任務のために電車に乗る。
そんなチェンだが、あまりにも痴漢の多い車両では日常的に尻を触られており、さすがに辟易しきっていた。
そんな時に今日もまた現れる新たな痴漢は――女性だった。
第1話 痴漢が多い!
第2話 狙われた龍
第3話 解き放つ乳房
第4話 恥じらいの龍
第5話 絶頂に溶かされて
第6話 そして獣は消え去って
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任務のために電車に乗る。
そんなチェンだが、あまりにも痴漢の多い車両では日常的に尻を触られており、さすがに辟易しきっていた。
そんな時に今日もまた現れる新たな痴漢は――女性だった。
第1話 痴漢が多い!
第2話 狙われた龍
第3話 解き放つ乳房
第4話 恥じらいの龍
第5話 絶頂に溶かされて
第6話 そして獣は消え去って
飛行装置で移動を行うモスティマだが、そこには彼女を付け狙うレズビアンが乗り込んでいた。
アーツによって力を奪われ、まともに身動きの取れなくなったモスティマは、淫婦の魔手によって弄ばれる。
第1話 飛び立ち、空の罠
第2話 淫婦の魔手
第3話 陥落への階段
第4話 尊厳を辱められ
地元、大型ビルの中には、各階にいくつもの店が内装され、その中には書店もある。七階と八階で、二階分もの階層を、それも大きなスペースを使って存分に書籍を揃えたスポットは、読書を趣味とする人間にとって実にたまらない空間だ。
本の並んだ空間には、特有の静けさというものがある。
こういう場所では静かにするものだという、誰もが暗黙のうちに守っているマナーで形成される静寂と、本棚に詰まった本という取り合わせは、それ独自の空気感を醸し出す。
もっとも、ここを絶好の覗きスポットとしている男がいた。
立ち読み客が多いため、たまに周りへの注意が薄れて何も気づかない様子の人がいる。それがスカートを穿いた女性であれば、スマートフォンを差し込んだり、こっそりと捲って堪能するチャンスというわけだ。
だから男はこの店に通い詰め、狙い目の女を物色している。
あたかも本を選びに来たに過ぎない風を装いながら、今日も小説コーナーを覗いてみると、ちょうど好みの少女がそこにいた。
中高生くらいだろうか。
その髪型は、リング状に丸く固めたものを二つほど、位置を言うなら犬猫の耳が生えるあたりに整えている。そんな二つのリングと頭皮の境目から、さらにツインテールであるように、束ねた髪の尾をそれぞれ左右に垂らしていた。
肩にはリボン柄の入ったショールをかけており、さりげなく隣に立って横顔を確認すると、丸眼鏡をかけた少女の顔立ちは、確かに可愛らしいものに間違いない。ぱっと見た時の印象から変わりなく、やはりこの子と決めた男は、最後の最後で肝心なところに目を向けた。
……良かった。スカートだ。
覗き、盗撮をしようにも、スカートでなければやりようがない。せっかく外見が好みでも、パンツスタイルなので断念するしかないケースもあり、だからスカートを履いてくれていることへの感謝の念が止まらない。
おかげで盗撮できる。
よく見れば、それはサスペンダータイプのスカートらしい。
男はさっそく周囲を窺い、誰も見咎める者がいないことを確認してから、音消しのアプリが入ったスマートフォンを取り出した。すぐにカメラを起動して、レンズ部分をスカートの真下に潜り込ませる。
撮った写真を確認すると、逆さ撮りのショーツがばっちりと映っていた。
(へえ、白か? いや、色は多いな)
白い生地にドット柄を打ち込んで、小さな円が等間隔に並んでいる。円形が織り成す色は赤に黄色に青と色とりどりで、実にカラフルなものだった。
そして、この子は後ろの様子に気づかない。
隣でスマートフォンを取り出したり、後ろに回って盗撮を始めても、自分の周りにおかしな気配があるとは思っていない。見込んだ通り、立ち読みに集中してしまって、今ならスカートを捲られても気づかないはずだった。
男は改めて周囲を見やる。
誰もいないとわかってから、男は大胆にも後ろでしゃがみ込み、スカートをそっと捲って尻を見た。
いい尻だった。
小柄な少女の、しかし魅惑的な膨らみを持ったほどよい尻は、可愛いショーツを内側から膨らませ、二つの尻山の境目には微妙な皺を刻んでいる。ゴムの部分が微妙に食い込み、少しだけぷにりとなった尻肉を見ていると、思わず手を触れたくなってしまった。
だが、いくらなんでも、肌に直接触れては気づかれる。
触るのは堪え、撮るだけで我慢しようと心に決め、男は改めてスマートフォンを撮り出し何枚も何枚も、執拗なまでに画像枚数を増やしていく。存分に撮ったところでスカートから手を離し、改めて隣に立つフリをして、今度は横顔を撮影した。
どんな顔をした子の下着なのか、それを明らかにしておく方が、後でゆっくり堪能する際に燃えるというものだ。
円城仁音。
それこそが、知らず知らずのうちに盗撮された少女の名前である。
仁音にとって、これからの数日間は果たして全て厄日か何かか。
たった今、見知らぬ男に下着を見られ、こうして撮られてしまっただけでなく、彼女にはまだまだ最悪な出来事が待ち受けている。
これはそんな恥ずかしい体験の数々を紹介していく物語だ。
さて、それでは早速、次の出来事を見てみよう。
*
円城仁音は本が好きだ。
それは書店で気になる本を探して、立ち読みなどしていたことからも明らかだが、仁音にとっての不幸は、他にも書店がある中で、あの店を選んでしまったことにある。それは盗撮の件だけでなく、これからの出来事にも関係していた。
仁音が訪れたビルなのだが、その道のりの途中には傾斜の高い階段がある。そのほどよい角度を上がるミニスカートの女の子がいたならば、下から簡単に覗けてしまうわけなのだが、だから女の子は後ろを手で押さえながら階段を上がることがある。
仁音も当然、そうしていた。
だから上る時に関しては、特に何も起きることなく済んだのだが、問題はビルを出てから、下る時になって起きるのだった。
仁音は書店を出た帰り道についていた。
気になる本を見つけて手を伸ばし、どんな内容なのか確かめようとページを開くと、そのままのめり込んでしまって、つい長々と過ごしてしまった。財布の中身を思って頭を悩ませ、買うか買わないか迷い込んだ末の答えは、結局は我慢してそのまま店を出るというものだった。
本当は買っておきたかった気持ちから、未練はありつつも本棚に商品を戻しての、今この帰り道というわけである。
もう少しお金があれば、あるいは本の値段の方が安ければ、とにかく買いやすい状況であったなら、といった思いが頭の中に巡っている。
そんな仁音は今、微妙に油断していた。
階段を降り始めて、その傾斜にも関わらず、特別な警戒心を抱いていない。そもそも、後ろからならともかくとして、正面から腰を低めて覗いたり、堂々とカメラを差し込もうとする男がいるとも思えず、今はあまり気を遣っていなかった。
その油断の状態で、仁音は一段ずつ足を下ろしている。
前からも中年の男が上がってきて、二人はそのまますれ違おうとしている形であった。中年の方は特別仁音のことなど意識せず、だから仁音もただの通行人に対して何を思うこともなく、ただただ階段を降りていた。
だが、その時だった。
お互いの距離が近づき、あと一メートルですれ違う時になり、それは唐突に起きたのだった。
ビュゥゥ!
と、無風だったはずの今日の気候で、それなのに突発的な強風が後ろから、背中に突き刺さらんばかりに勢いよく吹き込んで来た。ならばスカート丈は尻にべったりと張りついて、手前側の方はどうなるか。
「や……!」
スカートは盛大に捲れ上がっていた。
その唐突な出来事に、中年は驚きながら目を奪われ、ショーツに視線を釘付けにしてしまっていた。
そして、仁音はそんないやらしい視線に即座に気づくことができないまま、まずはただただ驚愕に囚われていた。あまりにも突然であるせいか、頭が真っ白になり、すぐには手でスカートを押し戻し、下着を隠そうとする反応が取れていなかった。
といっても、それを正確な時間で表せば、ほんの二秒か三秒といったところか。
仁音はそれからハっと気づいて、大慌てで両手を使い、叩きつけんばかりの勢いでスカートを押し戻す。両手を太ももに押しつけて、力いっぱいスカートを抑え込んだ時、ここで初めて仁音は気づく。
ニヤァァ……。
と、気持ちの悪い笑みがそこにはあった。
いやらしい目つきそのものの、鼻の下を伸ばした中年が、唇をU字に変形させんばかりにニヤけているのだ。あからさまにニヤニヤとした嬉しそうな表情に怖気が走り、他人に下着を見られた事実にも顔が赤らむ。
さらに仁音が気づいたのは、その手にスマートフォンが握られていることだった。
事実としては、単に歩きスマホをしていただけで、ものの数秒とない出来事に対してカメラを起動する暇はない。そこに映っている画面は、ソーシャルゲームおけるステージの自動周回に過ぎなかったが、仁音にとってはそういった問題ではなかった。
もちろん、後から冷静になって考えれば、仁音にもわかるだろう。
まさか写真を撮られている余地などありはしないと、そう思い至りはできるはずだが、しかし今この場では慌てていた。頭が真っ白になった直後に、また次の驚きで真っ白に、仁音はそのスマートフォンから盗撮を連想してしまっていた。
それは心理的な問題と言えた。
下着がはっきりと見えてしまって、その直後に目にしたものが、スマートフォンを持った中年だった。その連鎖がまさかの予感を無意識に呼び起こし、撮られている可能性について考えてしまう結果として、仁音はより一層の恥辱感に囚われたのだ。
(く、下らない……!)
仁音は唇を引き締めながら、すぐに俯き、さっさと階段を降りて行こうとする。
さも何事もなかったように振る舞って、どこか体面を保とうとしていたが、赤らんだ顔さえ見れば恥じらいは明らかだった。
(なに? あのばかえっちは……何がそんなに嬉しいんだか、どうせネットでもっと過激なものが見られるのに、喜びすぎで馬鹿馬鹿しい……アホみたい……)
階段を降りきって、歩道を歩き始める仁音の頭には、つい先ほどの中年に対する罵倒に溢れていた。
(だいたい、紛らわしい……なにも、あんなタイミングでスマホなんか持ってなくても……)
顔は赤いままながらに、少し歩けば冷静な考えも浮かび上がって、都合良く撮れているはずがないことに思い至るが、先ほどの感覚が綺麗に消えてくれるわけでもない。撮られた気になった瞬間の恥辱感は、まだまだ余韻として胸中に漂ったまま、仁音の脳裏には悪い想像まで浮かんでいた。
もしもあのスマホが動画モードの状態で、それを下着に向けられていたら?
おかしな考えなのはわかっている。
用もないのに動画を撮りながら歩く人間など、普通はいるものかと思いはするが、見られたショックを引きずるせいか何なのか。たとえ無理のある想像であっても、もしも撮られていたらと思う気持ちはどうしても浮かび上がって、それが仁音の中にいつまでもいつまでも恥辱感を漂わせる。
仁音はこの日、始終この出来事を引きずることになる。
そして、家に着く頃にもう一度……。
ビュゥ!
