
    
     仮面美少女トライブイ。
    
     それが風見志乃の正体だ。
     顔に赤い仮面をかけた志乃の衣装は、全体的に赤と緑のカラーリングを基調としている。短いスカートからは太ももをほとんど出し、両手両足にはブーツと手袋を装着している。胴体から胸にかけての形状は、バニースーツにも似た形で、Dカップの乳房を強調しつつ、両肩を剥き出しにして背中を広く開けていた。
    
    「仮面美少女! トラーイ! ブイ!」
    
     右手のピースを裏返し、手の甲を相手に向ける形で、腕を外から内側にかけてスライドしていきながら、そう名乗る。
     これがトライブイが変身直後に行う決めポーズだ。
    
    「はい! カットカット! いまのオッケー!」
    
     撮影班の声が上がったのは、そんな決めポーズの直後であった。
    「おしっ、早く次のシーンへ移ろうか」
     地上からの声を聞いたトライブイ――すなわち風見志乃。
     さらに正確には、風見志乃という名の主人公を演じる役者の南光莉は、岩壁の頂上という危険な場所から、あと一歩でも前へ進めば即死は免れないような高所から身を引いて、地上へ戻るための下り道を通っていく。
     撮影班の仲間の元へ駆け戻り、光莉はさっそく声を張った。
    「次次! 早く次をやりましょうよ! 次は大事なアクションなんだから!」
     光莉はとても楽しげに微笑みながら、積極的に部長に迫る。
    「うーん。次ねぇ?」
     まるで大物監督を気取ったように、折りたたみ式の椅子を広げて、メガホンを片手にふんぞり返る部長の名は、武田陽太という高校三年生である。
     これは映画研究部での撮影なのだ。
     部活ぐるみで撮影場所まで交通費をかけ、現場で機材を整えた部員達は、撮影班と役者とにそれぞれ分かれ、光莉の場合はヒーロー役を真っ当している。
    「トライブイは父と母と妹を殺され、改造手術によってヒーローの力を得た、あのV3をなぞらえた作品でしょう? 本編では一号二号の手で改造を受けているけど、しかし、この作品にはトライブイしか存在しない。自分自身の正義と復讐の気持ちだけで、悪の洗脳を打ち破り、宿敵となるデストロイヤーズに戦いを挑んでいく!」
     光莉は熱く語った。
    「うんうん。そうそう」
    「つまり、悪の洗脳なんかより、悪を憎む気持ちが勝つ! 確かに家族を殺された復讐といえばマイナスのイメージはつきまとうけど、それも正義感あってだと思うんです! BLACKの南光太郎だって、初めてロードセクターに乗るあの回では、『俺も復讐です』と口にしています」
    「そうなの? そうだね」
     長い台詞を語るあまり、陽太は顔を引き攣らせるが、光莉はそんな様子に気づかない。まるで何かのスイッチが入ったように、鼓膜に響くほどの大きな声で、それはもう熱く語るのだ。
    「ただ自分が悲劇に見舞われたからだけじゃない。正義感があるから悪を憎むし、他の誰かに同じ思いをさせないため、人間の自由を守るために戦っていく! それこそがヒーローのあるべき姿で、トライブイって、そういう単純明快な王道を突っ走ってるんですよね!」
    「うん。王道だよ?」
    「で、部長。私の名前は?」
    「南光莉」
    「きゃー! てつをさんとお揃い! 『南』と『光』で二文字もお揃いだなんて、これはもう運命と同じですよね。ヒーローになれって、運命が言っちゃってない? 言っちゃってるったら言っちゃってるんだよ!」
    「はいはい!」
    「だから早く次のシーン! アクションやりましょうよ! アクション!」
    「言われなくてもね。むしろ、南さんが語ってるあいだに貴重な時間が減ってるから、君の方こそ早くスタンバイ入ってよ」
    「ただいま!」
     光莉はアクションのスタート位置に駆けていき、戦闘員達の集まる中心に立つ。
     これから撮影するシーンでは、大人数の戦闘員を相手に大立ち回りを披露して、それらを率いる怪人との一騎打ちを行うのだ。
     怪人はチェーンソーリザード。
     緑色のトカゲをそのまま二足歩行て直立させ、右腕にチェーンソーを生やしたデザインは、簡素というか古いというか。言ってみれば昭和怪人らしい雰囲気があり、昭和ヒーローを好む光莉としては、これも興奮の種となってしまう。
     ヒーローが好きだ。大好きだ。
     特に一番好きなのが、キングストーンの力を持つあの漆黒のライダーなので、その主人公と名前が二文字も同じなのは、光莉にとって本当に本当に嬉しいことなのだ。
     とはいえ、V3風見志郎もまた最高に好みのため、そのデザインが微妙に意識された仮面美少女のデザインは光莉の心を大いにくすぐるし、ポーズが決まった喜びには胸が溢れる。
     もうやばい、もう駄目だ。
     テンションが上がってしまう!
     しかし……。
    
