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  • 最終話「その後のオナニー」

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     それから、冬崎瑞葉は自分の机で頭を抱えた。
    「あーもう! なにやってんのよ! 私は!」
     あんな奴にパンツを見せてしまったなんてどうかしている。自分は気でもおかしくなっていたのだろうか。いや、パンツだけで済ませて写真をばら撒かれるリスクが消えたなら、あれで御の字なのか――もちろん約束を守ってもらえる前提だが。
     何にせよ、瑞葉の下半身には余韻があった。
     視線の突き刺さった感覚が、今にも尻やアソコの肌に蘇る。
    「思い出しちゃ駄目よ。スケジュールスケジュール……」
     スケジュール帳を開いてみれば、勉強は早朝のうちに済ませてある。残りは夜の分なので余裕があり、現在はまだまだ自由時間の最中だ。
    「どうしようかしら……」
     自然と股へ手を伸ばす。
     そんな自分に気がついて、瑞葉はハッと手を引っ込めた。
    「ちょっと待って? 私は何を考えて……」
     瑞葉は初めて自覚した。
     疼いているのだ。
     股が、アソコが、視姦され尽くした余韻を覚えて、きゅっと引き締まって熱くなる。そういえば時期的にも排卵日で、生物学的にも体が興奮しやすい頃合いだったことを思い出した。
    「そうね。そういう時期ってだけで……」
     瑞葉は一旦部屋を出て、洗面所で手を洗いに行く。指を清潔にする必要があるので、石鹸を泡立てて丁寧に洗ってから、また部屋に戻ってベッドに寝る。スカートとショーツを脱いで下半身裸になった瑞葉は、自身の秘所を弄り始めた。
     仰向け、M字開脚。
     長く伸ばした中指の先端で、割れ目をさーっとなぞり上げる。フェザータッチに時間をかけて、ゆっくりと自分自身を焦らしていけば、やがて汗ばむようにしっとり濡れる。それを塗り伸ばすようにして、縦筋のまわりをぐるぐると撫でていく。
     じんわりと温まるにつれ、頭に浮かぶのは醜悪な桜太の笑顔だ。
    (なんでアイツが……)
     醜く頬の膨れたルックスが、勝ち誇った笑みを浮かべて視姦してくる。浴びた視線の味を下腹部が覚えており、今このオナニーを見られたら、自分はどんな気持ちに陥るだろうかとつい想像してしまっている。
     ――へぇ? 冬崎さんでもオナニーするんだ。
     ――けっこうエロいんだねぇ?
     大喜びで股に顔を近づけながら、そんなことを言うに違いない。ゲスな笑顔が大きく歪んで、全身に鳥肌が立つはずだ。
    「――――――っ!?」
     腰がブルっと震えたのは、快感のせいだった。
    「なんで? なんでいつもより――」
     キモオタの分際で、頭の中から醜い顔が消えてくれない。それどころか股に手をやり、愛撫まで施すのだ。
    「なんで……アイツなんか…………!」
     指に愛液が絡みつき、やがて肉芽は突起する。両手ともアソコへやって、クリトリスへの刺激も加えると、ますます快感が強まった。
     ――へぇ? ここが感じるんだねぇ?
     ――冬崎さんの弱点見つけちゃったー。
     おぞましい野獣に自分を暴かれてしまったら、それはどんなに……。
     いつしか頭の中にいる桜太は、瑞葉のアソコにペニスを宛がう。きっと我が物顔で勝ち誇りながら挿入して、ニタニタとした微笑の中で腰を振るはずだ。
     瑞葉はM字の股をさらに左右に開いていき、長く伸ばした一本の指を膣口に挿入する。緩やかなピストンを行いながら、左手の指腹ではクリトリスを撫で込んで、ひたすらに快楽を貪った。
     おかしな想像をしてしまっている。
     桜太に犯される想像だなんてどうかしている。けれどアソコは快楽を欲しがり、丁寧に膣壁をなぞる指先は、より弱い部分を巧妙に刺激する。
    「はぁ……! くぁぁ……!」
     粘液を捏ねるような水音がクチュクチュと、指の出入りにつれて鳴っている。愛液で滑りが良くなるにつれ、ピストン運動はしだいに活発になり、瑞葉は眼鏡の奥の目を細めて淫らな吐息を漏らしていた。
     気持ちいい。
     いつもよりずっと、気持ちいい。
    
