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  • 最終話「調教の日々」

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     犬扱いはその日だけに留まらない。
     次の日になると、今度はご丁寧に犬用リードまで用意して、砂浜に散歩へ出かける羽目となっていた。
    「いやー気分いいねぇ? 神谷さんよォ」
     沙織の後ろで、下須井はリードを握っている。
    「どこまでも最低な奴め」
     四つん這いで歩く沙織は、膝と手の平に砂粒が食い込む感触と、横合いから聞こえる静かな波音の中で、より一層の屈辱に震えていた。
     尻にはやはり、負と犬の字が新たに書き直されている。
     ほんの少しばかり苦しい締め付けのある首輪は、下須井がリードを引っ張るたびに喉にやや食い込んでくる。
    「最低なのはお前の方だぜ? よく平気でこんなプレイに付き合えるな。マゾ女」
    「……なッ!?」
    「本当は楽しんでるんだろ? 素直になれよ」
    「ふざけるな! 私は仕方なくやっているに過ぎない!」
     肩越しに振り向く沙織が、それでなくとも鋭いツリ目で睨みつけ、激しい怒気を放出するのは、本来なら誰もが気圧される凄味があった。もしかしたら、並みの一般人なら泣いて逃げ帰るのかもしれない。
     それほどの気迫を持ってして、下須井はヘラヘラと笑っている。
     全裸の四つん這いで肩越しに振り向くなど、尻と顔がセットで視界に入るいやらしいものでしかなく、なまじある凄味は逆に滑稽さを強めている。強気な顔など下須井をますます興奮させるためのエッセンスでしかなかった。
     ニヤける下須井の顔を見て、沙織はそれを痛感していた。
     自分がどんなに怒っても、憎悪を燃やしても、今はまだ無駄だ。
     だが、いずれ必ず……。
    「仕方なく? さて、どうだか」
    「ふん。勝手に妄想していればいい」
     沙織は歩みを進め、この犬の散歩プレイがさっさと終わらないかと待ち望んだ。
     コーチの別荘地には他に人がいないのが救いだが、それにしても野外で全裸という事実に変わりはなく、しかも犬扱いなのが余計に羞恥を強めている。
    「おい、オシッコをだせ」
     ちょうど尿意があるときだった。
    「何ィ?」
     沙織は再び肩越しに睨み返す。
    「向こうにちょうどいい木が生えてるだろ? 片足を上げて小便を垂れてみせろ」
    「貴様は人をなんだと思ってるんだ」
    「犬だろ? お前」
    「い、いいだろう。だが覚えておけ? 貴様が調子に乗れば乗るほど、あとで返さなければならないツケが溜まっていくんだ」
    「はいはい」
     下須井は何一つ意に返さない。
     きっと、放尿したら最後、つけ上がるあまりに下須井の心は雲の上にすら飛んでいくに違いない。対する沙織はどん底を超えた奈落の底か。
     木の元まで移動した沙織は、その根元に向けて片足を持ち上げた。
    
     ジョオオォォォォォォォォ――――
    
     一本の黄色いアーチが、木の根にかかって滴を散らし、地面にみるみる染みていく。
    (人前で……私は…………)
     惨めで惨めで仕方がない。自分がもう人間ではない気さえしてくる。
    「これで満足か」
    「ああ、犬畜生のお姿が拝見できて満足だぜ?」
    「くっ……!」
    「さて、今度は俺が犬の世話をしねーとなァ? 風呂でお前を洗ってやる」
     浜から別荘までの道のりも、当然犬扱いのまま帰ることとなり、脱衣所まで来てようやく首輪は外される。もちろん身体を洗うために外したに過ぎず、人として普通に直立する許可は出ていない。
     かくして風呂場にて、下須井は自身も全裸となり、手の平に石鹸を泡立てていた。
    「最初は前足から洗おうかねぇ?」
     そう言って下須井は、沙織の右肩から指の先にかけて泡を塗る。お楽しみはとっておくかのように、次は左腕を丁寧に洗う。両足に移っても、太ももからつま先にかけてのみで、尻や性器には触れてこない。
     人に身体を洗ってもらうなど、恥ずかしいというか情けないというか。自分でやればいいことを人にされるのは、実に格好のつかない話である。
     背中や腰までまさぐられ、くすぐったいような不快感に耐えた沙織は、全身を泡の塊に包まれていた。元より美白の肌に泡の白色が上塗りされ、腕にも足にもまんべんなくまとわりついている。
     続いて尻が撫で回される。
    「肛門ちゃんも洗ってやるよ」
     下須井は左手で尻たぶを鷲掴みにしたまま、右手の指で肛門を触り始めた。
    「――むっ、うぅっ」
     ぐにぐにと指腹で撫で込むようなマッサージが、沙織をさらに情けない気持ちにさせる。上下に泡を塗りつけて、さらに皺をぐるぐるとなぞるようにしてくる動きは、くすぐったくてむず痒い感覚を与えてきた。
    「どうだ? 人に清潔にしてもらう気分は」
    (い、嫌過ぎる…………)
     いかに石鹸を泡立てようと、もはや泥を塗られている気分でしかない。
    「仰向けのM字になれ」
     その通りに脚を開けば、ニタニタと上から見下ろしてくる下須井の顔と視線が合う。人の勝ち誇った表情など癪でしかなく、沙織はじっと顔を横向きに背けた。
    「……なったぞ」
    「こっちを見ろ」
    「…………」
     そう言われれば、無言で睨み返してやるしかない。
    「両手の手首をクイっと曲げろ。招き猫みたいにするんだ」
    「何故だ?」
     純粋に意図がわからず、しかし沙織はそうしてみる。
    「犬が仰向けになったら、だいたいそういう感じだ」
    「……なッ!?」
     途端に屈辱を覚えた。
     そういえば動物の中には、降伏を示すために腹を見せる行動があるという。ならば仰向けで局部丸出しのポーズを取る沙織は、まさに完全敗北を全身で表現しているといってもいい。
    「ほらほら、オッパイも洗わないとなァ?」
    「――ぬぅぅぅッ」
     乳房に泡が塗りたくられ、脇の下からくびれにかけても、腹全体も石鹸にまみれていき、これで余すところなく洗われたことになる。
    「神谷犬ちゃんよ。最後の場所は、やっぱしコイツで洗ってやるぜ」
     当然のように肉棒が突き込まれた。
    「――くっ! むぅぅッ」
    「オラオラオラオラ」
     ――パン! パン! パン! パン! パン!
     太いものの出入りを感じながら、好きに腰を振ってくる下須井の顔を見ていると、甘い痺れと共に被支配感が沸いてくる。自分は下須井の奴隷であるような、飼われた犬であるような気持ちが沸いて、その落ちぶれた感覚に涙が出る。
     ――ずぷん! じゅぷん! ずぱん! ちゅぱん!
     大胆なストロークに膣壁を抉られるほど、それが気持ちいいほどに、沙織の心は深いところへと沈んでいく。
    (私はこんな奴で感じているんだ……)
     歯を食い縛っていなければ、沙織は確実に喘いでいる。
     無念でならない。
     それでも、そうされているしかない。抵抗はできるができない。胸中に広がる敗北感と、下須井の支配を受けているんだという被征服感をじっくりと噛み締めて、沙織は肉棒の出入りに意識をやった。
     ――ずぷっ、じゅぷっ。
     下須井のペニスは根元から先端にかけての太さが均一で、ほとんどカーブの反りがない。壁と壁の閉じ合わさった狭さの膣口を左右に広げ、拡張するように突いてくるピストンのたび、内股に電流がほとばしる。
    「――んっ! むっ、んむぅっ、くむぅぅ!」
     頬に力の入った表情は、見るからに声を堪えているのが丸わかりなのだろう。
    「我慢しちゃってェ!」
    「――くぅっ、くむぅっ!」
    「ホラホラホラァ! イッちまいな!」
     下須井の腰振りにより、沙織の股には着実に何かが集まっていた。快楽の風船が秘所で少しずつ膨らむように、だんだんと予感が高まっていき、やがて沙織は絶頂した。
    
    「――くぁぁぁぁぁあ! あっ、あうぁっ」
    
     ビクビクと腰を震わせ、両手をよがらせた沙織は、力尽きたように全身脱力しきって手足を投げ出し、肩で深く息をする。
    「イッたな? 神谷。俺のチンコでよォ」
    「…………黙れ」
    「イったんだよ。ワンちゃんが。いいから舐めろよ。四つん這いでな」
    「ゲスめ……」
     沙織が四つん這いのポーズを取ると、下須井は椅子に座って股を左右に大きく開く。その股座へ顔をやり、肉棒を頬張り、嫌な言葉の責め苦を受けながら奉仕に励む。
    「へへっ、犬がエサ喰ってるみてぇな光景だぜ」
     誰が犬だと、心の中で言い返して、沙織は頭を前後に動かした。
    「――じゅっ、じゅむっ、じゅるるぅぅ」
    「ご主人様からビーフジャーキーを貰っている姿そのものだぜぇ?」
    (いいだろう。耐え続けてやる。これしきの屈辱……)
     沙織は犬であり続ける。
     コーチによる特訓が始まるその日まで――。
    
    
    


     
     
     


