根元を握るだけでも右手に腐敗が侵食し、みるみると血肉を穢されていく。汚染物による腐食が皮膚の内側へとみるみる進み、右手全体、そして手首を通じて右腕全体を満たす。それほどの気持ちがして、ただ触っているだけでも泣きたくなった。
それに唇をつけるなど、それだけで体中がブルっと震えた。
「ふふっ、念願が叶いましたよ」
校長の浮かべる嬉しそうな顔に、麗華は心底腹を立てた。
生徒にこんな思いをさせ、愉悦に浸るなど最低だ。
「……うるさい」
一度睨み返したあとは、なるべくヘソを眺めることにした。自分にこんなことをさせ、喜ぶ顔が視界に入ること自体が腹立たしい。かといって、ペニスを見つめるのも気分が悪い。麗華にできる精一杯の対処は、最も不快感の少ない部位に視線を集中することだった。
――ちゅっ。
亀頭の唇とキスをする。
自分の大切な唇がこんな形で穢されているのが無念でならない。
脅迫で仕方がないとはいえ、自らこんなことをしている悲しさにも泣けてくる。
なんとか方法を思いつき、この状況を逃れて後輩を助け出す道を考えはしているが、何も思いつかないのだ。せいぜい武力行使で痛めつけ、麗華が脅迫に回って画像を消させる程度の稚拙な作戦がせいぜいだ。
絶対的暴力で従わせる。麗華の武力でなら可能ではある。しかし、非道な方法に手を染めておきながら、もしも校長が屈しなければ。むしろ暴力を働いたせいで自体が悪化し、後輩も救えないとなれば目も当てられない。
非道なばかりか、確実性にも欠ける手段など麗華には選べない。
――ちゅっ。
なんらかの交渉をしようとも考えてみるが、では何を話してどう駆け引きをするか。大人を口車に乗せられる上手い口実が浮かばない。そもそも、麗華が一方的に不利な状態からする交渉でどんな話を結べたものだろうか。
――ちゅっ。
結局、何度目かもわからないキスを繰り返す。
作戦が編み出せず、脅迫に甘んじる人間の何が成績優秀だろう。麗華は過去に成績優秀賞で表彰され、体育館で全校生徒の前に立たされた事がある。表彰状を受け取った時は素直に自分が誇らしかったが、いざという今の事態に頭脳を活用できていない。
仕方がないといえば、仕方がない。
しかし、そんな事で麗華の中にゆらめく激しい悔しさは鎮まらない。
「可愛いですねぇ?」
煽るような口調が麗華の神経を逆なでする。
「何が」
「恥ずかしくて咥えられないんですね? 可愛い可愛い。ウブでいいですねぇ?」
猫なで声で、馴れ馴れしく頭を撫でてくる。
「やめろ!」
麗華はその手を振り払った。
舐められている。馬鹿にされている。
いや、自分の優位に校長が調子に乗っているという方が正しいのか。
何にせよ、校長が口を開くたびに怒りを煽られ、それを堪えなくてはならない屈辱感が増大していく。コップに水でも注ぐかのように、その感情はみるみると増量していた。
「さ、舐めて下さい」
ギリッ。
口内で、歯を食い縛って摺り合わせる音が鳴る。
「さ、どうしたんですか?」
腹立たしい高い声が、麗華の苛立ちを増していく。
「ほらほら、言う事を聞かないと後輩が大変ですよ?」
校長は煽ってくる。
「さあさあさあさあ」
「…………うざい」
麗華は低く呻いた。
どうして、こんな奴のを舐めなくてはいけないのか。
何が悲しくて、こんな奴に奉仕するのか。
――ぺろり。
涙を堪えるような気持ちで、麗華は亀頭を舐め上げた。アイスクリームをそっと舐めるようにチロチロと、細やかにゆっくり唾液を塗る。
怒りと悲しみと、そして悔しさで全身が震えていた。真冬の寒さか、それとも全身の痙攣かと思うほど、麗華は感情に打ち震えていた。