    「どうして……」
    
     また脅されてみたい。
     そして、視姦されてみたい。
     そんな自分の性癖を、瑞葉は薄っすらと自覚していた。
    
    
    


     
     
     


  • 第6話「パンツ視姦」

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     カラオケボックス。二人はそこにいた。
     いくら人が少ないとはいえ、決して誰も通らないわけではない階段では、人にパンツを見せるには場所が悪い。ならば安全に二人きりになれる場所とは、駅周辺にあるカラオケボックス以外になかった。
     一時間ということで入ったため、これから時間たっぷりまで、ショーツを視姦されることとなる。ただし金は全額桜太が払うことで話をつけたが、一時間もの恥辱を思うと今から気持ちが暗くなる。
    「最低よね。本当にクズなんだから、このクズ」
     壁にもたれかかった瑞葉は、桜太の醜顔を冷たく見下ろす。
    「さあ、見せてごらん?」
     スカートの前でしゃがみ込み、いざショーツが見える瞬間を待ちわびている桜太は、実にニタニタとして気持ち悪い微笑みを浮かべていた。
    「触ったら大声出すわよ?」
    「触らない触らない」
    「見るだけよ?」
    「うん。約束は守るってば」
    「いいわね? 約束よ」
     そういって瑞葉は、スカート丈を強く握り締め、そして握力のあまり拳を震わせていた。
     パンツを見せる? コイツに?
     好きでもない、まして嫌ってすらいる男が、自分の弱みを同時にいくつも握っている。ふつふつと湧き上がる怒りに顔も強張り、力の入った頬の筋肉が小刻みな震えを起こす。
     キモデブのクセに……。
     瑞葉は少しずつスカート丈を持ち上げ始めた。
    「お? お? お?」
     太ももの露出面積が一ミリずつ、一センチずつ、着実に広がるにつれて期待に満ちた眼差しを輝かせ、その表情は興奮しきった雄の下品なものへと変わっていく。好きで見せるわけではないのに、いかに桜太が喜ぶかと思うとやりきれない。
     それに今の瑞葉の下着は――。
    「おおっ!? クマさんだ!」
     ぬいぐるみのようにデフォルメされた可愛いクマが、ショーツのフロント側に大きくプリントされていた。
    「いいじゃない! なに穿いたって!」
     瑞葉の顔はみるみる火照り、反射的に声を荒げた。
    「もちろんいいけど、意外だよねぇ? 冬崎さんはもっと地味で大人しい下着を選ぶタイプだと思っていたよ」
    「ふん。勝手なイメージね」
     痛いほどの視線がショーツに刺さる。桜太は上目遣いで瑞葉の顔と下着を見比べて、瑞葉の赤らんだ表情を見てはより笑う。恥じらう自分の気持ちを見透かされたような気がして、ムッとした瑞葉は対抗意識を燃やして顔つきを強張らせる。鬼のように、悪魔のように、目つきを鋭くして睨んでやろうと意識した。
    「顔が怖いね」
    「アンタがキモいから」
    「どんな顔をしたって、冬崎さんが穿いているのはクマのおぱんちゅ」
    「なにがおぱんちゅよ。寒気のする言い方はわざとかしら?」
    「クマさんクマさん」
    「だからキモイ……!」
     瑞葉は丈を握る拳を強め、爪を食い込ませんばかりにした。どんなに凄んだり、冷たい言葉や罵りを行っても、クマのパンツというだけで、どこか馬鹿にされている。
     可愛いから選んだ下着だ。クマだろうとキャラクターものだろうと、好きなものを穿いて何が悪い。
     下着で人の品格は決まらない。
     だいたい、日頃きっちりしている以上は、少しくらい羽目の外れた道を行っても誰も文句は言わないはずだ。真面目だとか、几帳面だとか、そういった道を外れた可愛さばかりの下着選びに何の問題があるだろう。
     他にも女児アニメのキャラクターショーツだけでなく、ウサギやカエルを初めとした動物類やゆるキャラなど、バックプリント付きのパンツはたくさんある。
     だって、誰に見せるわけでもないはずだったからだ。
     さすがにTバックだのシースルーを穿くつもりは皆無だが、下着という隠れた部分で少々道を外したところで、果たして誰に迷惑がかかるのか。他人には見えないところで気ままな自由人として振る舞ったつもりが、こんな奴に見られる羽目になったのだ。
    「ギャップ萌え狙いかなぁ?」
     桜太の顔が接近する。
    「うるさい! 違うし近い!」