    「ふうぅぅ………………」
    
     先ほどまで熱く語りっぱなしであった光莉は、撮影直前の位置についた途端に息を入れ替え、まるでスイッチでも取り替えたかのように静かになる。武器である細剣を構え、やや腰を低めた構えで撮影開始の合図を待ち、全身を頭から指先にかけてまで静止させていた。
     とても大切なシーンなのだ。
     いや、主役の演技は大事だし、周りにいる脇役も、エキストラもいなければ成り立たない。多くの人間がいないと成り立たないのが映像作品というもので、大切でないシーンなど一つたりとも存在しない。
     そんな中でも、光莉が最も命を懸けているのがアクションだ。
     アクションはヒーローをヒーローらしく、より格好良く見せるためにある。
     それが光莉の信条だ。
     特撮用のスーツを纏った演技では、例えば直立するだけの姿勢でも、足の開き幅や両腕の垂らし方しだいで、格好良くもなればダラけても見える。武器を構える際も、剣が横に寝ていてダラけていたり、銃口がビシっと前を向いていなければ格好悪い。
     せっかく主役が男前で、キャラクターとしても魅力があるのに、ヒーローもので肝心のアクションがダラダラとしていたらどうだろう。強くて格好良いはずの存在が、さほど強く無さそうに見えてしまうのでは大問題だ。
     もちろん、今回は光莉自身が主役であり、変身姿で戦うアクターでもあるわけだが、本来ならば主演役者とスーツアクターは別々なのだ。
     アクションは立派な作品の一部だ。
     脚本家が脚本を書き、動画担当がCGエフェクトの作業を行うなら、光莉が担当するべき場所こそがアクションである。
    
    「よーい! アクション!」
    
     スタート合図と共に、トライブイも戦闘員の群れも同時に動く。
    「イーッ!」
     掛け声と共にサーベルを振る戦闘員。
    「ハァッ!」
     声を張り上げ、細剣を華麗に振るうトライブイ。
     全員が剣を武器にしている関係上、このシーンは立派な剣劇アクションである。太刀筋というものを大切にして立ち回り、腕がビシっと決まるよう、ポーズが剣の切っ先にかけてまでサマになって決まるよう、全てに意識を配って体を動かした。
     サーベルを上から振り下ろす攻撃に対し、ステップで微妙に身体を横へずらして、自分は相手の剣を受けないように調整しながら、踏み込みと共に腹を斬る。この前への踏み込みこそが体を力強く、そして素早く動かすので、光莉は力強く地面を踏んだ。
     さらに次の場面では、背後からの攻撃が来る。
     折込済みのアクションでそう流れが決まっているわけだが、これも自然な演技でなくてはならない。戦闘員は本当にトライブイを殺しにかかって見えなくてはならないし、トライブイもまた、後ろの目がついているがごとく、華麗な回避を披露する必要がある。
     背中に来る突きを、身体をターンする事でかわして行き、流れるような動きで逆に相手の背中を取って斬りつける。
    
     お互いに剣を打ち付けあう。刃を混じり合わせ、力で押し合う。
     納得がいかない。もう一回。
    「すみません! 撮り直させて下さい!」
     許可を貰って、再び打ち合う。
     ぶつけ合った剣を互いに押し合い、トライブイの方が力で戦闘員を払いのける。やられた戦闘員は画面の外へ飛ぶように倒れていくワンシーンになるが、どうも鬼気迫る感じが足りていないような――いや、トライブイと戦闘員では差は歴然としているのだから、たった一瞬だろうと互角になっては駄目だろうか。
     ともかく、再挑戦。
    「ハァ!」
    「イー!」
     お互いの掛け声で、トライブイと戦闘員は、踏み込みのために地面を強く踏みつけながら、剣と剣をぶつけて刃を合わせる。光莉はここで相手に全ての重心を寄せ、体重移動で押し出すように払いのける。
     これだ! さっきはこれが上手くいかなかった。
    「今のどうですか!」
    「オッケー! 次行こう!」
     そうして、やがてチェーンソーリザードとの一騎打ちのシーンへと。
     これはトライブイにとっては初めての戦いであり、強敵を相手に緊張や戸惑いを覚えていなくてはならない。ヒーローの初陣で、その強さを印象付けることも大事だが、力を発揮するより前に、もう少しタメのシーンを入れるのだ。
     そう、最初は苦戦して……。
     自分の能力に気づいたトライブイは、ここぞとばかりに逆転して、勢いのままに怪人を圧倒してみせる爽快感を演出するのだ。
     それをいかに魅せるかは、カメラや監督だけの技量ではない。
     どこまで出来るか出来ないのか。
     それはアクションスターの肩にかかっている。
    