強い風音を聞くなり、仁音はすぐさまスカートを押さえていた。危うく前が捲れると思い込み、両手共々、前側を抑え込み、しかし咄嗟の反応に対して捲れたのは後ろであった。
「うそ……!」
またしても、大胆に捲れ上がった。
すぐさま両手を尻に移して、誰かに見られはしなかったか、即座に振り向き確認する。幸い目撃されずに済みはしたが、心臓の飛び出そうな思いがして、もうしばらくのあいだは鼓動が激しく高鳴っていた。
*
学校でのこと。
私服登校を可能としている校内で、廊下に固まる男子を見るなり、円城仁音は冷ややかな視線を送っていた。
(ばっかみたい)
朝の登校時間帯、教室に向かって廊下を歩む仁音だったが、その男子の固まりは実に邪魔くさいものだった。無駄に広がり、道幅の近くを塞いでゲラゲラと笑っている。しかも通りすがる際に聞こえた言葉の中に、女子の胸だの下着だの、下らない単語が入り交じっていたので、さっさと距離を取りたいとばかりに仁音は早足になっていた。
(くだらな、関わりたくない)
何をあんなに大きな声ではしゃぐのか。
呆れながら教室の席につき、本でも読もうと思った時、近くの席の男子達からいくらかの声がかかってきた。
「おはよう。円城さん」
「ん」
「おはよー」
「うん」
「おはよってば」
「はいはい、おはよー」
三人ほどから一斉に挨拶されるも、仁音はそれらに見向きすることなく、一応の反応だけを返して小説のページを開く。
(そんなに仲良くないでしょ、あたし達)
さしてよく喋るわけでもない、たまたま同じ教室で過ごしている程度の相手なのだが、特定の男子には何故だかたまに挨拶される。そのたびに似たような反応しか返していないが、適当にあしらってみたところで、こうした挨拶が完全に途切れる気配はない。
もっとも、それ以上の害は特にないので、この三人に関しては特に言うことはないのだが。
「おっはよー!」
「……うっさ」
やけに大きな声を上げながら、実に元気そうに現れる一人の男子に、仁音は小さな声でぼそりと言った。
特定の誰かに対するものではない、教室全体に向かっての大声は、仁音に言わせれば騒音の域に達していた。
その太った男子というのは、クラスで一番品がない、教室で堂々と猥談を繰り広げ、AVの話まで始める奴なのだ。仁音としては、そういった手合いに対しては、何か不潔なものでも前にしたような、引いた顔しかできないのだ。
(デブバカ、うるさい)
関わりたくない筆頭だ。
さっさと本に集中して、文字の世界に心を静めてしまおうと、仁音はページに意識を注ぐ。章の区切りの部分まで読み進めていた小説は、ちょうど話の切り替わりの地点から始まって、仁音はその物語にみるみるうちに飲み込まれる。
ほどなくして、仁音は集中しきっていた。
もう周りの話し声も気にならず、デブバカがいくら大声を出していようと届かない。夢中になりきることで、だから仁音は本当に気づいていなかった。
脚が、開いていることに……。
仁音のスカートは決して短すぎるほど短いわけでなく、普通に座ってさえいれば、多少の開脚程度で中身は見えない。そもそも、膝を左右に広げれば広げるほど、開いた股のあいだにスカート丈は垂れ込むので、そういった覗け方は滅多にしない。
だが、今の仁音には本人も気づかない偶然が起きていた。
丈がたまたま寄っていたのだ。
座る前後の揺らめきと、さりげなく手でスカートに触れた際に起こった奇跡的によって、丈が短く縮んでいた。布が山なりに盛り上がり、T字状の折り畳みが出来上がることにより、いつもよりも広く太ももが見えている。その上で膝が微妙に開いた結果、覗きさえすれば中身を見ることが可能であった。
椅子に座った状態のスカートは、約半分が尻の下に敷かれている。
その状況も手伝って、開けた股のあいだに垂れるどころか、むしろピンと真っ直ぐに引き延ばされようとしていた。
そうなる原因としては、座る際に折れ目が出来ていた点もある。スカートの横側、端の部分を微妙に折り畳み、折れ目を脚の下に置くことで、布の量に余剰な分がなくなって、少し引っ張るだけで伸びやすくなっていた。
布にゆとりがなければ、股を開けば開くほど太ももの隙間に陥没していくことにはならず、むしろ脚で左右に引っ張る形になってしまう。
今の仁音に起きているのはそれなのだ。
大胆すぎる開脚などしてはいないが、それでも偶然の形によって、下着の色を確かめうる状況は出来上がっていた。
「ほー?」
仁音はその関心したような声に気づいていない。
気づくも何も、本に集中しきっているために、喧噪が耳に入っていないのだ。
「ふむ、白ですか」
それは先ほどのデブバカの声だった。
男子同士でのお喋りのため、席を移動した彼は、そうして仁音の座るすぐ近くにやって来ていた。たまたまスカートの具合に気づき、これはもしやと思って覗きに行けば、下着の一部が期待通りに見えていたわけである。
実際には水玉模様の入った白の、デブバカに見えうる範囲の箇所は無地だった。
仁音はまだ、気づいていない。
あるいはそのままなら、最後まで視姦しきって、バレることなく終わることすらありえていた。少しずつクラスメイトが増えていき、喧噪が強まる中で、運の良いことにデブバカの様子に気づく女子がいない。
それは奇跡の積み重ねで成り立っていた。
お喋りのためにグループ同士で固まって、それが上手いこと壁となる。友達との時間を楽しみにしている人などは、そちらに視線が誘導されてしまっている。デブバカを視界に入れかけた誰かがたまたま後ろから声をかけられる。
豪運としか言いようのない要素が連なり、覗き放題となっている。
デブバカの所業に気づく者はゼロではないが、気づいた者に限ってニヤニヤしながら見過ごして、後で色を教えてもらおうなどと考えている。心の中では写真を撮れとすら思っているような手合いもいる。だから覗きを注意しに行くクラスメイトが一人もいないわけだった。
そのうち、デブバカは本当に写真を撮ろうと画策していた。
スマートフォンを取り出して、ライト機能まで使って撮る行為は、周囲にバレればどれほどの非難を受けたり、軽蔑されることになってしまうか。それを思えば、こんな大胆なことは出来ないのが普通の常識的な神経の持ち主だが、このデブバカは悪い意味で神経が図太く、こうした犯罪まがいの行為に踏み切る勇気を持っているわけだった。
デブバカの持つ画面に下着が映る。
膝を手前に、脚と脚との狭間にわずかに見える白い布が、確かにフレームに収まっていた。
そして、シャッターを押す。
その撮影時の音声さえも喧噪に掻き消され、本に集中しきった仁音の耳には届いていない。
「マジか? へへ、いいもん撮ったぜ」
デブバカはすっかり得意げになっていた。
しかも、まだまだバレていない。周りの様子を窺うと、気づいている男子はこぞってデブバカのことを応援しており、だからデブバカもいい気になって撮影を繰り返した。
繰り返し、撮影のタップを行った。
似たような写真が何枚も何枚も、手ぶれによってミリ単位で角度が変わっただけの画像ばかりがフォルダの中に蓄積していく。何のバリエーションもなく、微妙な光加減の選別くらいでしか枚数を撮る意味がない。
シャッター音声を鳴らせば鳴らすだけ、発覚のリスクは上がっていくのだが、デブバカはそんなことも忘れて撮り続けた。
撮る行為自体を楽しんでいた。
この二度とないかもしれないチャンスに向け、撮影のタップをすること自体がデブバカの中では娯楽と化していた。
やがて、その時だった。
「なっ、な……な……な……な……!」
デブバカはやりすぎた。
せめて、もう少し早く切り上げていればよかったところ、とうとう仁音はそれに気づく時が来た。切りの良いところまで読み進め、ホームルームに備えて本を閉じたところでシャッター音声が聞こえた結果、自分の前にしゃがみ込むデブバカの所業に目がいったのだ。
やっとのことで集中が途切れた矢先、そこに男子がしゃがみ込んでいた形になるわけだった。
仁音は動揺しきっていた。
何やってるの? ば、バカなの!?
こいつバカなの!?
何なの? 何!? 何!? 何!?
仁音の中で鼓動が激しく高鳴る一方で、逆に気づかれたことに気づいたデブバカは、引き攣った苦笑の顔で仁音のことを見上げている。彼の置かれた心境は、言ってみるなら憤怒の鬼を前にして、かえって笑うしかないようなものだった。
そして、動揺しきっていた仁音の顔は、ふとした瞬間から急速に染まっていく。
仁音はまず最初にに衝撃を受け、頭を真っ白にした上にパニックめいた状況に陥りながら、似たような単語ばかりを心の中に反芻させていた。
それがしだいに、自分のされていたことへの正しい状況が見えてくればくるほどに、下着を見られた可能性で羞恥心が湧いてきたのだ。今になって太ももを閉じ合わせ、スカートも素早く手で押さえているものの、もうとっくに見られた上に、中身を撮られた後だった。
「このえっちばか! 変態! 死ね!」
仁音は大声でデブバカを糾弾した。
すると教室中の視線が二人に集まって、揃って注目の只中に立つことになるのだが、怒りに夢中になった仁音は周りのことなど見ていない。ただただ、このデブバカを許せない思いだけで声を荒げる。
「え、ええっと、わたくしは何も……」
「嘘つくな! 性犯罪者!」
「誤解である! まことに遺憾である!」
「いいから謝れ! 写真も消せ!」
バン! と両手で、机を叩きながら立ち上がり、その勢いにデブバカは気圧される。
しかし、仁音はどこまでも不幸であった。
その瞬間、教室に風が吹き込んだ。
窓が開いていたのだ。
しかも、この時の仁音は椅子から立ち上がり、前のめりとなっていたことで、腰はくの字に折れていた。少しばかり尻を突き出した状態で強風がスカートを捲ったら、一体どれほど尻が見えやすくなることか。
ばさりと、大胆に丈が持ち上がっていた。
急な風にクラスの誰もが驚いたり、乱される髪を気にしたり、机の物が飛ばないように気を遣う。それぞれの反応が広がる中で、仁音はぎょっとした顔のまま、たった今までの怒りも忘れて固まっていた。
では仁音の後ろに座っていた男子はどうか。
スマートフォンを手にした状態で、目の前に見えたショーツの尻に釘付けになっていた。
捲れていた数秒感、ずっと目を釘付けにしたまま、スカートが元に戻ってなお、まだ中身が見えているかのように夢中で視姦してしまっていた。どこか衝撃でも受けたような、すっかり丸まった瞳で見つめ続けての、呆然とした顔での視姦であった。
恐る恐る仁音は振り向く。
その男子と仁音とで、目が合うことになる。
「ねえ……それ…………」
仁音の言う「それ」がスマートフォンを指しているのは、男子からすれば空気でわかる。
「ち、ちが……!」
この男子の場合、本当に違った。
彼は今までスマートフォンでSNSに夢中になって、その最中に前の席で仁音が大声を出したため、驚いてそちらの様子を窺っていた。その矢先に風が吹いたわけであり、そう都合よくカメラに切り替える暇などなかった。
本当に撮ろうともしておらず、意図的に覗いたデブバカと違い、こちらの男子は本当に偶然見ただけの身であった。
「このえっちばか……!」
だが、仁音も仁音で耐えかねていた。
デブバカから続け様にこれでは、心はすっかり荒れ模様となるのであった。
*
その帰り、電車の中。
学校での出来事を引きずって、まだ荒っぽい心のままつり革を掴む仁音は、思い出すたびに腹を立て、苛立ち混じりに握力を込めていた。
(ほんっと、最悪……)
不機嫌に歯を食い縛っていると、恥ずかしかった気持ちまで蘇る。
(もうやだ……)
少なくとも二人には、もしかしたらもう数人には下着を見られた。そのうち一人に至っては撮影しており、詰め寄って消させたはいいものの、どうにかコピーを保存して誤魔化していないとも言い切れない。
もう一人の、後ろにいた男子に関しては、その時は慌ててしまったものの、冷静に考えればカメラに切り替える時間はなかっただろう。
もっとも、間近で見られたことには変わりなく、もう本当に気分は最悪そのものだ。
胸が荒れたまま、物に当たるなり、頭でも搔きむしりたい気持ちのままに、仁音は電車に揺られていた。
……背後に忍び寄る気配にも気づかずに。
満員にはほど遠いが、席はおおよそ埋まった具合の電車内で、たったの一箇所や二箇所だけが空いていても、わざわざ人の隙間に入る気にはなれない。窓際も空いていなかった結果として、仁音はつり革を掴んでいるわけだった。
その周囲が大学生で固まっていることに気づいていない。
前の席、後ろの席、左右や後ろにいる男達の大半が、なんとなく同じ年齢層の顔ぶればかりだとは思っても、まさか同じ学校の同じサークル同士の集まりだとは、面識のない仁音にはわかりようがない。
たまたま同じ車両に乗っただけの赤の他人だ。
いちいち、気にも留めない。
だが、彼らはお互いにニヤニヤし合っていた。
席の離れた向かいの者同士でも視線を合わせ、何やら笑っている様子なのだ。
何かを目論むように、これから起きることが楽しみでならないように笑った顔が、知らず知らずのうちに仁音の周囲に広がっている。
仁音は窓の景色を見るばかりで、大学生達の様子には見向きもしない。
そして、背後の男がスカートを捲っていた。
持ち上げたスカートから、割れ目に布の食い込んだショーツの尻が現れる。丸っこくも可愛らしい膨らみから、少しの肉をはみ出した魅惑の尻は、薄桃色のドット柄を散りばめていた。
つまり、集団痴漢だ。
痴漢のイメージにあるような、尻に触る行為でこそないものの、こっそりとスカート丈をつまんで持ち上げている。しかも座席の大学生は、スマートフォンのカメラまで向けて盗撮していた。立派な犯罪行為だが、しかし彼らはそういったタイプであった。
気になる女の子には積極的に声をかけ、いかにしてヤるかを画策したり、飲み会に誘って酔い潰すか。そうしたことばかりを考える集まりで、この手の行為に対する罪悪感は欠片もなく、むしろ冗談のように面白がっている始末だ。
まだ、仁音は気づいていない。
「……?」
ただ、仁音は目の前に座る大学生をふと気にした。
(何笑ってるの?)