     今にも鼻先が股間にぶつかってくるかと思うほどの至近距離で、桜太の視界は瑞葉のショーツで埋まったはずだ。興奮で荒くなった吐息が、ぬるい湿気を帯びて内股を通過する。ぞっと鳥肌が広がり、瑞葉はブルッと震えていた。
     別に恥ずかしくなどない。
     動物に裸を見られたとして、何か問題があるだろうか。豚にパンツを見られて問題あるか。
     全くない。
     だから恥ずかしくはない。断じて恥ずかしくはないのだ。
    「後ろ向きでお尻も見せてね」
    「ふん。はいはいはいはい」
     壁に額を押し付けて、ややくの字の腰を桜太に突き出した。
     途端に瑞葉の心を飲み込むのは、猛烈な不安感である。
     前を向いた状態なら、例えば桜太が約束を破って触ろうとしてきても、即座に注意できるしビンタも出せる。しかし、今の姿勢では桜太の顔が見えないから、実際に触られるまでわかりはしない。
     それにクマさんだ。
     お尻の方が布面積が広いからして、そこにはより大きなバックプリントが貼られている。
    「こっちにもクマさんがいるねぇぇぇぇ?」
     おぞましいほどの歓喜の声だ。
    「……そ、そうね。だから?」
    「別に? 可愛いなーって思ってさ」
    「ふん。ああそうですかそうですか。いちいち喋らないで頂戴」
     お尻に顔が近づいている気配がわかる。舐めるような視線が尻を這って、吐かれた息が布地の表面を撫でている。
    「恥ずかしい?」
    「別に? なんでアンタごときに恥じらう必要があるのよ」
     人を脅迫してスカートを上げさせるクズだ。人としての品格が足りない。そんな豚同然の視線で羞恥にかられる必要性は皆無だ。
    「じゃあ言うけど、冬崎さんって左の尻たぶにホクロがあるね」
    「――はぁ!?」
     そんなことは知らない。自分のホクロの位置など、一体どれほど把握している人間がいるものだろうか。
    「自分で知らなかった? 自分では見えにくい位置だもんねぇ?」
    「馬鹿じゃないの!? そんなのチェックしなくていいでしょう?」
     瑞葉は耳まで赤らんでいく。
    「でも、恥ずかしくもなんともないんでしょう?」
    「そうね。そうだけど……」
    「だったら、足をもうちょっと肩幅まで開いても大丈夫だよねぇ?」
    「そんな口車に乗るとでも?」
    「あ、本当は死ぬほど恥ずかしいんだ。だから嫌がっているんだ」
     桜太の煽る一言。
     それが、瑞葉をイラっとさせた。
    「なによそれ、これで文句ないってわけ?」
     瑞葉はほとんど閉じきっていた足を開き、望み通り肩幅以上に広げてやる。
    「もっともっと! お尻を突き出そうよ!」
    「ああもう! やってやるわよ!」
    「もう両手で足首を掴むポーズになっちゃおうよ!」
    「やればいいんでしょ!? やれば!」
     本当にそのような姿勢を取った瑞葉は、クマさんショーツのお尻を高く掲げた。逆V字に広がる自分自身の股から、視界が逆さまに見えている。桜太の顔は位置が高くて見えないが、地べたに座り込んで顔を近づけてくる身体はよく見えた。
     かなり無防備に尻を晒している。本当に心もとない。自分でも何をやっているのだろうとは思うのだが、恥ずかしくもなんともない以上は問題ない。
    「そのままね。そのままパンツを鑑賞させてね?」
    「はいはい」
    「それにしても、凄いポーズだよ? もし下着がなかったら、アソコもお尻の穴も両方丸見えになるんだから」
     そう指摘されるなり、突き刺さる視線の感覚に瑞葉は気づいた。クマのバックプリントの向こう側にある尻穴に意識を捧げ、桜太は透かさんばかりに凝視している。こうなると汚い部分をいいように視姦されている心地がして、瑞葉の表情は屈辱に歪んでいく。
    「か、仮に丸見えでも全然平気よ? さすがに見せないけど!」
    「それは残念だなー。僕なんかにお尻の穴を見られても、冬崎さんなら絶対に平気だとは思うけど、やっぱり恥ずかしいよねー」
    「だから平気よ!」
    「そう? だったら見せてくれてもいいんじゃない?」
    「馬鹿! そういう問題じゃないわよ。パンツだけで十分でしょう?」
    「しょうがない。パンツだけで許してあげるよ」
    「何が許すよ偉そうに……」
     あとは静かな視姦が続いた。
     約束を守って触ることはしてこないが、手をギリギリまで近づけて、撫で回すフリはしてきている。今にも尻を揉みしだきたいのであろう両手の気配が、性器を凝視する顔の気配が、始終下腹部を包んでいた。
    
