第4話「放課後」

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 糞が!
 明日美はその日、授業をサボって屋上の戸に八つ当たりの蹴りを加えた。少しへこんでしまったが、別に知った事ではない。
「なんであたしがあんな目に! あの糞野郎が!」
 イジメ撲滅委員会を名乗る男が現れて、クラスメイトの前でお尻を叩かれた。死ぬほどの恥ずかしさもそうだったが、まるで親が幼児に与えるような体罰なんて、あの扱いは屈辱そのものではないか。懲役さえ盾になければ、とっくに蹴りでもくらわせているのに。
 放課後も、葉山純一に呼び出される。
 すっぽかせば、何か法的罰則を持ち出してくるに違いない。あとでスマートフォンで調べたが、一度撲滅委員会が動き出せば、イジメっ子は相手の裁量一つで人権を剥奪される。人前でスパンキングを受けるなど序の口で、下手をすればもっと酷い目に遭うとの話だ。
 素直に反省した方が良いのだろうが……。
 しかし、栗木は気持ち悪い。
 あんなのを苛めて何が悪いのかわからない。
「あのブタ野郎のキモさなんとかしてから言えってんだよ! 顔はキメェしデブだし汗くせぇ奴なんて、キモく思うなって方が無理なんだよ。根暗でウジウジしやがって、存在がイラつくんだよ!」
 むしゃくしゃした気持ちをどうにもできず、明日美は無意味に鉄柵を蹴ったり地面を蹴ったり、空き缶を踏み潰したりして物に八つ当たりを繰り返した。

 そして、放課後がやって来る。

 行くしかない。
 帰りのホームルームでも葉山は現れ、栗木と明日美はすぐに指定に教室へ来るようにと言いつけられる。
 やって来たのは狭い部屋だ。クラス用の教室と比べて半分程度の広さしかない、出入り口の戸も一つしかない少人数用の教室だ。戸には鍵がついていて、葉山は明日美と栗木を入れるなり内側から戸締りをして、誰も出入りできないようにする。
「さて、反省しましたか?」
 してたまるか!
 とは思うが、またお尻を叩かれては叶わない。
「あー……。したした! ごめん! 今まで悪かった! な? 栗木!」
 心にもない言葉だが、ちょっと我慢して謝る方が身のためだろう。
「本当に反省しましたか?」
「したっつってんじゃん」
「だそうですよ? 栗木君」
 葉山は話を栗木にふる。
「あ、あの……。そう、ですか……」
 何がそうですかだ。
 そんなボソボソした気の小さい反応しかしないから、苛々されるし気持ち悪いと思われる。どう考えても、イジメをやりたい気持ちを刺激してくる栗木が悪い。こんな奴がいるからいけないのだ。
「まあ、いいでしょう。ひとまずあなたは反省の意思有りにしてあげましょう」
 よっしゃ!
 これで少しは好転した。
「ですが、明日美さんが謝ったからハイ終了では芸がないといいましょうか。撲滅委員会を名乗りながらこれだけでは、我々は仕事をしたことにならないのですよ」
「はい? あたしがこんなに謝ってんのに、まだなんかあるんですか?」
「ありますよ? わたくしはあくまで、イジメはやる方が悪いと思っています。ですが、その一方でイジメっ子が好んで狙う相手に一定の傾向があるのもまた事実。気が小さかったり、友達がいなかったり、まあそういう人ですね」
 と、葉山は栗木を見る。
 自分の欠点をあげつらわれ、栗木は無意味に肩縮めていた。
「んで、じゃあどうするっての?」
「野之宮明日美さん。あなた、反省したのですよね?」
 葉山は顔を押し寄せながら確認してくる。
「ああ、したっつってんじゃん。な? ごめんな栗木、もうやんねーよ」
 口先だけだが、明日美は繰り返し謝ってみせる。
「ええ、もうやらないのは当たり前です。わたくしに残された仕事は、栗木君の気弱な性格を少しばかり強くしてあげることです」
「強くするって?」
「明日美さん。彼には特別な薬が必要です。自信をつけさせるため、今の性格を改善するため、少し協力して下さい」
 どうせ治るとは思えないが。
「どうしろっての?」
 とりあえず、協力的な態度を示してみる。
「パンツを見せてあげてください」
 その瞬間、明日美は一瞬にして引き攣って、顔を染めながら怒鳴りあげる。
「はあ? なんでそうなんだよ!」
 もちろん葉山に対して怒ったのだが、何故か栗木がビクっとしていた。
「我々の権限をお忘れですか?」
「わ、忘れてない! けど他にねーのかよ!」
「あなたは今まで、長期間に渡って精神的損害を与え続けてきましたからね。その分を賠償する意味も込め、明日美さんには女の子として栗木君に奉仕をして頂きます」
「な、なんでそうなんだよ……」
 葉山はあくまで、明日美に屈辱的仕打ちを与えるつもりだ。やはり、謝ったフリだけしても、何の解決にもならないのか。だからといっても、こんなキモい男を相手に心から反省するなどできやしない。
「そうですね。でしたら栗木君、今度こそあなた自身の手で明日美さんのスカートを捲って下さい。あなたがやるべきです」
 葉山は栗木に矛先を変えた。
「ぼ、ぼくですか?」
 栗木はいかにも情けない声を出す。そ、そんなの出来ません! と、いかにもそう言いたげな表情だ。
 よし、いいぞ?
 こいつに捲られたくはない。
 いつものように弱気を見せて、できないできないと駄々を捏ねてくれればいい。そうすれば明日美が助かる。
「さあ、やってください」
 葉山が詰め寄る。
 だが、明日美も栗木を睨み付けた。
 やったらぶち殺す! 殺意をたっぷり込めた凶眼を向けてやった。
 葉山の命令は断れず、明日美のスカートに触れるのも恐ろしい。きっと板挟みで苦しんで、挙句何もできないまま葉山にため息をつかせて終わるだろう。
 そのはずだ。
 そのはずだが……。
「いいですか? 栗木君、あなたは現在法的保護を受けています。万が一わたくしの判断ミスで学校生活が悪化しようものなら、それに対する保障が支払われます。また、明日美さんはあなたに手出しができません。もしこの後に及んでイジメなどしようものなら、懲役の他にも罰金刑や労働義務、様々な罰則が彼女に対して発生するのです」
 つらつらと説明を述べ、葉山は栗木に対して何も不利が発生しないことを言いつらう。
「……ほ、本当ですか?」
 恐る恐る、栗木は喋る。
「もちろんです。明日美さんはこんなに怖い顔をなさっていますが、わたくしがいる以上はあなたに手出しはさせません。さあ捲りましょう。栗木君」
 まさか、やるのか?
 やる気にでもなったのか?
 決して人が変わったわけではない。栗木は栗木、おどおどとした雰囲気を纏って、声も小さい俯きがちの表情ばかりだが……。
 それでも、自信なさげな声ながら、栗木は言った。

「ぼ、ぼく……。やってみます」

 栗木にしてみれば一大決心。
 明日美にすれば、最低最悪の瞬間だった。