人の顔を見てニヤニヤしている――ような気がする。
見ず知らずの人間にそんな顔をされる覚えはないので、気のせいだといいのだが……などと考えている仁音だが、しかし大学生らの面々は、スカートの後ろ側が捲れたその状況が面白くてたまらずに、それが表情に出ているわけだった。
仁音の正面、三人ほど並び座った三人組は、ふとした拍子にそれぞれのスマートフォンを取り出して、その画面を確認する。
(お? 来た来た)
(可愛いもん穿いてるねぇ?)
(いいケツじゃん?)
それは仁音から見た背後側の座席から、仲間から送られてきた画像を見て喜んでいる表情なのだ。そんなことはわからない、まだスカートが捲られていることにも気づかない仁音には、それは不可解な顔付きにしか見えないのだった。
(なんなの? さっきから変な顔して。くだらな)
仁音はそれを冷ややかに見ていた。
まあいい、どうでもいい。
彼らが何を面白がっていようとも、自分には関係のないことだとばかりに思っていると、仁音はふとした拍子に驚愕した。
窓に背後の大学生が映ったのだ。
電車がトンネルを通過することで、窓ガラスの向こうが真っ暗に、黒鏡となって景色が反射しやすくなった瞬間に、仁音の目にそれは飛び込んで来た。
ありえないポジションである。
満員電車であれば他人の真後ろに立たざるを得ないだろうが、立って過ごす分には他にいくらでもスペースがある。せいぜい席が埋まりかけになっているだけの混雑具合で、あえて他人
しなくてはいけない理由が何かあるのか。
仁音の脳裏に浮かぶのは『痴漢』の二文字であった。
尻を触られている感覚こそないものの、やましい気持ちで後ろにいるのではないかと感じた時、背筋にぞくりと悪寒が走る。
(やだ……)
仁音は恐怖していた。
年上の、それも肩幅の広い男の接近は、不快感や恥辱感といったものより、まず恐怖こそを煽ってきた。
(どうしよう……!)
とても強気には出られない。
いいや、そもそも何かをされているとは限らない。ただ不愉快なポジションに立たれただけで、触られているわけでも何でもない。気にしなければそれまでのはずであると、スカート捲るに気づかない故に、仁音は必死に思おうとしていた。
だが、そんな仁音に対してだ。
(や……!)
前の座席に座る三人組が、それぞれのスマートフォンを見せつけてきた。
それは仁音の尻だった。
後ろ側からスカートを捲られて、それを盗撮した写真を本人に見せつける。わざわざそんな真似をする目的は、彼らが仁音の反応を楽しみたいからに他ならない。
(やだ……!)
仁音は一気に赤らんでいた。
スカートの持ち上がった自分自身の後ろ姿に、急速に羞恥心が膨らんで、頬がすっかり赤く染まり変わっていた。
「かんわいー顔すんねー?」
「どこで買ったパンツかなー?」
「触ってあげよっかー?」
からかい混じりの言葉までかけられて、仁音は屈辱に苛まれる。
しかし、強気な言葉を返す勇気が出ず、俯くことしかできずに下を向いた時、背後の男が本当に尻を触ってきた。
「や……めて…………」
声が震えていた。
そして、そんな怯える様子ですら、男達にとっては可愛くて見応えのある反応の一つでしかないのだった。
*
電車はその数分後に駅に着き、幸いにもそこで降りる予定だった大学生達は、ぞろぞろと消えていく。
一人残された仁音の肩には、どんよりとしたものがかかっていた。
「最悪……最悪……!」
本当に厄日か何かだ。
仁音の心はますます荒れて、もう何もかもがたまらない。尻にも触られた余韻が残り、指が食い込んできた時の、手の平の形が如実に浮かぶ。
一刻も早く忘れたかった。
いいや、それどころか、過去そのものを消し去って、出来事自体をなかったことにしたい思いでいっぱいになるのだった。
*
これが円城仁音の体験した最悪の出来事の数々だった。
しかし、まだこれでは終わらない。
不幸の星に生まれた仁音には、まだこの先にも似たようなハプニングが待っているのだ。
前編
過疎化している地方では、その土地の有力者達が会議を開き、なんとか町を活性化させられないかと案を出し合っていた。
アニメ作品とのコラボ、ソーシャルゲームとのコラボ、地域の宣伝において、そういった企画が珍しくはない時代、当然のようにそれらの案も議題には上がっている。
しかし、議員の一人が行う発言から、この土地はアニメの舞台になった経験がなく、聖地巡礼を行うオタクはターゲットに出来ない事実を述べる。よって、観光地や特産品などのアピールが有力である論を述べ、会議はそれが中心の流れとなる。
観光資源があるのなら、それを擬人化したソーシャルゲームとのコラボはどうか。
競馬や温泉の美少女化が行われる今の時代なら、観光地の美少女化も地域活性化に即した立派な企画となるだろう。
もっとも、その案は既に実行されている。
まさにそういったソーシャルゲームからの話が舞い込み、観光地の使用許可を出したことはもうあるのだ。
それにゲーム会社がゲームを作るのは当然でも、地方行政の企画でゲームを立ち上げ、ゲームの宣伝を始めるところからスタートするなど、地域の宣伝としては遠回りもいいところだ。ならば単にイラストレーターを雇い、いくつかの美少女化を試すのが関の山だが、それとて試したことはある。
あれはやった、これもやった。
この会議はそういった状況の中で開かれただった。
それらの効果は皆無ではないものの、あまりに微々たるものである。その微々たる効果でもいいから、まだ他にアイディアはないものか。若手議員から老人まで、多くの大人が頭を捻り悩ませている。
「アイドルを招く、というのはどうでしょう」
そんな中で、それはまだ一度も試されたことのない、初めての企画であった。
架空のキャラクターに頼るのでなく、知名度のあるアイドルを地方興行に起用して、この土地を宣伝してもらう。
会議の場は皆がそれに食いつく流れとなり、では実際にどこのどんなアイドルなら招くことが可能であるか、話はそういった路線に進んで行く。
そして…………。
*
遥かに何万光年も先には、トゥーサッツ星と呼ばれる知的生命の栄えた惑星がある。科学文化の発展したその星では、地球人が車やバイクを買うのと変わらない感覚で宇宙船を購入し、ドライブ感覚で異星への旅行を行う。
ワープ航行の発達は大きい。
気の遠くなるような途方もない長距離でも、その技術さえあれば到達できる。しかも一般人にも手に入る宇宙船にも搭載され、金さえあれば手に入るのだ。ならば異星旅行が気軽なものとなるのも当然で、様々な旅行者達の中には特定の星を好む愛好家なども誕生している。
地球は一定の人気を誇っていた。
理由は可愛い女の子だ。
トゥーサッツ星人はシリコンめいた質感の白い肌に、両手からは鋭くツメを生やしつつ、唇からは牙まで覗く。地球人類とはおよそかけ離れた姿をしており、生物ならば同種を好むのが普通であろう。
人種が違うだけならともかく、人と動物が交尾して子供を作ることはない。
人型でこそあれども、トゥーサッツ星人と地球人はそれほどまでに異なる生物である。犬が魚に欲情するか、猫が馬や牛と交尾したがるか。そのようにして、異星人を性の対象と見る感覚は、本来ならばかなりの特殊性癖である。
そのはずなのだが、どういうわけか地球人の女の子は、トゥーサッツ星人の心をくすぐる。地球の写真や映像を集め、販売する業者が現れると、たちまち莫大な利益を成すほどには、大きな人気を確立しているわけだった。
もっとも、実際に地球を訪れるトゥーサッツ星人は限られている。
いかにワープ航行といえども、シンプルに遠いのだ。
国内旅行なら気軽に出来ても、海外となると距離や言葉の壁が気になるように、実際に地球に行きたがるトゥーサッツ星人は少数派だ。ワープ航行に使用する燃料は、他の近隣の星へ行き来するより遥かに量を消費する上、地球には国ごとに複数の言語が存在するという、実に困った問題にぶち当たる。
普及度で言えば英語だが、興味のある国によっては別の言語を学ばなくてはいけなくなる。そこに面倒くささやハードルを感じてしまうトゥーサッツ星人は多いのだが、しかしとあるは違った。
「地球のアイドルを見てみたい!」
「色々と遊んでやりたい!」
「いくしかあるまい!」
「今こそ出発の時!」
地球の少女に恋い焦がれ、ついには自分自身で地球の地を踏み、そこにいる女の子を見てみたいとする仲間同士が手を取り合い、ここに一致団結していた。
彼らは向かう。
四人で宇宙船に乗り込んで、目的の少女を目指してワープ航行を開始する。
樋口円香、浅倉透。
その二人こそが彼ら四人の目当てであった。
地球産の画像集を購入して、その二人を目にした時、過去に見て来たどの少女に対してよりも胸ときめき、もういてもたってもいられなくなったのだ。
彼らが純粋だったなら、これから起こる数々のハプニングなどなかっただろう。
一目会えれば満足、言葉を交わせば、握手が出来れば、そういった可愛い願望ならば、アイドル相手に正式に実現して、何も問題を起こさず帰ることにもなっただろう。
しかし、彼らは邪な願望を抱いていた。
パンツとか見てみたい。
彼らはそんな願いを叶えるため、大真面目に作戦を立てて実行する。
*
そして、あらゆる工作の末、彼ら四人はとある田舎の行政に雇われていた。地域の案内や撮影に広報といった活動を幅広く行うため、公的な業務に奔走し始めたのだ。
どうして、アイドルのパンツを見てみたいような願いのため、わざわざ地球の仕事に潜り込み、地域活性化を手伝う真似をしているのか。
それも全ては作戦の一環である。
まず第一に、地球人に成りすまさなくては、正面から堂々と顔を合わせることはできない。
元の姿を曝け出せば、トゥーサッツ星人は地球では化け物扱い。
出来の良いコスプレと見做されればまだいいが、爪と牙を生やした異星人など、地球人の感覚からすれば立派なクリーチャーである。この問題を解消して、正面から顔を合わせようと思ったら、人間に化けてしまうのが一番早い。
彼らには外見を変化させる能力がある。
地球人に成りすますことは造作もないが、加えてさらに身分まで獲得して、仕事でさえも手に入れていた。
愛野、津馬、土良井、火亜――。
地球で便利に過ごすための身分は、そういった需要を見込んだ同じトゥーサッツ星人の業者から購入できる。他にも地球人に成りすました宇宙人の伝手を使い、政治や芸能界で仕事をする者から情報を集めれば、目当ての二人の動向も簡単に掴むことができた。
樋口円香と浅倉透の二人には、地方行政からの声がかかっている。
地域の宣伝に悩む行政からの話を聞き及び、283プロのプロデューサーはさっそくアイドル達のスケジュールを確認して、二人に任せることに決めたという。
と、この情報を掴んだからには、四人は何としてもそれを出迎え、案内する立場についてやろうと根回しを行った。もっぱら金と伝手で身分を貰い、現地にも潜んでいた同じトゥーサッツ星人の仲間からも協力を得て、目論見通りの立場を手に入れた。
そればかりではない。
邪魔なプロデューサーをどかすため、他にも仕事が舞い込み忙しくなるよう工作して、同行を阻止したのだ。
二人はプロデューサー不在の中、待ち合わせの駅に立つ。
それを愛野が出迎えるわけだった。
*
地方活性化のための活動などという仕事に抜擢され、わざわざ新幹線にまで乗って、遠出をすることになった。
(浅倉と、二人で)