    
    


     
     
     


  • 第5話「脅迫」

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     何? 何で今日に限って?
    
     冬崎瑞葉はすっかり油断していた。
     このアニメショップには何度も通い詰めているが、今まで桜太とばったり出くわしたことは一度もなかった。考えてもみれば、その方が運の良すぎる話であり、過去例がないからと警戒をしなかったのは失敗だ。
    「あー……。最悪っ、最悪よ」
     共にフロアを出ることとなった瑞葉は、人の少ない階段方面へと連れられた。高層ビルではエレベーター利用者の方が多いため、階段の交通量はさほどでもない。二人で落ち着いて話すにはまあ向いており、瑞葉と桜太は段に並んで腰を下ろした。
    「君のこと。友達に話していい?」
    「は?」
    「いやね。趣味の合う仲間って大切でしょ? 是非とも、クラスに出来た僕のオタク仲間に冬崎さんの意外な一面を紹介したくてね」
     やけにニッタリとして、気持ちの悪い笑みを浮かべる桜太にゾッとして、瑞葉はみるみるうちに顔を引き攣らせた。
    「やめてくれる?」
    「どうして?」
     ケロっとした顔で首を傾げる桜太。
    「私はッ! アンタが読むような変なラノベも買ったけど、美術と文学も好きなの。言うほど一致していないし、余計なことはしないで頂戴」
     冗談じゃない。確かに趣味は趣味だが、高尚なものも同時に好む瑞葉と、低俗限定の連中ではそりは合わない。何よりも無駄に醜悪なルックスの持ち主から、それもパンチラエロ漫画を自ら描き始めるような変態から、仲間意識を持たれるなど死んでもいやだ。
     自分は自分、桜太は桜太。
     決して交わることはない。
    「僕は美術部にも入っているよ? 僕の友達も」
    「うるさいうるさい! 関係ないわよ!」
     声を荒げる瑞葉。
    「いいや話すね」
     迷いなき断言の桜太。
     こうなると、瑞葉の頭にも血が上る。
    「やめなさい!」
     立ち上がった瑞葉は無意識のうちに手を振り上げ――
    