         ***
    
    「スーツアクター?」
    
     南光莉が初めてその言葉を聞いたのは、幼稚園の頃にまで遡る。
     光莉はあまりにも早く、この世の現実を悟っていたのだ。
     小く幼い子供というのは、テレビの中のヒーローが実在して、実際にどこかで戦っていると信じている時期がある。サンタクロースも、お化けも幽霊も存在すると信じている。何歳頃から現実を悟るのかは人それぞれだが、光莉の場合は五歳の頃には気づいていたのだ。
     きっかけはバラエティか何かだったと思う。
     いや、もしかしたら別の番組――ニュースだとかクイズ番組だったかもしれない。
     正確には何の番組かは覚えていないが、とにかくヒーロー番組の主人公が、別の番組の中に出演していて、「実は○○という子供番組に出てるんですよー」などといったやり取りを番組内で行っていたのだ。
     そういうわけで、なんとなく薄っすら悟った。
     特撮ヒーローは撮影された映像に過ぎない。怪人もヒーローも、着ぐるみのように誰かが中に入っていて、演じているだけなのだ。
     そう気づいた光莉は、五歳当時に母親に尋ねたのだ。
    「ヒーローの中って、本人が入ってるの?」
    「ううん。スーツアクターってお仕事があるのよ?」
     母の言葉で教えられた。
    「着ぐるみってあるでしょ? ヒーローや怪人も、中に人が入れるように出来ていて、みんな一生懸命演技しているの」
    「演技?」
    「お芝居ってあるでしょ? スーツアクターさんは、スーツの中で一生懸命お芝居して、みんなにヒーローを見てもらえるように頑張っているの。強くて格好良い動きをすれば、きちんと憧れてもらえるものね」
    「そうなんだ」
     最初の感想は、そうやってただ単に関心して、世の中にはそういう凄い人達がいるのだなとしみじみ思っていただけだ。
     それだけだった。
     本当に、それだけだった。
     しかし、見ていてわかった。
     何かが違うのだ。
     幼稚園にはヒーローごっこで暴れまわる男児達が、ヒーローの真似ごとをしてキックやパンチを繰り出しているが、その動きがなんというか手ぬるい。ヒーロー自身が行う動きにはキレがあるのに、ごっこ遊びで行う動きは緩いというか、力が足りていないというか、とにかく違いがありすぎる。
     頭の中に残ったヒーローのアクション映像と、幼稚園で見たごっこ遊びを比較して、光莉はそれを鋭く感じ取っていた。
     撮影された映像に過ぎないとわかってなお、本人が行う変身ポーズこそが本物だし、スーツアクターが行う『動き』こそが、洗練された本当のアクションだと感じていた。
     なんでだろう? なんでこんなに違うんだろう?
     興味を持った。
     どのようにして、きちんと格好良く見える『動き』が取れるのか。武器を構えるポーズにしても、取っている姿勢自体は同じなのに、ヒーローがやるのとごっこ遊びの真似事では、それほどまでに出来栄えが違って見えるのか。
     光莉が鏡の前で『動き』の研究をするようになったのは、そうした興味を持ってすぐにことだった。変身ポーズを練習したり、パンチを出来る限り鋭く見せたり、そんな練習を夢中になって繰り返し、それを見た母親に薦められた。
    「アクターさんって、体操競技をやるらしいわよ。光莉もやってみない?」
     この時の母の思惑は、単に小さい頃から体力をつけさせ、丈夫で健康な子供に育てようとするものだったらしい。後から後から、空手や柔道教室にまで通わせてもらったのも、女の子だから護身術を身につけた方が良いだろうとの考えである。
     剣道、合気道、少林拳、競技トランポリン――。
     何でもかんでもやりたがったのは、途中からはほぼ光莉のわがままだったが、一通りの経験を積んだおかげで、体操選手のしなやかな運動が身についたし、踏み込みの聞いた武術の技も板に付き、光莉の『動き』は見違えるほど本物に近づいた。
     もっとも、近づいただけで、何十年もアクターをやっているらしいベテランの領域には程遠いわけだが、小学生の頃には学校一番の運動神経を誇っていたし、クラスでやった桃太郎の劇では、剣術の殺陣がやりたいと申し出て、光莉が演じた桃太郎と、鬼との対決のキレの凄さに見に来た保護者は圧倒されていた。
     光莉自身、積極的にアイディアを出して押し進める正確だった。
    