待ち合わせはどんな格好でも構わないということで、樋口円香は隣の連れと揃って制服を身につけている。白いワイシャツ姿だが、内側にキャミソールを着ていなければ、中の下着が透けてしまう。
「浅倉ー」
「ん?」
ぼーっと何かを眺めていた短髪少女の、ボーイッシュな顔立ちが円香を向く。
お互いスカートを穿いているが、もしも透が少年らしい装いなら、傍からカップルに見えたりでもするのだろうか。
「田舎ってどう思う?」
「んー……。とりあえず、田んぼあるよね」
「あー。あるね」
「あとは、畑? それと、無人販売だっけ。なんか野菜だけ置いてあるやつ」
「あるねー。なんか、そんなの」
田畑そのものを見かけない大都会の暮らしでは、そういった田舎特有の景色とは無縁の日常を送っている。お盆休みにおばあちゃんの家へ行った時だとか、あるいは何かのドラマや映画で見た時にしか、田舎らしい風景というものを見ない。
もしかしたら、テレビや映画を通して見た回数の方が、実際に見た回数よりも多いかもしれない。
「でさ、浅倉。散々思ってることだけど、私達が地方のアピールって、向いてると思う?」
「……うーん。どうだろう」
「田舎の良さ? そんなのよくわかんないっていうか、自分の町の良さだって、急に聞かれてもわかんないじゃん」
「だねー。私も、わかんない」
「ま、用意された脚本に従って、食べ物が美味しいとか、観光地がいいところだって、そんなことを言っておけばいいんだろうけど」
まず、そういった言葉が心から出ることはないだろう。
あくまでも、番組や動画撮影といった仕事に沿って、企画通りの台詞でも言えばいい。アイドルの樋口円香や浅倉透という看板があれば、とりあえずファンの目はそちらに向く。そのうちのたった一割でも、次に行く旅行先としてその土地を選んでくれれば、まあ成功といったところなのだろう。
「っていうか、さ。エアコン、欲しいね」
透は胸元の汗を気にしながら、急にそんなことを言い出した。
「だね」
それには円香も同意する。
七月の夏の陽気で、遠くの景色が熱気のせいで揺らいで見える。炎天下に晒されていようものなら熱中症は間違いなく、既に老人が亡くなったニュースをいくつか見た。駅構内では陽射しだけは避けられるが、暑さだけはどうにもならない。
予定の新幹線が現れる。
しだいしだいに速度を落としていきながら、目の前に流れ込んできた新幹線の窓の中には、乗り込んでいた乗客達の様子が見える。それぞれ荷物を手に取って、ドアが開くなりぞろぞろと吐き出される。
この降車が終わっても、すぐに乗ることはできない。
次の客を乗せる前に、清掃員による車内清掃が始まるのだ。
「早く乗せろー」
小さな声で、透はやる気のない野次を飛ばして見せる。
円香も気持ちは同じだ。
つい数十分前までは、構内の店を眺めて回って時間を潰していたが、涼しい空気の中から出ていくと、一変して蒸し蒸しとした不快な空気の中に立たされる。エアコンのある世界と、ない世界で、見えない境界線でもあるように、一歩外へ出た瞬間から熱かった。
エアコンの冷気が馴染んでいた肌には、蒸し暑い空気は不快感が割り増しで、今さっきまで身を包んでいた涼しい空気が既に恋しい。
「待ち合わせの人、そろそろだっけ」
「あー……。そうだっけ?」
ぼんやりとした返事を聞くと、透の頭には今日のスケジュールはきちんと入っているのだろうか、などと思ってしまう。
その時だった。
「やあやあ! お二人さん!」
一人の小太りの中年が小走りで迫って来る。
二人の前で立ち止まると、今の走りだけで息切れしてか、やたらに肩を大きく上下に動かし、激しい呼吸音を立てながら、ハァハァと息をしていた。
額に汗が浮かび上がり、シャツも汗ばんでいるのはまあいいだろう。この時期に外を歩いていれば、自然とそうもなるのだから、それは気にしても仕方がない。
ただ、この小太りの中年は白いシャツを着ていた。
(……うわ)
汗ばんだ胸元に腹のあたりから、微妙に薄らと、濃い毛が透けて見えている。
さすがにみっともない。
肥満のせいで、その胸はまるで乳房が垂れ下がったようになり、腹もベルトからたるんではみ出そうな勢いだ。そんな体格で脂っこい汗をかき、息を乱した真っ赤な顔でこちらを見てくるのだから、あまり印象が良いとは言えない。
「プロデューサーさんから聞いているかな? 私が愛野です」
仕事について、必要な話はある程度事前に聞いている。
プロデューサーは多忙で同伴できないため、代わりに二人を案内するのは、現地での地域広報の担当でもある愛野である。
「おはようございます、愛野さん。プロデューサーからお話は伺っています」
円香が率先して挨拶する。
「今日はよろしくお願いします」
透がそれに続いていった。
「いや、どうもどうも。ははっ、こんな時期なのでラフな格好をさせてもらっているけど、さすがに透けちゃうね。ほら、オジサンのセクシーな体が見えちゃいそうだし、二人もきちんとキャミソールは着ているのかな?」
「え? あぁ……」
透は引いていた。
(うわぁ……)
円香も、内心引いた。
人のワイシャツの中身を覗き見て、色を確認してくるかのような、いかにも露骨な視線を向けられては、不快感の一つも湧いて来る。その目つきもどこか下品で、いやらしい気持ちがありありと伝わって来た。
この人はあまり良くない男だ。
初対面でこれなど、きっとまともな大人ではない。
「うん! キャミはしっかり着てるみたいだね? ああ、ほら! ちょっぴり透けているみたいだから、キャミがなければブラジャーが見えちゃっていたかもねぇ?」
「えー……」
透はとりあえず半笑いで誤魔化しているが、明らかに嫌がっている。円香はもう少し険しい顔を浮かべて、不快感をそこまで真面目に隠してはいなかっいた。
(いや、ありえない。さすがに気持ち悪いでしょ)
ただの一度の失言に収まらず、二度までもキャミソールがどうと言ってきた挙げ句、透けていることまで指摘してくる。
「スカートも短いね? 今日はちょっと風があるから、スパッツがないと危ないかもねぇ?」
(ほんと、ないんだけど。この人)
第一印象は最悪だった。
笑いながら、さも面白いジョークでも言うように、セクハラじみた言葉をかけてくる。聞くに顔が引き攣りそうだ。
かといって、こちらも露骨な態度で返してしまえば、仕事を持って来たプロデューサーは言うまでもなく、事務所にまで迷惑をかけることになるだろう。
(はぁ、とりあえず我慢か……)
円香は透に目配せする。
すると、透は頷く。
ひとまずの意思疎通は済んだところで、やがて新幹線の発車時刻が迫って来る。いよいよドアが開いて乗車可能となり、三人の指定席へ向かうこととなる。
幸い、席は二座席の向かい合わせだ。
三人並びで座る席だったら、どちらがこの中年オヤジの隣になるか、押し付け合いのジャンケンでもしなくてはいけなかったかもしれない。
*
田舎では電車が数時間に一本、バスも数時間に一本とよく言われる。
では自分達が乗る電車も、降り立った駅のホームにとっては数時間ぶりだったのだろう。都会の喧噪と打って変わって、人がまばらにしかいない静かな駅に下りた後、二人は愛野が駐車場に泊めていた車に乗り、仕事先へ向かっていくこととなる。
それから事務所に到着した後、この広報活動に関わる残る三人の大人達と顔を合わせた。
そして、その誰もが妙に怪しい視線を向けてきていた。
「うーん。やっぱり、二人ともいいねぇ?」
まず真っ先に声をかけてきたのは、津馬という名の顎髭を蓄えた男であった。ダンディチックともいうべき顔立ちで、映画ならそれなりに格好良い役でもやれそうだが、円香や透に対する視線は何か品定めのようである。
(なんなの……嫌な視線…………)
アイドルとしての器量や佇まいを見るというより、もっと下品な目論見のこもった目で、顔から爪先にかけて舐めるような視線を向けてくる。
「透ちゃんは何ていうか、大物みたいなオーラがあるね。世界的な有名人がこんなところに現れたような気分になるよ」
「あー……。どうも、ありがとうございます?」
何故か疑問符を付ける。
「その感じも、プロデューサーから聞いていた通りだね。円香ちゃんはクールで涼しくなる感じ? いやとにかく、お二人を呼んだのはきっと正解だ」
自分達の機嫌を良くしようと、口先ではひたすら持ち上げている。
しかし、信用ならない目つきであった。
(下心、満載過ぎ)
視線がチラチラと胸や脚に向いているのが何となくわかる。
ちょっとやそっとではない。だいぶしきりに見てくるので、さすがに不快感が強くなる。
「うんうん! 二人とも綺麗だよ! お二人に色々とさぁ! 名所とか、お店とか、回ってもらえたら、きっとみんな興味持つよぉ!」
土良井という男はヒョロヒョロとした細身の長身で、頬も痩せこけている。媚びたようなニヤニヤとした眼差しで、既にハンドカメラを握り、二人にそのレンズを向けてくいた。
「あの、もう撮影するんですか?」
円香が尋ねる。
「後で色々と編集してさ、使える部分は使っていきたいから、さっそくだけどカメラは回させてもらうよ? いやぁ、しかし本当に可愛いねぇ? 僕としても、二人に来てもらえたのは最高だと思うよ!」
「はぁ、そうですか」
円香と透は二人揃ってこの土地には興味がなく、円香自身はむしろ不正解だと思っているが、とはいえ二人を指名したのはここの行政だ。自分で呼んでおきながら、わざわざ否定するはずもないだろう。
土良井の視線もかなり不快だ。
胸や脚をチラチラと気にかけて、体を視姦してくる目つきがあからさまだ。その上、ハンドカメラが向く先はワイシャツ越しの胸だった。
(もしかして、透けたところを……)
円香はすぐに胸元を気にしてみるが、クーラーの効いた車内で過ごし、そしてここでも冷房が通っているおかげか、もうとっくに汗は乾いている。透けようとする気配もなく、いくら胸を狙っても、ただのワイシャツの生地しか映りはしないが、だからといって不快感は否めない。
そして、あと一人の男がいた。
「私は火亜といってね。いやまあ、お二人とも遠方遙々、まずはお疲れ様といったところかな」
火亜は頭髪が一本たりとも生えていない、光り輝く頭の持ち主だった。ガタイが良く、服の上からでも筋肉のほどがよくわかる。
ここまで三人が三人とも、何かしらの不快感を煽ってきた。
だったら、この火亜という男もまた、セクハラに近い挙動を取るかもしれない。円香がそれを警戒していると、火亜は二人の前まで迫って来る。
「今日のところは宿で休んでもらって、仕事については明日から取りかかってもらうことになる。お二人とも、明日からよろしく」
当たり障りのない言葉に、何の問題もなさそうかと思いきや、その時だった。
ぽん、と。
火亜は二人の肩に手を置いた。それも励ましのタッチというより、撫でるような触り方で完食を確かめている。セクハラとしか言いようのない接触に引き攣って、円香は咄嗟に後ずさる。
「お心遣い感謝します。ですが、触るのはやめてください」
「おっと、すまない。敏感な年頃の子に気遣いが欠けていたようだ」
「愛野さんにはワイシャツの透け具合がどうとか言われました。あまりそういった言動が多い場合は、事務所の方から正式に抗議させて頂きますので」
「あぁ、そうか。そうだったのか。わかった、彼にはこちらから注意しておこう。そういう部分にはきちんと気をつけるようにするので許して欲しい」
「ええ、きちんとお願いします」
目が笑っている。