  • 第9話「犬扱い」

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     調教とはいっても、ただ性的に身体を開発するのとは目的が異なっている。
     いわば儀式だ。
     自分を辱めた相手から、さらなる調教を受けることにより、己が敗北者であることを海よりも深く実感する。どん底の中のどん底の気持ちを味わい、その上で這い上がることが、コーチが神谷沙織に課したことなのだ。
     翌朝の沙織が受けた仕打ちは――。
     その内容は、まずはストリップの披露に始まる。
     早朝のジョギングに着たジャージ姿で、前のジッパーを下げて一枚目を脱ぐ。その下のシャツを脱いでスポーツブラジャーの上半身を晒し、ジャージズボンを脱げば下着姿。あとは両方の下着を取り去ると、汗ばんだ裸が下須井の視線に晒された。
    「ひゅう! やっぱイイ体だよなァ?」
     当の下須井は一枚も脱いでいない。
     服を着た男の前で、自分だけが全裸でいるのは、身分差を形としてそれを実感させられるような屈辱がある。
    「ふん。好きに見ていろ」
     沙織は表面上、毅然としていた。
     恥じらっては負けだ。頬の染まった顔など下須井を喜ばせるだけであろうし、まして普通の乙女のように羞恥に震え、ビクビクと恥ずかしがっては、どこまでも舞い上がるに違いない。
    「よーし、四つん這いになれ」
    「チッ」
     偉そうな命令口調が癪に障るが、コーチからは何でも指示に従うよう言いつけられている。自分にこんな地獄を体験させておきながら、それで頂点が取れなければ、煮るなり焼くなり好きにしてやろうと心に誓う。
     その上で尻を向けると、頭は低くしろというので枕に沈めた。
    「尻の穴までよーく見えるぜ?」
     自分からは相手の顔が見えず、下須井だけが一方的に沙織の恥部を眺めている。接近してくる顔の気配が、尻のすぐ後ろに迫り、そっと手の平を置いて撫でてくる。
    「……うっ」
     表面をじっくりと味わうような撫で方に、尻中に鳥肌が立って寒気が走る。手の平の接触点から何かが滲み、皮膚に汚辱が染みてくる感覚に、ゾッと顔色を変えていった。
    「こんなに綺麗なアスタリスクがあっていいのか?」
     両手が尻たぶを鷲掴みに、二つの親指が菊門を左右に伸ばす。
    「そんなところをまじまじと……」
    「お? 恥ずかしいか?」
    「黙れ、なんとも思わん」
     尻穴ばかりに集中してくる視線に耐え、沙織は静かに終わりを待っていた。この苦行も時間さえ経てば必ず終わる。ひたすらに耐え忍び、開放の時を待てばいい。
    「では負け犬の儀式を始める」
    「儀式だと?」
    「ああ、こうだ」
     何かの先端が、沙織の尻たぶを突いていた。柔らかな肉はクレーター上にへこみ、そのスライドによって皮膚に黒いラインが伸びていく。
     それはマジックペンだった。
     下須井は何か文字を書いているのだと、沙織はすぐに悟っていた。
    「好き勝手な真似を……」
     まず左の尻たぶに感じたのは、ノの字を成すようなカーブだ。それから横線。次にまたノの字。これはカタカナのクを成したということか。さらに縦線、横線が走っていき、何か四角い漢字を書いたのだとわかる。
     右の尻たぶに書かれる文字は、左よりも画数が少なかった。横線を一本書いたら、「人」の字を成すかのようなカーブラインが二本走る。そして、点を打つような短い線が一本。
     ――犬?
     その一語がよぎるなり、沙織はみるみるうちに怒気を浮かべた。
    「へへっ、負け犬って書いておいたぜ?」
    「どこまでも侮辱を……!」
    「そういう儀式だもんな。仕方ないなァ?」
     下須井は屈辱の文字を刻むに飽き足らず、用意していたスマートフォンのシャッター音声を鳴らしていた。
    「と、撮ったのか!?」
    「ああ、そうだ。よーく見ておけよ?」
     目の前にスマートフォンが置かれ、その画面を横向きにした中には、沙織の巨尻がアップで映し出されている。肉厚の丸いカーブがでかでかと画面面積を占領して、中央には皺六本の肛門が丸見えで、その下には秘所の割れ目が控えている。
     アダルト画像としては、さぞかし尻好きの心をくすぐる一枚だろう。
     ただし……。
     左尻に『負』――。
     右尻に『犬』――。
     負犬の文字が、太いマジックペンのラインで書かれている。
    「くっ! 貴様ァ……!」
     沙織は強くシーツを握り込み、極限までの握力で拳がひどく震え始める。歯を深く噛み締めることで表情は歪み、力んだ肩も硬くなる。
    「おら、四つん這いだ。自分の負け犬の文字をよーく見ておけ」
     そう、これは儀式だ。
     スマートフォンは四つん這いの両手のあいだで、沙織はじっと己の負け犬画像に目を落としている。自己の戒めのために敗北の記憶を保つのは、それ自体決して悪ではないが、ここまで屈辱的な形でそれをやるとは思わなかった。
     だが、焦ってはならない。本当に怒ってはならない。
     下須井ヒロマサなど、単なる修行道具だ。自分自身の心を追いつめ、精神を鍛えるために利用しているにすぎない。
     だから、だから……。
    「……くっ!」
     いくら頭でコーチの意図がわかっていても、歯軋りの力が緩むことはない。意識的に平静を取り戻そうと考えても、無限に湧き出る感情が、ほとんど条件反射的に全身という全身の筋肉を力ませていた。
    「負け犬には首輪がいるなァ? ほれ、用意してあるから動くなよ?」
     下須井の無骨な指が髪を掻き分け、邪魔な黒髪を横にどけ、赤い首輪を巻きつける。軽く苦しい程度の締め付けの調整が、本当に苦しいほどではないも、首輪の存在を実感させる。屈辱に耐え切れなくなりそうで、沙織はより強く歯を軋ませた。
    「よくも変態プレイを思いつくな。ゲス男め」
    「ははっ、コーチのアイディアなんだぜ?」
    「何ィ?」
    「とにかく屈辱を与えろって言われてるもんでね。首輪もペットショップで買ったもんだ」
    「ワンとでも鳴いてやろうか」
     負けじと肩越しに睨み返した。
     ……負けたくない。
     あまりの屈辱に心が壊れそうにもなってくるが、どんなに無様な目に遭っても、魂だけはこの胸の中に保ち続けたい。心が折れて駄目になるなど、それは精神的な意味で下須井に屈服することのような気がしていた。
     だから負けない。
     だいたい、それを指示するコーチもコーチだが、本当にそれを実行してくる下須井にことも許せない。必ず耐え抜いて、どいつもこいつも見返してやる。
    「おう? 是非鳴いてくれよ」
     ――ペチン! ペチン! ペチン! ペチン!
     尻に平手打ちが繰り出された。
    「ワン、ワン」
     これで満足だろう?
     と、言わんばかりの決して乗り気でない声量で鳴いてやる。
    「ははは! 楽しいねぇ?」
     ベルトを外し、ズボンを脱ぎ出す衣擦れの音が、尻の後ろから聞こえてきた。目を瞑っていても戦える強さの沙織にとって、下須井のトランクスの中身が極限まで勃起しているのも、それを下げた途端に太く長い一物が反り返り、まさに尻へ向かってくるのもよくわかる。
    「……楽しいのは貴様だけだがな」
     ペニスが、突き立てられた。
     四つん這いの姿勢では、肩越しにも相手の顔は見えにくいが、どうせさぞかし勝ち誇っているのだろう。楽しそうな顔なのだろう。下須井の方は上から沙織の背中を見下ろすのだ。これに何の征服感もないわけがない。
    「神谷、お前はちゃんと自分の敗北を戒めるため、その負け犬の姿をよーく見ながら俺に犯されろ。この犬みてぇなポーズでな」
    「ふん。なるほどな」
     犬のポーズで首輪までして、尻に負け犬と書かれた画像を見ながら犯される。沙織に対する侮辱でしかない嗜好のセックスで、心の気丈さを保ってみせろというわけだ。
    「おらおら、挿れるぜェ?」
     亀頭が押し込まれてくるのに合わせ、沙織の秘所は丸い輪のように形を広げる。だんだん肉竿の根元まで飲み込んで、すっかりペニスを含んだ下の口は、初めは感じるというよりも、異物から膣を守るための活性油から分泌していた。
     腰のくびれを掴んだ両手が、沙織の身体角度を固定している。
     ゆさゆさとした小刻みなピストンが始まると、その都度ぶつかってくる腰が、豊満な尻山をむにむにと潰してきた。ぴったりと閉じようとする膣壁は、亀頭によって左右に割り開かれ、後方へ引いた分だけまた閉じる。
    (……私は犬ではない)
     そう広くない膣口は、とても自然に竿を締め付け、だから出入りによって生まれる摩擦は強く膣壁に跳ね返る。身体は前後に揺れ、視線を落とした先にある負け犬画像が揺れて見える。
     これは貶める目的のセックスだ。
     馬鹿にして、侮辱して、犬と蔑むためにペニスは動き、沙織に立場を教え込もうとピストン運動を繰り返す。
    (犬ではない。犬ではないんだ)
     言い聞かせていなければ、本当に自分は犬に過ぎない気になってしまう。こうして精神的に追い詰める行為には、そういう効果が間違いなくあるのだった。
     ――じゅぷん! つぷん! にゅぷっ、ずぱん!
     しだいに愛液が出始めて、粘液を突き捏ねる音が強まる。
    「――っふうッ」
     下半身に走る甘い痺れが、沙織に喘ぎを上げさせた。
    「おうおう。いい声が出てきたなァ?」
    「ば、馬鹿め……苦しいだけだ…………」
     沙織は歯を食い縛った。
     そこにあるのは快楽というなの屈辱だ。感じれば感じるほど下須井は思い上がり、つけ上がり、そして自分はそんな奴に喘がされたことになってしまう。冗談じゃない。下須井なんかで何も感じたくはない。
     しかし、上昇するピストンペースに電流が弾け、背筋をかけてうなじに及ぶ。
    「ん! んん! んっ、んん……!」
     おかしいほどに顎を力ませ、唇を閉じ合わせていても、喉奥からの息漏れの喘ぎは、確かに下須井の耳に届いてた。
    「へっ、負け犬が感じてやがるぜ」
    「感じてなど――んぅ――んっ――ん――!」
     喋ろうとすれば、危うく本当に喘ぎかけ、慌てて口を閉じ直す。食い縛る歯を強め、ますます頬を強張らせ、沙織は懸命に耐え忍んだ。
    「おら! 尻にぶっかけてやるぜ!」
     引き抜いた下須井は、沙織の巨尻に多量の精液をぶちまけた。
     白濁濡れに汚れることで、太いマジックペンのインクが染みた尻肌の上で、負と犬の二字がところどころ白く塗りつぶされる。黒ずみの薄い綺麗なアスタリスクの肛門には、ちょうどスライムの粘膜でフタをするかのように付着していた。
    「また撮ってやるから動くなよ?」
     下須井のスマートフォンが、尻の後ろで何度も何度も、いっそ聞き飽きるほどにシャッター音声を鳴らし続ける。その画像は当然のように見せ付けられ、自分のみっともない尻を拝む羽目となる沙織は、ひたすら屈辱に震えていた。
    
    
    


     
     
     


  • 第8話「陵辱」

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      目の前に横たわった美人に、どのように手をつけても構わない。
     下須井ヒロマサにとって、それどころか世の男にとって、これほど楽しくてワクワクすることはない。
     特に自分に一敗食わせたことのある女というのがいい。沙織自身は覚えていないだろうが、下須井がクラスメイトをいじめたとき、正義ぶって助けに入った沙織の手で、完膚なきまでの喧嘩の敗北を味わった。
     どこから調査してきたのか。その仕返しをしないかとテレビ局から誘いを受け、あの恥辱のリングショーとなったわけだが、さらに沙織のコーチからさえ、どん底を味わってもらうために汚してくれと頼まれた。
     本来なら勝ち目のない女に突っ込める――最高だ。
    「さーて、どんどん楽しませてもらうぜ?」
     胸を鷲掴みにして返ってくるのは、パンパンに膨れたゴムが指を押し返すような力強さだ。
    「……ふん」
     好きに揉めばいいとばかりに一瞥して、すぐに下須井から目を逸らす。これだけ澄ました顔でも頬は朱色で、どこか強張った表情なのが面白い。
     さて、乳首はどうだろう。
     つまんでやると、少しだけ身をくねらすが、まだまだ出来上がりの感度にはほど遠い。突起を口に含んで舐め込むも、そうそう変化は訪れなかった。
     秘所に手をやる。
     決して濡れてはいなかったが、触れた途端にピクっと眉間に皺がより、いかにも我慢している様子が見てとれた。それは快楽の我慢ではなく、体にナメクジがくっついても、気持ち悪いものが付着してきても動じずにいるような、不快感に耐えている表情だ。
     素直でない身体を感じさせるには時間がかかったが、やがては甘い蜜の感触で指が濡れ、ようやく割れ目に糸が引く。
    「そういやリングでも濡れてたなァ?」
     耳元に囁いてやる。
    「――っ! 黙れ!」
     思い出し笑いなどあるものだが、ならば今の沙織の反応は、思い出しの恥じらいと屈辱に他ならない。
    「気持ちよかったんだろ? 何万人に見られて、アソコをパシャパシャやられて、雌穴がヒクヒクと疼いちまったんだろ?」
     煽る言葉を投げかけながら、指を活発に動かしていく。
    「勝手なことを! 私は……」
    「んなこと言って、今もお前は感じ始めてんだよ!」
     証明せんとばかりにクリトリスに刺激を与える。
    「んくぅ――――」
     内股を引き締め、痙攣じみてブルっと震えた。
    「ほらほら、試練なんだろ? 精神鍛錬なんだろ?」
     長く伸ばした中指を挿入して、活発な出し入れを行った。
    「――くっ! くぅぅぅ!」
     ズプズプと音が鳴り、沙織は強く歯を食い縛る。そのいかにも涙ぐんだ悔しそうな顔つきは、アソコが気持ちよくて仕方のない証拠といえる。
    「おら」
     弱点を見つけ、指腹でくいっと引っかく。
    「――あっ!」
     沙織は首で仰け反った。
     そして、振り乱した顔を戻すと、一層屈辱に濡れた表情でこちらを睨む。この世の全てが気に食わない勢いの不機嫌ぶりで、指のピストンを懸命に堪えるが、ともすれば声が漏れ、そのたびに悔やんでいる。
    