     ――強烈なビンタをかました。
    
     格闘技の経験もないのに適切な腰の回転が利かされて、素早い腕のスイングと、鋭い手首のスナップからなるビンタは、瑞葉の腕力が許す限り最大限の威力のものだ。
    「ぐへぇ!」
     カエルが呻くような悲鳴を上げ、桜太は盛大に横へ倒れた。
    「あっ! ご、ごめんなさい!」
     瑞葉は直ちに我に帰った。
     ここは階段。幸い角に頭をぶつけることなく桜太は起き上がるが、もしも打ち所が悪ければ大怪我をさせていたかもしれない。どちらにせよ、頬には大きな赤い手形が浮かび、腫れ込んだ皮膚はヒリヒリとして痛そうだ。
    「うん。凄く効いたよ」
     恨めしい目つきが瑞葉を向く。
    「そ、そう? 大丈夫そうで何よりだわ。ジュースでも奢ってあげようかしら? それでチャラってことでいいわよね?」
     こんなにも軽々しく暴力だなんて、致命的な非を働いてしまった瑞葉は、すっかり慌て気味になって、お詫び一つで丸く収めようと考える。そんな瑞葉の様子を見るに、桜太は何故だか楽しそうな笑顔を浮かべていた・
    「ジュース? いらないよ?」
    「え? でも――。まあアンタがそう言うなら、だいたい、元はといえばアンタが余計なことを言い出すからいけないんだし」
    「人のせいにするんだ?」
    「そういうわけじゃないけど、アンタだって……」
     本来なら、瑞葉の方に桜太を責める権利がある。もっと刺々しく当たることもできたのだが、こうなっては瑞葉の方が萎れてしまう。
    「ビンタ、ラノベ、パンツ」
     今の瑞葉にとって、弱みといえる三つをあげつらう。
    「ぱっ、パンツ? パンツは関係ないでしょう?」
    「そうかなぁ? 冬崎さんは立派な優等生で、僕は所詮キモオタだ。キモオタが君の悪い噂を立てようとしても、大抵の人は聞く耳を持たないかもしれないけど……」
     にったりと微笑む桜太は言う。
    「オタクの同士ならどうかなぁ? 僕の仲間なら? 漫画研究部のみんななら? 信じてくれる人は必ずいるんだ。何人もね」
    「脅迫? 脅迫するつもり? 言っておくけど犯罪よ? 脅迫罪って知らないの?」
    「うーん」
     桜太はわざとらしく首を傾げる。
    「あ、アンタねぇ!」
    「まあ話をまとめると、冬崎さんは僕に余計なことを言いふらされたくない」
    「……そうよ」
    「で、僕は言いふらしたい。理由がわかる?」
    「理由って、なによ」
    「君が僕を毛嫌いすることだよ」
     確信を突かれ、瑞葉はぎょっと目を丸めた。
    「そりゃそうだけど、何か問題でも? 人間同士でも好き嫌いくらいあるでしょう?」
    「わかるよ? 僕ってキモオタだもんね。この顔だもんね。決してみんなに愛されるタイプではないかもしれないけど、いつもいつも睨んだり、冷たい目つきをしてきたり、色々と嫌味な感じが多いよね」
    「それは……悪かったわね…………」
     そもそも、あの下らない漫画が始まりだ。
     瑞葉にだって、高尚とは限らない趣味がある。アニメを見る。漫画を読む。けれど芸術的な一作に衝撃を受けてから、見かけによらす高尚な芸術家に違いないと期待があってからの株価暴落は、言ってみるなら愛しさ余って憎さ百倍というわけだ。
     桜太はもっと違う人だと思った。醜悪な仮面の裏で、鋭く世界を観察する生粋の画家にでもなるのだと思った。
     それが、あれだ。
     こうなったらもう、徹底的に嫌いになる以外に道はなかった。
    「実はね。あの時の写真もあるんだよね」
     桜太がスマートフォンを取り出し、そこに写るパンツの画像を見せつける。
    「――っ!」
     瑞葉は戦慄した。
     昨日のキャラクターパンツだ。変身ヒロインのキャラプリントだ。
     それが、撮られた?
     見られただけでも心に雪が降ったのに、写真まで残されている?
    「言っておくけど、このスマホを奪ってもパソコンに保存済みだからね?」
     その言葉を聞くに瑞葉は、思わず伸ばしかけた手を引っ込めた。
    「まあ言いたいことはわかるよね」
    「ふざけないで。脅迫も盗撮も、みんな犯罪よ?」
     そうだ。ここまで来れば、瑞葉の暴力は帳消しどころか、また桜太の非の方が大きく膨れている。言いなりになるつもりなどない瑞葉は、冷たく桜太を睨み返した。
    「僕が階段の角に頭を打ったら死んでいたかもね」
    「それは……」
     それを言われると弱いが、だからといって言いなりになっても良いことはない。
    「パンツを見せてよ」
    「……はぁ?」
    「パンツ一つで、言いふらすのもバラ撒くのも無しにしてあげる。警察沙汰で騒ぎを起こすのは冬崎さん的にも面倒でしょう?」
    「そうね。パンツね……」
     それで済むとするならば、確かにリスクは最小限だ。もっとも、桜太が約束を守るという前提の話であり、ここで言うことを聞いたせいで、後々エスカレートするかもしれない。
    「言っておくけど、約束は守るよ? 二人だけの秘密だね」
     唇が醜く歪むほどの笑みを見て、背筋にぞっと寒気が走った。
    「気持ち悪い……!」
     心底鳥肌が立った。
     最低最悪、こんな奴だとは……。
    