    「せっかく時代ものをやるんだからさ。やっぱり剣術はそれっぽくないと!」
    
     これは中学で演劇部に入った時。
     着ぐるみでの演技では、表情は使えないし、声が出せないこともある。とはいえ、生身の演技でだって、身振り手振りの動作を使い、顔だけでなく、全身で演技を行う。ならば、学ぶに越した事はないと入部して、誰よりも稽古に熱を入れていた。
     そして、時代劇をやる事になった途端、宮本武蔵の男役に選ばれた光莉は、きちんと殺陣に力を入れようと声を挙げた。
    「誰か剣道経験がある人はいない? ちゃんと剣の稽古もしようよ。アクションだって大切な作品の一部なんだから!」
     最初は熱血のあまりに引かれた部分もあった。
     頑張りすぎ、本気出しすぎ――。
     そんな風に思われ、一部には避けられたこともあるが、誰よりも努力している背中には、やはり人を惹きつける何かがあったのだろう。光莉の熱に感化された部員達は、熱心に剣の素振りをしたり、時代劇のアクションを参考に真似してみるといった研究を開始して、演劇という舞台でやるに相応しい殺陣の構成について、みんなで意見を出し合いながら、最終的に一つの作品を完成させた。
     そうして、発表された『宮本武蔵』の演劇は、かなりの好評を得られたのだ。
     光莉演じる二刀流と、長剣を操る佐々木小次郎との対決は、真に迫ったものがあり、お客さんの生徒達には、二人が本当に命の取り合いをして見えたという。決着がつく瞬間も、小次郎が本当に斬り捨てられ、命を落として見えて、客席が一瞬ばかり凍りついたほどだった。
     そんな本物らしく見えるアクションに、教室は拍手で溢れかえった。
     アクションは楽しかった。
     殺陣、スタント――。
     肉体を駆使した技を使い、アクションという名の作品を完成させることが楽しくて、とてもとてもやりがいを感じていた。
     演劇でも同じことだが、映像作品というものは、それを演じる役者自身が作品の一部となっていく。漫画や小説のように紙の上に出るものではなく、自分の演じた一つ一つの声や表情の全てがその作品の一部分となって、最終的に一つの物語が出来上がる。
     だからアクションというものは一種の作品。
     絵を描くことが漫画作品を作る作業で、文字打ちのタイピングが小説を作ることなら、アクターが体を動かすことこそ、特撮のアクション部分における立派な作業だ。
     光莉にとって、『美少女仮面トライブイ』はうってつけの役である。
     部活規模とはいえ、夢にまでみたヒーロー役で、怪人相手に多彩なアクションを行える。自分自身が主人公でありながら、自分で変身コスチュームを着て戦うというのも、某特撮の初代俳優のエピソードを彷彿させて、同じ道を進んでいるようで何か嬉しい。
     もっとも、本郷猛はバイクの怪我で一時的に降板――本当は二度と歩けるかどうかさえわからない複雑骨折で、砕けた骨が筋肉内部のそこら中に刺さっていたというのだから、まさかそこまでは同じ道は行きたくないが。
     トライブイの役は楽しい。
     風見志乃というキャラクターになるのも、やりがいを感じて活き活きとしてくる。
     光莉は満足していた。
     テレビ界へのデビューは大学生になってからと、両親にはほとほと言われているので、すぐにはテレビや映画作品には出られない。デビューできるかどうかの挑戦さえ、親の言いつけで今はまだ出来ないが、ならば今は下積み期間だ。
     その下積みの過程でやりたい事をやらせてもらえて、とてもとても楽しい。
     基本的には満足している。基本的には。
     ただ、唯一といってもいい不満点。
    