まるで無残な敗北だ。厚顔無恥な勝者にかしずき、その股座で奉仕をする。打ち負かされ、自分をいいように扱い調子をこかれる屈辱は途方もない。一歩間違えば、沸き立つ感情のままに亀頭を噛み切り、校長を悶絶させかねない気さえしていた。
いっそ、本当に噛み切ってはどうだろうか。
男性器に重大な損傷を与えることを思いはするし、そうしてやりかねない自分がいる。
そんな自分を抑えているのが、こんな状況でも冷静な思考だけは失わない麗華自身だ。ここで食いちぎれば、少なくとも校長は二度と性犯罪は犯せない。ただ、その結果として自分の処遇はどうなるのか。自分一人が困るだけならいざ知らず、家族は一体どう思うか。後輩の写真はどうされるか。
想定しうる不安が払拭されない限り、とてもそんな行動には出られない。
もっとも、確たる反撃のタイミングさえあれば話は別だ。後輩を辱め、今までにも性犯罪を繰り返していることを明言した校長など、到底放置できる存在じゃない。できるなら正当な告発を、それが駄目なら自分にできうる私刑を下したい。
だが、そんなチャンスは少なくとも今この瞬間にはありはしないのだ。
「ではでは、もう少し奥まで咥えてみましょうか」
「くっ、うぅっ……」
麗華は歯が砕けそうなほど、アゴの筋力が許す限りに歯軋りした。ギリッ、と歯の摺り合わさる音が鳴り、そこまで固く閉じ合わされた歯を震えながら開いていき、ひどく顔をしかめながら亀頭を含んだ。
「いいですねぇ? とても気分がいい」
可愛がるようにして頭を撫でられ、麗華は校長を睨み上げた。
吐きたい、気持ち悪い。
こんな奴のものなのだ。
たとえ実行できなくとも、想像の中では汚い一物を無残に食い千切り、卑劣な校長を絶叫させることを考えていた。
「さあさあ奥まで」
手で頭を押すようにされ、麗華は竿を深く飲み込む。
心理的拒否感からなる吐き気もあるが、単純に口を大きく開けておく負担もあった。歯を当てないよう気を使っていると、アゴがしだいに疲れてくる。太い体積に口内を圧迫され、狭苦しさで息がしにくい。
「舌を休めない」
理不尽な注意。
これで舌までしっかり使えというのだから、初めての麗華にとっては大変だ。自分なりに舌を動かし、できうる限り肉竿を撫でながら頭を動かす。どうすれば、どんな風に舐めれば気持ちいいのか。何もわからないまま、とりあえず頭を前後させている。
こんなに奥まで咥えてしまった以上、もうこの状況からの脱出は放棄した。どんなに真っ平だと思っても、他に手などないからだ。
「んっ、んっふぁ……」
唇のわずかな隙間から、吐息が漏れ出た。
涙が出る。
卑劣な人間の満足そうな表情など、想像するだけで腹が立つ。しかし、その腹の立つ顔をさせてやれるために、一生懸命に舌を動かさなくてはならない。相手に優越感を与えるために自分は必死に頭を動かし、嫌な思いをしなくてはいけない。
想像を絶するほどの理不尽さだ。
「おっと、射精感が込み上げてきました。そろそろ休んでいいですよ?」
すぐに頭を引っ込め、吐き出した。
「……満足ですか?」
敵意を込めて、睨み上げる。
「満足ですよ? 満足すぎて、すぐに出してしまうのは勿体無い。ここは出そうになるたびに休憩を挟んでいって、長時間の奉仕をしてもらいましょう」
「そんな……。私にだって都合があるのに、こんな事で人を拘束するんですか?」
「ええ、こんな事でです」
校長は麗華の頭を撫でていた。無論、そこに親が子を可愛がるような気持ちはない。ただ男が異性の体に触れ、髪は耳を勝手気ままに弄り回している。頬、うなじ、頭部のあらゆる箇所を校長の手が這い回り、全身鳥肌が立っていた。