     ――ずぷっ、ずぷっ、ずぷっ、ずぷっ、
    
     下唇を噛みながら、恨めしそうな視線を向けてくる。その睨む目つきが少しずつ大きく開かれていき、しだいに驚愕のそれに変わっていくのは、絶頂の予感に対する不安か焦燥か。これからイクのだということがよくわかった。
    「――んっ! くあぁぁん!」
     背中をビクっと反らし上げ、果てた沙織は肩を上下に動かした。
    「どうだ? 気持ちよかっただろう?」
    「ふん。どうということはない」
    「お? そうかそうか」
     ならばと、下須井は再びピストンを開始する。ヒクヒクと力の入る膣口が、指を何度も締め付ける。
    「んっ、んぅぅ――」
     声の我慢が始まった。
     今度こそ堪え抜いてみせると言わんばかりに下須井を睨み、両手で口を閉ざして漏れ息だけを吐いている。
    「んんっ、んんふぅ――ふぅぅ…………」
     ピストンを早めていくほど、それは焦り交じりのものに変わってた。
     やがて――。
    「――くっ、くふぅぅ!」
     肩を小さく縮めるように、ビクビクと震えて絶頂した。
    「またイっちまったなァ?」
    「……黙れ」
    「お前はエロいんだよ。俺にヤられてイクくらいにな」
    「ふざけたことを……」
    「神谷ァ、色々と乗り越える気のようだけどな。気持ちよすぎてアヒアヒになるのも、時間の問題かもしれないなァ?」
     そういって下須井は、鈴口の濡れた亀頭を塗りつける。
    「……うぅっ」
     見るからに表情が変わった。
     さながら凶器でも突きつけられ、どうしようもなく戦慄の汗を浮かべて固まっているような姿は、本番行為に対する緊張感をよく現している。
     これから、入ってくるんだ。
     今からするんだ。
     そんな心の声が聞こえるかのようだ。
    「どうした? イクのが怖いか?」
    「誰が! 挿れるなら挿れてみろ!」
    「はいよ」
     ズプゥゥゥゥゥ――。
     狭い処女の膣口にねじ込んでいく。亀頭から根元にかけて、肉棒はだんだんと熱い膣壁の狭間に包まれて、生まれて初めて挿入される沙織の顔は、力んだ頬が痙攣じみてピクピクと震えていた。
    「かっ、くあぁぁぁ……!」
     亀頭が最奥まで到達すると、よく搾られた低い喘ぎが上がってきた。
    「へへっ、もらったぜ? 神谷の処女」
     下須井は腰を振り始め、存分に打ち鳴らして快楽を味わう。
     そこにあるのは勝者感だった。
     沙織が下須井を良く思っていないことなど承知も承知。この手でリングを恥辱のショー会場に変えたのだから、きっと後ろから背中を刺したいほどには恨まれているだろう。自分を憎んでいるはずの女に挿入して、楽しく腰を振ってやるのは、自分が絶対的な王様であることを強く実感させてくれる。
    「――くっ! うぅぅぅッ」
     自分は王様、相手は貧民。
     決定的な身分差が自分達のあいだにはあって、沙織のことをどのように突き回しても、喘がせても構わないような気がしてくる。
    「――くっ! くぅっ、んくっ!」
     腰を小刻みに動かせば、律動に合わせて肉壁が小さくぞよめく。汗ばんだ額の下には鋭い眼差しが光っており、猛犬が獲物に噛み付きたがっているようにも見えた。
    「気持ちいいなァ? そうだろ? 神谷ァ?」
    「だ、黙れ!」
    「イキたいんだろ? 俺の精液が欲しいんだろ?」
     打ち込んだ腰を後ろへ引くたび、根元の陰毛と秘所のまわりで糸が引き、ニチュニチュと汚い粘液の音が鳴っている。
    「貴様こそ! こんな機会でもなければ絶対に抱けない女だ。泣いて詫びるほどの感謝の顔でも見せたらどうだ?」
     快楽に負けまいと、勝ち誇った顔ばかりさせまいと、沙織は強気に言い返す。
    「悪いなァ? そんなさぞかし貴重なマンコを大衆に晒しちまって」
    「……貴様ァ」
    「ははっ、さしずめ百億の価値でもあったんだろうな。この神谷沙織様の激レアおマンコ様にはよォ」
     肉棒を差し込むたび、穴から愛液が溢れ出ていた。それは満杯のコップにゆっくりゆっくりと物を入れ、容量が足りずに滝となって溢れているようでもある。
    「くふぅ……くぅぅう……ぬぅぅぅ…………」
     素直に喘ぐことを恥じてだろう。歯を硬く食い縛り、頑として乱れ狂った淫乱の顔は見せまいと堪えている。
    「我慢しちゃってよォ」
    「が、我慢など……」
    「そうやって耐えていること自体が、気持ちよくて仕方のない証拠だよなァ?」
    「調子のいいことを……。おぞましいから耐えているんだ。ナメクジに触るのに、気持ち悪さを我慢するのと同じ話だ」
    「強がっちゃって、可愛いねぇ?」
     腰振りのペースを上げていく。
    「…………ぐっ……ぐぅっ……うぅっ!」
     両手はシーツを鷲掴みに、背けた顔は左右に振り乱れ、長い黒髪がベッドシーツに散らかっていく。横顔を枕に押し付けた沙織の視線は、恨みがましい非難を浴びせる目つきで、その瞳はグラインドに合わせて震えている。
    「ほらほら、喘げよ。認めろよ。お前は俺のチンコで濡れてんだ。感じてんだ。アヒアヒとだらしなく乱れちまいな」
    「だ、誰が――! くっ――!」
     シーツを掴んでいた両手の片方が、右手が口元に運ばれて、またもや声を封じ込める。突けば突くだけ息漏れの音は聞こえるものの、決定的な喘ぎ声は出てこない。
     またイカせてやろう。
     壁の弱点に亀頭が摺れるようにと意識的に腰を動かし、くびれをがっしりと掴みながら膣内を突きまわす。
    「――んっ! ふくぁっ、んっ、んくっ!」
     喘ぎ混じりの息漏れが、口を塞ぐ手の隙間から聞こえてくる。
    「おらおら、神谷ァ! お前のイキ顔をよく見せなァ!」
     顔面を両手で掴み、強制的にこちらを向かせた。
    「――んんんっ! くっ……のっ……きさ……まァ…………!」
     なかなかの凄い目つきだ。
     視線だけで殺しにかかってくる勢いの凶眼が、しかしながら快楽に震えているのは、普通に生きていれば決して見る機会など存在しない。凶悪な猛獣を追い詰め、手も足も出せない状態に落とせばこうなるだろうかというような、静かに快感を堪える姿は、耐え忍びながらも心の中では反撃の爪と牙を研いでいる気がしなくもない。
     ――じゅぷ! じゅぷ! じゅぷ! じゅぷ! じゅぷ!
     腰振りのペースを上げるにつれ、水音がよく響くようになっていくと、そんな目尻に涙の粒が溜まっていた。真っ赤な顔の涙目から、やがて左右で一滴ずつが垂れ落ちて、また粒が大きく膨らんでいく。
    「泣くほど気持ちいいか? あん? そうなんだろ?」
     沙織の股には、何かが集まっていく感覚があるはずだ。尿意によく似たものが強まり、それがだんだん我慢できなくなっていき、しまいには今ここで自分がお漏らしをするのではという動揺に囚われる。
     鋭い目つきが、大きく開くのがその合図だった。
    「ふぶぅぅ……! んん……んぁ……ッぁぅう……んくん……!」
     沙織はイっていた。
     肩が内側に寄り、頭も高く持ち上がる。太ももも内にしまって、身体が全体的に丸く縮まるようになって震えているのが、沙織が絶頂している姿である。肉棒を包む膣壁も、ヒクヒクとした脈動で刺激を送り込んできた。
    「――んっ! んくぅっ」
     ビクっと尻が跳ね上がり、あとは静かに肩を上下に息を漏らす沙織の膣からは、絶頂時に分泌された愛液がとろりと流れ落ちていた。
    「どうだ? 楽しい楽しいセックスの感想はよぉ」
    「最悪だ。貴様などに……」
    「そいつはどうも。俺もここらで射精と洒落込もうかね」
     下須井はペニスを引き抜いて、亀頭を沙織の顔面に向ける。駄目押しに手でしごき、すぐに吐き出される白濁の雨が、沙織の美麗な顔立ちに降りかかった。
     美人の顔を精液濡れにした光景のなんたるか。
     沙織の頬に、額に、鼻頭や唇にも、たっぷりと粘性を含んだ白濁の塊が、スライムを細かく千切って散らしたように付着している。
    「いい顔になったじゃねーか」
    「いい顔だと? 人に汚いものをかけて……」
    「おっと、お掃除フェラってのが残ってるんだぜ? 俺のチンコに残った汚いもんとやらを綺麗に舌で拭い取って、飲み込んでもらおうか」
     こんなことで体力を使い果たす沙織でもあるまい。
     背中に腕をまわして抱き起こし、目の前で仁王立ちとなり、口元に亀頭を突きつける。やはり恨めしそうな上目遣いを向けてくる沙織は、しかし静かに根元を右手で握り、長く伸ばした舌を近づけ、ざらつきの面を鈴口にぴたりとくっつけた。
     ――やればいいんだろう?
     と、不服そうな目がそう言っている。
    「ジュッ、ちゅむぅぅ…………」
     鈴口に軽く吸い付き、唇で噛むように先端から綺麗にする。
     ――ぺろっ、ぺろっ、ぺろっ、ぺろっ、ぺろっ。
     手で肉棒の角度を変えていきながら、亀頭の付け根を舐め込んで、少しずつ粘液の残りを拭き取っていった。半勃ちにまで萎えかけていた下須井の肉棒は、このチロチロとした刺激に復活して、最高硬度を取り戻す。
    「全部飲ませてやるよ」
     下須井は沙織の髪を鷲掴みにして、またフェラチオをやるように導く。
    「ちゅむぅぅ……じゅっ、んぷぅっ、ちゅるぅぅ…………」
     ペニスが口腔に包まれる快感を味わった。
     唇のリングに力が入り、小さくすぼまることで肉竿が締め付けられる。頭の前後運動につれて、裏側に張り付いた舌がべったりと往復する。後方に引いた頭が、また前に進んでくる際には、上顎の内側に亀頭がぶつかり、舌と上顎で肉棒がサンドイッチにされてしまう。
    「んじゅ――あぷっ、んぷぅ――ジュジュ――れるぅぅ――――」
     最初のフェラチオと、セックスと、そして二度目の今のフェラチオで、唾液や愛液に濡らされ続けた下須井の肉棒は、皮膚が粘液でふやけている。
     やがて射精感のこみ上げた下須井は、両手で沙織の後頭部を捕らえ、特に遠慮もなく、むしろ当然の権利を果たすように白濁を撒き散らした。
    「んっ! んぶぅ――んぅぅ――――」
     急に口内に液をかけられ、苦しげにする声が漏れ聞こえた。
    「いいか? 一滴もこぼさないようにするんだ」
     ――つべこべと指図を……。
     と、言ったのかはわからないが、ああしろこうしろと言われて不満なのが、あからさまに目の色に浮かんでいた。
     締め付けが強まって、唇のリングは可能な限り最大限まで輪を縮める。
     ――にゅるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。
     唇の力で噛み潰さんばかりの圧力が、肉棒を口内から吐き出すため、ゆっくりゆっくりと後退する。カリ首に引っかかり、亀頭を通って鈴口にキスをしているような状態を介して、沙織の口は唾液の糸を引いて離れていった。
     一滴もこぼさない言いつけを守るため、顎の角度は上向きに反っている。
    「ゴクン」
     喉が鳴った。
     自分の出した精液が沙織の食道から胃袋へと流れ落ち、これから消化吸収されるのだという何よりの証拠であった。
    「よーし、飲めたな?」
     こんな汚いものを腹に収めた気持ちはどんなものか。
    「……くぅっ」
     砕けんばかりに歯を噛み締め、憎らしそうに下須井を睨む沙織の身体は、怒りと屈辱でプルプルと震えていた。
    「どうだ? ザーメンの感想は」
    「最悪の味だ。二度と飲みたくはないな」
    「はははっ、そいつはいい。明日も明後日も飲ませてやるよ」
    「……さすがはゲスだな」
     せめて言葉だけでも返してやりたいように、恨みがましい声を震わせてきた。
    「それじゃあ、そんなゲスにヤられて濡れまくったお前の絶頂成果を一緒に確認しようじゃねーか」
     そういって下須井は、隣に座らせるように沙織を抱き寄せ、腰に手をまわしてくびれを撫でてやりながら、すっかり濡れたベッドシーツに目をやった。
    「神谷。お前がお漏らしをして、ベッドを濡らした結果だぜ?」
     わざわざお漏らしという言い回しを使うのは、もちろん下須井なりに沙織を煽ってやるためなのだが、たくさんの水分を吸ったシーツの染みは、実際見た目にはオネショをしたばかりの布団にしか見えない。
    「よ、よくもこんな……」
    「あーあー。しょうがねーから、神谷沙織のオネショは俺が始末しておくよ」
     ポンポン頭を叩いてやると、沙織は深く歯を噛み締めた。
    「また明日もよろしく頼むぜ? なんせ調教を頼まれちまったんだしなァ?」
     そう、一回だけでは終わらない。
     これから、調教の日々は始まるのだ。
    
    
    
    


     
     
     


  • 第7話「下須井との体験」

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     翌日から、神谷沙織は早速のように大河内ショウの元へ訪れ、今すぐにでも特訓を始めるつもりで動きやすいジャージに着替えていた。
     コーチの住む別荘は海の手前。
     大金持ちならではの大屋敷の窓辺からは、どこまでも広がる青い景色が美しく、また裏手には大きな山がそびえている。沙織はそんな豪奢な部屋に招かれ、そこでこれからの方針を告げられることになる。
    「まずは自分の敗北を認める必要がある」
     並行一番、ショウはそう言った。
    「敗北か……」
    「思うところはあるだろうが、言い訳をしたって意味はない」
    「……わかっている。それでどうする」
    「録画映像がある。まずは試合を振り返るんだ」
    「…………」
     沙織は閉口した。
     案内された部屋には大画面のテレビがあり、サイズでいえば体操マットや座布団数枚分には匹敵する。明かりを落として映画作品でも再生すれば、ちょっとした劇場気分が味わえることだろう。
     ショウが再生の準備を済ませ、それから二人は並んでソファに座る。リモコンによって画面がつくと、まず出てくるのは沙織自身が股を広げたあの場面だ。
    
     ――どうだ! 見ろぉ! これが神谷沙織の愛液よォ!
    
     映像の中にいる下須井は、鬼の首でも取ったように勝ち誇っている。指には沙織の愛液が絡みついており、あの恥辱が蘇るようで画面から目を背けてしまう。
    「神谷。しっかり見ろ」
     沙織は膝に置いた拳を震わせながら、苦しい思いで顔を持ち上げ、そこに映る自分自身の耳まで赤い表情に目をやった。あの時は指で顎を掴まれ、逸らしていた顔を強制的にカメラ向きにさせられたのだが、自分のしていた表情を見ると何も言えない。
     いかにも許して欲しそうな、これから泣いて命乞いをしてもおかしくない顔つきは、とても自分のものとは信じられない。
    え それに、あのリングで受けた屈辱はこれだけではない。
     沙織はあのあと、さらに酷い仕打ちを受け、その全てを実況され、丸ごと映像に収められてしまっている。
     四つん這いにさせられた。
     マットに顔を押し付けられて、あのときの沙織には、下須井が後ろでどんな顔をしていたのかは見えなかった。見たくもなかった。ただ尻だけを高くした姿勢で、情けなくも目を瞑り、震えながら耐えることしかできなかった。
     画面の中にいる下須井は、高らかに腕を振り上げている。
     そして――
    
     ――スパァァァン!
    
     叩いた。スパンキングだ。
     黒スパッツの中に響いた衝撃が、ヒリヒリとした痛みの記憶が蘇り、尻に意識をやった沙織は恐る恐るといった視線で隣を伺った。
     叩かれたときも最悪だったが、そんな自分の姿を別の誰かと一緒に鑑賞するなど、これは何の罰ゲームであろうか。
    
     ――パァン! パァン! パァン!
    
     無抵抗に平手を浴びる画面中の沙織は、マットに顔を埋め込み頭頂部をこちら側へ向けた姿勢で、尻は下須井側である。高い位置にあるスパッツ尻はよく映り、左右交互に打たれるたびに良い音を鳴らしている。
    『なんと無残! これが最強のクイーンの姿か!』
     改めて聞く実況の煽りも、勝てるのに勝てないことの歯がゆい気持ちを刺激して、余計に悔しくさせてくる。
    
     ――へへっ、次はケツを丸出しにしてやる。
    
     スパッツがずり下げられ、剥き出しの尻肌を鷲掴みにされた。その指が強く食い込む感触も、高らかに実況されたのも、全ての記憶が沙織の身体には残っている。さらに生尻にまでスパンキングを受け、ほんのりと手形がついたのは間違いない。
    『今度は開帳! 赤ん坊のように抱き上げたァァァァァァ!』
     さらには股を抱き上げて、M字開脚の形に持ち上げ、アソコと尻の穴まで大きく画面に映し出されてしまった。
    『これは! 本当に毛が生えていない! 剃ってあるぞぉぉぉぉぉ?』
     実況が羞恥を煽る。
    『ビラが少しもハミ出ていない綺麗な割れ目に、お尻の穴は綺麗なアスタリスクのような六本の皺で出来ている! 黒ずみの薄い清潔感には驚きだぁぁ!』
     性器の形や肛門について、こうも細かく指摘された画面中の沙織は、両手で顔を覆い隠し、その内側で表情を歪めている。これで全ての恥部についての説明が、大衆に向けて行われてしまったことになるのだ。
     恥ずかしさで気が狂いそうだったのは言うまでもないが、そんな自分自身の映像を確認するなど、あのリングで浴びた何千何万からの視姦が蘇り、肌中にあった視線の感触が今にも生々しく素肌を走る。
     尻の穴という自分では確認できない部位の情報さえ、大衆に知れ渡っているのだ。そう思うだけでむずかゆい。
    「有料チャンネルでは胸までは放送されたが、下半身はこの通り修正されている」
     ショウの言うように、大きな黒丸で肝心な部分は塗り潰していた。アダルトであればもっときわどく、無修正の性器を見せないだけのモザイクに留めただろうが、尻も腰も丸ごと隠す勢いの修正は、かなりの意味で卑猥さを激減させる。
     その方が、沙織にとってはマシではあるのだが……。
    「とはいえ、現場では全部丸見えだったようだからな。パシャパシャ撮った奴が何人いたか。流出した画像を悪いが俺も見させてもらった」
    「……そうか」
    「確かに綺麗なアスタリスクだ。確認するといい」
     と言ってショウは、テーブルにノートパソコンを立ち上げ、あらかじめ保存していた下腹部の画像を出す。
    「――うっ」
     沙織は思わず目を背けた。
    「ちゃんと見るんだ」
     そして、苦しい思いで目を向けた。
     大きく映し出される性器と肛門は、M字の股をアップにしているだけあって、卑猥なこと極まりない。尻穴は本当に『*』のマークと変わらない放射状で、皺の本数も一目で六本あるとわかりやすい。
     ――黒ずみの薄い清潔感には驚きだぁぁ!
     実況の雄たけびが頭の中で今一度再生され、若干桜色じみているのが、まさに驚きの清潔感を証明しているようでなんともいえない。
     初々しい十七歳のワレメも綺麗なもので、白くきめ細かい肌をぷっくりと膨らませた中央には、ぶれない直線が滑らかに通っている。
    
     ――さあお前ら! こいつのアソコの中身が見たいか!
    