     トライブイのコスチュームは、短いスカートでパンチラが前提となっているのだ。
    
     もちろん、中にはアンダースコートを履かせてもらって、いわゆる見せる用のもので擬似的なパンチラをしているに過ぎないので、大げさなほどには恥ずかしくない。水着だって、露出度や形状自体は下着と同じなのに、水着であるという理由だけで恥ずかしさは軽減される。そういうわけで、アンスコでのパンチラなら、まだしも冗談で済む部分が大きい気がした。
     とはいっても、少しくらいは恥ずかしい。
     アンスコというものは、確かに下着の上から二重履きして、チアリーダーなんかもそれを着用してスカートで足を持ち上げている。過剰に恥じらうわけではないが、傍から見る分には普通のショーツと同一視できなくもない。
     男はきっと、パンツだと思って喜ぶだろう。
     アンスコだと理解があっても、パンツっぽく見える時点で、興奮できるものかもしれない。
     それが何ともいえないというか、気になるというか。
     本心ではパンチラなど無いにこしたことはないと思っている。
     ただ、それを改めて表明して、きっぱりと拒否してみせるほどにまで、絶対的に拒まなくてはならないサービスの強要かと問われれば、別にそこまでのものでもない。無い方が良くはあるのだが、さして意思表示の必要を迫られるほどには足りず、だから断るよりは早々に諦めをつけて受け入れてしまっていた。
    
     パンチラさえなければ、本当に満足のいく役なんだけどなぁ……。
    
     とっても楽しいことには変わりない。
     現状の楽しさを自分のわがままで壊すより、受け入れてしまう方がよっぽどいい。
     どうせ、見せパンに過ぎないのだから――。
    
    
    


     
     
     


  • 女レッド 犬のお散歩

    
    
    
    
     真昼の街中、犬の散歩をする光景があった。
    
     犬といっても、それは人間の首にリードを繋げたマニアプレイの光景である。
     しかも、特撮番組に出るような戦闘員が、赤いタイツの女を引き連れている。
     赤タイツのデザインには装飾が施され、言ってみれば格好良いスーツとなっている。戦隊番組のレッドを彷彿させるものだった。
     マスクは外され、凛々しく見える素顔が丸出しだ。
     そんなレッドが四つん這いで歩いており、戦闘員がリードを握っている。
     まさしく、敗北したヒーロー屈辱的な姿――。
     そんな光景が街中にあった。
    「くっ……!」
     レッドは歯噛みする。
     全身を包む赤タイツは、肌にぴったりとフィットして、その体つきを如実に浮かせている。しかし、一部分が切り取られ、丸い尻だけは綺麗に露出していた。
     四つん這いの足が動くたび、そのお尻は左右に振れる。
     プリッ、プリッ。
     と、大きな桃の膨らみは揺れており、そのボリュームと柔らかさがよくわかる。
    「いやぁ、いいケツっすねぇ?」
     尻を眺めて、戦闘員が言う。
    「だ、黙れ!」
    「ははっ、まさか子供一人の命くらいで、本当にこんなことするだなんてねぇ? さすがヒーローッスよ!」
     悪の組織の手先であり、町の小学生を捕えた張本人が、その正義の魂をわざとらしく褒め称える。
    「卑怯者……!」
     レッドは肩越しに戦闘員を睨みつけ、歯が砕けんばかりの歯軋りで音を鳴らした。
     それだけなら、十分な凄味があった。正義感からなる怒りの眼差しには、しかし敵を容赦なく食い殺さんとする、激しい炎を宿している。目つき一つで敵を萎縮させ、弱気な者など一瞬で退散させかねないほどの凶眼だった。
     そんな凄味ある目つきにしても、戦闘員の視界からすれば、丸出しのお尻とセットである。
     しかも、彼女は抵抗をしない。
     反抗的態度こそあれ、悪の組織が子供を人質にしている以上は手出しができない。もし彼女が反撃でもしようものなら、ただちに人質が殺されるという状況下なのだ。
     子供の命という盾。
     そうやって武力を封じられているレッドが、切り取られたスーツからお尻を丸出しにして、そんな有様でありながら肩越しに睨んでくる。首輪が巻かれ、リードで繋げられていることまで考えれば、とても愉快な光景だ。
     睨みつけ、反抗的な言葉遣いをする。
     たったそれだけの抵抗しか、今のレッドにはできないのだ。
     その事が大いに実感できて、戦闘員は実に愉快で楽しげな表情になっていた。
    「どうした? 早く歩けよ」
    「うっ……! 畜生……!」
     屈辱を堪え、レッドは進む。
     人口の多い街中ということもあり、当然、老若男女多くの人が行き交っている。散歩の老人、OL女性、学生服を着た男女のグループや、大学生と見られる若者。
     多くの通行人が行き来する中、レッドはこんなことをさせられている。
    「おい、見ろよ」
    「嘘……! あれレッドだよね?」
     注目が集まっていた。
    「レッド……」
    「本当に負けたのか?」
     犬の散歩を目撃した通行人らは、ぎょっとして立ち止まり、レッドの歩くお尻を見届ける。一人で外出していた者は、ただ呆然とする。仲間同士のグループは、ヒソヒソと声を合わせて目の前の光景について語っている。
     そして、戦闘員が言葉を投げかける。
    「ほーら、みんな見てるぜ?」
    「……くっ、くぅぅっ!」
     まるで体が痙攣して見えるほど、レッドは屈辱に肩を震わせていた。
     パシャッ、パシャッ。
     それはシャッター音声。
    「ははっ、撮ってやがんの」
     人々の無情な行いを見て、戦闘員はますます愉快に笑う。
     彼女は今日まで、人々の自由と平和のために尽くした戦隊の一人である。数々の怪人を打ち倒し、既に数え切れないほどの被害者を救済した英雄だ。
     しかし、そんなヒーローの無残な姿を見て、人々の取る行動は写真を取ることだった。何人もの若者がスマートフォンを彼女に向け、それぞれのシャッター音声を鳴らしてお散歩姿を保存する。
     ツイッター、フェイスブック、2ちゃんねる。
     ヒーローの姿はいたるところに晒されて、それが瞬く間に拡散したネット上では、話題と議論が巻き起こされる。晒し行為を叩く声もあれば、それを正当化する声も、開き直って堂々とエロスを嗜む歓喜の声もある。
     いずれにせよ、この場にいる限りの人々だけでなく、もっと不特定多数が彼女の画像を既に見て、使っている。それはおそらく、日本の人口の半数近くにも上っていた。
     画像どころか動画モードの者すらいて、貴重な映像を撮ることに腐心していた。
    「ほら、見ろよ」
     戦闘員はスマートフォンの画面を出し、ネットの現状を見せつける。
    「……!」
     レッドは顔を歪めた。
    「お前の守ってきた人々ってのはさ、まあ所詮こんなもんなんだよね。よく正義感とか燃やせるよねー。ご苦労ご苦労」
     正義を馬鹿にする言葉をかけ、戦闘員は尻を叩いた。
    