    
    


     
     
     


  • 第4話「画策」

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     しかし、どうしてあの冬崎瑞葉が、変身ヒロインもののキャラクターショーツを穿いていたのか。
     翌朝、土曜日。
     木茂桜太は首を傾げた。
     キツいツリ目の顔立ちで、黙々とノートを取っては、授業前に教科書などを捲って予習をしている。休み時間は難しそうな本を読み、図書室に通い詰めては何冊も読破して、通知表では五段階評価のオール五を勝ち取っているような優等生だ。
     しかも、眼鏡。
     優等生な上に眼鏡だなんて、綺麗に属性にはまっている。
     中学二年のとき、実施された五教科テストで成績優秀者の表彰も行われた。体育館の朝礼時に上位十名が段を上って、校長から一人ずつ賞状を受け取るのだが、そこには当然のように瑞葉もいた。
     そういえば、美術部の活動で美術館へ赴くようなこともあったが、そこで偶然にも瑞葉の姿を目撃したことがある。声をかけるほど仲良くないので、そもそも嫌われているので見かけたからどうということはなかったが、プロの画家が描いた作品を前にして、ぼーっと魅入られたかのように鑑賞していた。
     桜太は主にライトノベルを仮に図書室に出入りするが、たまたま瑞葉を目撃した際その手に握られていた本は、恐ろしいことに哲学者の著書だったりした。そんな本をさも嬉しそうに、プレゼントを受け取った子供が喜ぶような顔をしながら借りていたのは、開いた口が塞がらなかった。
     完全に文化系の趣味に染まっている。
     どう考えてもアニメを見るタイプじゃない。まして日曜朝の変身ヒロインなどありえない。
     そうはいっても、桜太のスマートフォンに保存されているのは、キュアでプリティなヒロインイラストをプリントしたパンツの尻だ。あのあと、パソコンに移して実際に画面いっぱいに拡大したが、左の尻たぶにはホクロがあった。
     あれは果たして、何だったのだろうか。
     証拠さえ残らなければ、きっと夢だの見間違えだのと思い直したことだろうが、何度見ても子供向けのショーツである。
    