     下須井は観客に対して呼びかける。
    
     ――うおぉぉぉおぉぉおおお!
    
     歓声がそれに答えた。
     下須井の手は下へ下へと、秘所のところへ映っていき、大切な乙女の園を容赦なくぱっくりと、左右に大きく開いてしまう。
    『これは環状処女膜だ!』
     実況は専門的な言葉を口にした。
    『知識ある方はご存知のように、処女膜とは膣口の内側にある粘膜のヒダ。必ずしも本当に膜が閉じているとは限らず、指が一本かあるいは数本入る小さな穴が初めからあるわけですが、沙織選手の処女穴は、まるで星型のように少しだけギザギザじみた丸穴です』
     ノートパソコンの画面を見るに、全くその通りの形状をしている上、愛液が泡立った残りまで付着している。
    『濡れたあとなのは言うまでもない!』
     改めての指摘が羞恥を煽り、沙織は頬を硬く強張らせた。
    「これが今のお前だ。わかるな?」
    「ふん。わかりたくもないがな」
    「どんな理由があろうと、ああなったものはなったんだ。お前が決して負けを知らずに育ったわけでないのは記録でわかるが、ここ数年以上は負けを知らない。この辺りで、もう一度敗北と向き合うことが、今のお前のスタートラインになる」
     あらかじめ下須井ヒロマサと連絡をつける手はずは整えてあり、もしも沙織が頷けば、今日中に呼び出せる予定だったという。決定的な瞬間を今から待つことになり、覚悟や緊張の中で沙織はシャワーを浴びていた。
     本当に強くなるには、それこそ生死に関わる危険な特訓はざらにある。軟弱な精神で世界は取れないとはその通りだが、まさかメンタルを試す方法が、自分を負かした男に抱かれろとなるとは想像すらしなかった。
     まずはそれだけ、泥水でも啜るほどのどん底を味わえということか。
     好きでもない男の身体を洗い、清潔にしておくだなんて、既に良い気持ちがしていない。生け贄にでも選ばれた気分だ。コーチもコーチで、自分で抱くのでなく他の男をわざわざ呼び、そいつのためにホテル代まで用意していた。
     そう、ここはラブホテル。
     シャワーを済ませた沙織は、指示通りにバスタオル一枚だけで出て行き、大河内ショウに扇情的な姿を見せる。
    「ほう?」
     品定めの視線に晒されて、途端に気恥ずかしくなった。
     谷間が一センチだけ覗けるタオル姿は、高身長のせいか丈の長さが頼りない。ほとんど丸出しになっている太ももから、ほんの数センチほど持ち上げるだけで、尻やらアソコやらが見え隠れするはずだ。
     腰のくびれたボディラインも、当然のように浮き出ている。
    「奴はもう来るのか」
    「ああ、まもなくだ。すぐに来るだろう」
     ソファにかけていたショウは、重い腰を持ち上げるように立ち上がり、ゆさゆさと肩を揺らして部屋を出る。きちんと相手をするようにとだけ言い残された沙織は、これからに対する色んな思いを抱えながら、ベッドに腰を沈めていた。
     初めての相手が、下須井ヒロマサで決定してしまった。そのどんよりと重くなる気持ちもさることながら、自分をあんな目に合わせた最低漢が、これからもっと調子に乗り、さも楽しげに微笑むのかと思うと煮えくり返る。
    (あんな奴が……あんな奴と私は…………)
     本当に泥水を啜ってみせる。頭から酒をかけられる。土下座をする。他に思いつきうる屈辱の方が、いくらでもマシな気がしてくる。
     やがてして、ドアノックの音が聞こえた。
    「よお、本当にいるのか? 神谷よぉ」
     下須井ヒロマサの声だ。
    「ああ、入れ」
    「へへっ、失礼するぜぇ?」
     あのゲスな微笑みを浮かべて、無遠慮に踏み込んできた。
    「本当に来たんだな」
    「来たぜぇ? 面白いこと考えるコーチもいたもんだなァ? 確かにお前は精神を鍛えないと、今まで調子に乗りすぎたからなァ?」
    「お前が人に鍛錬の必要を説くとはな」
    「鍛えてやれと、他でもないお前のコーチから頼まれちまったもんな。俺もはりきって調教してやるから、せいぜいお前も頑張れや」
     下須井は手荷物を置き、さっそくシャワーを浴びに行く。
     しばし待ち、楽しみで仕方のない顔の下須井を迎えると、柄でもない緊張感が押し寄せ全身が強張った。
    (今からするのか……)
     しかも、下須井と。
    「楽しかったなァ? この前の試合はよぉ」
     隣に座ってくる下須井は、遠慮もなしに沙織の肩に手を回し、しっかりと抱き寄せる。ゾッと鳥肌が広がって、沙織はブルっと身震いした。
    「何が楽しいものか」
     声も怒りと緊張で震えていた。
    「楽しかったじゃねえか。おっぱいもマンコも、尻の穴まで大衆に見てもらってよォ」
    「楽しかったのはお前だけだ」
    「いいんだぜ? 素直になれよ。未知の体験は女として最高だったろ?」
    「……なッ! ふざけるな!」
     沙織は本気で怒った。
     バトラーとしての厳しい修行を経て、沙織は生死の危険や怪我と隣り合わせの体験を今までしている。だから一般人とは比較にならない丈夫な精神を持ち合わせ、あんな目に遭っても一応のところは今まで通り生きている。
     だが、普通なら人生が終わったような絶望に苛まれ、飛び降りるなり引き篭もるなり、そういう反応があってもいい。いや、むしろそれが正常な反応ですらある。あれで完全には心が折れていないなど、常識的な視点からすれば怖いとすらいえる。
     もっとも、二人とも常識を逸脱した者同士だ。
     沙織から見れば下須井は雑魚だが、その下須井にしても一般男性が何人束でかかって勝てる相手でもない。
    「おいおい、楽しくもねェのに濡れる女がいるか?」
    「黙れ! 馬鹿にするな!」
    「っつってもな。これからヤる相手だしよ」
     下須井は沙織の頭を指で掴み、くいっと動かし自分を向かせる。
    「貴様ぁ……!」
    「いい顔だ。たっぷり楽しませてやるよ」
     手始めとばかりに下須井は唇を押し付けて、沙織のファーストキスを奪い取る。
    (……お、おぞましい!)
     腐敗した生ゴミでも食わされようとしているがごとく、沙織は全身全霊で唇を閉ざした。そんな沙織の硬い唇に対して、下須井の唇はリング状に大きく開き、沙織の唇をこれでもかというほど激しく貪る。
     下須井の舌先が、沙織の唇の合わせ目をべろべろ撫でる。自然と頭が後ろへ逃げようとしていくが、がっしりと後頭部を掴まれて、やっと息継ぎのために二つの口が離れた頃には、沙織の唇は唾液濡れの光沢を帯びていた。
    (私のファーストキスが……)
     戦いの道に生きすぎた沙織の乙女心は一般的な少女と比べて薄い。メンタルが強いので傷ついても変わらないという見方も可能だが、何にせよ初めてはきちんと恋人と、という常識的な夢想くらいは普通にあった。
     まして、相手は下須井なのだ。
    「ご馳走になったな。神谷よォ」
     それを奪った男の顔は、いかにも下品な表情を浮かべている。欲望の権化が何かを満たしてせせ笑っているそのものの表情だ。
    「ふん。もう少し上品に出来ないのか」
    「セックスに下品も上品もあるか?」
    「人としての品があれば抱き方も変わる。お前は最悪だ」
    「処女がよく言うぜ」
     指摘され、沙織は目を伏せた。
    「……黙れ」
    「へん。黙々とやってたって楽しくねーのさ。お前の方からも、俺にキスしろ」
    「誰がするものか」
     沙織は目を背けたまま、じっと壁でも見つめていた。
    「おい、コーチに言われなかったか? お前は俺に奉仕する義務があるんだよ」
    「…………」
    「あんまり言うことが聞けないようなら報告しろとも言われている。へへっ、なかなか厳しい奴のとこに行ったもんだな」
    「まあいいだろう。死にはしない」
     意を決するしかない沙織は、両手に下須井の顔を包んで見詰め合う。が、視線が絡んで気持ちのいいことは何もないので、さっさと目を瞑って唇を近づけようとするのだが、心理的な抵抗から沙織の顔はそう簡単には動かなかった。
     もしも汚物を食べろだとか、飲尿しろと言われたら、それを口に運ぶまでにはどれほどの心理的な労力がいるだろう。
     向こうからキスをされるのと、自分からするのでは違う。
     磁石の反発じみて後ろへ逃げようとする自分自身の頭を制し、無理をしてまで唇を接近させていく労力は、華奢な腕で重量物を持ち上げることにも匹敵する。そうまでしてキスを行う沙織の全身には、当たり前のように鳥肌が広がっていた。
    (……とんだ拷問だ)
     ただ重ねるだけのキスをしていると、下須井は何も言わずに口を半開きに、舌を極限まで伸ばしてくる。ディープキスを求めた露骨な合図だ。
    (やるしかない、か)
     どん底を味わえ、汚物を喰らえ。
     下須井マサヒロという男は、自分が糞味噌の代替品だということを知っているのか。はたまた別の言い方をされ、のこのこやって来たわけなのか。沙織には与り知らぬところだが、これはそういう試練なのだ。
    (やってやる。このぐらいは何ともない)
     沙織も舌を伸ばして絡め合った。
     唾液をたっぷりとまとった舌の感触が、そのまま沙織の舌にまとわりつく。さながら親鳥が子にエサを与えているような、啄ばむようなキスの応酬は、遠慮とたどたどしさばかりで、いかにも仕方なくやっているのがよくわかる。
     嫌いな食べ物を我慢するより、ずっとずっと嫌だ。
    「はむぅ……んぷぅ…………」
     それでも、沙織は自分の唇に下須井の舌を挟み、お互いの舌先を触れ合わせたり、啄ばんだりと色んな方法を試していく。
    「咥えろ」
     その一言で、沙織はバスタオル巻きの下半身に目をやった。天を貫くような勃起が、タオルをテント状に持ち上げている。キスだけでも糞尿を食わされる気持ちがしたのに、ペニスを口に入れるだなんて出来るのだろうか。
    「て、手で……」
    「おう? 天下の神谷沙織様も、さすがにフェラチオの度胸はないってか?」
     咥えたら咥えたでいい気になり、勝ち誇った笑みで沙織のことを見下ろすだろうに、やらなければやらないで馬鹿にしてくる。
    「くそっ、やればいいんだろう!」
     ベッドの横に両足を下ろしている下須井。その大きく開いた股元へ、床に膝を下ろして座る沙織は、下須井のバスタオルを取り外し、生まれて初めて直視するペニスに大きく表情を歪めていた。
    
         ***
    
     沙織の目と鼻の先。視界の中央を占めているのは、嫌に立派な太さの勃起ペニスだ。はち切れんばかりに膨らむ肉棒は、天井へ向けてそそり立ち、皮の下から血管を浮かせている。
     少し視線を上げていけば、よく鍛えられた腹筋に肉厚の胸板。それから、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた下須井の顔が、沙織をよーく伺っている。
    (こんなものを口に入れるのか……)
     沙織は視線をペニスに戻した。
     性的な知識がないでもなく、男性器に刺激を与えるにも色々と方法があるのはわかる。その中には口でする方法があるのも知っている。
     しかし、相手は下須井。
     いざ口を近づけようと思ったなら、想像を絶するほどの心理的抵抗が働いて、顔が前に進むどころか後退した。
    「おいおい。ビビってるのか?」
    「馬鹿な。気持ち悪いから躊躇うだけだ」
     というのは事実に過ぎない。汚物、生ゴミ。あるいは蛾だのナメクジだの、そういうものを口に入れろを言われて、平然と頬張ることのできる人間がいるだろうか。
     これが恋人のペニスか何かなら、まだしも愛おしく思えただろう。女にだってそういうことに興味は持つし、好きな人とのセックスについての夢想もする。下須井のペニスであるという事実こそが、最大限の躊躇いを与えているのだ。
    「ほらほら、まずは両手で握ってみな」
    「……こうか」
     根元を手の平に包み込むと、異様に硬い肉の感触が伝わってきた。生温かい温度が手肌に染みて、ピクっと脈打っているのもわかる。
    「いいぜぇ? 亀頭の口に優しくキスしな」
     命令口調が気に食わない。
     だが、自動的に後ろへ下がる頭を無理に押し出し、前へ前へと唇を近づけて、沙織はそっと亀頭に口付けした。
     その瞬間、鳥肌が広がった。
     唇のまわりが、顎が、頬が、みるみるうちに毛穴を広げて冷や汗を噴き出し、肌中がSOS信号を放っている。
    「したぞ」
     たまらずに、ほぼ反射的に唇を離した沙織は、嫌悪感を隠しもしない顔で下須井を見上げた。
    「もっとだよ。舐めろ、咥えろ、たくさんしろ。フェラチオらしく努力しろ」
    「くぅ……やればいいんだろう…………」
     コツも何もわかりはしない。
     ほとんど手探りで、まずは再び唇を押し当て、生理的拒否反応を抑えて亀頭の約半分を揉み潰す。舌を伸ばし、先端をペロペロ舐め、またキスをする。単純なキスと、唇を駆使した亀頭マッサージと、舌先で舐める行為の三つをとにかく繰り返した。
    