     ペチ、ペチ、ペチ、ペチ――
    
     尻を楽しげにタップしながら、実に愉快に語っていた。
    「せっかく今まで戦ってきたのに、やってらんないねぇ? お前が過去に救った人々も、みーんなこの画像見てるよ? この呟き見ろよ。お前のケツでオナニーしたってさ」
     レッドはうな垂れた。
    
     ペチ、ペチ、ペチ、ペチ――
    
     尻をペチペチ揺らされながら、そんな言葉を聞かされる。やりきれない思いのレッドは、人質さえいなければ、と。猛烈な歯がゆさに苛まれながら、視姦と尻叩きと、それが晒されている現状を胸で堪えた。
    「どうなの? お前、こういう奴ら守るの?」
     ぐにっ。
     戦闘員は両手で尻たぶを掴み、ぐにぐにと捏ね始める。
    「おーい! 住民のみなさーん? 今日はこの女レッドが、日本の人類のために肛門を晒してくれるそうですよー?」
     その場にいる人々に呼びかけて、戦闘員はスマートフォンを片手にする男を寄せ集めた。ほとんどの、会社員や学生を含めた、この場にいた限りの男が尻に群がり集合し、一目覗き見ようと顔を寄せる。
    「……くっ! くぅっ、うぅぅ……!」
     視姦という名の、それは苦痛に耐える呻きであった。
     人々の目という目が、両手で開かれた割れ目に注目し、桜色の雛菊皺を観察する。痛いほどの視線が突き刺さり、まるで肛門を焼き尽くされる心地に、羞恥と屈辱に悶絶した。
    「うっ、うあぁぁ……!」
     心理的苦痛に対する、低い低い悲鳴。
     だが、人々はお構いなしだ。
    「さあ、みなさん! 拝めるのは今だけですよ? 後悔しないように撮影しちゃって下さい!」
     その瞬間――
    
     パシャ! パシャ! パシャ! パシャ!
     パシャ! パシャ! パシャ! パシャ!
    
     何度も何度も、執拗なまでにシャッター音声が響き始めた。ありがちなシャッター音声から、メロディーじみた音まで混ざり合わさり、お尻が磨り減って思えるほど、レッドの肛門は撮り尽くされた。