誰が気遣いなんてするか、小娘が――と、妄想がすぎるかもしれないが、火亜の心の中にはそんな台詞があるような気がしてきて、どうしても信用ならない。
待ち合わせから今の今まで、不信感が増すばかりだった。
中編
翌日は観光街を巡り歩き、リポーターさながらのコメントをしきりに求められながら、様々な店や景色を回っていく。
服装はラフで構わないということで、特に力の入った衣装を着ることはなく、ワイシャツを新しいものに変えただけで、昨日と同じく学校のスカートを穿いている。コメントに関しても、二人の素の感じが出ていればいいとの話で、無理にそれらしい言葉を捻り出す必要はないとのことだった。
そして、四人揃ってカメラを持ち、その中でも愛野がしきりに声をかけてくる。
――どうですか? お味の方は。
と、お店の食べ物を口にした時は、味の感想を求めてくる。
――ここはちょっとした言い伝えがありまして。
と、神社の前では土地に関する逸話を述べ、それに対するリアクションを何でもいいからと求めてくる。
愛野は司会進行役のように喋っているが、画面の中に映ることはなく、あくまで外側から呼びかけ続けるスタイルらしい。喋る内容はもっぱら何も知らずにやって来た二人に対し、愛野がその都度教えていく形式で、その方が便宜的でやりやすいのだろう。
そのおり、背後に迫る妙な接近の気配に、円香と透はさっと身を引き距離を取る。振り向けば愛野が苦笑いを浮かべていた。
(やっぱり、警戒して正解かな)
不信感のこもった目を向けながら、昨日のうちに交わした透とのやり取りを思い出す。
「はー……すっごく、憂鬱…………」
それは町でも大きな旅館に案内され、円香と透の二人はその部屋で荷物を下ろした直後のことだった。
円香はすぐさま畳に大の字に広がって、ぼんやりと天井を眺めることで、そこまでの心労を癒やしていた。頭の片隅では翌日のスポット巡りについて考えながら、四人の男達に対する気持ちをまとめていた。
「あった。リモコン」
透はそんな円香を余所にして、マイペースにもエアコンのリモコンをテーブルの上から発見して、早速のように起動する。
「透ー」
「ん?」
「なんかさ。あんまり、よくない場所に来ちゃった気がするんだけど」
「えー? いい景色じゃん」
「そうじゃなくって、あいつら。目つきとか、カメラの動きとか、ずっとおかしかった。だいたい、あの時点でカメラ回してるとか、それもおかしい」
ぼやいていると、透は円香のすぐ横に腰を下ろした。
「まあ、そうかもね」
「ぶっちゃけ、帰りたい」
「映画館、ないもんね」
「映画は配信でもレンタルでもいいじゃん」
「配信しか無理そう。レンタルショップなんて、この辺りにはなさそうな気がする」
「ないかもね。観光街っていっても、住宅地からは車で来る距離っていうし、ここら辺が栄えてるだけで、県は山と田んぼと畑ばっかり」
「スパッツでも穿いとく?」
話の流れを急に無視して、通るはそんな提案を挙げてくる。
そういえば、持って来ていたはずだ。
「うん、穿いとこう」
「安心感ってやつ、あるもんね」
実際にスカートの中身を狙われるかどうかは関係無い。
彼ら四人がそこまでしでかす相手か否かより、念のためのガードを張っておくことで、安心感を得ておきたい。セクハラな言動、いやらしい目線、そういったもので不信感が溜まってくると、自分達だけで四人の前に出るのは落ち着かなくなってくる。
こうしたやり取りを経て、二人はスパッツを穿いておこうと心に決め、黒い生地によって下着を覆い隠しておいた。
そして、それが本当に意味を成すとは思わなかった。
いいや、確証はない。
はっきりとはしないのだが、ハンディカメラを持つ土良井は、移動の際に階段を上がったり、坂道を歩いたり、傾斜に行き当たるたびに距離を取り、カメラを妙な角度に向けている。急に後ろを振り向くと、何かビクっとしたような反応の後、苦笑いで誤魔化すのだ。
(絶対おかしい……)
円香の警戒心は上がっていく。
確信こそなくとも、怪しさだけはいくらでも感じられた。
「樋口?」
そんな円香の様子を気にして、透は不意に声をかけてきた。
「ああ、なんかね。若干? 想定通りかも」
「うわぁ……」
透はドン引きする。
後ろの男達に伝わらないように、だいぶ言葉をぼかしてあった。
「なになに? 何の話かな? オジサン気になっちゃうなぁ?」
そこに愛野が絡んでくるが、あなた達への警戒心でスパッツを穿いておきましたなど、まさか直接伝えるはずもない。
「いえ、別に」
「映画館、ないなーって」
透は本当にそんなチェックをしていそうな気がしたが、誤魔化しが効いたおかげか、愛野も他の男達も、特に深くは気にしてこない。
観光名所の一つである山を歩き、その途中途中にある店を覗いてまわり、様々な名物をカメラや写真の中に収めていく。何から何まで食べきることはできないので、出してもらった料理を撮影して、さも食事を楽しんだ風な写真を撮った。
お土産屋さんに並ぶ商品の一部を撮ったり、円香や透で実際に手に持って、簡単なポーズを決めてみせたりした。
当たり前の話だが、回っていく店には事前に話をつけてあり、行く先々の店員は待っていましたとばかりに迎え入れ、打ち合わせ通りに料理や物を用意する。大人としての挨拶は、四人の男達はさすがにきちんとこなしており、社会人として問題のない背中を見ている気になるが、それが円香や透に向いた途端、どこかいやらしさを帯びた視線に変わるのだ。
撮影は順調に進んでいった。
山もさらにある程度は登っていき、やがて手すり越しに見る景色を背景に写真を撮るが、円香と透はしきりにスカートを意識していた。
何せ、高所である。
山といっても緩やかで、傾斜の高い坂道や階段は限られている。高層ビルのエレベーターに乗ったわけではなく、角度の緩い坂ばかりを歩いてきたので実感はしにくいが、地上何十メートルという高さには至っているのだ。
だから風が強い。
山を登り始める前までは、そう風は感じなかったが、景色を眺めるために切り開かれた小さな広場に来た時から、微妙な強風が増えてきている。この高度では風が強く、今のところは少し揺らめくだけで済んでいるが、ふとしたところで急にスカートが捲れては怖い。
もしも強風が来ても、反射的に手で押さえ、中身を守り切ろうとする意思が働いていた。
火亜が一眼レフのカメラを構え、円香と透の笑顔を撮る。
その隣では土良井がハンドカメラを構え、さらにその隣では津馬がデジタルカメラを握り絞めている。
ポーズを取っているあいだは、スカートを押さえにくい。
強風でスカートが軽くはためいている中、ピースサインを作って少なくとも片手は使えない。余った手を下にしていると、もっとポーズを変えてみようかと愛野に言われ、どうしてもスカートに触れていられない。
(まあ、スパッツあるけど……)
それでも、捲れないに越したことはない。
わざわざ不快な気持ちになりたくない。
捲れませんようにと心で祈り、透と共にしきりにポーズを変えながら、何十枚という撮影に立ち続ける。
「じゃあさ! 次は向きを変えて、景色を眺めてる感じで行こうか! 眺めている時の横顔も欲しいからね!」
愛野が急に思いつく。
その思いつきによってポーズを変えられ、二人揃って手すりの上に手を置くこととなる。両手共々がスカートを離れ、これでは咄嗟の反応で隠しにくい。
(本当に、頼むよ。風さん)
これ以上の強風に吹かないで欲しい祈りは、ますます強く切実になっていく。
カメラを持つ三人もポジションを変え、土良井が横顔を映すための位置につく。ここでみんなが欲しがる絵は、景色を眺めるアイドルだ。視線は景色にやっていなければならず、使える絵を撮らせるためにも、表情はきちんと作っている必要がある。
彼ら四人はありのままの二人で良いとは言っているが、とはいえスカートを気にしてそわそわとした顔は撮らせられない。アイドルとして仕事をこなそうとする自分と、スカート捲れを気にする羞恥心との板挟みに、円香はどうにか景色に心を移していった。
二人の横顔が同時に映り、一枚の絵として収まる写真が欲しいという。
そして、何十枚も撮ってみて、その中から使える写真を撮るために、たったワンシーンのために執拗にシャッターが切り落とされる。
右サイドから、執拗なまでにシャッター音声が鳴り響いた。
立ち位置の微調整、円香と透のポジションの入れ替えに、左サイドからも撮ってみるなどを繰り返し、きっと百枚近い枚数が撮られている。
そのうち、二人は仕事の中に心を溶け込ませ、ぼーっと景色に魂を奪われた目となって、それが写真の中には憂いを帯びた表情として収まっていく。絵として生える顔つきに、撮っている彼らは満足そうな顔をしているが、仕事への集中力が上がれば上がるほど、怪しい気配には気づきにくくなっていた。
さりげなく背後に忍び寄り、スカートの中身を撮ろうとカメラを差し込む。撮影とは関係のないスマートフォンの、シャッター音声を無効化したものが差し込まれる。それら盗撮行為の気配がわからず、何事もないように揃って前だけを見続けていた。
やがて、撮影が終了すると、円香と透はそれぞれスカートへの意識を思い出す。
願い叶ってか、捲れるほどの強風はなかったものの、バサバサと音を立ててはためいたり、ふわりと浮いて角度が変わることは何度もあった。いつかは捲れてもおかしくないと、二人は改めて両手を下に、いつでも咄嗟に手で押さえるための心構えを持つのだった。
それから、宿に帰ってのこと。
「糞! なんだよ!」
部屋で二人過ごしていると、急に大声が聞こえて来た、
「えっ、なに?」
円香は壁に目をやった。
二人で映画を見ている最中だった。
休んでいるだけの時間を得られたので、ここぞとばかりに寝転がり、一つのスマートフォンを一緒に覗き、並んで配信映像を視聴する。
その最中に聞こえたのが怒鳴り声だった。
「やだなぁー。怖いね」
透はぼんやりとした顔でそう言うが、今のは愛野の声である。
「隣の部屋って、あの四人でしょ?」
「うわー。何事?」
透は引いた顔をしていた。
「知らないけど、関わりたくない」
「ねえ、樋口。私達のせい、じゃないよね」
「何かはわかんないけど、仕事はきちんとしたはずだよ。あんな怒鳴り方されるほど、いい加減なことはしてないでしょ」
「じゃあ、あれだ。ゲームで負けて、床にコントローラーを叩きつけた」
「やだー……。迷惑」
「映画、見てるのにね」
二人のやり取りはそんなものだった。
聞こえた怒鳴り声はその一回きり、二人は一時停止していた映画を再生して、そちらの視聴を再開する。
「浅倉? 寝てる?」
「うーん……眠い…………」
「だったら、寝れば?」
「うーん……」
そして、映画の視聴を続けるか、そろそろ布団を敷いて寝ることにするか、どちらにするかに頭を悩ませることで時間を使うのだった。
*
中年達の部屋……トゥーサッツ星人を正体とする四人の部屋では、ここまで撮った写真や動画のチェックが行われていた。
地域のアピール活動を職務上の使命として背負っており、地球人に成りすます身として、仕事は仕事でしなくてはならない。公開すべき動画の編集、ホームページやポスターに使用する写真の選定など、それら業務上の作業をこなす時、重大な事態に気づいたのだ。
スカートの中身は狙っている。
傾斜のある坂道、階段、忍び寄る隙のあった瞬間から、景色を撮影する際など、様々な場面での撮影を行ったが、パンツは一枚たりとも撮れていない。
全てがスパッツの写真であった。