     ぺろっ、ぺろっ、ぺろっ、ぺろっ、ぺろっ、ぺろっ…………。
    
     つむじあたりに注がれる下須井の視線を感じつつ、拙く舐める沙織の舌には、亀頭の味ばかりが染みていく。舌の根にまで鳥肌が広がって、嗚咽しかけてなおも舐め、また唇を使って噛みほぐす。
    「はっはっは! いい気分だぜ!」
     下須井は沙織の頭をポンポン叩いた。
     沙織の胸にじわじわと広がるのは、決定的な敗北の気持ちである。勝者と敗者の関係をわかりやすい構図に変え、こんな風に奉仕をして、下須井が喜べば喜ぶほど、沙織の胸にある屈辱は、まるで破裂する限界が存在しない風船のように、永遠に膨張していく。
    「神谷ァ! お前はどうだ? 俺のチンポは美味しいかァ?」
    (……黙れ、まともな味がするものか!)
     沙織は睨み上げ、下須井は楽しげにする。
    「おら、もっとしゃぶれ! 咥えろ! 一生懸命、この俺を感じさせな!」
     頭をポンポン叩かれ続け、ますます敗北感に呑まれていく。
     顔を前に進めた沙織は、肉竿の約半分までを飲み込んだ。太さのあまりに口内のほとんどが肉棒に占領され、舌もやむなく密着している。
    (くそ! 私がこんなことを!)
     沙織は頭を前後に動かし始めた。
     前へいくにつれ、亀頭が喉を塞がんばかりになる。頭を引けば唇の裏にカリ首がぶつかり、貼りつく舌は前後に肉竿を刺激する。
     ――レロォォ……ズルゥゥ…………。
     口内にものが入っていることで、生理的に分泌される多量の唾液が、肉棒の表面をコーティングしてぬかるみに包んでいく。唾液が泡立っているためか、非常にかすかではあるが、泡のプチプチと潰れる音もしていた。
     癒着した舌と肉棒のあいだに、たった一ミリでも隙間が出来る際には、二つを粘着させていた唾液が濃密な糸を引く。そして、すぐに舌は竿に張り直され、密着のままに前後へ這い続けることになる。
     とっくに心が悲鳴を上げていた。
     岩盤に少しずつヒビが入っていくように、プライドに亀裂が走り、今にも砕けそうな心を気力だけで繋ぎとめている。
    (そうか。そういう鍛錬か)
     尊厳を足で踏みつけ、プライドに泥を塗る。恥辱という名の苦行に耐え、傷つきながらも茨の道を通り抜けてみせることこそ、下須井との性交渉に隠されたテーマだ。そうでもなければ、自分がこんなものを頬張っている事実に納得いかない。
    (そうだ。下須井など踏み台だ。私が前に進んでいくための――)
     ――ジュッ、ジュルッ、ジュジュゥ……。
     屈辱に味がついたとでも思って、沙織は甘んじてそれを啜った。肉竿の角度を支えるために両手に、指圧的な力を加え、全ての吐き気を堪えて一生懸命に奉仕する。
    「お? やる気が出てきたじゃねーか」
     いい子いい子とばかりに頭を撫でる手つきには、当然のように沙織を馬鹿にしたい気持ちが込められている。いい気になっている。調子に乗っている。全て沙織の口で気持ちよくなっているからだ。
    「好きに穢せばいい。それでも、私はかつて以上の輝きを手に入れ、今日のお前を見返して余る功績を残す!」
    「ほーう?」
     決意の熱を帯びた睨み顔と、相手を値踏みする調子の良い表情で、お互いの視線が絡み合っていた。
     睨み上げたまま……。
     一旦離れた口を近づけ直し、そっと押し付けるようなキスから、少しずつ唇の輪を広げていくようにして、今一度亀頭を飲み込んだ。色気のない怒気ばかりの表情で、口にはペニスを含む沙織の顔は、果たしてどこまで下須井を興奮させているものか。
    「ズチュ、ンジュゥ……ずるっ、ずりゅぅぅ…………」
     どれほど興奮されようと構わない。己の心にヒビが入れば入るほど、それはより高く飛ぶためのバネとなるのだ。
     ――悔しい! 悔しい! 悔しい!
     だからこそ、いくらでも奉仕してやる。
    「パイズリはわかるか?」
    「ふん。さしずめ、こういうことだろう?」
     自分のバスタオルを脱いだ沙織は、恥じらいはあるものの全裸を晒す。常識的な羞恥心から耳の先まで染めながらも、プルっと弾力の強いゴムボールじみて硬い乳房で、しっかりとペニスを包んで刺激を与えた。
     胸板の中央に硬い感触が埋まり、乳房で覆って逃がさない。勃起の熱量ばかりか、今まで沙織自身がまぶした唾液のぬかみもあり、その全てが肉棒との接着部位に広がっている。
    
     ――むにっ、むにっ、
    
     睨み返す視線は変わらないまま、胸でペニスをしごき始めた。
    「どうした? 急に覚悟なんか決めちゃってよォ」
    「ふん。どん底の泥水に浸かって鳴れただけだ。お前という泥水にな」
    「言うねぇ? 処女の神谷沙織ちゃんよォ」
    「どうせ最後までするつもりだろう。その処女も今日でくれてやる」
     両手掴みの自分の乳房を上下させ、無心にしごいている沙織は、やがて身体ごと上下に揺すって刺激を与える。
     いつ射精するのか。精液とは臭いのか。
     どうしようもないことを気にしながら、両手で強く乳圧をかけ、それだけ強く肉棒の熱気を皮膚に感じる。
    
     ――むにっ、むにっ、
    
     真下を見れば、谷間から見え隠れする亀頭がある。
    「ヤらせろ」
     と、一言。
     そして沙織は仰向けになった。
    
    
    


     
     
     


  • 第6話「屈辱を味わえ」

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     ショウは極めて真面目な口調で、少しばかり熱い感情さえ込めて言っている。決してセクハラめいた目的で映像を見せつけたわけではないのだろうが、たとえコーチとしての自分とプライベートの自分で切り替えが出来ていようと、画像がPCに保存してあるのは、つまりそういうことに他ならない。
     コーチとしては真面目なのかもしれない。
     だが、プライベートでは沙織の画像を性欲目的で保存している。自分の性器と肛門を握る男につき、その下で特訓を受けるなど良い気分はしない。何かの拍子や練習終了時など、沙織の前でコーチとしての仮面が取れる瞬間があったなら、セクハラの予感さえよぎってくる。
     しかし、あの屈辱を晴らせるときが来るのなら……。
     それでも彼の指導を受ける価値はあるのだろう。
    「私が進む先のゴールは頂点以外ありえない。お前こそわかっているか」
    「当たり前だ。神谷沙織を世界一にするのは俺だ」
    「ならいい」
     映像はまもなく終わりを迎え、タイムアップによって文句無しの敗北判定が出されてしまう。
    『負けた! 史上初! クイーン敗北! これこそがクイーンの負けた姿!』
     大げさな実況。
     映像の中の沙織は、最後には腰を振られていた。もちろん本当に犯されたわけではないが、押し倒された挙句にボクサーパンツの股間を刷り当て、レイプごっこと言わんばかりに楽しそうに笑っていたゲスな表情を思い出す。
     挿入までされずに済んだのは、あくまでもリングの上だからだ。
     お構いなしに挿れられていれば、あのときの沙織はなすすべもなく処女を奪われ、レイプショーまで行う羽目になっていただろう。
     自分は敗者だ。負けたのだ。
     だが、どん底を味わうのはこの先だった。
    
         ***
    
    「獅子が子を崖に落とすということわざなんてあるが。神谷、お前にはもっとどん底に落ちてからスタートしてもらう」
     特訓を始めるにあたって、ショウが言い出したのはこうたっだ。
    
    「体を差し出せ」
    
    「な、何? 何を馬鹿な!」
     さしもの沙織も唖然としていた。
    「俺が信用できないならそれでもいい。だが、俺ならお前を世界一にしてみせる。どうするかは自分で決めろ」
     あの映像を一緒に鑑賞など、罰ゲームもいいところの体験では足りず、なおも沙織を貶めようというのか。
     しかし、真剣な眼差しがそこにはある。
    (そういう目的ということじゃないのか?)
     沙織は迷った。
    (ただの体目的だとしたら、どうしてそんな目ができる。そんな本気で真面目な……)
     どう考えてもおかしいことを言っているのに、普通なら即刻拒んで立ち去るのに、それをさせずに迷わせるほど、大河内ショウの瞳には有無を言わさぬ炎が宿っている。
     どうする?
     信用するということは、これから抱かれるということになる。それは同時に処女を捧げることにもなる。いくら格闘の世界に生きたとはいえ、ちっとも乙女心を持たないわけではない佐織だ。小銭を投げ捨てるような気軽さで明け渡すのは無理だ。
     しばらくはその場で考え込んだ。
     そして、迷いに迷った末の答えを沙織は出す。
    「……いいだろう」
     覚悟を決め、沙織は言った。
    「私に触れるだけの気概があるなら抱かれてやる」
     それで世界一を目指せるのなら、あの屈辱も晴らせるなら構いはしない。
     しかし――――。
    
    「決まりだな。これから、さっそく下須井マサヒロと寝てもらう」
    
    「な、何ィ?」
     覚悟に覚悟を固めたはずの沙織の顔は、一瞬にしてひどく引き攣り、悪い冗談を聞かされて困り果てた表情を浮かべていた。
    「聞こえなかったか? 相手は下須井ヒロマサだ」
    「馬鹿な! あいつは私を――。その下須井に抱かれろというのか!」
    「どん底に落ちてからだと言ったはずだ。なら、その相手は俺じゃなくて下須井が適任だ」
    「それはそうだが……」
     納得がいかない。
     何故、あんな奴と。
    「嫌ならやめるか? 俺は今のままのお前を指導する気はない。やっても無駄だ」
     断言され、沙織はムッとした。
    「なんだと?」
    「確認しよう。まず目先の目標は、あの卑怯な条件を乗り越え、それでも勝てるようになることだが、最終的な目標は世界の頂点。この認識に間違いはないな?」
    「そうだ。私はあの屈辱を晴らし、それから前に進む!」
    「はっきり言おう。世界にはお前より強い奴が普通にいる。当たり前だな。お前はまだ十七で、それよりも経験を積んだ猛者は数多い。逆に言えば、世界にでも行かなきゃ神谷沙織より強いバトラーはいないってことにはなるが、どちらにしろ今のお前は指導できない」
    「…………」
     閉口した沙織はただ睨んだ。
     文句しかない顔つきで、歯向かう眼差しで――。
    「軟弱な精神では無理だ」
    「私は軟弱ではない!」
    「本来ならな。だが、俺が求めるのは、たとえあんな目に遭おうと毅然と振る舞い、どんな大衆の視線もいやらしさも撥ね退ける最強のメンタルの持ち主だ。まずは、あれ以上の屈辱を覚えてもらわないことには話にならない」
    「ならば、その上で這い上がれば文句はないのか」
    「その通りだ」
     二人は睨み合った。
     それが当然と言い切るショウと、下須井など真っ平と思う沙織の視線は、真っ向からぶつかり合って火花を散らす。
     完全に馬鹿にしている。
     こんなことすらできないようでは、到底世界は取れないと、ショウの目は言っている。
     冗談じゃない。負けてたまるか。
    
    「いいだろう! 受けて立ってやる!」
    
     沙織はこうして怒声を上げていた。
    「よし、今度こそ決まりだな」
     とんでもない決断をしてしまったのだろう。
     しかし、それで世界が取れるなら、頂点に立てるのなら……。
     やってやる。
     どんなことだって、やり抜いてみせる!
    
    
    
    


     
     
     


  • 第5話「コーチを得て」

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      神谷沙織の敗北は大事件として報道された。
     運営を非難する声は大いにあるが、その裏では当然のようにお宝映像を楽しむ男のいやらしい世界が広がっている。
     約五万人の観客に合わせ、チャンネル放送を視聴していた数多くの格闘ファンにより、沙織の痴態はたちまち世界に拡散されていた。ツイッターに上がるキャプチャー画像にはおびただしいリツイートがつき、アダルト動画サイトに録画映像が投稿され、多くの十八禁ブログサイトも沙織の記事を作っている。
     拡散された情報が、またさらに細かく拡散されることで、もはや沙織の事件を知らない日本人は存在しない勢いにまで達していた。
     あのクイーンが、現役女子高校生が――。
     大々的な見出しにあふれている。
     もう堂々と外を歩くことは出来ない。
     一歩でも出歩けば、たちまち誰かが自分を指し、あのときエロい目に遭わされた女として見てくるだろうう。
     かといって、引きこもりにはなりたくない。
     誰の視線も浴びたくないが、家に篭っても駄目になる。
     すっかり傷ついた心と、自分が落ちぶれていくことが許せない求道者としてのプライドと、二つが胸の中でせめぎ合う結果として、沙織が外に出るのは夜中にサングラスをかけてのこととなった。
     暗闇で顔が見えにくく、サングラスで目も隠れる。
     これなら――。
     と、沙織はジャージ姿でジョギングに出て走るのだが、ただ通行人とすれ違うだけのことに緊張してたまらない。
     犬の散歩をするオジサンとすれ違っても、同じくジョギングをする青年を見かけても、今に沙織に気がついて、あの痴態についていやらしいことを言ってくるのではと、恐怖と緊張に身を固めてしまう。
    (これが今の私か……)
     沙織は自嘲した。
     むしろ傷つかない方がおかしいのだが、今まで王者のごとく君臨してきた沙織だ。その自分がこうも弱りきっていることを思うと、なんだか悲しくて笑えてくる。
     世界チャンプを目標としておきながら、いかに卑怯な薬とはいえ、あんな敗北に遭わされてしまったのだ。本当は勝てるはずの相手に何も抵抗できないのは、実力によって正々堂々と負かされることとはまるで違う。
     沙織だって、無敗で育ってきたわけではない。
     今でこそ負けを知らなくなったものの、過去に遡れば遡るほど、まだ強さの実りきらない答辞に流した悔し涙の量は多い。そのたびに次こそはと、敗北をバネにしてきたが、弱体化の薬など飲まされるのは、次こそはという問題じゃない。
     いかに沙織が図太くて、今にも立ち直ったとしてもだ。
     世間には、何も関係ない。
     どんなに沙織の精神が強かろうが弱かろうが、立ち直っていようがいまいが、世間にとっての神谷沙織は、試合中にエロい目に遭ってアソコを濡らしたエロい女だ。たとえ世界王者になろうがそれは同じだ。
     世界にとっての沙織の事実は、もう永遠に変わることはない。その真実から逃れたければ、この世界から自分を消すしかない。本気で自殺を考えるには沙織の心は屈強すぎたが、そうすらば楽だということくらいは頭によぎった。
     そして、そんな軟弱な自分自身に嫌悪した。
    (……嫌だ。このまま終わりたくない)
     失われた尊厳を取り戻すには、同じ条件から打ち勝つことであろうか。しかし、パワーが失われる薬など、そもそも戦い自体ができなくなる。
    (己、畜生……!)
     ジョギングの足を止め、沙織は拳を握り締めた。
     どんなに強くても、その強さを封印されては何もできない。
     勝てるわけがない。
    