もしナメクジが自分の体を這い回ったら、これくらい不快で気持ち悪いに違いない。
「写真は消してくれますよね?」
「何故です?」
「私が狙いだったなら、もう後輩は関係ないはず。消してください」
「ま、考えておきましょう」
校長は麗華の頭を押し、再び舐めるように強要する。
促されるままに麗華は根元から先端へと舐め上げて、また根元へ戻って舐め上げる往復行為を開始した。最初は舌先をそっと当てるだけで済ませようとしてみるが、すぐに注意され、しっかり舐めることになる。べったりと舌を貼り付け、味わいながら舐め続けることとなった。
「そうそう。そうやって唾液をまぶすんです」
「細かいことを……」
「たくさん舐めて下さいね?」
「……何がだ」
まるでご馳走でも用意して、遠慮なくお食べ下さいとでもいう口調だ。そうやって猫なで声で煽ってくるのが癪に触り、麗華は顰める。
根元から上へと舐めていくのも、校長の顔が視界に入りやすくなって嫌だった。もちろん奉仕自体が最悪なのだが、ニヤけた顔を見せられると余計に耐え難い気持ちがする。
だったら咥える方がマシだろうかと考えてみる。確かに顔は見なくて済むが、口内へ広がる気持ち悪さが耐え難い。
結局はどっちもどっちか。
「んレロ……レロぉ……」
繰り返しの舐め上げで、自分の唾液の味と香りがしてくるほどになっていたが、それでも麗華は舐め続ける。
「んロ……レロ……」
硬い肉棒の、しかし皮の表面は麗華の唾液でふやけている。
「亀頭をペロペロ」
指図され、先走りの味がする部分を舌で拭った。昔、ソフトクリームを食べた時の舌使いがちょうど今と同じだったかもしれない。塗りつけるようにして舌を当て、舐め取り、それを何度も繰り返す。舌先の動作だけなら、相手が食品かペニスかの違いだけで、動きとしては完全に同一だ。
ぺろ、ぺろ、ぺろ……。
舐め続ける。
「咥えましょうねぇ?」
両手で頭を掴まれ、肉竿を飲み込むように導かれる。
「じゅっ、じゅぷん……じゅるっ、じゅぅぅ――」
「そうそう。いやらしい音を立てて」
「じゅぅっ、じゅぅぅぅ――じゅるん――じゅぽ――」
自然と分泌される唾液が肉棒へ絡み、卑猥な音が響き渡る。
今すぐやめたい、噛み切りたい。
そんな事を考えて、竿に歯を沿えこそしてみるが、とてもでないが実行できない。
「じゅるるっ、じゅるん――」
だから、舐め続けた。
「じゅじゅっ、じゅぅぅ――じゅぷぅ――」
卑猥な水音を立てながら。頭を前後に動かし続けた。
「出しますよ」
全身が強張った。
ほとんど、麗華は反射的に背を仰け反らせ、頭を後ろへ引いて逃げようと動いていた。無意識のうちに素早くだ。
だが、そんな麗華の頭を校長は両手で押さえる。
「飲んでください?」
肉竿を頬張らされ――
ドクン! ドクドク――ビュル――ドピュ――ジュクン!
多量の精液を流し込まれ、息が苦しくなって咳き込んだ。
「んん! ――げほっ、うえぇ……」
ただ苦しくて吐き出したというより、気持ち悪いものを自分の口内から追い出したい気持ちが半分以上を占め、麗華は嗚咽したようになっていた。
少しは飲み込んでしまった。
こんな奴の出す精液が胃袋へ収まったのだ。
悔しい……。
麗華は打ちひしがれた。
それが許されるのなら、いくらでも抵抗していたのに。
悔しい――!
ぎりっ、と歯を噛み合わせ、口元から垂れる白濁を手の甲で拭いながら、麗華は校長をにらみ返していた。
「今後ともよろしくお願い致しますね? 麗華さん」