彼らがどれほど呆然としていることか。
現地で目当てのアイドルに近づき、その盗撮をするためだけに、遥かな星の彼方から地球に訪れ、地球人に成りすます身分や仕事まで獲得して、やっと目的を果たしたと思ってのことだ。
その結果、下着の写真が撮れていない。
地球まで来た本来の目的は果たせていなかった。
「冗談じゃないねぇ……」
愛野は小太りの膨らんだ頬を悔しさに震わせて、テーブルの上には小節を握り絞めている。
「ま、落ち着きな。まだチャンスはあんだろう」
津馬の顎髭を生やしたダンディチックなルックスに違わず、その声も低く落ち着きのあるものだったが、優れたルックスをしていても、ノートパソコンに移したデータの数々を前に歯軋りしている。
「まあそのぉ、ね。捨てたもんじゃないって、ほら。パンティラインはあるし」
ヒョロヒョロとした長身の土良井が言う。
「だね。そうとでも思っておかなきゃ、まったくやってられんよ」
火亜は深々とため息をついていた。
スパッツもスパッツで、それが悪いわけではない。
しかし、彼らは殊更にスパッツを好む性癖は持ち合わせておらず、パンツのことしか頭にはなかった。
「透明機能付きの浮遊カメラとか、用意しておければねぇ」
未練と後悔にまみれながら愛野は言う。
「金さえあれば現地の同胞から買えたんだけどな。残念ながら、身分や仕事を手に入れるので予算はほとんど使っている。母星基準のツールまで用意することはできない」
と、火亜はそう返した。
地球へ行き来するための、ワープ航行を搭載した宇宙船に、超長距離区間へ到達するための莫大な燃料費をかけた上、現地での大きな出費である。地球の科学にはない様々なツールを使えば、もっと簡単に面白い写真が撮れたのだが、目的に対して作戦を間違えた部分がある。
これでは地球の職業体験をして終わりだ。
「ま、とにかくスパッツのお尻だけでも楽しみましょう」
土良井がそう言うと、四人で一つのノートパソコンを覗き込むよう、皆でポジションを変えて座り込む。
「なるほど? これはこれで」
津馬はしだいに満足そうな笑みを浮かべていた。
「確かにねぇ? これはこれで」
愛野も鼻の下を伸ばし始める。
実に良い尻が撮れていたのだ。
成果の大半は、景色の写真を撮った際、背後に忍び寄ってのスカートにカメラを差し込んだものが中心だ。一枚一枚、それぞれスカートの揺らめき具合が異なっており、お尻の見え方には全て微妙な違いがあるものの、基本的なアングルは共通している。
小人にでもなって、真下から見上げたようなお尻が多い。
あるいは柱を下から見上げた際のアングルと例えてもいい。
写真として収まっているのは、スパッツの黒い生地に覆われた領域のみである。その黒いスパッツを内側から膨らませ、パンパンに張っている尻山は、内側にあるショーツのラインをありありと浮かべている。
線がくっきり浮き出た上、尻の割れ目に綺麗に生地が入り込み、体つきが明確に現れているのだ。
「うんうん。見れば見るほど悪くない」
愛野は少しずつ機嫌を取り戻す。
風によるスカートのはためきに、浮かび具合で、お尻にかかった布の量はその都度その都度変化している。尻の半分ほどまでしか見えない写真もあれば、もっと広々とした領域にかけてまで見える写真もある。
これらの写真と、景色を眺めている横顔を見比べると、何となく面白い。
本人達は盗撮に気づきもしないで、ただただ仕事をこなして遠くに視線をやっていた。綺麗で芸術的な横顔でありながら、実はスパッツの尻を撮られ放題になっていたことを思うと、得意げな気持ちが湧いてくるのだ。
「ああ、そうそう。背中も撮ってあるよ」
と、津馬が言う。
円香や透の後ろ姿は、ワイシャツの下から薄らと、キャミソールのラインを透かせていた。目を凝らさなければわからない、実に微妙な透け具合だが、こういった写真も立派に収穫の一部ではあるだろう。
「ま、しかし明日はもっと良い写真が撮れるといいな」
火亜がそう言い出したのをきっかけに、鑑賞を楽しむ空気から、明日に向けた作戦会議へと場は切り替わった。
重々しい表情で、いかにも重大な仕事について語るかのように、彼らはパンツを見る方法についてを語る。本人達にとっては一大事であり、まさに秘宝を巡る冒険ですらある。ロマンの追及に命を賭け、本当に大真面目にことに当たっているのだ。
そして、そこには明日こそはスパッツ無しで、問題なくパンツを撮れるかもしれないなど、希望的観測を述べる意見も上がっていた。
*
それから、次の撮影を終えた昼休みである。
この日は旅館街や古びた石像、名所化してある井戸に、廃線となった線路、数百年前から建っている寺など、様々なレトロスポットを回っていた。
カメラ入りの靴を履き、何とか下着を撮ろうと頑張ったが、昼休みを迎えてみれば、またもスパッツばかりである。
「まったく、ガードが堅くて嫌になるねぇ……」
愛野はいよいよ怒りに引き攣っていた。
「まあまあ、抑えて抑えて」
それを土良井が宥めている。
「そりゃあ、がっくり来る。正直、落ち込んでいるが、切り替えて次の作戦にいくしかねぇ。そうだろ?」
津馬が述べると皆は頷く。
昨夜のうちに済ませた作戦会議で、またしてもスパッツが撮れた場合の話は済ませてある。
昼休憩を終え、円香に透の二人と合流した後、愛野の口から次の撮影に関する提案を行った。
「温泉に入って欲しいんだ」
愛野の顔から、いやらしさが隠せていない。
「ここいらにはね? 色々といい温泉があるんだ。二人がパーっと脱いでくれたら、きっとファンだって興味を持つし、どうかなぁ?」
鼻の下が伸びきっている。
他の三人からも、期待に満ちた視線が向けられて、こうなれば円香の反応は芳しくない。余計に不信感が増大して、自然と一歩後ろへ下がり、彼らから距離を取る。
「えぇ……」
透に至っては、寒気でも走ったように我が身を抱き締めていた。
円香以上に拒否反応をあらわにしていた。
「何とか駄目かなぁ?」
「あー……。水着はNGでお願いします」
引き攣って鳥肌を立てた様子で、透がそう答えた瞬間である。
「ええ!? 事務所にはそこら辺、色々と許可が出てるんだけどなぁ!?」
愛野は急に大仰な身振り手振りを交え、事務所との事前の話し合いで、どこまでの撮影がOKであり、どこからがNGとなるかの協議は済ませてあると、そんな話を持ち出して脅しにかかる。
それを拒むとは何たることか。
愛野はそんな論調を展開していた。
「いいのかなぁ!? そうやって断ったりして! 失礼だとは思わない!?」
さらには、自分達は二人に仕事を与える立場であり、それを拒否するのはいかに失礼でありえないことかを力説する。
「……あの、ありえないのはそちらなんですけど」
しかし、かえって円香の拒否の姿勢は強まっていた。
「名所の中には温泉もあるというのは事前に聞いていますけど、水着など露出の多い衣装は本人の合意が前提、って話のはずですよ」
「だからね? それを――」
「今すぐ仕事を中止して、帰ってもいいんですよ? 大声を出して、脅してまで水着を強要してきたって、事務所の方に報告させて頂きますので」
「だ、だから! その事務所との話し合いで……」
「ええ、ですから今回は、プロデューサーも他の事務所の者も同伴できないので、何か問題があったらこちらの判断で動いて良いと言われています。事務所はあなた達のことより、私達を守る方を優先しますけど」
「ああもう……! わかったわかった。温泉はやめ、それで満足?」
愛野は苛立ちを隠しもせずに吐き捨てる。
(……キモすぎ)
円香は顔を顰めていた。
あれほど必死になってまで、温泉の入浴シーンを撮ろうと画策してきたのだ。無理にでも脱がそうとしてくる熱意など、ドン引きするに決まっている。
「……寒い」
よほど鳥肌が立ってか、透は自分自身を抱き締めながら、引ききった顔で寒気まで訴えているのだった。
後編
雰囲気の悪い中での撮影となった。
写真や映像では笑顔を見せたり、ポーズを取ってみせたりする必要のある中で、表面的には何事もなかった風を装い、円香と透は仕事をこなしてみせている。
しかし、内心での四人に対する評価は最悪だ。
(マジでキモいし……)
と、円香が引いているだけではない。
(キモいね。さすがに)
透もまるで良い顔をしていない。
撮影のために仮面をかけ、どうにか普段通りの顔を演じているが、ひとたび仮面を外したら、一体どれほど露骨に嫌がる表情が出てくることか。
もっとも、向こうもそれを気にしたのだろう。
それは宿に戻ってからのことだった。
「お二人とも! 昼間はどうも申し訳ありません!」
土良井が媚びへつらった顔をして、へこへこと腰を低めて謝ってきた。
撮影終了後に是非とも謝りたいとの申し出をしてくるので、ロビーのテーブルで四人の男達と顔を突き合わせ、円香と透は頭を下げる大人を前に困惑する。高校生の身で、年上の大人の男が平身低頭、謝り倒されてはかえって困る。
(いや、でも当然か)
大声を出してまで、水着を強要しようとしてきたのだ。
あの流れで撮影を受け入れれば、ただでさえ視線の怪しい面々を相手に、一体どんなセクハラが待ち受けていたかもわからない。
スポット巡りの最中、どこかでお菓子まで買っていたらしく、菓子折の箱まで受け取ることになったのだが、そこまでして謝られては仕方がない。仕事でもあるため、このまま問題が起きることはなさそうなら、最後まで撮影をこなした方がいいだろう。
「ところでなんだけどね。仲直りの儀式も兼ねて、ちょっとしたレクリエーションに付き合って欲しいんだ?」
愛野が提案を述べてくる。
「卓球をしないか?」
「あー……。定番、だっけ」
「どうする? 浅倉」
円香と透は顔を見合わせる。
「まあ、少しくらいは」
「そう。透がいいっていうなら、私も付き合います」
卓球を了承すると、そのレクリエーションはちょうどこの旅館の宣材写真の一部として、二人が過ごした日常の一幕ということで撮影をしたいと言ってくる。それでは遊びなのか仕事なのかわからなくなってくるが、了解してしまった手前、今更になって文句を言い出す気も起きず、撮影に関する話に耳を傾ける。
その後、二人は浴衣に着替えた。
撮影中の衣装は浴衣にして欲しいということで、二人はそれぞれ白い浴衣に着替え、この旅館内にある施設で撮影を進めていく。まずは入り口で、次にフロントで、食堂や窓辺の景色でひとしきりの写真を撮ると、その最後には卓球を開始する。
球やラケットをレンタルして、円香と透に対するのは、愛野と火亜のペアである。残る津馬と土良井はそれぞれのデジカメとハンドカメラで撮影に集中する。
軽い打ち合いが始まった。
本気の試合というわけではない、ただのお遊び感覚に相応しい打球が火亜のラケットから飛んで来る。それを隣の透が打ち返すと、愛野が咄嗟に反応して、すかさず返球。それは円香に向かってきたので、円香もラケットを振り抜いた。
(すんごい接待)
機嫌を取り戻すことに必死らしい。
小太りの愛野が運動音痴なのは見た目通りで意外でもないのだが、火亜の方はヤクザめいた強面で、スキンヘッドを光らせたガタイの良い男である。タンクトップを身につけた筋骨隆々のボディから、それにしては緩やかな球が飛んでくるのだ。
経験者ではないから、強い打球を放てばコントロールできずにアウトになる――と、そう言われればそれまでだが、あまり真面目に勝ちを狙っている風ではない。円香としても勝敗に執着する気はなく、楽しめれば何でもいいようなラリーは望むところだが、とはいえ接待が見え見えなのだ。