    「――勝ちたいか?」
    
     聞き覚えのある声に沙織は勢い良く振り向いた。
    「お前は……!」
    「久しぶりだな。神谷沙織」
     それはかつて、沙織を育てたいといって現れたコーチであった。自分を世界の頂点に導けるのなら、どんなコーチの元でも良かったが、その大きな自信を持てない相手は願い下げ。沙織は彼を拒んだのだ。
     そのコーチが、再び沙織の前にやって来た。
    「……勝てるのか」
     ごくりと息を飲みながら、沙織は恐る恐る尋ねる。
    「筋力の発揮されなくなる薬は、手足自体の動きを悪くする。立ったり歩いたりするだけがつらく感じるほどの作用を及ぼすが、だったらパワーなんか使わずに勝てばいい」
    「全身の筋肉が封じられても、パワーを使う使わないなど言っていられるのか」
    「別の動かし方をすればいい。気功法による超エネルギーとかな」
     沙織はしばし迷った。
     よしんばそれが出来たとて、やはり沙織の最終目標は世界一である。それにコーチも、当然のように沙織の受けた恥辱について知っており、丸出しになった胸も、スパッツの中に手を入れられたのも、全て見ているはずなのだ。
     目の前にいる異性の頭の中に、自分が受けた悪夢の記憶が眠っていると思うだけで、どことなくゾッとするものがある。その視線が胸やアソコを愛でてくるような気がして、沙織は思わず顔を背けた。
    「私は…………」
    「迷っているのか? そうだよな。色んなものを見てまわって、こうしてまたお前の前に顔を見せた俺。対するお前は、ついこの前のステージショーだ」
    「うぅ……」
    「だが、まあ断言する。今の俺ならお前を世界最強にしてやれる」
     かつてのコーチは、さすがにそこまではと、遠慮のある顔をしてしまっていた。ところが今のコーチには、まるで沙織がそうなる未来を既に見ているような確信ぶりで、ニタリと勝気に微笑んでいる。
     もしや今のコーチなら本当に――。
     ならば迷ってはいられない。
     心が深く傷ついたままでいるのは、まるで自分の胸の内側が腐り落ちていくような、とても嫌な感じがする。取り除きたい。立ち直りたい。自分自身に活を入れたい思いが強まり、暗い表情だった沙織の目には、小さな火が宿っていた。
    「いいだろう。私はお前の元で磨きをかける」
     目の前の男を信じようと、沙織は心に決めた。
    「条件がある」
    「条件?」
    「俺の言うことには絶対服従。たとえどんなことがあっても、何の意味があるのかわからない特訓でもな」
     服従も何も、本当に強くなりたければ、いかに危険なメニューであってもこなしていく。怪我や死亡の危険があっても関係ない。それで強くなれるのなら、どんなことでもやってやるまでだ。
    「そうか。まあ、いい。受けて立とう」
    「決まりだな」
     コーチは握手の手を差し出す。沙織は応じて手を握った。
    
     こうして、沙織の専属コーチとなるこの男の名は大河内ショウである。
    
    
    


     
     
     


  • 第4話「リング上の羞恥ショー」

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     モミ、モミ、モミ、モミ、モミ、モミ、モミ――。
    
     今の沙織が身じろぎしても、下須井の乳揉みから逃れることは叶わない。足を踏みつけてやろうとはするものの、それしきは下須井とて読めるため、全ての踏みつけはかわされる。むしろ動けば動くほど、尻に挟まる肉棒に刺激を与えてしまっていた。
    『おおっと! オッパイを揉まれています! 揉まれています!』
    「ぐへへぇ、実況されてるぜぇ?」
     それだけではない。
     天井に釣り下がる四つの巨大モニターは、全てが沙織の胸をアップにしている。くねくねと踊る五指が乳房に食い込み、大胆に捏ね回す光景がよく映っていた。
    「やめろ。これは戦いじゃない」
    「はっはっは! これは俺の立派な技だぜぇ? 女の力を封じて、喘がせることで男が有利に立ち回る必殺技よォ!」
     客席は沸き立っている。
     もちろんブーイングの声もやまないが、素直に興奮している層の観客は、ここぞとばかりに下須井コールを放っていた。
    『モミモミと踊る指先! それは柔らかな乳房を揉み潰し、黒いスポーツブラの中から着実に突起を浮かべ始める。乳首が勃起し始めているぞぉ?』
     沙織はカッと顔を赤らめた。
     スタジアムの収容人数約五万人以外にも、テレビ生中継も行われている。スタッフや各職員も存在する。あまりにも多数の人間が、同時に沙織の痴態を見ていることになるのだ。
    「知ってるか? 沙織よぉ」
    「な、なんだ……!」
    「地上波じゃあ、オッパイ揉まれたお前なんざ放送できねぇ」
    「くっ」
    「だが世の中には有料チャンネルもあるよなぁ? おっぱい放送できる局ってあるんだぜ? お前が乳を揉まれる姿は、確実に世間に発信されちまってんのよォ」
     すなわち、決定的瞬間のキャプチャーはインターネットで拡散され、この瞬間から神谷沙織の恥辱ワンシーンは、永遠に歴史から消えることはない。卑怯な薬を使われようと、どんな過程があろうとも、そんなことは関係無しに容赦なく映像は出回り続ける。
    「はしたない! 戦いとは頂点を目指す道のり! それを穢すな!」
    「穢されたくなければ、お前自身が守ってみろよ」
     下須井はスポーツブラをずるりと持ち上げ、生の乳房をあらわにした。
    『おおっと! 生のプルンとしたオッパイが、その桜色の乳首を立てながら、瑞々しい果実の香りと共に姿を見せたァァァァ!』
     同時に客席も、さらに一段階沸き立っていた。
    「馬鹿な! こんな馬鹿な!」
     自分で自分が信じられない。
     どうして、こんなことに――。
     アジアチャンピオンでもある沙織にとって、もはや日本国内に敵はいない。この大した強敵もいないイベントは、再び海外へ出るためのおこずかい稼ぎに過ぎなかった。自分が連戦連破を果たすのは、肉食獣がシカやウサギを捕らえるがごとく当たり前の自然の摂理とさえ思っていたのだ。
     しかし現実には、乳肌に指が食い込み、好きなように揉まれている。
    「よく聞けェ! 神谷沙織のオッパイは、ゴムボールみたいにブヨブヨとした感じだ。物凄い弾力の良さと、コリコリした乳首の触り心地が最高だぜ!」
    「や、やめろ……!」
    「おいカメラども! こいつのオッパイをよく映せ!」
     下須井はマットに腰を落とし、沙織の姿勢も強制的に変更させた。
     男股の間に座らされ、両腕は腰の後ろに封じられる。手の甲が両方とも尻に潰されてしまっているので、腕での抵抗はできない。
     ならば足は――。
     沙織の脚は、下須井の足によって開かされていた。
     まず下須井の姿勢を説明するなら、体育座りの足を開いたM字に近い座り方である。沙織の両足ともが、そんな左右に立てられた足の中に捕まり、大胆な開脚を強いられている。弱体化の薬が効いた沙織では、この状態から脱出できない。
     つまり、沙織の胸もアソコも、下須井は好きなように触れるのだ。
     そんな有様の沙織は、巨大モニターの画面サイズに全身丁寧にぴったり収まり、生乳を揉まれ続けていた。
    「見ろよ。目の前のカメラが、モニターにお前を中継してるんだぜ?」
     リングの外側にいるカメラスタッフは、撮影用の大型機材のレンズを向け、こんな沙織の姿を容赦なく撮っていた。
    (こんな狼藉の場面を平気で記録に残そうというのか……!)
     カメラとは目も合わせたくないように、沙織は顔を横に背けた。
    「そして、見ろ! モニターにはお前がちゃーんと映っている」
     見上げれば、そこには沙織自身の姿がある。
     自分では見えない自分の姿が、解像度の高い画面サイズで、実際の身長よりも大きく映し出されている。無残に乳を揉まれて、足も左右に投げ出す正面からのアングルが、嫌というほど鮮明だった。
    「何故こんなことをする。下須井」
    「はん! 調子に乗ったお前にお仕置きをしてやるためさ」
    「……調子にだと?」
     沙織は自分が調子に乗っている自覚が――否、乗ってすらいない。慢心や見下しとは全く質の違う沙織の心は、あらゆる格下に関心自体を抱いていない。強くなりすぎた弊害でか、そこいらの生半可なバトラーなど、人間がアリを踏み潰しても気がつかないのと同じほど無関心だ。
     ゾウのように巨大な生き物が、果たして蚊のように小さい存在に気づくか。
     レベル99の勇者がはじまりの草原でスライムを倒したとて、そこに強敵を打ち倒した喜びや達成感が沸くものか。
     良くも悪しくも、ただひたすら前を向いて歩き続ける沙織には、いつまでも後ろを歩く弱者など視界にすら入らない。
     そして、下須井ヒロマサとは、沙織の関心対象にはならない強さだ。
     そんな男の指が、沙織の乳首をつまんでいた。親指と人差し指で、強弱をつけるように挟んでは引っ張り、左右につねり、存分に刺激を与えている。
    『なんという格好! なんという恥辱! これはAV撮影の光景か何かでしょうか!』
    (え、AVだと……!)
     沙織は真っ赤な顔を伏せ、屈辱に全身を震わせた。
    「発表する! いいか? 神谷沙織の乳首は、グミのように硬い弾力がある。オッパイもだ! 指を跳ね除ける力は強く、物凄い揉み心地だ!」
    『世紀の発表! 愛し合う恋人にでもならない限り、決して人には知ることのできない、十七歳の少女の情報が、五万人以上いる観客に向けて発せられる!』
     そんなことは聞きたくない。
     下須井の言葉も、熱い実況による言葉責めも……。
     しかし、両腕が封じられている沙織には、耳を塞ぐことさえ許されない。発表を喜ぶ観客のざわめきも、下須井の興奮した息遣いも、鼓膜への到達を拒めるものなら拒みたい音が、容赦なく耳の穴に流れ込む。
    『さすがの沙織も恥ずかしいのか。耳まで赤くなった表情を隠そうと、じっと下を向いたままカメラから目を背けています』
     沙織の内心を見抜くような実況までされてしまい、屈辱の感情がふつふつと煮えたぎる。
    「許さん! 許さん許さん!」
     何がなんでも許すまいと、必ずや下須井を叩きのめそうと、必死の身じろぎを行うが、腕の締め付けを強められれば抵抗は封印された。
    「おりゃぁ!」
     下須井はスポーツブラを左右に引き千切った。
    「いい加減にしろォ! このゲスがァ!」
     腕の締め付けがなくなりなり、すぐまた身じろぎで暴れるが、その動きはDカップの乳房をプルンプルンと、左右に激しく揺らしている。
    『オッパイが揺れています! なんという光景でしょう!』
     必死に逆転を試みる沙織の頑張りは、実況の手でオスの欲望を刺激するエッセンスへと変換され、スタジアム全体の空気も変わり始めた。
     もう、これは恥辱のショーだ。
     沙織が好きなようにされる光景を楽しむ場所だ。
     意図的か否かはともかくにせよ、実況の仕事はそうした空気を作り上げ、ニヤニヤと素直に楽しむ観客の比率は一人また一人と上昇している。薬を使った卑怯な手口に反対して、ブーイングを飛ばしていた良識派は、多数決に押されるように鳴りを潜めて押し黙り、今ここにある全ての感性は、いいぞもっとやれ! という下須井への応援に統一されてしまっていた。
    「ほーら、お客さんもお前のオッパイが楽しいとよ?」
     下須井は再び腕を巻きつけ、身じろぎを止めてしまう。
    「馬鹿な……」
    「耳を傾ければわかるだろう? みんなが喜んでんだよ。お前のオッパイにな」
     下乳に指を沿え、見せつけんばかりにプルプル揺らす。綺麗な球形状のバウンドは、その張りの強さにより、小刻みな振動から直ちに元の形に戻ってしまう。その都度その都度、一瞬で揺れを沈める弾力は、そのたびに下から振るわされ、プルプルと揺れ続けた。
    『乳房の痙攣とも言える光景。沙織選手、されるがまま』
     下須井は次に、沙織のスパッツに手を入れる。
     もっとも大事な部分に指が迫って、沙織はあらゆる感情から全身を強張らせた。下須井ごとき本当は負けるはずのない相手であること。多くの観客に見られていること。戦いという神聖な舞台でこんな目に遭わされること。
    「発表しよう! あるべきはずの場所に毛の感触がない! 剃ってある! 神谷沙織のマンコはツルツルだ!」
    『なんということだ! 今その手で、沙織がパイパンであることが明かされた!』
    「それだけじゃねえ! 濡れているぜ! この状況で、無理矢理されてな!」
    『まさか! 感じたというのでしょうか! ここで沙織にマゾ疑惑が浮上する!』
     次々に沙織に秘密は明かされて、右手の潜り込んだ黒スパッツがモゾモゾと動いているのも、当たり前のように流される。割れ目で動く指の感触にゾッとして、背筋全体に寒気の走った沙織は、慌てて声を荒げていた。
    「ふざけるな! 誰が濡れるものか!」
    「いいや! 濡れている! クリトリスの突起も俺の指に当たっている! これから証拠となる愛液を指に絡め取ってみせよう!」
     それがお前の真実だと言うように、下須井の指は突起した肉芽を探り当てる。蠢くような指の愛撫に表情を歪めていき、歯を食い縛って沙織は堪えた。
    
     ――頼むぜ! 下須井!
     ――沙織のマン汁を見せてくれェェ!
     ――下須井! 下須井! 下須井!
    
     下須井コールが沙織の耳に聞こえている。
    (私は応援されていないのか……)
     いかに自分の恥辱が期待されているのかと実感しながら、なればこそ感じてなるものかと、反骨精神で全身に力を入れる。汚辱濡れの表情など見せまいと、横に背けた顔を下に向け、斜め下の方向ばかりをじっと睨んだ。
    「さあ、ずっとスカして男を圧倒してきた女王様のご尊顔だ。たっぷり映せ!」
     下須井は左手であごを掴み、強制的に正面を向かせる。真っ赤に染まり、頬は強張り、歯を食い縛るあまり痙攣じみた震えさえ起こす沙織の顔は、情け容赦なく巨大モニターに晒され、それが客席を盛り上げることとなった。
    
     ――すげえええええ!
     ――悔しい! でも感じちゃう!
    
