第1話「イジメ撲滅委員会」

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 キモい奴を苛めて何が悪いのか。
 だってキモいもんはキモいじゃん? 暗いしうじうじしてるし、見てるだけで鬱陶しい。なんていうか、もう存在してるだけで苛められっ子オーラが出てるというかね。とにかく、キモい奴なんて蹴ろうが何しようが構わないじゃん。

 それが野之宮明日美だった。
 同じクラスにはいつも一人でボソボソしている暗い男子がいて、彼は友達もいない頭の鈍くて成績も低い、良いところなどまるでないような男なのだが、明日美はそれを標的に、ことあるごとにイジメをやって楽しんでいる。
 例えば朝、登下校には同じ電車を使っているので、たまたま同じ車両に乗り合わせたことがあった。満員だったので体がくっつき、お尻に硬い勃起物があたってきて、非常に不愉快な気持ちを味わったのだ。
 もちろん、わざとではない。
 事故に過ぎないことなど明日美も承知していたが、わかった上で明日美は言っていた。
「あいつさー。今朝、あたしのケツ触りやがったんだよ」
 休み時間の教室で、仲間内で大きな声で、本人どころか他の色んなクラスメイトにも聞こえてしまうような声量であることないこと言いふらすのだ。
「混んでればわかんねーとでも思ったのかな? 手ぇ伸ばしてきてさ、メチャ揉んできやがったの。足踏んでやったら引っ込んだけど、あいつマジでやばいんじゃね? 犯罪者じゃん。通報した方が良かったのかなー」
 単なる接触事故を立派な痴漢行為に膨らませ、ありもしない事実をクラスに広める。それを耳にしたクラスメイトは明日美の話を真に受けて、男子は「おい痴漢野郎!」と彼を罵倒し、女子は「うわぁ……。近づかないようにしよ」などと引いていた。
 彼、栗木健太はいつも一人だ。
 友達がいない。
 庇ってくれるような友人も、信じてくれる仲間も一人もいない。
「あ、私もこの前見たよ? 階段上ってる女子のさ、スカート覗こうとしてるとこ」
「うっそ! マジかよ。キメエなほんとによぉ!」
 もちろん、それも嘘八百だ。
 明日美に便乗した友達が、そもそも学校外で栗木を見かけた事すらないのに言い出したデタラメでしかない。しかし、ジョークに過ぎないことをわかっていながら、明日美は大いにキモいと盛り立て、聞いていたクラスメイトも信じてしまう。
 それだけではない。
「あ、これ捨てといて?」
 昼休みが終わると、明日美は栗木の机にゴミを置く。持ち帰ったり、自分でゴミ箱へ行く手間を惜しんで、コンビニで買ったおにぎりやサンドウィッチなんかのゴミを当たり前のように置いていくのだ。
「あ、あの……」
 栗木が何か言おうとすると、明日美は大声でそれを遮る。
「あぁ? 何? 文句でもあんの? 全然聞こえないんだけど? はっきり喋れよブタ野郎」
「いえその……ゴミは自分で……」
「なんだよテメェのゴミだろ? テメェで捨てろや!」
 明らかに理不尽なことを言いつけ、怒鳴って相手を黙らせる。
 気の小さい栗木は萎縮する。
 明澄はますます調子に乗る。
 この負の連鎖をクラスメイトは見て見ぬ振り、大半の教師も「相談して来ないから」として無視を決め込み、さもイジメなど存在しないかのように振舞っていた。
 打ち明ける勇気などなく、かといって家に引きこもるには家族が怖い。学校をサボる度胸もない。逃げ場のない栗木は追い詰められる一方で、弱った心で何度飛び降りようかとさえ考えていた。
 イジメを受けるためだけに登下校を繰り返しているようなものだった。

「痴漢すんなよ?」

 下校の電車で、するわけもない事を大声で言われ、周囲の一般人は栗木に引いていた。
 明日美の行いは十分にあからさまだったが、それでも暗い雰囲気を纏い、下を向いてぶつくさ言っている栗木の方がもっぱら引かれる対象だった。
 理不尽だが、それが現実だった。

 しかし……。

「あなたのイジメにエッチな報復を致しませんか?」

 イジメ撲滅委員会、と名乗る手帳を提示しながら、一人のスーツの男が現れた。さながら刑事ドラマの警察が、手帳を見せつけながら聞き込みや事情聴取を行うワンシーンのように、男はそんな事を言い出した。
「報復? しかもエッチなって……」
「近年、イジメ対策のために撲滅委員会の設置が可決されまして、学校や生徒による調査報告によって我々は被害者の元へ派遣されます。あなたが今まで受けてきた仕打ちの数々などは全て把握してますよ? 例えば、してもいない痴漢行為をでっちあげ、クラスでの評判を落とされたりといった被害を受けているでしょう」
「そ、それは……!」
 栗木はぎょっとした。
 味方など、どこにもいないと思っていた。
 いや、それどころか。こんな仕打ちを受けていますと相談すること自体、まるで自分はそういう弱弱しい人間ですと宣言しに行くかのようで、とてもそんな勇気は出せなかった。救いを求めることにも抵抗があったのだ。
 ところが、撲滅委員会を名乗る男の登場だ。
 相談する気概などなかったのに、向こうの方からやって来られた上、確かに受けた仕打ちを言い当てられては敵わない。
「明日、さっそく野之宮明日美さんへのエッチな報復のチャンスが訪れます。既に手はずは整っておりますので、どうぞ楽しみにお待ちください」
 手はずが整っている?
 一体、何をしたというのだろう。
 まるで強力な権限を持った組織の台詞じゃないか。