     まあ、今日もあれをオカズにするかな。
    
     桜太は駅前ビルのエレベーターに乗り、上階のフロアで降りてアニメショップをまわる。高校一年の資金力でブルーレイなどは買えないが、漫画やライトノベルはある程度贅沢に変えるほどのおこずかいを貰っている。もちろん無駄遣いはできないので、迷った挙句に片方を買ってもう片方は諦めることも多いのだが。
     ライトノベルのコーナーへ行き、まずは新発売のチェックを行う。
    「お、あったあった。最新巻」
     目当てにしていた作品に手を伸ばせば、すると同じ本を取ろうとした誰かの手とぶつかり、桜太は「すみません」と口にしながら自分の手を引っ込める。
    「ああ、いえ」
     曖昧に答えながら、やや遠慮がちに本を手に取る少女を見て、桜太はまたしても度肝を抜かれることとなった。
    「えっ!? 冬崎さん?」
     間違いなく、冬崎瑞葉。
     ピンク文字の英単語がプリントされたシャツを着て、その上にはレディースもののジャケットを羽織っている。紅色のスカートは学校生活のときよりも短めで、太ももが約半分ほど露出していた。
     瑞葉はしばらく固まっていた。
     桜太も同様に硬直。
    「……」
    「……」
     やや長い沈黙が続く。店内BGMとして流れるアニメソングと、他の一般客の喧騒だけが、二人のあいだを流れていた。
    「アンタ! なんでこんなところに……!」
     思い出したように口を開くのは、瑞葉の方が先だった。
    「い、いや冬崎さんこそ……」
     桜太はチラチラと、瑞葉の手にあるライトノベルに目をやった。それはお色気描写の濃いラブコメ作品であり、表紙の美少女はスカートからパンチラを披露している。慌てて手で押さえている風に描かれているが、脚の端から見えるピンク色が隠れていなかった。
     しかも、その作中での卑猥な描写たるや、セックスこそしてはいないが、風呂場で男女が身体を密着し合うシーンがある。騎乗位やバック挿入を彷彿させる形で男女の密着した挿絵が描かれている。エロ本同然の内容なのだ。
     ひょっとして、隠れオタクか?
     桜太の場合は友達こそ少ないものの、全く誰とも喋らないわけではない。部活であれば多少は話の通じる相手がいるし、高校に入ってからは打ち解けやすい仲間も出来た。だから趣味を打ち明ける相手もいたのだが、もし特に話せる相手がいなければ、趣味なんてものは胸に秘めているしかない。
    「これはお使いよ? 兄弟がいるから頼まれたの。私のものではないわよ?」
    「……そう?」
    「そうよ。じゃあ私は行くからね。変態さん」
     冷たく言い残して、桜太を横切りさっさとレジへ行こうとする。
     そんな瑞葉を、
    「魔法つかい」
     たった一言で呼び止めた。
     瑞葉はピクンと頭を弾ませ、ぎょっとした顔で肩と頬を強張らせる。桜太が口にした単語は例の変身ヒロインの関連語句であり、作品を知っている人なら反応する。まして昨日パンツを晒したばかりの手前、瑞葉の足が止まらないわけがなかった。
    「あれはえーっと、妹のおあがりで……」
    「兄弟に妹がいるの?」
    「い、いやぁ……」
     引き攣った顔からするに、明らかに嘘だと桜太でも察せられた。
    「それにお下がりなら聞くけど、おあがりなんてサイズが合うの?」
    「…………」
     瑞葉は何かを言い返そうとして、口を開きこそしていたが、結局はパクパクと開閉するだけで言葉はない。何も言えずに押し黙っていた。
     チャンスだと、桜太は思った。
     もう一度、あの恥じらう顔を見てみたい。日頃からキツい顔をして、人のことを嫌って睨みまで利かせてくる女に、慌てふためく表情をさせてやりたい。
     その感情が、桜太の心に何かのスイッチを入れていた。
    「意外だなー。冬崎さんとここで会ったって、友達に教えてもいい?」
    「だ、だめっ!」
    「なんで?」
    「な? なんでって、その……」
     まあ、単純に恥ずかしいのだろう。女の子だっていうのに、委員長とあだ名がついたことまである真面目ちゃんなのに、エロ本同然の作品を買っていただなんて、死んでも言いふらされたくはないだろう。
    「とりあえず、レジ行こうか」
    「……そ、そうね」
     瑞葉は重い足取りでレジへ向かう。
     桜太はどこか楽しいような、けれど緊張の面持ちでその後ろに並んでいた。上手くいけば面白いが、もしも駄目ならビンタの一つでも喰らうだろう。
     桜太は既に瑞葉の脅迫を画策していた。
    