もっとも、火亜の方はまだいい。
単に緩やかな打球に徹しているだけで、二人の真ん中を狙ったり、コーナーに打ち込んで、返しにくいショットにしようとする意思だけはある。手を抜くにしても、さほど度が過ぎたものではない。
問題は愛野の方だ。
「おおっと、いけないいけない! まったく空振りしちゃったよ!」
ヘラヘラと笑いながら、ラケットを大胆に空振りして、わざとらしくバランスまで崩してコケそうな素振りを見せる。そのオーバーなやり方にはため息がでる。ご機嫌取りも露骨になると不快感を煽ってくるらしい。
「卓球の映画、あったよね」
次は透が球を持ち、いつか見た映画の話を始めていた。
「あったね。なんだっけ」
「タイトル、忘れちゃった。テレビでやってた時に見たんだけど」
「たぶん、私も見たことある」
「切るみたいに打って、回転かけてたなーって思って」
「スライスってやつ? それ、真似する気?」
「んー。物は試し」
「ま、やって見れば」
「それでは」
透は切るような打ち方で打球を放つ。
随分な山なりに飛ぶ球は、普通とは異なる方向にバウンドする。打ち返そうとした愛野だが、ラケットの端が掠めただけで、おかしなところへ飛んでアウトとなる。慌てふためきながら球を拾いに行く様子を見ていると、わざとなのか、今回は返す気があったのか、どちらなのか、いまいちわからなくなってくる。
その一方である。
(よーし、いいよ? 撮れてる撮れてる)
土良井はハンドカメラで二人の尻を狙っていた。
バレないように普通の撮影を装うため、火亜や愛野にもカメラを向けたり、サイドから球を追いかける撮り方をしているが、さりげなく後ろに回り込むたび、集中的に狙っているのは尻である。
(……スパッツか)
二人が着ているのは真っ白な浴衣だ。
生地が薄めなこともあり、内側の色が少しだけ透けている。目を凝らしたり、注意しなければわからない程度だが、わずかばかりに見えた黒色で、今まで撮ってきた黒いスパッツがそこにあるのだとわかって内心で落胆した。
(ちっ、まだ警戒してるか)
あからさまが過ぎたせいもあるのだろうが、このままではどう頑張ってもパンツを見ることは叶わない。
(だったら、サイドから胸元を……)
土良井は津馬に目配せして、お互いに両サイドに立っての撮影に集中した。
女子チームから見て、土良井が右手に、津馬が左サイドに立ちながら、普通の撮影は装い続ける。愛野の接待プレイを撮り、火亜の緩やかな返球しかしないプレーもカメラに収め、いかにも真っ当な撮影をしているポーズを取りながら、しきりに円香の胸を、透の胸を、鮮やかな拡大操作で大きく映す。
チラチラとはだけているのだ。
本人達はそこそこに気にしており、たまに手で直してしまっているが、ラケットを振り抜いたり、小走りで球を追いかける際、その大きな動きによっでずれている。運さえ良ければ、一秒か二秒だけでも、ブラジャーのチラリと見える瞬間があるはずだ。
津馬も写真撮影のシャッターを押し続け、さりげなく胸に狙いを集めている。
撮れるかどうかは運次第だ。
土良井はそこで、女子チーム側のコートへずれる。まるでポジションを変えればそこから男二人を撮りやすいかのように装って、愛野と火亜のプレーを撮ることで誤魔化しを効かせながら、カメラにボールを追わせる形で透の胸をアップする。
画面の拡大と縮小は、カメラワークに合わせてタイミング良く行っていた。
そして、ついにその瞬間だ。
ブルーのブラジャーがしっかりと見えた。
土良井から見た手前に透はいて、その透が右手でスイングを行う際に、浴衣の胸に奇跡的な隙間が生まれていた。腕で振り抜く動作に合わせ、布が肩の動きと姿勢に応じて変形すると、ブラジャーの片側のカップがしっかり見えた。
ギンガムチェックの柄である。
地色の白いカップに格子のような模様をかけ、線と線が重なり合うことで、ひし形がカップの曲面に敷き詰められている。格子の線は薄めの色だが、重なる部分は濃い青となり、センターリボンは白かった。
ハンドカメラのモニターに、それは確かにくっきりと映ったのだ。
そして、そんな今の返球に応じて、愛野は円香に打ち返す。円香もまたラケットを振り抜いて、その際の動きで浴衣が膨らむ。内側に空気でも入れたかのように、膨らむかのように生まれる隙間だが、土良井の側からは映せない。
逆サイドだ。向こう側にいなければ撮れない。
しかし、そこに津馬がデジタルカメラを向けていた。まさか、撮れたのだろうか、それとも逃したのか。期待と不安を綯い交ぜにしていると、ニコっと微笑む目配せが返ってきて、土良井は心の中でガッツポーズを行った。
(よし!)
土良井は歓喜した。
そんな津馬のデジタルカメラに収まったブラチラ写真は、ギンガムチェックという点は同じでも、もっとダークなデザインだった。少しばかり暗めのピンクをベースにして、黒い格子をかけたチェック模様で、カップにおけるいわば谷間に沿ったラインには、漆黒のレースを縫い付けてあった。
フロントリボンの黒いそのブラジャーは、すぐさま隠れて見えなくなるも、たった一瞬を狙い済ましたシャッターは、奇跡的な瞬間を見事に切り取っていた。
成功体験を得た土良井に津馬は、もう一度似たような写真を撮れないものかと、無意識のうちに躍起になる。自然と胸を狙った動きは増え、不審な挙動を悟られるリスクは上昇してしまうのだが、お互いに無意識なのだ。
夢中になり、熱気と勢いのついた頭でついつい行ってしまう動作を自覚できずに、女子からすればしだいに露骨になってくる。
ハンドカメラの中に、再びブルーのブラジャーが映った。
先ほどと同じ状況で、空気が入って膨らむかのような隙間の広がり方で、今度は肩紐まで映り込んでいた。
「……っ!?」
そして、透がぎょっとした顔で土良井を見て、慌てて胸元を隠していた。
(やばい!)
心臓が跳ね上がり、顔に焦りが出そうになる。
だが、ここで「しまった!」とでも言わんばかりの驚愕の表情を浮かべては、やましいことをしていたと伝えるようなものである。どうにか冷静な判断が頭を掠め、そのおかげで土良井は頭を冷却できた。
「ん? どうかした?」
まるで何も気づいていない風を装った。
ちょうど、その時に透が打った球はアウトとなり、それを愛野が拾いに走ったので、土良井は全神経を集中しての演技を行う。一体、何をそんなにぎょっとしているのか、わからない風を装うことで、胸など狙っていないことにしようとした。
ところが、透の様子を見ることで、円香の方は何か悟ってしまったらしい。
「失礼ですけど、胸でも撮ってましたか?」
かなり直接的に聞いてくるので、心を読まれた心地がした。
「い、いや? 色々と配慮が欠けていたと反省したばっかりなんだし、そんなことはしませんけど」
「ならいいんですけど」
あちらからすれば、単なる疑惑だけで確証がない。
幸い、カメラのデータを見せろとまでは言って来ないので、誤魔化し抜くことは出来たのかもしれないが、払拭できたと思った不信感がどこまでか蘇ってしまったらしい。
「あー……。あの、言いにくいんですけど、首から下のラインと撮る時は、もうちょっと離れたところからお願いします」
透もはっきりとそう告げてきた。
そして、それを口にしたということは、まだ不信感が残っていることの表明になる。
気まずくなるのも無理はなかった。
確かに、お尻を集中的に撮ってみたり、ブラチラ狙いの撮影をしたのだが、建前では反省して心を入れ替えてあったのだ。そういう前提を取っているのに、まだ疑っていますと言われたのでは、向こうからすれば勝手もいいところになるのだろうが不快である。
消し去るはずだった溝は埋まりきらないまま、もしかしたら水着を強要した際の不信感をそのまま丸ごと蘇らせ、気まずい中で卓球とその撮影を終了する。
*
だが、まだまだ切り札は残っている。
水着強要の件で謝罪した際、ご機嫌取りにかこつけて、温泉を貸し切ってもらったのだ。それは四人が相応のポストにあり、予算を引き出せる立場にあったこと、客の少ないシーズンで温泉はいくつかあったこと、旅館のオーナーが円香や透のファンであり、二人の器用には極めて好意的だったことなどが重なっている。
だが、それだけではない。
オーナーはれっきとした地球人だが、同じ母星の仲間から得た情報では、四人が行おうとしている活動にも、必ず理解を示すと聞いている。そこで思い切って盗撮の計画を持ちかけると、最初は驚いていたものの、交渉の末に話を成立させることができたのだ。
おかげで咄嗟だった貸し切りは実現して、二人は温泉に向かっていった。
脱衣所には誰もいない。
他の客の出入りもなく、余計な従業員などの人払いは済んでいる。加えて隠しカメラをいたるところにセットしてあるという話で、二人の服を脱ぐ瞬間、温泉に浸かったり、体を洗っているシーンなども、後々鑑賞できるというわけだ。
もっとも、今の目的は別にある。
脱衣所に踏み込んだ四人が探すのは、言うまでもなく二人の着替えだ。
「あったあった。ここですよ」
愛野が二つの脱衣カゴを発見する。
棚の中からそれらを出し、床へ置くと、綺麗に折り畳んだ浴衣の下から、何らの遠慮も無しに脱いだばかりの下着を取りだした。
「うひょおっ、まだ体温が残ってるじゃない」
土良井は興奮した。
「まったくだな」
津馬も鼻の下を伸ばしてショーツを持ち上げ、その柄をじっくりと確かめ目で楽しむ。
この青のギンガムチェックは透の方だ。
そのチェック模様の領域は、フロント側の中心から、鼠径部をギリギリで覆いきれない位置までだろうか。台形の布を張りつけ、そこだけをギンガムチェックの模様にしながら、残る腰の両サイドや後ろ側はブルー一色の無地である。
津馬は好奇心たっぷりに裏返し、内側のクロッチを確かめると、微妙なおりものの痕跡が見受けられる。
「うんうん。いいねいいねぇ?」
愛野がご機嫌だった。
その手に持った円香のショーツは、言ってみるなら二つの三角形を紐で繋げた作りである。腰の両サイドの部分が紐で繋がれ、そこから飾り付けの黒いリボンが咲いている。この紐を切るか、ほどくかしたなら、三角形は分かれ離れに、砂時計のような形にでもなるのだろう。
フロント側の布は全てまんべんなくギンガムチェックで、格子の向きが縦向きになっている。ブラジャーの方や透の下着はひし形が並んで見えるが、このショーツのチェック模様は見ていて田んぼの『田』が浮かび上がる。
暗めのピンクをベースに黒い格子をかけたチェックに、後ろ側は全てまんべんなく黒の無地である。
もちろん裏返してクロッチを確かめると、円香の方にもおりものの染みがある。
「これにさっきまで透ちゃんのオッパイが当たっていたのかぁ」
土良井は大喜びで透のブラジャーを持ち上げると、すぐに裏側を確かめ指で執拗に撫で回す。裏地には白い布が使われていた。
「こっちも微妙に体温が残ってるぜ?」
火亜は円香のブラジャーを持ち上げる。
ブラチラを撮った際にはわからなかったが、その黒い肩紐にも、それぞれリボンが付いていた。
「よーし、それではいきましょうか」
「おうよ」
愛野がスマートフォンを取り出して、火亜も乗り気で同じく取り出す。
皆で一斉に下着を床に並べて置くと、執拗なまでの撮影を行った。何枚も何枚も、やたらに画像を増やし続けて、上下並べた写真に飽き足らず、裏返したクロッチの写真も撮る。