     沙織を煽る言葉さえ飛んできた。
    『解説の田中さん。この光景はどうでしょう?』
    『そうですねぇ? どうやら運営は初めから、薬で弱体化させた沙織さんに恥辱を与え、みなさんを楽しませる予定だったようです』
     ふざけるな! 冗談じゃない!
     私はそんなことのために戦ったのか。
     私は……!
     そんな仕事のギャラを受け取ってしまっていたのか!
    『すると、全ては計画通りであると?』
    『その通りです。今の沙織さんが浮かべている表情は、いかにも「悔しい!」と叫び声が上がりそうに見えますが、第一点は勝てるはずの男にいいようにされていること。いつもの力さえ発揮できればこんなことにはならないのにと、頭の中はそればかりでしょう』
     当たり前だ!
     正々堂々と戦えば私は――。
    『しかし、若干十七歳の少女には酷な仕打ちですねぇ?』
    『第二に羞恥心もあるでしょう。戦い、戦い。そんな日々を送る沙織さんは、厳しい鍛錬などに時間を費やすばかりですから、恋に勉強に忙しいといった高校生らしい日常は遅れません。彼氏なんていないんですから、人に裸を見せた経験だってありません』
     何を勝手に断言している!
     確かに事実だが、勝手に……!
    「どうだ! 見ろぉ! これが神谷沙織の愛液よォ!」
     勝ち取った獲物を誇るかのように、高々と右手を上げた下須井の右手には、見間違いようもないねっとりとした粘液が絡み付いている。
     当然のように画面に大きくアップされ、粘液の絡み付いた指が視線を集めた。
    「濡れてなど……」
    「お前は濡れたんだ。その証拠が目の前にある」
     沙織の目と鼻の先に、自分自身の愛液があった。
     誤魔化しようのない真実がそこにはある。
     大衆の前で、無理矢理されて股が湿ったことは、世間の沙織に対する目に大きな変化をもたらすだろう。
     沙織自身も動揺していた。
    (濡れただと? 私が……この私が…………!)
     屈辱に震える沙織は、タイムアップのゴングが鳴るまで下須井の拘束から脱出することはできなかった。
     確かに薬のせいかもしれない。卑怯なことをされてのことだ。
     それでも――。
     深い敗北感に蝕まれ、沙織はただ下を向くことしかできなかった。
    
    
    


     
     
     


  • 第3話「恥辱の始まり」

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     だが――。
     休憩時間に支給されたドリンクを飲んでから、神谷沙織は大きな変調をきたす。
     また少しの連勝を収めてからのこと。
    (ん? なんだこの感じは)
     妙に力が抜けることに気がついた。あるべき筋力が発揮されずに、ただ腕を持ち上げるだけで必要以上に重力を感じる。まるで重りでも括り付けてあるように、足を動かすだけが重労働に思える。
    『さあさあ! 次は下須井ヒロマサ選手の入場です!』
    (下須井? どこかで聞いたような)
     だが、目の前に現れた醜悪な顔立ちを見ても、沙織はまるでピンと来ていない。
    「久しぶりだなぁ? 神谷ァ」
     ヒラメのように目が左右に離れ、脂っこい鼻が丸く大きい。欠片も格好良くない顔立ちにはどことなく覚えはあるが、ボクサーパンツ一枚で鍛え抜かれた肉体を晒す彼など、やはり記憶の中にいない。
    「誰だ」
    「おいおい、俺なんてお忘れか? 小学生の頃にお前とクラスメイトだった男さ」
    「思い出せんな」
    「マジで記憶にねーってか? だが俺はよく覚えている。俺が雑魚を可愛がってたら、正義ぶるお前に邪魔されて、散々嫌な思いをしたことはな」
     ようやく、沙織の脳裏に記憶の片鱗がよぎった。完全には思い出せないが、クラスでイジメをやる男子がいて、それを止めたことがあるくらいはさすがに覚えている。
    「ああ、確かいたはずだ。弱小者を小突き回すことが楽しいあの時のガキ大将は、お前だということか」
    「結局、この下須ヒロマサを完全には思い出せないか」
    「ふん」
    「まあいいぜ。始めようぜ? 神谷」
    「お前にその価値があればな」
     どうせ小ウサギに過ぎないことは、立ち会った瞬間から見極められる。肌全体が測定器であるように、覇気の大きさは感じ取れるものなのだ。
     下須井は弱い。
     これならまだ、三つ子の方が強かったのではないだろうか。
    『レディィィィ! ファイ!』
     ゴングが鳴る。
     途端に動き出した沙織は、マットを蹴る自分自身の踏み込みと、そして己の放つパンチの威力に違和感を覚えた。
     ――キレが弱い!
     何故、どうして――何もここまで手は抜いていない。常人の目にはそれでも鋭く早く見えるパンチは、しかしひらりとかわされた。
    『みるも素早いパンチ! 下須井はこれをかわしたァァァ!』
     一般人の目であれば、どちらの動きも常軌を逸して見えただろうが、沙織本人にすれば欠片も納得のいかない動きだ。
    (何故だ? 何故、私の力が落ちている)
     疲労ということも考えるが、現状の試合数で実力が発揮できなくなるほど、少ないスタミナ量はしていない。
     ならば、何故?
     思い当たるのはあのドリンクくらいだ。
    「オラオラァ!」
     下須井の上段回し蹴りが炸裂。腰を低めることで頭上を通過させ、そして狙うのは下須井の背中である。回し蹴りの遠心力のまま、背中を向けてしまおうとしている一瞬目掛け、今度は沙織のパンチが炸裂した。
     だが、拳は弾かれていた。
     パンチを背中に誘った下須井は、肘打ちで振り向くことで軌道を逸らし、さらに二度目の上段回し蹴りを放った。長く伸ばした腕を横へと押し退けられている沙織にとって、今の姿勢からでは避けにくい。
     しかし、沙織は瞬発的に腕を縮め、肘打ちで迎え撃つことでキックを相殺した。
    『これは接戦! あの神谷沙織と初めて渡り合っているぞォ?』
    「ハァ!」
     間髪入れないもう片方の腕でのパンチは胸に直撃。
    「ぐぅっ……!」
     重い威力が何歩も何歩も、下須井を後方へとよろめかせた。
     追うように間合いを詰めて、沙織はさらに連続パンチを繰り出す。秒間数発ほどある高速の拳は鋭く重い。さも腕が増殖して、三本も四本もある手が同時に殴りかかって見える。
    『速い速い速い速い! なんというラッシュだァ! ひょっとしてオラオラですかァ?』
     それを見切る下須井もまた、上半身を左右に振り回しながら、一歩ずつ後退していくように避けている。文字通りの高速回避による残像で、やはり頭が三つ以上に増殖して見えた。
    『沙織選手のスーパーラッシュは止まらない!』
    (駄目だ。やはり私は力を発揮しきれていない!)
     これだけの戦いを疲労しながら、沙織は実力の半分も出せていなかった。
     出さないのでなく、出せない。
     まるで骨が重りに変わったように、腹に重量物でも詰めたように、全身がどっしり重く感じている。ただ歩くだけで筋力を消耗するほどに、力の抜けている沙織の手足は、みるみるうちに疲弊を溜め込み鈍っていた。
    『おや!? ここに来て、少しずつラッシュを緩めるのは、もしやもしや! 果たして嵐の前の静けさでしょうか。先の三つ子が見せた災害級の必殺技が、今ここで繰り出される前兆なのかもしれません』
     高速拳の秒間打撃回数は低下していき、やがては常人でも視認可能な普通のパンチの連続と化してしまう。
     それですら、そこらのチンピラや不良など一蹴するものなのだが、プロバトラーとして目の前に立つ男を倒すには全く足りない。
    (これでは実力の10パーセントも出ていないではないか!)
     そんな自分が許せないかのように、沙織は縮地法で背後を取った。たった一歩で数メートル以上を進む技法は、消えたと移るほどの速度で動き、くの字を描く要領で回り込むが、後頭部目掛けて放つパンチは手の平に止められていた。
    『これは! これは何が起こったァ!』
    「何!?」
    「どうした? 沙織ぃぃ」
     ゲスな笑みを浮かべる下須井。
     沙織はとっさに腕を引き、囚われた自分の拳をこちら側へ戻そうとするのだが、重心を後方に引いても、下須井の握力から逃れられない。
    (馬鹿な! 何故だ!)
     下須井の実力など、所詮はこの程度だ。
     先ほどの高速拳を避けるのが精一杯で、ついさっきまでの下須井は、ただ回避だけに集中していた。必死の形相で息を切らし、沙織の拳速が落ちるなり見え透いてホッとしていた表情は、決して見逃してなどいない。
     そして、沙織が少し本気を出せば、誰しもに視認不可能なパンチを出せるのだ。
     そう、本気さえ出せば……。
     拳を放つ際の基本動作。脇に縮めた肘を開放し、腕を長く伸びきらせる。また肘を縮めて構えを直し、次の行動に備えておく。この打撃を放ってから戻すまでの一連の動き全てを視認すらさせず、傍から観れば棒立ちする沙織の前で勝手に相手が吹き飛ぶ光景すら実現可能だ。
     そうすれば、下須井など一撃の下に沈んでいく。
     はっきり言って、下須井より三つ子の方が強かった。三人同時の彼らだが、あのうちの誰か一人だけが下須井と戦っても、勝つのは彼らの方だろう。
     それなのに、手こずる必要のない相手に手こずる。
     なんてじれったい話か。
    「おのれェ!」
     顔面目掛けたキックなら、さすがに拳を離して避けると思ったが、下須井はただ背中を逸らすだけでやり過ごす。
    「――っと、今度はこっちの番だぜ?」
     待ちわびた楽しみにありつくような表情で、下須井は沙織の拳を引っ張った。前のめりによろける沙織は、たちまちバックを取られて捕らえられ、両腕を腹に巻きつけるような拘束により身動きを封じられた。
    『なななななななんということだァァァァ!』
    「くっ! こんなはずは……!」
     沙織は激しく顔をしかめた。
     自分の腕は下須井の腕に抱擁され、背中に胸板が密着してきている。沙織の身長は177センチだが、下須井は180センチ。ぴったりと合う頭の高さで、下須井は醜い頬を沙織の顔に擦り付ける。
    「うーん。いい感触だ」
     スパッツ越しの巨尻にはボクサーパンツが押し当てられ、割れ目に肉棒がフィットしてきている。
    『捕まった! あの神谷沙織が捕まったぞ!』
    「どうだ? 薬の効果は」
     沙織はハッとした。
    「く、薬だと!? 貴様ァ!」
     そんなことは言い訳だと、あまり考えないようにしていたが、やはりおかしいと思っていたのは間違いなかった。
    『これは緊急サプライズ! 実は神谷沙織のドリンクには、筋力を一時的に低下させる特殊な弱体化エキスが混ぜられていたようです!』
     実況が声を荒げた瞬間だ。
    
    「なんだと! 冗談じゃねえ!」
    「反則だ反則!」
    「下須井死ねェ!」
    
     客席から上がるのは、決してブーイングだけではない。
    
    「ってことは沙織が負けるのか?」
    「超見てぇ!」
    「頼むぜ! 下須井の旦那ァ!」
    
     あくまで沙織を支持するファンの声と、沙織の痴態を見たがるゲスな客と、この両者で罵倒し合うマナーの悪いファン同士の争い。静かに観戦したいのに、それを迷惑がっている一般客の声。客席は騒ぎ一色に染められていた。
    「へっへっへ。お前がヤられちまう姿が楽しみだってよ」
     下須井の右手が、スボーツブラの黒い乳房を鷲掴みに揉み始めた。
    「き、貴様ァァァ…………!」
     恥辱に頬を染め、怒気に声を低めた沙織の凶眼は、たった一目で子犬ごときは退散させかねないほどに鋭いものだ。
    「楽しもうぜ? 沙織ちゃんよォ」
    「くぅ……!」
     かくして、恥辱のリングショーは始まった。
    
    
    


     
     
     


  • 第2話「つまらぬ戦い」

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     その地下試合は神谷沙織のネームバリューで客を引き、彼女の圧倒的な強さを観るためだけに大勢のファンは集まった。
     スタジアムの収容人数が約五万人。
     周囲を客席に囲まれた中央には、プロレスやボクシングなどで見かけるリングが設置され、試合の様子は天井に取り付けられた巨大モニターに映される。
     黒のスポーツブラとスパッツ着用の沙織は、乳房の揺れを防ぐための機能にDカップの胸を閉じ込めている。スパッツの丈の長さはショートパンツほどで、横幅の広い肉厚の巨尻が布地全体を内側から盛り上げている。
    (アリが来たか)
     リングロープに背中を預け、試合開始のゴングを待つ沙織は、決して慢心や見下しの意味で対戦相手をアリと認識したわけではない。どこまでも純粋かつ冷静に、自分と相手の間にある差の程度を見切ったのだ。
     自分がゾウ、相手はアリ。
     踏み潰せるのが当たり前のバトラー相手に、戦う者としての闘気も失せ、沙織は初めからやる気を失っていた。
    (海外へ出るには出費がかさむ。せいぜい、ここで稼がせてもらおうか)
     既にギャラは受け取っているが、連勝制覇を果たしたなら、さらに賞金を頂ける。
     ゴングが鳴って、対戦相手が動き出しても、沙織の意識は別のところへ行っていた。大金をどう使い、どのようなプランで世界チャンプを目指す糧に変えるか。今後の計画ばかり思う沙織は、目の前にいる相手を完全に見ていない。
    『おおっと!? どうしたことだ? 神谷沙織選手は動かず、ここ最近幅を利かせるボクサー出身の健太が、その拳をしならせながら迫っていくぞ?』
     実況の声すら、沙織の耳には入っていない。
     やっとのことで、のろりのろりと一歩ずつ前に出て行く。相手は恰好の獲物を狙うように、常人なら反応すら出来ないはずのパンチを放つが、ボクサーとして鍛え抜かれた一撃は、しかし虚しく宙を殴るのみだった。
    「フン!」
     一撃。
     後頭部へ叩き込んだ沙織の拳が、彼の意識を打ち飛ばした。
     何も難しいことはない。ただ「く」の字を成すように地面を蹴り、二歩の移動で相手の背中を取って殴るという単純な手に過ぎなかったが、それはあまりにも適切なタイミングで行われていた。
     まずパンチが打ち出され、脇に縮んでいた肘が真っ直ぐ前へ伸び始める。その瞬間には沙織の姿は消えており、肘が伸びきると同時にくの字に角で、二歩目の移動から相手の背後へ回り込んだ。
     ボクサーは動体視力が良く、その動き自体は見えていたが、自分自身の出したパンチを途中からキャンセルできない。避けられた結果として、関係のない方向を殴る一瞬を突かれる形で一撃で沈められ、あえなく勝負はついたのだった。
    『勝者は沙織! これはさすがに結果がわかりすぎていたか! しかし強い! まずは手始めと言わんばかりに、その圧倒的な強さを見せつけたぁぁぁぁぁぁ!』
    (ふん。この程度で見せつけただと?)
     まだまだ、実力の四分の一すら出していない。
     スタッフの手で、気絶したボクサーが運び出されると、続いて次の選手が入場する。実況による大げさな紹介を交え、大胆にリングへ上がる男達の数々は、誰一人として沙織に敵わず敗れていく。
     身長二メートルを超える大男が、細身だが素早い高速移動の使い手が、少林拳の達人さえもが当たり前のように倒されて、もはや沙織が淡々と男を倒す有様を見せるためだけのステージにしかなっていない。
     痺れを切らすのは沙織自身。
    「先ほどから可愛い小ウサギばかりが現れる!」
     とうとう、リングの中心でマイクを片手に声を上げた。
    「ライオンの前にか弱い草食動物しか寄越さないとは、ただエサをくれてやるも同然! 猛獣には猛獣を、この私にはより強い者を用意しろ! でなければ、ゾウがアリを踏み潰すがごとく結果の見えた戦いになど、何の意味もありはしない!」
     すると、それを待っていたかのように――。
     その三人は現れた。
    