    
    


     
     
     


  • 第3話「見られた!」

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     見られた! 見られた!
    
     キャラクターもののショーツを見られたショックで、逃げるように家に駆け込んだ瑞葉は、机で頭を抱えていた。
    「あんな! あんな奴に見られて――!」
     悪夢だ。
     キモオタにそれを見られる以上の悪夢はない。
    「いいじゃない! 人が何を穿いたって!」
     確かに高尚なものが好きだ。
     美術芸術純文学。
     だが、それだけというわけではない。綿密なスケジュールを組み、それを達成することが喜びだとはいっても、頑張るばかりではストレスになる。自分へのご褒美がなければやる気なんて維持できない。
     美術館へ行くのも、文学作品を読むのも、瑞葉が純粋にそういう趣味の持ち主だから、本人の中では漫画アニメと同等の娯楽となっている。しかし、やはり普通に漫画やアニメを嗜む趣味もある。
     瑞葉の本棚に並ぶのは、文学作品から一般小説。ライトノベルに少年漫画や少女漫画。様々なものが並ぶ以外にも、壁を見れば特撮ヒーローのポスターが貼られていた。
     そう、案外色々チェックしている。多趣味な方だ。
     本当の本当に真面目ばかりの堅物なら、それらの余興は無駄な時間として切り捨てる。ゲームなどしないし漫画も読まない。そんなことでは気が滅入る。無駄であって無駄ではない。むしろ無駄な時間であることにこそ意義があるといってもいい。
     日頃のスケジュールをきつくするから、いざ自分をそこから解放して、時間を無駄に使う瞬間が心地いい。毎日をぐうたらに過ごしていては、解放感による快感は得られない。
     つまり計画的に遊びを満喫する瑞葉は、それまでスケジュールで自分を締め付けている反動でか、趣味への没入も非常に深い。一度好きになったアニメの公式ガイドブックを購入する。好きな作者の新作は何でも買う。気になる美術はチェックする。
     下着についても、少しばかり反動が現れている。
     十五歳にもなって?
     いいではないか。普段は真面目なのだから――。
    「ああもう! 最悪! 最悪! 最悪!」
     瑞葉は壁に頭を打ちつける。
    「……本当にもう! なんて思われたかしら」
     全ての趣味をオープンにしているわけではない。あまり友達らしい友達はなく、多少はお喋りできる程度の仲がいた程度の学校生活なので、アニメだの特撮だの変身ヒロインの視聴までは誰にも打ち明ける機会がなかった。
     表向きには美術や文学趣味ばかりを挙げている。事実なのだから問題ない。
     しかし、桜太は瑞葉をどう思ったか。
    「悪かったわね! ガキみたいなパンツで!」
     どうせ、あの変態のことだ。どんなパンツでも興奮しかねない。となると今頃は瑞葉のパンツを思い出し、シコシコと何かなさっているかもしれない。
     想像して吐き気がした。
    「だめ、気持ち悪い……最悪……」
     最悪、最悪、最悪。
     忘れよう。
     なんとか今日のことは忘れて、残りのスケジュールを消化するのだ。