着替えとして持ち込まれた別の下着も同じように撮影した。
円香のカゴに入っていたのはピンク色だ。
ナイロンとポリエステルの生地を使い、滑らかな素材感のあるショーツは、フロント側に別の布を被せてある。洗濯ネットや虫取り編みのように、網目の向こう側が見えるのを、ベースの生地に重ねているのだ。
そのネット状の布にこそ刺繍はある。
糸で曲線を成すことで、五枚の花びらを描いた刺繍の花を散りばめている。フロントリボンのピンク色は、そんなネットの白のさらに上に重ねてあるから、周囲の同色に溶け込むことなく目立っていた。
そして、透のショーツはブルーである。
さして卑猥なものではなく、エロスなど重視していないが、腰の両サイドへ続く部分が透けている。股や下腹部を覆う三角形を後ろ側へと繋ぎ合わせ、フルバックの布との架け橋となっている箇所は、T字の左右の横線とでも例えるべきか。その部分が透けた布が使われている。
あまりにも局所的で、セクシー重視とは言いにくい。
透かした布に刺繍模様を入れてあり、実際に透ける面積は限られている。その透け具合も卑猥さには程遠く、薄らと内側の色が確認できないこともなさそうな程度のものだ。
手前側の三角形にはツタを表すぐにゃりとしたラインが描き込まれ、さらに歯や花びらの刺繍が行われている。白い小さな花びらは糸の縫い込みによって塗り潰し、ツタの部分は生地と同色の色が使われている。
「これが明日のお二人の下着ってわけか」
津馬が指でヒゲを撫で、満足そうにニヤけている。
「しかし、ブラジャーがなんか違うね」
土良井が言うと、それには咄嗟に愛野が答える。
「ナイトブラでしょう!? 就寝用の! これを着けて寝て、朝になったらきちんとしたブラジャーに付け替えるわけだ!」
それはスポーツブラジャーのような形の、二人揃って白い無地だった。
眠っているあいだもバストにかかる重力を支え、形を補正することで、形状が崩れたり、下垂するのを防ぐという。ルックスや体つきを売りにする仕事のために、こういった部分も気を遣っているというわけだ。
「ところで、温泉を上がったらよ。二人ともこれを穿くんだろ?」
火亜はそれぞれの着替えを指す。
「おや、何かお考えで」
愛野が尋ねると、火亜は不敵な笑みを浮かべた。
「なに、唾液でも塗りつけておいてやろう。これに着替えたら、知らず知らずのうちに俺達と間接キスってわけだ」
そのアイディアに三人の心が震える。
やらないわけがなかった。
盗撮を行い、下着を漁る人物の集まりである。この面白みあるアイディアに大喜びで乗っかって、それぞれ指を舐め始める。指の表面に舌先で唾液を移し、一人一人順々に、クロッチの中に唾液を染み込ませる。
二つのショーツは両方とも、四人全員の唾液を吸水した。
これら大きな収穫に満足した四人は、浴衣も下着も一旦元に戻して脱衣所を後にする。
だが、まだ用事は終わっていない。
この後、旅館のオーナーや地元の議員など、地位のある面々を集めた飲み会が計画されている。四人は仕事を理由に不参加だが、そこに透や円香も呼ばれているのだ。
もちろん、酒を飲ませることはない。
飲酒の強要があれば、きっとまた揉めることになるだろうが、事務所との事前の協議で酒が出る前に席を外してもらう計画となっている。
いわばお偉いさん達にとってのイベントだ。
アイドルと生で顔を合わせ、ひとしきり楽しい時間を過ごした後、未成年の退場を待ってからのお酒タイムのスタートという流れである。その取り決めにより、飲酒の心配はないようになっているが、それまでのあいだ二人は部屋を開けることになる。
オーナーを味方につけた四人にとって、合鍵を手に入れることは造作もない。
荷物を漁り、二日分の下着に加えてスパッツも盗み出していた。
もうこれ以上のパンチラ対策はさせないため、ここで邪魔なスパッツは取り上げる。せっかくなので着用済みの下着も頂いておくことにして、先ほどの脱衣所で見たものをそっくりそのまま頂戴した上、一日目に着ていたであろう下着でさえも手に入れた。
初日に着ていた下着は、どうやら二人とも白らしい。
透には青のフロントリボンが、円香には赤のフロントリボンが、一見してリボンだけが色違いのようでいて、刺繍によって描かれた花びらの形が微妙に違う。タグに書かれたメーカーの名前も異なっていた。
「ちょうど四着分か」
津馬が口にした時だ。
「誰がどれを貰うか、決めないとな」
火亜が言った。
「ま、揉めるわけにもいかないし」
と、愛野。
「希望が被ったら恨みっこ無しでジャンケンでもしましょうか」
土良井がそう締めくくり、四人はそれぞれ自分の希望を伝え合う。思い思いの下着を我が物として、自分達の部屋へと持ち帰った。
スパッツも四着分ほど入っていた。
着用済みと、明日以降のものであろう着替えも含め、その全てを持ち去った上、もちろん四人で分け合っている。
これで生パンは確実だ。
明日を楽しみにして、四人は胸をワクワクさせていた。
*
朝、早めに目が覚めた。
色々と疲れきっていたせいで、部屋に着いたら二人してすぐに寝て、よく眠れたせいなのだろう。おかげでアラームよりも早く目覚めて、布団から体を起こした時、隣では円香も起き上がっているのだった。
「おー。おはよう」
「おはよ、浅倉。同じタイミングで起きるなんてね」
「散歩でも行く?」
浅倉透は何となくの提案をしてみると、円香はそれに頷いた。
「時間もありそうだし、気晴らしにいいかもね」
気晴らし……。
そう、気晴らしだ。
あの四人の男達はどこか信用ならず、卓球の際も本当は胸を撮られているような気がしてならない。はだけた下着が見えたとは思いたくないが、万が一ということもある。もし本当に狙われていたら最悪だ。
確証もなく踏み込むことはできず、データを確認させろとまでは言い出せなかったが、何となく気持ち悪い感じが残っている。
愛野の初対面での印象といい、その後の視線、水着を強要してきた時といい、その愛野を含めて構成される四人組は、あまり信用していない。頭の中ではどんなセクハラな考えを抱いているか、わかったものではない不信感が強いのだった。
顔を洗って、ひとまず着替えようとする。
「んー」
他にもシャツやスカートは持って来ているが、ズボン型は置いてきてしまっている。四人組がああいった感じであるとわかっていれば、そもそもスカートの方を置いてきたが、会う前から人柄の予想などつけようもない。
(そこはまあ、仕方ないか)
そして、着替えようとした時だ。
「あれ?」
自分自身の荷物を漁り、透は違和感に気づく。
「どうしたの? 浅倉」
「なんかさ。なんていうか。スパッツがないような」
そんなことを言いながら、バッグを逆さにしてまで着替えを畳みに広げてみせるが、入っていたはずのスパッツが見当たらない。
「ねえ、浅倉」
円香は戦慄して、声を震わせていた。
「どうしたの? 樋口」
その様子を窺うと、円香も自分の荷物を気にして漁り始めるが、いくら探しても見つからないものを、なお発見しようとしているように、同じところを何度もひっくり返している。
「なんかさ」
「うん」
「スパッツどころか、昨日と一昨日の下着も見当たらない」
「…………なくす、わけないか」
「なくすにしたって、二人そろって? ありえないでしょ」
二人して、悪い予感を膨らませる。
あるはずのものが見つからない。なくしたとも思えない。では一体どういうことか、想像して疑うのは簡単だが、いくら何でもそんなことまでするだろうか。
「さすがにさ。私、あの人達が盗みまでするとは思えないというか、思いたくないというか」
そう、思いたくない。
自分達が盗みの被害に遭ったなど、そんな怖いことを考えたくないからだ。まさか彼らの人柄を信じているから、あの人達がそんな真似をするはずはない、などという考え方であるはずはなく、犯罪への恐怖を誤魔化したい心理から、そういった言い回しが口を突いて出ているのだ。
「樋口、私達ってさ。お酒なんか飲んでいないし、酔っ払ってどこかにやったってことも、絶対にないでしょ?」
「ないね。お酒、出る前に退場したし」
飲み会の場に呼ばれ、ちょっとした挨拶や生歌の披露をしたが、未成年の少女を酒の場にいさせてはまずいといった視点もあり、なのでお偉いさんの飲み会に出たといっても、それはオープニングを飾るイベントをやったに過ぎない。
透と円香が退場して、そこで初めて部屋には酒が運び込まれる形式だった。
二人の口に酒が入る余地はない。
そして、バッグの中にしまっていたものが勝手に消えるのも、物理的にいってありえない。よしんば何かの拍子に自分で中身を放り出し、そのまま紛失したとしても、そんな失態を二人同時に犯すわけもない。
「探してみる?」
と、透は尋ねてみるが、円香の答えはこうだった。
「いいや、盗まれたかも」
「えー……。考えたくない」
この部屋に人が侵入して物を盗ったという事実は、下手なホラー映画よりも薄ら寒い恐怖がある。
「でもさ、従業員の人に言おう? 盗まれた可能性があるはずだって」
「本当に?」
「本当に言うよ。廊下の監視カメラでも何でも見てもらおう?」
「わかった。そうする」
きっぱりとした意見の円香に従い、そうすることに決めた後、二人はひとまず着替えを済ませて廊下に出る。
こうして部屋を出てみれば、天井には堂々とわかりやすくカメラの設置がされている。いかにも監視していますといった風にカメラがあれば、部屋に忍び込もうにも心が萎縮しそうな気はするが、犯人はそれを考えなかったのだろうか。
もし、その犯人が彼ら四人だったら?
(犯罪者と過ごす? なにそれ、映画の中?)
透の胸に、ひんやりとした恐怖感が広がっていく。
何かの間違いであって欲しい。
実は自分達で紛失していて、どこでどうやってなくしたのかを急に思い出し、勘違いでことが済んでくれたなら、一体どんなにいいだろう。
嫌な視線くらいなら、まだしも我慢すればいい。
部屋に忍び込み、下着やスパッツを盗んだ人物と一緒に過ごし、一緒に仕事……それは一体、何の冗談だろう。
(そんなこと、ありませんように)
そう祈りながら、従業員に声をかけ、女将に取り次ぎをしてもらう。
中年のオバサンに事情を話し、誰か侵入した者はいないか、もしいたら警察を呼んではくれないかと相談して、防犯カメラの記録を確認してもらうことになる。
だが、カメラには何も映っていなかった。
透と円香が部屋を出て、仕事をしていた時間帯。温泉に入り、飲み会のイベントに顔を出していた時間帯。部屋にいなかった時間の全てを早送りでチェックして確認するが、誰一人の姿もなかったという。
もちろん、単なる通行人なら映っている。
ただ、二人の部屋を勝手に開ける行為は誰一人もしていない。
(幽霊にでも盗まれた? いやいや、でもそれなら、どうして……)
途端にわからなくなった。
一体、どうしてバッグの中身を紛失したのか。それを二人同時にやったのか。まったく想像すら出来ずに首を傾げる。
……二人は知らない。
四人がオーナーを味方につけ、それによって監視カメラの映像を改竄してあることも、合鍵で部屋への侵入が自由なことも何も知らない。
こうして、二人はスパッツの庇護無しに、盗撮狙いの四人組と共に三日目の仕事をこなす流れとなっていく。
そして、四人は内心でいい気になっているのだ。
自分達の唾液がついたショーツを今にも穿いて過ごしているのかと思ったら、面白くてたまらない気持ちでいるのだった。