    「――トウ!」
    「――トウッ!」
    「――トゥォア!」
    
     何回転もある宙返り運動を披露しながら、地上からリングの上へと飛び込むのは、同じ顔をした三人の青年である。
    「ジロー!」
    「ゴロー!」
    「タロー!」
     三者順番に名乗っていった。
    『おおっと? これはサプライズ! いや、なんて卑怯な! たった一人の女性を相手に三人もの男を用意するとは、この私も聞いていない! 聞いていないぞぉぉぉ?』
    「なるほど、少しは楽しめそうだ」
     三人ともが全く同じ顔に見えるのは、彼らは三つ子ということか。
    『――レディィィィ! ファイッッ!』
     ゴングが鳴る。
     と、同時だ。
    
     ――シュン! ――シュン! ――シュン!
    
     速い!
     突風が迫るような勢いで、ジローは真正面から距離を詰め、ゴローとタローは沙織の背後を確保する。三角形の包囲網を組んだなら、
    
    「トリプル百裂拳!」
    「トリプル百裂拳!」
    「トリプル百裂拳!」
    
     三者の声が同時に重なり、嵐のようなパンチラッシュが繰り出された。
     秒間何発とも知れない拳が、残像をいくつもいくつも出しては消し、出しては消し、それが三方向から同時に沙織一人を狙う。
     しかし、そこに沙織は立っていない。
    「どこを狙っている」
     いつの間にかリングロープに背中を託しているのは、ただ三つ子を上回る速度で飛び退き、残像だけを残してあとは、とっくに自分のいない場所を殴り続ける姿を淡々と眺めていたというだけの話だ。
    「――風破拳!」
    「――風破拳!」
    「――風破拳!」
     三人の拳は同時に、その腕が届くはずもない遠くへ向かって伸ばされた。拳圧から生まれる衝撃の塊が、目には見えない大砲級の弾丸となり、大きな風音を立てて沙織へ向かう。
     沙織は横へ飛び退き避き、するとリングロープはことごとく引き千切れた。その千切れ方はまるで、激しい回転に巻き込んで強引に捻じ切るような、実に無残な破壊であった。
    『なんという攻撃力! これが三つ子の悪魔か!』
     三人並ぶ右側ジローを狙い、沙織は大股で駆けていくが、それを庇うようにタローが沙織の前に立ちはだかる。構わず拳を放てば両腕をクロスした盾に止められ、たったそれだけで風圧がリングロープを揺らしていた。
     上空に舞い上がったゴローが、かかと落としで落下する。沙織の頭頂部目掛けた一撃だが、沙織は頭に右腕をやって受け止める――と、ゴローはその右腕を足場に、足裏を乗せて着地してしまい、真上から来る体重によって身動きを阻害される。
     ジローとタローが、その隙に前後から、挟み撃ちのパンチを放っていた。このままでは顔と後頭部を拳によってプレスされるが、そこで沙織はあえてマットに膝をつく。自分の右腕に乗るゴローの位置が低まるため、二人は逆に仲間の腹と背中をプレスすることに――ならない!
     なんとタローは、両腕で二人の手首を掴んで回転を始めた。
    『なななななんとぉぉぉぉぉ! これは凄い技だ!』
     馬鹿馬鹿しい、いっそ笑える光景なのかもしれない。
     人間二人をもぐるぐると振り回し、まるで竹とんぼが宙へ舞い上がっていくように、高回転の風圧で離陸したのだ。
    『必殺技です! これは必殺技です!』
     三人は空中で手を繋ぎ直し、三ツ矢のマークのようになって回転速度を上昇させる。このスタジアムの空気全てを自分達の中心にかき集め、台風を上空から見た渦巻きとよく似たものが天井には出来上がっていた。
    
    「三つ子トルネードアタック!」
    「三つ子トルネードアタック!」
    「三つ子トルネードアタック!」
    
     それは落雷のごとく勢いで、上から下へ竜巻を発射した光景といってもいい。暴風がもろに沙織を飲み込んで、風圧のあまり残るリングロープ全てのチェーンが外れる。リング周囲に設置された椅子やテーブルはひっくり返り、そこに置かれていた紙コップが散乱した。
    『熱い合体必殺技! これは三つ子の友情が成せる奥義なのかぁぁ?』
     だが突如として、全ての風圧は消し飛んだ。
    
    「――温い!」
    
     天に拳を振り上げた沙織は、ただ一瞬で竜巻を打ち消す衝撃波を放っていた。わずかに下から持ち上がる三つ子は、繋いでいた手もバラけ、攻撃としての威力を失ったまま無意味な落下でマット上に降り注いだ。
    『なんという拳風! 気功法によって放つドーナツリング状の衝撃波が、全ての風を無にかき消し、三つ子の輪を下から上へと打ち上げた! これでまだ立てる三つ子も凄い!』
     立ち上がる三つ子は、すぐに次の攻撃に移るのだが、三方からそれぞれ一直線に、馬鹿正直に距離を詰めていく彼らは、直ちにノックダウンとなっていた。
    「やはり、所詮は小遣い稼ぎ。こんな場所で少しでも楽しめるなど、初めから期待するべきではなかったか」
     沙織は軽くため息をついた。
    
    
    


     
     
     


  • 第1話「神谷沙織」

    目次 次の話

    
    
    
     私はオトコ女とよく言われた。
     これは昔、何かの番組で幼児発達について解説した内容を見てのことだが、男児や女児の性差というのは生まれてすぐに現れる。特に教えたりしなくても、男の子はロボットや自動車に興味を持ち、戦闘ごっこで楽しんだり、恐竜や昆虫に興味を示す。女の子はお人形に布団をかけ、草花を愛で、お料理に買い物ごっこというわけだ。
     こういうことを言えば、男女差別と叫ぶ者が出てくるだろうか。
     私の場合、男女で脳の作りが違うのなら、まあ生物学的な話なんだからと、特に気にせずというか、専門書の学者解説でも読んでフムフムというのと変わらない気持ちで受け止めた。
     しかし、母が言うに私は、どうやら戦闘ごっこや恐竜や昆虫に興味を示す女の子だったという。特撮番組に登場するヒーローが、少林拳の使い手という設定なのに影響され、自分も格闘技をやりたいと喚き始めた幼少当時の私は、空手や柔道の教室に通わせてもらっていた。
     どうやら、私には才能があるだとかで、教室の先生の進めで本格的な指導を受け、いつしかジュニア大会にも参加していた。
     そんな私が喧嘩で強いのは言うまでもない。
     こう言えば、人は「武術を習ったから喧嘩が出来るとは……」などと現実めいたことを唱えるだろうか。確かに本物の殴り合いを想定するとは限らないが、日頃からパンチやキックに対して目が慣れて、筋力トレーニングも欠かさない人間と、そうでない一般人なら、果たしてどちらが有利なのかは明白だ。
     このようなわけで、私は喧嘩でも負けなしだった。
    「よせ、下須井くん」
     と、言って。
     しょっちゅうイジメを止めに入っていた。
     どこの世界にも、腕力イコール権力のように考える馬鹿な子供はいて、頭の悪いガキ大将の下須井ヒロマサは、弱いものに目をつけては小突き回し、暴力で人をねじ伏せ笑っていた。
     きっと、こいつなら軽く扱っても構わない、泣かせても仕返ししてこないと、調子に乗っていたに違いない。
     そんな下須井に対して、私が抱いていた感情は、愛だの正義だのといった小恥ずかしいものでは決してない。ただ鍛えた肉体を弱いものに対してしか発揮せず、教室でのイジメなどという狭い世界で満足しているゴミには虫唾が走り、なんというか掃除がしたかった。
    「ありがとう。助かったよ」
     などと礼を言われても、私は決して目もくれなかった。
     だいたい、気弱で自分の意見が言えなくて、堂々と胸を張って教室の椅子にすら座っていられない精神的な虚弱児どもなど、私は初めからどうでもいい。問題なのは鍛えた人間がそうでない人間を圧倒して喜ぶことの最悪のダサさだ。
     陸上部に入る人間が、車椅子を抜いて喜ぶ。毎日腕立て伏せをする人間が、骨と皮しかない老人と腕相撲をして勝ち誇る。足を鍛える人間が、アリだのゴミだのを踏み潰す。経験者が初心者を倒す。そういうものに虫唾が走ってたまらない。
     中学や高校に上がってから、そんな小学生当時の自分を振り返って考えれば、本当は私もイジメをやっていたのかもしれない。弱いものを守ったといえば聞こえはいいが、自分とて小物にいちいち下らない感情を働かせてしまっていたのではないか。
     そのことに気づいて以来、リーゼントの不良達がリンチやカツアゲをする光景を見ても、私は何もしなくなった。
     強い人間は、より強い人間に勝ってこそ輝く。
     強者が集まる舞台は一つ。
    
     ――バトルファイトコロシアム。
    
     私はそこで、頂点に立つ。
    
    
         †
    
    
     腕利きのコーチと知られる俺が目をつけたのは、神谷沙織という 少女である。
     まず、彼女は全てを品定めする眼差しの持ち主だ。自分に相応しい存在か、戦うに足る相手かを常に見極め、取るに足らないと判断すれば興味を失う。ゴミや虫けらを見下すどころか、道路で見かけるアリごときにいちいち意識すら向けないと言わんばかりだ。
     身長は一七七センチ――。
     艶やかな光沢を帯びた黒髪をポニーテールに結んでおり、傲慢かつ冷たい視線は、まるで自分の望むものを探し求める絶対的な王者のよう。
     鍛え抜かれた肉体は、どこまでも美麗に引き締まり、くびれた腰と長い脚が美しい。
     そのキックは鋭い斬撃じみてキレがよく、繰り出すたびに対戦相手の肉体が斬られるのではと、ありえない予感にかられる。
     柔よく剛を制する技巧は、丸太のような男の腕で放つ剛拳さえ、一切無化して絡め取る。
     身軽な動きで駆け回り、華麗に舞い踊っては隙を逃さず拳を打ち込む。
     神谷沙織という逸材に痺れた俺は、迷わず彼女を育ててやろうと声をかけた。
     すると、こう言われた。
    「お前は私を導くに足る男なのか」
     品定めの瞳が、じっと俺を見つめていた。
    「俺は知っての通り、世界で通用するバトラーを育ててきた。何人もだ。こんな俺なら、十分にお前さんを育てるに足ると思うが?」
    「笑止。通用するだけでは意味がない。今ここで私を世界最強にすると言えないなら、所詮そんな男に私を導く力はない!」
     俺は何も言えなかった。
     世界の壁は厚い。沙織の才能を持っても勝てないであろう強者はいる。押しが強いようでいて慎重すぎたこの俺は、世界へ導くまでの自信はあっても、世界の頂点へという自信までは持てなかった。
     そして、俺なんかには興味すら示さなかった沙織は、その後は自分の力で世界へ出向き、頂点を取ろうと己の道を進み始めた。
     十六歳の頃にはアジアチャンピオンとなって帰国するが、まだまだ上を目指したがる沙織は貪欲にも、さらなる力を求めて戦い続ける。
     現在は十七歳。
     彼女は世界の頂点に挑むと公式に名言した。
    
     バトルファイトコロシアム。
    
     そんなものが設立され、多くの最強バトラー達が賞金制の戦いに励むようになったのは、もう十年以上も前からの話だ。
     ルールは単純、素手ならどんな技でも有り。
     さすがに目潰しと金的は禁止されているものの、あらゆる奥義の使い手の集まるバトルファイトの戦いは、派手なバトルマンガに匹敵している。
     神谷沙織は彗星のごとく現れ、そして当たり前にようにいくつもの優勝をさらった。
     小学校時代の空手や柔道で、子供同士の平和な大会から始まり、関東大会や全国大会を制覇したなら、また当たり前のようにバトルファイトに目をつける。
     強くなり続ける沙織を止める存在はなく、今や最強の女王として君臨していた。
     ならば俺も、いつしか沙織を育てるに相応しいコーチになろうと、貪欲なまでに経験を積み上げバトラー達を育てまくった。
     何人も何人も、飽きずに世界へ送り続けて、それらはことごとく沙織に敗れた。
     悔しくはあったが、その気持ちをバネにより励んだ。海外にいる世界チャンピオンを育てた名手の元へも行き、教われるだけのことを教わり、多くのバトラー達を知って日本に戻った。
     そんな俺に転機が来る。
     考えてもみれば、俺は一度も想像したことがなかった。
     沙織の強さは絶対的で、どんな男でさえも寄せ付けない。無二の実力、天衣無縫。もはや指一本で巨漢を仕留める域にいる。
     しかし、どんなに強くても人間だ。
     最強だって人間だ。
     果たして、何百何千と戦って、あるいは何万回も戦って、永遠に連勝記録を伸ばしていることが可能なのか。
     無理に決まっている。
     そんな簡単なことさえ、俺は忘れていたのだ。
     絶対王者、無二の女神。そんな勘違いをしすぎていた。
     その日、俺は見た。
     神谷沙織の敗北を……。